第726話 二人の兄
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桜花は去って行くセレソウム時空の時空艦隊を見上げる。
ミリオンの下部から、ミリオン上部に広がる傘状のコロニー達から時空艦隊が帰って行く。
その隣にティリアが来て
「ねぇ…桜花…」
桜花が振り向いて
「何?」
ティリアが苦しそうな顔をして
「その話を…いや、いいや…」
と、去ろうとした時に、その手を握り
「待って…」
ティリアが立ち止まり
「いいの? 大丈夫? 辛くない?」
桜花が首を横に振り
「うん。だから…みんなの前で話させて」
とある夜、ディオス屋敷に家族全員が揃っていた。
アリストスの息子娘達も来て、ディオスの屋敷にあるくつろげる大広間で、個々に楽な感じで寝そべったり座りながら中心にいる桜花を見つめる。
その話し合いに父ディオスはいない。
ディオスは、ルビードラゴンから聞いているので…。
桜花が重い口を開く。
「私は…セレソウム時空の超越存在を生み出す血族の一人でした。シュンカ・新王。私の血族から何時もの超越存在の人が誕生して、それをセレソウム時空にある皇帝一族が管理して…セレソウム時空に時空を越えたエネルギー源、高次元域の力をもたらして繁栄させていました」
それはシュンカがアムザクの遺産と融合する前の話だった。
桜花になるシュンカが
「レイシュン兄さん!」
と、アジア風の屋敷の中を駆け巡る。
とある部屋が開く
「なんだいシュンカ」
顔を見せたのは黒髪で穏やかな笑みを携えるシュンカの兄の一人、レイシュンだ。
シュンカが
「シュンエイが来たよ!」
レイシュンが驚き気味に
「どうして、今日は何も約束なんて…」
シュンカがレイシュンを小突き
「大切な許嫁なんでしょう。大事にしないと…」
と、後ろを向くと、シュンカと同じ桜色の髪を結っている乙女がいた。
十六のシュンレイと同年配の許嫁のシュンエイだ。
シュンカが
「ゲイオル兄さんは?」
レイシュンが少し悲しい笑みで
「レイシャが連れて行ったよ。今日も…訓練なんだって…」
シュンカが
「何時もゲイオル兄さんは訓練なんだね」
レイシュンが空を見上げて
「仕方ないよ。ゲイオル兄さんは…完全適合者だから…」
十四のシュンカには兄がいた。十六のレイシュン、十八のゲイオル。
シュンカの新王家は、代々、セレソウム時空で超越存在を生み出していた。
セレソウム時空は、少し特殊な超越存在の方法を採用している。
セレソウム時空を治める皇帝の下に超越存在がいて、その超越存在から皇帝が力を引き出してセレソウム時空の文明を維持するエネルギー源を作っている。
それが数千年と続いている。
その安定した治世のお陰で、セレソウム時空民の寿命は三百年という長寿だ。
それでも散発的には、争いはあるも…それでも平和は維持されている。
そして、例年のようにシュンカの新王家の一族から、超越存在の適合者が生まれた。
それがゲイオルだ。
シュンカは、訓練所へ行くと
「脇が甘い!」
と、檄を飛ばすレイシャの声が響いて来た。
模擬刀が空を舞う。
黒髪で凜と美しい麗人のレイシャの手からは模擬刀は離れていない。
向かい合う男性が、右手を押さえている。
黒髪の男性、鋭い視線を持ち、何処か冷徹な雰囲気を纏う彼は、立ち上がると、その頬にレイシャが模擬刀で打ち付ける。
打撲で赤黒くなるも、訓練所に満ちている回復のエネルギーで打撲は瞬時に回復する。
レイシャが鋭い視線で
「真剣にやりなさい」
「はい…」と彼は頷き、離れた模擬刀を取りに行くと、それをシュンカが拾って
「はい、ゲイオル兄さん」
と、渡す顔はどこか悲しげだ。
彼は長男のゲイオルで、シュンカに微笑み
「ありがとう」
と、受け取り、再びレイシャと打ち合う。
だけど…剣術に関してレイシャに敵う者はいない。
圧倒的実力差であるのにも関わらず、レイシャはゲイオルの訓練を止めない。
これが、ゲイオルの日課だ。
ゲイオルには厳しい訓練の日課が義務づけられている。
将来、超越存在として次期皇帝であるアルシャナス女王に仕える為に…。
そして、そんな重要責務を真っ当するゲイオルを鍛える一人として、ゲイオルにはレイシャという許嫁がいる。
レイシャとシュンレイは姉妹だ。
レイシャと筆頭に、ルイシャとシュンレイの双子の三人姉妹だ。
三姉妹の父は、セレソウム時空で皇帝に仕える将軍リュウセイだ。
三人とも…その将軍リュウセイの名に恥じぬ実力を持っている。
ゲイオルが訓練を終えて一人、屋敷の軒下で休んでいると
「お疲れ様、ゲイオル兄さん」
と、シュンカが飲み物とお菓子を持ってくる。
ゲイオルはシュンカに微笑み
「ありがとう、シュンカ」
シュンカがゲイオルの隣に座り
「ゲイオル兄さん、超越存在なんて成らないでいいよ」
ゲイオルがシュンカを見つめる。
悲しそうなシュンカに
「何時も何時も、みんな、父様も母様も回りもゲイオル兄さんに酷い事をしている。こんなの良くないよ」
ゲイオルが飲み物を口にして
「ありがとう。シュンカが、レイシュンが、そういう事を言ってくれるだけで…オレは十分だ」
シュンカが悲しい顔で
「でも、このままだと、死んでしまったガイラスおじさんと同じになっちゃうわ」
ガイラスは、前代の超越存在だ。
昨年、死亡した。
原因は、その時の皇帝であるヴィシャル女王の無謀なエネルギー政策が原因だ。
それによって、ヴィシャル女王は権威を失墜させ退位した。
そして、次のアルシャナス女王が…
ゲイオルは静かに目を閉じて
「それが…ガイラスおじさんの望みだったのかもしれない」
シュンカが悲しい顔で
「死ぬ事が…そんなの」
ゲイオルは首を横に振り
「違う。前女王のやろうとしていた。双極無限を使えば、対の超越存在が可能になる。そうなれば一人の超越存在に全てを押しつける事は無くなるはずだった。だから…それをガイラスおじさんは分かっていて…」
シュンカが厳しい目で
「私は違うと思う。あの人達は…自分の権威しか望んでいない。ガイラスおじさんは…ずっと一人だった。許嫁だった女性との婚姻もしなかった。その理由は、永遠にエネルギー源となる家畜として飼われるだけだって分かっていたから…」
ゲイオルがシュンカを見つめて
「それじゃあ、シュンエイも同じ連中だと思うか?」
シュンカが首を横に振り
「シュンエイは、違う。だって…」
ゲイオルが空を見上げて
「シュンエイは、シュンカが悪いと思っている人達に血族だぞ」
シュンカが苛立ち気味に
「でも、それじゃあ…ゲイオル兄さんは、ガイラスおじさんと同じように殺されてしまうわ」
ゲイオルは妹シュンカに微笑み
「大丈夫、何とかして生き延びる方法を探すさ。約束する」
シュンカは呆れつつ「分かった」と離れて角を曲がると、レイシャが立っていた。
シュンカがその横を黙って通り過ぎると、レイシャが
「シュンカ、信じて欲しい。必ずゲイオルを幸せにする。今は…大変かもしれないが、それに報いる。だから…」
シュンカが
「言葉だけの約束なんて意味ないわ。幾らでもウソを言えるから。私は忘れない。ガイラスおじさんを不幸にした事を…」
と、レイシャから去って行く。
レイシャがシュンカの背に
「約束する。これは私の言霊、身命だ! ゲイオルを必ず幸せにする。だから…信じて欲しい」
シュンカが背を向けたまま
「そう言って、ガイラスおじさんを殺したクセに!」
と、叫んで走り去った。
それにレイシャは項垂れるだけだった。
その情景を二階から見つめるシュンカの両親がいた。
桜花の話が続く、長兄ゲイオルの背負っている運命とは?
次回、二人の兄、ゲイオル