第720話 紋章の意味 その一
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彼女が目覚めるとそこは、綺麗な医務室のベッドだった。
アムザクの遺産と融合していた彼女は、目覚めた次に呆然としていた。
ディオスがミリオンを管理している人工魔導精霊イヴァンに頼んで、彼女のメンタルをチェックさせると…。
イヴァンが
「どうやら、健忘症のようです」
ディオスが
「記憶が思い出せないのか…」
ディオスとイヴァンが並んでいた。
人工魔導精霊イヴァンの立体映像を隣にディオスが頭を抱えて
「参ったなぁ…」
イヴァンが
「一応は、こちらの環境に適応できる体なので、預かるというのは…」
ディオスがイヴァンを見つめて
「言語とかは? 習慣は?」
イヴァンが
「言語は、こちらに近いので、魔導ナノマシンで学習は可能です。これ幸いなのか、言語系統の記憶は大丈夫です」
ディオスが頷き
「そうか…」
そして、ディオスが彼女がいる医務室へ来る。
そこは広めの個室である。
まあ、軌道エレベーターコロニー・ミリオンの最上部に連なる千キロ級のコロニーの全てにある病院は、全部が個室の医務室だが…。
外を呆然と見つめる彼女にディオスが近づき
「おはよう」
と、微笑む。まあ、いかつい顔の笑みだが…。
彼女がディオスを見つめると、おぼろげに焦点を合わせる。
ディオスが自分を指さし
「私の名前は、ディオス、ディオス・グレンテルだ。ここの管理をしている。君は…?」
彼女は暫しうつむいた後
「レイ、シュン…」
ディオスが首を傾げる。
どうやら、名前の記憶は繋がるようだ。
「レイシュンって名前なんだね」
その後、彼女が頭を押さえ
「レイシュン、レイ、に、レイシュ、う」
混乱を始めたのでディオスが来て
「落ち着いて、無理に思い出さなくていい。こっちへ」
ディオスは、彼女をベッドに誘導して座らせる。
彼女はベッドに腰掛けて頭を押さえた次に、ディオスが魔法で痛みを抑える回復をかける。
彼女は、痛みが和らぎ顔を上げる。
ディオスが彼女に優しく
「無理に思い出そうとすると大変だ。ゆっくりでいい。痛くなったら教えてくれ」
彼女は呆然としながら
「レイシュン、兄さん…兄さん」
ディオスが
「兄さんの名前がレイシュンなんだね」
そして、彼女は
「シュンカ、ゲイオル、シュンエイ」
ディオスは真剣な顔をする。
おそらく、本人の名前ではない。関係者の名前だ。
手がかりにはなる。んん…だが…本人の名前が一番の手がかりになるのは間違いない。 だが、このまま名前なしでは…。
記憶喪失の彼女にディオスは
「じゃあ、名前がないと色々と不便だから、勝手にこっちで名前をつけるが許してくれ」
彼女はディオスを見つめる。
それを了承としてディオスは考える。
桜色の髪、透き通る肌、細い少女…。
「んん、桜花でどうだ?」
彼女が「オウカ?」と復唱する。
ディオスが頷き
「そうだ。桜の花と漢字という言語で書いて、桜花…」
彼女は考えた後に
「桜花、桜花…」
復唱してくれたので気に入ってくれたとディオスは判断して
「君は、桜花だ。良いね。ただし、本当の名前が分かったらそっちを教えてくれよ」
彼女、桜花は頷いた。
記憶喪失の少女は、桜花と命名されてディオスの元へ預かる事になった。
その頃、ミリオンの別の場所でルビードラゴンとティリオ達が対峙していた。
ティリオ、ジュリア、アリル、ナリルの四人に鋭い視線を向けられるルビードラゴンは、堂々と胸を張って四人を見つめていた。
ティリオが鋭い視線で
「どうして、父さんを狙ったの?」
ルビードラゴンは隠さずに
「それが依頼だったからだ」
空気が鋭くなり、ティリオ達から殺気が放たれる。
ティリオが
「じゃあ、父さんを殺すのが目的だったんだね」
ルビードラゴンは呆れ気味に
「そんな事、できる訳がない」
ティリオと彼女達は拍子抜けするような答えに戸惑う。
ルビードラゴンが呆れつつ
「はっきり言って、無理だったろう。隙を突けて刃を聖帝に入れても、聖帝が持つ絶大な防御力に防がれて、私の攻撃は弾かれた。そして、その後は…お前達は…もう、私に関しての能力を知っているのだろう」
ティリアは頷き
「時間の流れを操作する力。過去には戻れないけど、その場に流れる…おそらく自身が知覚する領域の時間の流れを遅くしたり早くしたりする能力」
ルビードラゴンは渋い顔で
「その通りだ。だから、故に…凍炎の宝玉というコードネームを持っている」
それにティリオは納得してしまう。
炎は激しく燃える。その炎さえ凍るように時間の流れを操作する。だから、フリーズ・フレアと呼ばれているのだと…名は体を表す。
ルビードラゴンが
「最初から、聖帝ディオスを追い詰められるという事実さえ構築できればいい。暗殺なんて端から不可能だったのは重々承知な事だ」
ティリオは暫し考え
「じゃあ、なんで…最初に僕達を襲ったの?」
ルビードラゴンは淡々と
「まずは、聖帝ディオスに周囲が狙われているという誤解をさせて、近づきやすくする為だ。それと…君を狙ったのは、君が…君達が強いからだ」
ティリオ達は困惑する。
ナリルが
「でも、アタシ達は、ディオスおじさん達に比べれば…そんなに強くないわ」
ルビードラゴンがハッキリと
「能力を見れば、聖帝ディオス個人と同等だ。まあ、超越存在としての力は除外させてくれよ。それさえ除けば間違いなく、君は父親である聖帝ディオスと同レベルだ」
ティリオが渋い顔で
「でも、父さんとの模擬戦で勝った事は…ない」
ルビードラゴンがフッと笑み
「戦闘の経験値だよ。あと…他の経験もある。それさえ熟せば…君は父親と同じレベルに立てる」
ティリオが驚きの顔を向けている。
ルビードラゴンが
「おべっかを使う周囲より、かつて敵だった者の言葉の方が重みがあるだろう。だからこそ、ここで褒められたから研鑽に手を抜くなよ。あくまで今までのように時間をかけて鍛えれば、父親と同じレベル、いや、それ以上にはなれるだろう。傲慢になってサボるなよ。時間をかけて、ゆっくりと熟成するように鍛えればいい」
ティリオが微妙な顔をする。それをジュリアやナリルにアリルが見つめる。
ティリオは不思議な感じだ。敵だったのに、その敵が一番に自分を認めてくれていた。
恥ずかしいような、嬉しいような、それでもダメなような。複雑な気持ちだ。
そんなティリオをルビードラゴンは見て思うのは…。
愛されて心をちゃんと育んでいるのだなぁ…。
ティリオの周りには、ティリオを大切にしてくれる者達がたくさんいる。
だからこそ、ティリオは真っ直ぐと育っている。
そして、急ぎ足ではあるが、大人びてきた。
まだまだ、人生は長い。だが、若い時は、この一瞬が全てと思ってしまう。
それは悪くはないが、危うい事でもある。
だが、ティリアがそうなって暴走しても止めてくれる者達がいる。
それは…。
ジュリアが
「ティリオ、そんなに考え込んでも仕方ないわ。一部だけ参考にしましょう」
と、ティリオの手を取る。
ティリオは頷き
「そうだ」
その周囲に微笑むナリルとアリルがいる。
ティリオの伴侶達が、ティリオが間違いそうな時に止めてくれるだろう。
ルビードラゴンが背を向けて
自分の前世の時は…そんな者達はいなかったがな…。
許嫁のような同族の女はいた。だが、所詮…それは同族の掟に縛られただけの…。
「何やっているの! ルビードラゴンのおじちゃん!」
と、ティリアが遠くから呼びかける。
ルビードラゴンが眉間を寄せて
ああ…うるさいのが来た…
そう思っていると。
ティリアがティリオ達の隣に来て
「あ、今、うるさいのが来たと思ってる!!!!」
内心を読まれて苦笑いするルビードラゴンであった。
ディオス達に保護された少女は、名を与えられた。
そして、ディオス達の日々に加わる。
次回、紋章の意味 その二