第729話 思い出の中、レイシャ
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そして、今の十八の時、レイシャはとあるレストランの二階からゲイオル達四人が外を楽しそうに歩いているのを見た。
レイシャは、父リュウセイと共に一族と繋がりがある者達の挨拶をしていた時だ。
周囲は知っている。
レイシャが、ゲイオルの許嫁であり、そして将来は…その伴侶となって…超越存在の直系を残してくれるだろう…という悲願を。
このセレソウム時空三千年の歴史で、超越存在の直系は最初の三代だけ。
後は途絶えて、そこからの傍流が続いている。
最早、今の一族達は、直系と名乗れない程になってしまった。
リュウセイは、娘レイシャが外を見ているのを気付く。
レイシャは、窓の外の下にいるゲイオル達の姿を見て悲しそうな顔だ。
最近、ゲイオルと話をしたのは何時だろうか…。
訓練の時も、はい…とだけしか聞いていない。
まともな会話なんて何年も…。
リュウセイが気付いて
「行ってきなさい」
レイシャが戸惑い
「え…でも…お父様」
リュウセイが
「後は大丈夫だから」
レイシャがためらい気味に
「うん。行ってきます」
レイシャが建物を降りて外に出ると、後ろ姿のゲイオル達がいた。
「ああ…ゲイオル」
その声にゲイオルが気付いて振り向くとレイシャがいた。
ゲイオルが鋭い視線で
「今日は、訓練は…いや、再開ですか…」
レイシャが困惑の顔を見せる。
それにシュンエイが気付き機転を回して
「今日は、お休みでしょう! 姉様…」
レイシャが頷き
「そ、そうだ。その…」
シュンエイがレイシャの元へ来て手を取り
「じゃあ、姉様も入れて楽しみましょう」
それにいい顔をしないシュンカと、鋭い顔のゲイオルだが、レイシュンが
「シュンカ、兄さんも良いだろう」
ゲイオルが息を吐いて
「ああ…偶には良いだろう」
こうして、レイシャと合わせて五人で町を散策する。
レイシャは嬉しかった。
こんな事をしたのは何時ぶりだろうか…。ゲイオルの隣で一緒に歩いているだけで満足だった。
ゲイオルは少し呆れ気味だったが、レイシュンとシュンエイにシュンカの三人が楽しそうなので、気にしない事にした。
会話の無いゲイオルとレイシャの間にシュンエイが入り、会話の橋渡しをする。
他愛もない事ばかり話す。
ゲイオルにとっては、意味が無い事だが、レイシャにとってはゲイオルと繋がれる大事な会話だった。
もし…このまま続けば…全てが幸福で終わったかもしれない。
ゲイオルとレイシャは、時間を掛けて過ごせば…繋がり合える事はあったろう。
レイシュンとシュンエイが結ばれて…そして、シュンカも…。
それは突然に落ちてきた。
時空転移して、とある惑星に墜落した。
被害は無かった。落ちた場所もとある惑星の草原だった。
偶発的に開いた時空の穴から落ちたそれは、アムザクの遺産と呼ばれる特殊な存在だった。
それを落ちたセレソウム時空の統治機関が確保した。
その翌日、ゲイオルはレイシャと何時もの訓練をしていた。
回復力のエネルギーが満ちる訓練所で、レイシャの指導の下、ゲイオルは汗を流していた。
レイシャとしばしの打ち合いの訓練の後、ゲイオルが
「レイシャ、少し話を良いか?」
レイシャは戸惑う。久しぶりにゲイオルから話し掛けられた。それだけで、気持ちが浮ついてしまうが、それを隠す為に真剣な顔を装い
「何?」
レイシャの冷静な口調、その裏腹では嬉しさが爆発していた。
ゲイオルが
「昨日はありがとう。遊びに付き合ってくれて…」
レイシャが首を横に振り
「気にしないで。これも許嫁の勤めだから」
と、淡々と答えるようにする。
ゲイオルが少し悲しい顔で
「なぁ…レイシャ…。オレはレイシャに幸せになって欲しい」
それを聞いてレイシャの気持ちが信じられないように高揚する。
ゲイオルが、自分の幸せを願ってくれている。
それだけで嬉しかった。
レイシャの幸せは、ゲイオルと結ばれて末永く…。
ゲイオルが悲しい顔で
「だから、オレが…後…数ヶ月後だろう。先代のガイラスと同じく皇帝に仕える超越存在になる。その使命は重く、ツラい。だから…それにレイシャを巻き込みたくない」
レイシャの思考が停止する。
何を言っているの?
その先が分からず、止まってしまう。
ゲイオルが
「だから、レイシャ…許嫁なんて決められた事に縛られないでいい。レイシャの自由に、レイシャが本当に好きな人の為に生きてくれ。結ばれて幸せになってくれ」
レイシャが何を言われているのか…分からなかった。
それ程にショックだった。
ゲイオルは真剣に悲しい顔で
「どうして、歴代の超越存在達が伴侶を迎えなかったのか…一人だったのか…その理由が、オレには分かる。このセレソウムの世界を支えるんだ。下手をしたら…いや、その責務は重すぎる。だからこそ…それに誰も巻き込まない為に…。オレもそうするつもりだ。だから…」
と、続けようとするがレイシャが呆然としているように見えた。
「どうしたんだ?」
レイシャが
「ああ…何でないわ。続けて」
なぜだろう、凄く心が静かで動かない。
ゲイオルが真剣に
「レイシャ、オレは独り身で終わる。だから、レイシャは、レイシャが本当に好きな人と結ばれて幸せになってくれ。今までオレなんかに付き合ってくれて、感謝している。君は自由だ」
レイシャは考えも無く
「分かった」
と答えてしまった。
ゲイオルは頷き
「ああ…本当にありがとう」
次の日、レイシャは訓練所へ来る事は無かった。
一人、ゲイオルは稽古に打ち込む。
ゲイオルの打ち込む太刀筋には、迷いが無かった。
鋭く、真っ直ぐと、それは…これから待ち受けるセレソウムの超越存在としての運命を受け入れる覚悟を示しているようだった。
レイシャは、一人…部屋にこもって動かない。
虚空を見つめて膝を抱えていた。
ドアがノックされ
「姉さん、入るよ」
と、妹のルイシャが入り
「どうしたの姉さん」
と、膝を抱えるレイシャに訪ねる。
レイシャが涙しながら
「私は自由なんだって…」
と、ゲイオルに言われた事を静かに口にした。
それにルイシャが頷いて聞いて
「そうか…そう…」
レイシャがボロボロと泣きながら
「私、自由なんだけど。こんな自由、欲しくなかった」
「姉さん」とルイシャが涙を流し続ける姉を抱きしめた。
レイシャが引きこもって三日が過ぎた。
レイシャは、何もする気力もなく、外を見続ける。
父リュウセイも心配していた。
その理由をルイシャが話すとリュウセイが項垂れて
「そうか…」
何も言えなくなった。
ルイシャが父に
「父さん、何とか出来ないの? あれじゃ姉さんが…」
シュンエイもその場に来て
「ルイシャ、その話は本当なの?」
シュンエイは翌日、ゲイオルに詰め寄った。
姉レイシャの本心を告げるが、それを知ってゲイオルが
「そうか、なら…余計にダメだ」
シュンエイが
「姉様を不幸にするの?」
ゲイオルが真剣な顔で
「オレと関われば、もっと不幸になるかしれない。それだけはダメだ」
シュンエイがゲイオルの腕をつかみ
「姉様は、ずっとゲイオル様の為に、ゲイオル様と将来を夢見て、こんなのあんまりです!」
ゲイオルが厳しい顔で
「オレを恨んで満足するなら、恨めばいい。オレは、真剣に考えた結果、その方がレイシャの幸せになると判断したからだ」
シュンエイが駄々をこねるように
「違う、違う、そんな事じゃあない! ゲイオル様は、幸せが欲しいと思わないのですか?」
ゲイオルが鋭い目で
「そうだ。オレはオレの幸福より、大切にする人達の幸せを優先する。それは、オレがその人達を、レイシュンとシュンエイ、シュンカが、オレを必要としないで幸せになるなら、それを優先させる」
意志の固いゲイオルの眼に、シュンエイが項垂れて掴んでいた腕から離れて
「どうして、そんなにお強いんですか? その強さが相手を傷つける事もありますよ」
ゲイオルが頷き
「そうだな。シュンエイの言う通りだろう。だが、気持ちを変えるつもりはない。レイシャは強い人だ。いずれ…立ち上がるだろう」
シュンエイが離れながら
「そんなに強い人なんていませんわ。姉様は…本当は脆い人なんですから…」
ゲイオルが去って行くシュンエイの背中に
「レイシュンと君は、本当に想い合っている。幸せになってくれ。こんな愚かな者とは違って…」
と、微笑む。
父リュウセイは、将軍職をしているが…上手くはかどらない。
席を立ち窓の外にある中華風の首都のビル群を見つめる。
ゲイオルとレイシャの事で、悩み…
ドアノックされて
「失礼します」と男が入ってくる。
リュウセイが
「君は…ああ…確か」
男、ハンエイは笑み
「ええ…数日前に回収したとある遺物の調査を任されている者です」
リュウセイが席に戻り
「なんだね?」
ハンエイがとある資料端末を持ち出して
「これを見てください。あの遺物は、超越存在の創造物のようです」
リュウセイがそれを受け取り
「ほう…どこだ?」
と、調査報告の端末データを見つめる。
別の場所、とあるレストランでとある男がリークされた情報を見ていた。
「おお…これは…」
男の名は、ガラム。
セレソウム時空で活動する反体制派のテロリストだった。
二人の気持ちがすれ違ったまま、事態は…
次回、悲しみの雨