第5話 始まりへ 王都へ
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襲撃者を撃退したソフィアと勇志郎は、王都へ向かう準備をする。優志郞が準備をしているとダグラスがとあるプレゼントを優志郞に用意する。
それは…この世界での優志郞にとって大切なモノであった。
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ダグラスの屋敷、ソフィアの部屋でソフィアは荷物を纏めていた。
「よい、しょ」
と、トランクに服や私品を詰め後ろを向くと、荷物の詰め込みを手伝うクリシュナの姿がある。
クリシュナはソフィアの視線に気付き
「なに?」
ソフィアは気難しい顔をして
「その…何というか…」
クリシュナはにっこりと微笑み
「大丈夫よ。もう、アナタを殺そうなんて思ってもいないから。安心して」
ソフィアは頬を掻き、そう簡単に気持ちを切り替えられないなぁ…と思っていた。
勇志郎も自室で同じく荷物をトランクに纏めていた。その数はトランク二つ分と意外に少ない。
「こんなモノか…」
自分の荷物の少なさに淋しさを感じ、それ程にこの世界に来てからの日々が濃密でもあった。
優志郞が異世界に持って来たのは、傷によって孔があいたスーツとズボンにスマホ、そして…かつての会社の社員証だけだ。
こっちでの服はダグラスが分けてくれた私服だけ、その数も使えればいいという程度で少ない。
トランクの上に勇志郎は座り、色々と思い返す。
傷だらけで助けられ、屋敷の書籍庫で勉強し、ソフィアに魔法を習い、ソフィアの王位継承の手伝いとなり、クリシュナの襲撃と、艦隊の退散をして、そして…王都へ向かう為の準備。
濃密だったなぁ…とシミジミ感じていると、開いていたドアをノックして
「こっちの準備は終わったの?」
クリシュナが腕を組んで立っていた。
「ああ…」と勇志郎は立ち上がり「ソフィアの手伝い、ありがとうな…」
クリシュナは手を振って
「いいのよ。男と違って女には色々と準備や荷物があるから」
優志郞は頷く
「そうか…」
クリシュナが優志郞を見つめて
「何か、考えていたみたいだけど…」
優志郞は思い出すように天井を見上げて
「その…色々と思い返していてな」
「あら? どんな事…」とクリシュナは興味深そうに背中をドアの柱に預ける。
「色々さ」と優志郞は切り上げようとするが。
「ちょっとは教えてくれてもいいじゃない。ただならぬ関係なんだから」
クリシュナが右腕を上げ、そこに刻まれた朱色の呪印を見せる。
勇志郎は、クリシュナに呪印の事を教わり、とある呪印をクリシュナに施した。
呪印の効果は、クリシュナの位置が分かる事、勇志郎の魔力を無制限にクリシュナに供給する事、この二つを込めた。誓約みたいなモノだ。
勇志郎はフッと笑み
「ここに来てからの事を思い返していたのさ。魔法を習ったり、本を読んでいた事や、本当に他愛もない出来事をな」
「そう…」とクリシュナは頷く。
そこへコツコツと靴音がして「勇志郎」とダグラスが現れた。
「ああ…ダグラスさん」
「支度は済みましたか?」
「ええ…大方は」
ダグラスはクリシュナを見て「アナタは?」と
クリシュナは会釈し
「そう、大した荷物はないので直ぐに済みましたわ」
「勇志郎、少し話があるのですが。大丈夫ですか?」
「ええ…」
ダグラスを前に勇志郎とその少し後ろにクリシュナが付き、廊下を進む。
書斎で
「ええ…とクリシュナさん。少し勇志郎と二人だけに」
クリシュナは離れようとするが勇志郎が
「クリシュナを同伴させてもいいでしょうか?」
「どうしてですか?」
「彼女には隠し事をしたくないので…」
クリシュナは目を丸くして驚く。
ダグラスは困り顔だが
「分かりました。勇志郎がそう望むなら」
ダグラスは勇志郎をソファーに座らせ、その後ろにクリシュナは控えた。
ダグラスは一冊の本を勇志郎の前にあるテーブルに置き
「これを憶えていますか?」
勇志郎は手にして
「これは…ダグラスさんが貸してくれた魔王ディオスに関して教えて頂いた本ですね」
「そうです」
ダグラスは勇志郎の対面のソファーに座り
「ソフィアから色々と聞きました。勇志郎が熱核魔法という強大な魔法を使った事、艦隊を追い払う為に、同じレベルの大災害魔法を使った事も」
勇志郎は頭を掻く。どこか照れくさい。
後ろに立つクリシュナはフフ…と楽しげに笑む。
ダグラスは両手を組んで勇志郎を見つめ
「勇志郎を拾った遺跡は、かつて魔王ディオスの居城があった場所でした」
「ほう…そんな重要な場所だったんですか」
「遺跡の上空に強い閃光が現れ、何事かと駆け付けた所に…ケガをした勇志郎を見つけ保護し、今日まで来ました。勇志郎…私は、貴方を魔王ディオスの再来と思っています」
「はぁ?」
勇志郎は顔を訝しくさせる。
それでもダグラスは続ける。
「前々から何となくはそんな予感がしていました。ソフィアに魔力を覚醒された時に天候を変える程の魔力を放出したり、ヘキサゴン・マテリアルだったり、そして、破滅をもたらす魔法を単騎で使えたりと」
「ちょっと待ってください。それだけで魔王ディオスの再来と言われても…」
「私は、魔王ディオスを倒したアルベルドの子孫です。アルベルトはとある言葉を残していました。魔王ディオスの中には渦巻く何かがあり、そこから無限に近い魔力を抽出していると…」
勇志郎は表情が硬くなる。それは己で薄々感じていた事だった。魔力を使ったり魔法を発動したりする時に、自身の内側に渦巻く何かがあるという事を…。
ダグラスは肩の力を抜き
「私は、勇志郎が魔法を使っている時に、それを感じる事がありました。貴方の中に渦巻く何かを…。アルベルトの子孫である私にはとある遺言が残されています。何時か、必ず魔王ディオスと同じ者がこの世に出てくる。その時は見極めよと…」
ダグラスは一呼吸置き
「勇志郎…その強大な魔力で、貴方は何がしたいのですか?」
その問いに勇志郎は右手で口を押さえる。
今は、ソフィアの王位選抜についてしか目的がない。だが、何れそれも近い内に終わる。その後、どうすれば…?
「魔王ディオスのように世界を覇道で蹂躙するのですか?」
ダグラスが悩む勇志郎に問いかける。
勇志郎はフッと笑む。
魔王ディオスのように世界支配を狙うのか? お伽噺じみててバカらしい。なら、逆の事をしてみよう。その方が面倒だが、きっと面白いかもしれない。
「ダグラスさん。決めました」
「決めたとは?」
ダグラスは真剣な顔を向ける。
勇志郎は笑み自信ありげな顔で
「世界平和を目指します」
ダグラスは面を食らい。クリシュナはプッと吹いた。
勇志郎は深くソファーに背もたれ
「オレは世界征服なんてタマじゃあない。裏でこそこそ動くのが性分にあっている。だがら、世界平和を目指します」
ダグラスは呆れ気味に
「とても難しいかもしれませんよ」
「その方がやりがいがあります」
勇志郎は楽しげに笑む。
ダグラスは天井を見上げ
「そうですか…なら」
ソファーから立ち上がり書斎の窓側にある机に行き、とある箱を両手に持ち勇志郎の前に置き
「開けてみさない」
「はい」
勇志郎は箱の蓋を取ると黒い布が見えた。
「何ですか。これは?」
勇志郎は布を取り出すと、それは肩当てが突いた魔導士用のローブだった。フードの部分には金縁が付き、胸部の所で止めるシャツのようなカバーも一体である。
「勇志郎、着てみてください」
ダグラスは促すと、勇志郎はそのローブを纏う。肩の部分に肩当てを固定する留め具があり止め、胸部の部分を閉じるシャツの開きを閉じる。
勇志郎の様相は、どこかの魔導士のようだった。
「似合いますね」とダグラスは満足する。
「これは何ですか?」
勇志郎の問いにダグラスは
「魔導士の服です。特殊な魔導繊維で編み込まれているらしく、魔力に応じた防御力を発揮するそうです。勇志郎の魔力なら相当の防御力を発揮する筈です。受け取ってください」
「ありがとうございます」
勇志郎はお礼を告げると、ダグラスが
「もう一つ、プレゼントです」
一枚の金属プレートを差し出す。
「これは…」と勇志郎は受け取る。
「アーリシア魔導協会に勇志郎を登録しました。魔導士のランクは決まっていませんが…勇志郎が魔導士である証明になります」
「すいません。色々な事をして貰って…」
「いいんです」
ダグラスは微笑み、勇志郎は登録書のプレートにある名前を見ると…
「ディオス・グレンテル?」
勇志郎の名前ではない。ダグラスが
「貴方の新しい名前です。勇志郎という名前はあまり、この地方ではピンときませんし、言いにくいので…」
勇志郎は複雑そうな顔で
「魔王ディオスと同じ名のディオスですか…」
ダグラスは真剣な顔で
「その名前は戒めです。魔王ディオスのようにならないという…」
ふぅ…と勇志郎はため息を漏らし
「分かりました。この名前、ありがたく頂戴します」
ダグラスとの話を終え、勇志郎から、ディオス・グレンテルになり意気揚々とまではいかないが胸を張り廊下を歩く勇志郎もといディオスは準備した荷物のトランクを持ちに部屋へ向かっていた。その後ろを付いていくクリシュナは
「ディオスねぇ…」
「なんだ。不満なのか?」
「いいえ、ユーシローよりは馴染みがあるし言いやすいけど…」
クリシュナは生暖かい笑みを見せる。
ん?とディオスにはその反応の意味が分からなかった。
屋敷に大型の魔導バスとトラックが到着する。そのバスとトラックにあの四人、ナトゥムラ、スーギィ、マフィーリア、ケットウィン、その他の従者達がいた。
ソフィアは、屋敷の従者と共に、詰めた荷物をバスとトラックへ運び積み込んでいる。
「随分と荷物があるんだなぁ」
ナトゥムラが現れる。
ソフィアは腰に手を当て
「色々と持ち込む物が多いのよ。アンタ達、男とは違って」
「はいはい」とナトゥムラは苦笑する。
その間に、ディオスが両手にトランクの荷物を持ちクリシュナと現れる。
ナトゥムラが眉を顰め
「お前、その格好…」
ディオスの格好が目に付く。
「これか…」とディオスはナトゥムラの前で止まりトランクを下ろし、着ている魔導士ローブの袖を持ち
「どうだ。魔導士っぽいだろう」
ナトゥムラが笑みで顎を擦り
「馬子にも衣装だなユーシロー」
ディオスは妖しく笑み
「もう、勇志郎ではない。さっき、新しい名前を貰った。ディオス・グレンテルだ」
「はぁ!」
と、ナトゥムラは目が点になる。
ディオスは、聞いて驚いたと思ったが次に
「アハハハハハハハ!」
ナトゥムラは腹を抱えて笑い出した。
「ん? ん?」
「何を大笑いしているの?」とソフィアが顔を見せる。
「聞いてくれソフィア!」とナトゥムラは破顔一笑の顔でソフィアに耳打ちする。
「ぷ、ハハハハハハハ!」
ソフィアはナトゥムラと同じく笑い吹き出した。
「何を笑っているんだ?」とディオスは不機嫌になるとクリシュナが左肩に手を置き
「教えてあげる。魔導士でディオスって名前はけっこう多いのよ」
「はぁ?」とディオスは顔を驚きに染める。
クリシュナは口に手を当てクスクスと笑いながら
「つまり…魔王ディオスは魔法でかなり有名だから、その名前にあやかろうとディオスを名乗る魔導士は結構いるのよ。まあ…見かけ倒しばかりが多いからある意味、痛い名乗りでもあるけど」
ディオスは口を大きく開き呆然とする。
「何をみなさんで笑っているんですか?」
ダグラスが現れる。
「ダグラスさん!」とディオスは詰め寄り
「ディオスという名前は、痛い名前なんですか?」
「いえ…そんなつもりは…」とダグラスは困惑する。
ナトゥムラが生暖かい笑みで
「なんだ。もしかしてダグラスに名前を付けて貰ったのか。それは残念だったなぁ。ダグラスって天然の所があるからなぁ…」
「そんな…」とディオスは項垂れ、それを囲みソフィア、ナトゥムラの笑いがコダマする。
ダグラスは申し訳なさそうな顔で、クリシュナはまあ…痛い子を見る生暖かい苦笑だった。
ソフィアはディオスの肩を抱き
「まあ、勇志郎よりは言い易いからね。落ち込まないのディオス。でも、やっぱりちょっと痛いわぁ」
「ウルサいわ!」
ディオスは声を荒げた。
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