第53話 どうして、こうなった!
これにてこの章は終わりです。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
ゆっくりと楽しんでいってください。
あらすじです。
ディオスの思いもしない所で動いていく世界。
それにディオス自身が戸惑い、様々な気持ちを過ぎらせる。
バルストランの議会でグレンテル協定が可決されて一週間後、ディオスはソフィア達と共に、ヴァシロウスの亡骸が近くの海にある港都市リンスに来ていた。
そう、グレンテル協定をここで結ぶために…。
ソフィア達、カメリア、ゼリティア、ナトゥムラ、スーギィ、マフィーリアと仕官達の中にディオスがいる。
その一同が、各国々の政府関係者が泊まる大きなホテルに来ると、ホテルのロビーの全ての視線がディオスに集中する。
ジーとディオスだけを全てが見つめている。
ディオスは項垂れる。
そう、注目される理由は自分にあるのは、分かっている。分かっているが…。
屋敷に帰りたい。帰ってクレティアやクリシュナの赤ちゃんがいるお腹をさすってニヤニヤしていたい。その方が断然にいい!
そう思いつつディオスは、ホテルのカウンターへ来る。
「はい、アンタの部屋ね」とソフィアが鍵を渡す。
その目に光がない。そう…もの凄く怒っている。
「ああ…師匠…」
と、ディオスは恐る恐る呼び掛けると、ソフィアは光のない瞳でギロッと睨み
「逃げるんじゃあ…ないわよ…」
ディオスは真っ青になって
「はい…」
と、頷いた。
荷物をホテルに置いて、協定が結ばれる式典に出席するディオス。
その間、ズーッと人々が注目して、その視線が痛い。
グレンデル協定の式典が始まる。
アーリシアの十二国の王達が、グレンテル協定の書状に名前を連名していく。
十二国の王が全て、署名し終わると…進行の方が
「ディオス・グレンテル様」
ディオスを呼んだ。
ディオスは、王達が署名する前の沢山の仕官や部下達が並ぶ、そこにいた。
ビクッとディオスは震える。
クソ…何で、呼ばれるんだよ。オレは関係ないだろうがーーーーー
そう思っていると、更に
「んん…グレンテル様…どうぞ、こちらへ…」
その背を後ろにいたナトゥムラがつっつき
「おい、行かないと終わらないぞ…」
と、ディオスに耳打ちする。
「く、ころ…」とディオスは言葉を噛み締め、列から外れて間を進む。
その間、全ての並ぶ人達がディオスに注目して、しかもその顔には楽しげな笑みを浮かべている。
ディオスは眉間が寄って
ああーーー そうですよ。確かにオレが提唱しましたよ!
それが、なんでこうなっちゃうかなぁーーーーー
仏頂面の裏には、不満たらたらの叫びがあった。
ディオスは署名場所の高い所へ登壇すると、進行の人が
「こちらへ…」
誘導して、十二国の王達の署名がされ書状の置かれたテーブルにディオスを座らせ
「ここに、アーリシア十二国の王の署名があるか、確認して、最後のここにご署名ください」
書状には、グレンテル協定の五箇条と、その下に発起人から始まった王の署名と、最後に原案者である自分が署名する部分がある。
ディオスは、十二国の王達の署名を確認して
何で、どうして、こうなった!
と、内心で突っ込みながら、自分の名前を署名した。
「お疲れ様です」
と、進行の方が告げ、ディオスの署名が入った完成したグレンテル協定の書状を掲げ、全員に見せる。
オオオオオオオオ!
全体から歓声が沸き起こった。
ディオスは口元に手を当てて涙しているように見える。
それを、他の人達は、ディオスが願いが叶って感動していると思っている。
しかしーーー ディオスを知るナトゥムラやスーギィ、マフィーリアは見抜いていたディオスの本心を
どうして、こうなったーーーーーー
悲観してショックを受けていると…。
ディオスを登壇させたまま、発起人であるノヴァリアスとヴィルヘルムの言葉が始まる。
ノヴァリアスは素晴らしいとか、こんな瞬間が迎えられると喜んでの賛辞だ。
ヴィルヘルムは
「とある男が、私にこういった。覇を唱えるではなく、自国をアーリシア、いや世界一、豊かな国にする事を目指すなら、力を貸すと…そんな説法を説いた男がいた。のぉ…ディオス・グレンテル」
隣にいるディオスにヴィルヘルムは向く。
ディオスは「く…」と唸って俯く。
ああ…そうだよ! 確かに言いましたよ! それでこれですかーーーー
ディオスは悔しげに歯を噛み締める。
ヴィルヘルムはニヤリと笑い
「なんでもない…」
と、告げて言葉を終えた。
式典最後のフィナーレは、署名を持ったディオスと、その周りを十二国の王達と部下達を囲んだ、大写真会である。
署名を持つディオスの右に、ヴィルヘルムが来て、その肩をつかみ
「これで、はれて、お前を存分に使える。我が国の為に存分に働いて貰うぞ」
そんな言葉を耳打ちされて、ディオスは眉間が寄って厳しい顔になる。
その左には、ソフィアがいた。勿論、その言葉が聞こえている。
ソフィアはディオスの左腕を握り潰す勢いで、硬く締めている。
痛い! 痛いよ! 師匠ーーーー
ディオスは更に厳しい顔となる。
「はい、行きますーーー」
魔導写真機を持つ撮影者が、グレンテル協定調印の記念撮影をした。
カッシャン。
こうして、アーリシアの歴史に一枚の写真が加わった。
その後、夕方頃、ディオスは街に行き、とにかく…呆然として、頭を整理したいと思ったら、あの味噌汁を出してくれるアルマーの宿店に来た。
「こんばんは…女将さん」
と、ディオスは覇気の無い声でドアを潜ると、店のレストランにいる客が一斉に立ち上がる。全員が、帽子を取って胸に当てている。尊敬の眼差しと敬礼の姿勢だ。
か、勘弁してくれ…
ディオスは余計に滅入る。
カウンターに来て、女将さんが
「はいよ…何時ものだよ」
変わらずに暖かく味噌汁を出してくれる。
「ありがとう…」
その何時もと同じ感じが、ディオスの心に染みいる。
女将さんが腕を組んで
「アンタ…大変な事をしてしまったね」
ディオスは味噌汁を一口飲んで
「ああ…別にいいよ。アーリシアが平和になるんだったら。でも…どうして…」
と、ぼやいていると店のドアから騎士達が一斉に入ってくる。
騎士達はディオスの周りに集まり
「ディオスさん。グレンテル協定ですが…」
ジーとディオスだけを見つめる。
ディオスは頭を抱えた次に
「はぁ…皆さん、心配しなくていいですよ。もう…これからは、アーリシアの国同士で戦争なんて起こりません。国境の問題も、お互いの国が協力して犯罪や不法行為を取り締まるようになるだけですから…。もう…皆さんは国を守るだけに集中出来ますので…。全力で自分はその為に動きますから」
騎士達の目が輝き
「うぉおおおおおおおおおおおおおお」
歓声を上げた。
「えええ? ええええええぇぇぇええ」
と、ディオスは驚いていると、騎士達がディオスの手を取って引っ張り、店の外に出すと、あの騎馬戦の馬となって、そこにディオスを乗せて
「さぁああああああ 神輿だ―――― アーリシアの大英雄、ディオス・グレンテル様の功績を祝って! 街を練り歩くぞーーーー」
わっしょい。わっしょい。わっしょい!
ディオスを乗せる騎士達は猛烈に感動してヒートアップした。
そこに街の人達も加わって巨大な行列となった。
完全にお祭り騒ぎとなってしまった。
ディオスは、ヴァシロウスを倒した英雄、ヴァシロウスの英雄から、アーリシアを平和に纏めた、アーリシアの大英雄へとランクアップした。
数時間後、もみくちゃにされてホテルに帰って来たディオスの前に、レディアンがいた。
「おお…帰って来たか…」
と、告げるレディアンの両脇にはヴァンスボルトと、仕える将達がいる。
「た、ただいまです」
ディオスは疲れ気味に答える。
レディアンがディオスの前に来て
「いや…お前がやった事で大変な事になった。私が、初代アーリシア統合軍の将軍となる事になった。ヴァシロウスを倒した時の部隊がそのまま、アーリシア統合軍になる予定らしい」
「はぁ…そうですか」
「その統合軍の特別軍事魔導顧問として、お前が任命されるそうだ」
ディオスはフッと笑み
だろうね! そうだろうね…。アア…もういいですよ。何でも来いだ!
ちょっと投げやりのディオス。
「そしてな…」
と、レディアンはディオスの両腕の肩をつかみ
「お前…二人の伴侶がお前の子供を妊娠したそうだな…」
「ええ…まあ…」
「その子供達…お前の特殊な膨大な魔力の体質を受け継いでいると聞いたが…」
「え…」
ディオスはキョトンとする。
な、そんは、秘密の筈…どうして…
レディアンが掴む手の力を強め
「それは、本当か…」
「ああ…いえ、ええええぇっぇぇぇええ」
レディアンがディオスの肉を引き千切らんばかりに、手に力を込める。
「ああ…あう…はい…」
と、ディオスは正直に答えた。
レディアンがギラギラする瞳をディオスの顔に寄せ
「その子供…ウチに…私のヴォルドル家に嫁がせろ」
「え!」とディオスは驚きで白目を剥いた。
「なんだ? 気に入らないのか?」
レディアンが更に肩を握る力を強める。
「れ、レディアン様。肩…肉が…肉が…」
ディオスは限界だと告げる。
レディアンは押す。
「いいだろう。子供の為には、素晴らしい進路が必要だ。我らヴォルドル家は、その素晴らしい未来を用意できる者達だ。問題なかろう」
「いいい、いえ。子供の未来は、子供もぉぉぉぉぉぉお」
ディオスの肩が限界まで握られる。
「はぁ?」
それ以上は許さないという感じのレディアン。
「あ、ああ…そうですね。それもあり、かも…」
と、ディオスは折れると、レディアンは両手を離して解放して
「よーし! 頼むぞ…ディオス」
と、レディアンは微笑んで去って行く。
ディオスは呆然として、その場に足を崩して座ると、傍にいたヴァンスボルトが
「申し訳ありません。ディオス殿」
と、小声で謝った。
残されたディオスは、考える。
どうして、そんな事がバレたーーーーーー
そう、内心で叫んだ次に、ハッとしたのが、ヴィクトリア魔法大学院の事だ。
まさか…
直ぐに、ディオスはヴィクトリア魔法大学院のトルキウスに連絡を取る。
「おい、トルキウス。オレの子供が、オレの特殊体質を遺伝していると広まっているぞ」
トルキウスに問うと。
トルキウスが
「すまん。ディオス殿…。ディオス殿の赤ん坊の事は、超厳重要の情報として国家機密レベルの厳重に管理していたが…。その情報に…ヴィクトール皇太子が王族の権限やらとか色々と持ち出してアクセスしたらしい。それで…」
ディオスの額に青筋が浮かび
あんにゃろうーーーーーー 何時か絶対に、とんでもない目に遭わせてやる!
情報漏れの箇所が判明して怒りに燃えるディオスだった。
ホテルの部屋でディオスは、次なる手を考えていた。
あのヤロウに、絶対に後悔させてやる!
そう、思いながらアーリシアの地図と、アーリシアにロマリアに関する情勢の資料を見ていると、ドアがノックされた。
「あたしよ。開けて…」
ソフィアの声だった。
「どうしたんだ? 師匠」
と、ディオスはドアを開けると、ソフィアが一人立っていた。
「ちょっといい?」
「ああ…」
と、ディオスはソフィアを中へ入れると、ソフィアは部屋のテーブルに置かれている地図と、資料の束の山を見て
「はぁ…もう、次の戦略を練っているの?」
「あ…」とディオスは、そのテーブルに行き
「これか…さっきレディアンに子供を譲るようにと…迫られた…。子供の情報漏れの原因がレギレルのヴィクトール皇太子だと分かって、それでね…」
「そう…」
ソフィアは、テーブルの傍にあったイスに座り
「ねぇ…。アンタ…どういう風に言われているか知っている?」
ディオスはその右のイスに座って、皮肉に笑み
「街で神輿にされた時、沢山の人達がアーリシアの大英雄だって…言っていたなぁ」
ソフィアはディオスを見つめて
「そう…どう? アーリシアの大英雄になった気分は?」
ディオスは眉間を寄せて
「正直、迷惑だ。オレはそんな男じゃない。一介のただの宮仕えの魔導士だ」
ソフィアはふ…と呆れた顔をして
「アンタがフランドイルを封じ込める作戦を考えた時、そんな感じじゃあなかったわ…。なんだろう。幼い頃に曾祖父から聞いた。魔王ディオスみたいだった」
「はぁ…」とディオスは顔を呆れで染め
「なんだそれ、オレは、歴史上の人物ではない。そんな偉人級の才物なんかじゃないぞ」
ソフィアがディオスの左手に触れ
「ねぇ…もう、師匠なんて呼ばないでよ…」
「どうしてだ…。色々としてくれる人を尊敬で呼ばないでどうする?」
「なんか…寂しいのよ。アンタがどんどん遠くに行ってしまうようで…」
ソフィアの目には、寂しさが映っている。
ディオスは、その気持ちを察して、触れている左手を返して、優しくソフィアの手を握り
「わかった。屋敷とか、王としての威厳が必要もない場所は、ソフィアって呼ぶよ」
「ありがとう」
「でもいいのか? 妹扱いになるぞ」
ソフィアはディオスから手を離して肩を叩いて
「アタシは、アンタより年上なの、お姉さんなの。その辺は理解して呼びなさいよ」
「はいはい…」
ディオスは肩を竦め、ソフィアは軽く怒っているも笑っていた。
「じゃあ、さっそくだけど…」とソフィアの口調が重くなる。
「ロマリアの皇帝、ライドルが。アンタに会いたいって書状を送ってきたわ」
ディオスは嫌な顔をして
「この後、ロマリアに飛ぶのか?」
「ええ…お願い。アンタに今後のロマリアとアーリシアとの関係が掛かっているから」
「まあ…問題にならないようにしてくるさ」
ディオスは天井を見上げて
ああ…なんか、自分が思いとは裏腹に事態が大きくなっていくなぁ…
そう、思っていた。
ロマリアの皇帝城では、ライドルが部下から報告を聞いていた。
「つまり、我が艦隊が、航行不能になる天災が起こる時に、魔導士がいたと…」
王座にいるライドルの視線が鋭くなる。
報告している仕官が頷く。
「多くの兵士が、天災を起こした十字の光の中に、人を魔導士の格好をした人物を見たと…」
ライドルは、顎を擦りながら
「そのような事が出来る魔導士に、お前は…心当たりがあり、それが…アーリシアの大英雄となったグレンテルと…」
「はい、グレンテルは、気象関係魔法の第一人者です。可能性としては高いと…」
ロマリア皇帝、ライドルは目を閉じて考える。
事実だろうか…。
そこへ、次代ロマリア皇帝となる皇女アルミリアスが来る。180の長身で輝く長い金髪を靡かせ、皇帝の正妻、ロマリアの至宝と呼ばれる妃の麗相を受け継いだ彼女が、皇帝の王座に現れ
「父上、面白そうな話を聞きました。アーリシアの大英雄をここへ呼んだと…」
ライドルは目を開き
「そうだ、アルミリアスよ。お前は…かの、アーリシアを纏めた男をどう見る?」
アルミリアスは楽しそうな笑みを浮かべ
「使えそうなら、わたくしは欲しいですね」
ライドルはフッと笑み
「お前は、欲深い…誰に似たのやら…」
「それは、もう…お父上ですわ」
「ははははは」とライドルは笑う。
アーリシアの大英雄、どのように振る舞うのか楽しみになったライドルである。
ロマリア帝国、ユグラシア北部の広大な地域を領土にする、アリストス共和帝国と双璧を成す超大国だ。
西は、アーリシア近接、南はユグラシア中央部の入口、東は極東の曙光国に近い半島と島々まで、そして…七十年前にユグラシア東の華中国へ攻め入り、その大半を奪って領土として、現在、東の大きな国だった華中国は、四つの勢力に割れている。
人口は九億、主に魔族が半数を占めて、その半分に人族、エルフ、オーガと三等分である。ロマリア皇帝ライドルも、魔族のハーフであり、正妻は人族、数名の側室達も魔族と人族の集まりだ。ロマリアの主要貴族は魔族と人族しかいない。
その資料をディオスは、旅客飛空艇の下部にある展望レストランで見ていた。
おお…ぶっちゃけ、オレの世界であるならロ○アなか…。
そんな想像しながら、コーヒーを口にしていると…その傍に男が来た。
「んん…」とディオスは男のいる右に顔を向けると「ゲ!」と唸ってしまった。
そこにはロマリアの軍服を着たグラドルがいた。
「お前…」とディオスは睨む。
偽名グラドルから本命のヴィスヴォッチ少佐は
「久しいなぁ…」
「なんだ? オレにケンカでもふっかけにきたのか?」
ディオスの刺々しい問いにヴィスヴォッチは
「お前をエスコートしろと言われてきた」
「そう言って後ろからズドンって無しだぞ」
「そんな事をするか…。とにかく、オレの案内に従って貰うぞ」
「へいへい…。まあ…丁寧にお願いしますわ」
こうして、ヴィスヴォッチの案内と共に、ロマリア首都、皇帝城がある大都市の空港に来ると、降りた空港内のゲートで、一斉に魔導カメラのフラッシュの嵐に見舞われる。
「え…」とディオスは嫌な顔をする。
そこへ、記者の一人が来て魔導録音マイクを片手に
「ディオス様…今回はどのような、用件でここに?」
その問いにハッとしたディオスは、記者達が、皇帝の誘いによって来た事を知らないと察し
どうしようか…。まあ…ここは相手を立てて上手く交渉にしたいから
「その…皇帝閣下に、謁見をお願いしたら、受理してくださったので…それで…」
「成る程」
と、記者は頷く。
「では…」と記者が次なる質問をしようとした所をヴィスヴォッチが前を塞ぎ
「申し訳ありません。日程が押しているので…」
ディオスを引っ張っていった。
ディオスと共に迎えの車に乗ったヴィスヴォッチ。
ディオスが
「お前…今、どうしている?」
右に座っているヴィスヴォッチが窓の外を見ながら
「リーレシアとの堺にある超古代遺跡探査ポイントにて、遺跡調査部隊として、部下達と共に学術的活動の手伝いをしている」
「そうか…良かったじゃあないか…」
「ふ…ああ…妻も、もう…怖い事にならないから安心したし、娘達は、オレの影響で遺跡に興味があって、偶に家族を呼んで超古代遺跡の遺跡街を案内しているよ」
「けっこう。けっこう。災い転じて福と成す。よかったじゃん」
「あの女は?」
あの女とはエルザナの事だ。ディオスはふふ…と笑いながら
「後方へ回されたらしい。そこで、ゆっくりと過ごしながら出産を待っているようだ。死んだお腹の子供の父親だった男の方には母親がいるらしく、その母親が同居して色々と面倒を見てくれているそうだ」
「……そうか…」
そんな言葉を交わして、皇帝城に到着するディオス。
皇帝城の庭園で魔導車から降りると…そこには、視線が集中していた。
この時期、ロマリアは昼でも零度近い、防寒の格好をした多数の魔族と人族達が黙ってディオスを静かに見つめるその視線には、警戒が混じっていた。
そこへ、皇帝城から使いの男が来て
「どうぞ…」
と、ディオスを城の中へ導く。
ロマリア皇帝の城は、バルストランの城と規模が違う。巨大な数キロの大きさを誇り、まるで、巨大な拠点要塞のようだ。
廊下を進むと、沢山の美術品が並び、その豪華さを彩っている。
途中途中の廊下の合間に、貴族の様相をした男女の紳士淑女達がディオスを見つめる。
その視線は痛い程に鋭い。
はっきり言ってアウェーのど真ん中だ。
巨大な一枚絵画の大扉が見える。どうやら、そこが終着点、皇帝の玉座である。
その大扉が開き、見せたそこは、巨大な白磁器のホールで、燦然と輝くステンドグラスと、多くの正装をした部下達を従えて、高い場所にある王座に座る皇帝、ライドルがいた。
ライドルは、人族の形態だが、その髪は獅子の様な意匠の青髪だ。目は青色で鋭く、射貫くような雰囲気がある。口には豊かな髭を生やし、豪勢な宝石や金をあしらった皇帝の衣装を纏っている。
まさかに、ザ・皇帝という存在だ。
ディオスは、ライドルと目が合った。
それはまるで自分の中を射貫かれたように思えた。
圧倒的威圧、それはヴィルヘルムにも感じた、王としての資質なのだろう。
という事は…ロマリア皇帝は、ヴィルヘルムと同じ、厄介な覇王という事だ。
ディオスは慎重に前に出て、ライドルの王座の前にある階段の近くで跪き
「お初にお目に掛かります。バルストラン共和王国、ソフィア・グレンテール・バルストランの臣下の魔導士、ディオス・グレンテルでございます。皇帝陛下におかれましては、そのご拝謁をお許し頂いた事を感謝致します」
まずは、定例の挨拶が定石だ。
王座の周囲にいる臣下達が、ディオスを睨み見ている。
ちょっとでも失礼があるなら…そう、手が入るだろう。
「よくぞ、来た。まずは…崩すがよい」
ライドルから言葉が来た。
「では…」とディオスは立ち上がり、姿勢を正す。
ライドルは言葉にする。
「汝の活躍、このロマリアにも轟いている。会えて嬉しいぞグレンテル」
「ありがとうございます。皇帝陛下」
ディオスは頭を下げる。
「では、さっそくだが…聞きたい。汝は、汝の主たるバルストラン王、ソフィアと同じく理想論者か?」
「はぁ?」とディオスは疑問で顔を染める。
「汝のやった事は、アーリシアを平和にして、武力のいらない世の中にする為に、行ったように見える。お前は…そういう平和論者だと、言う者達がおるが…」
ディオスは眉間を寄せる。
何を言っているんだ。この人は…そんな事をしたら、世界のバランスが崩れて、余計にややこしくなるだろうが!
アンタ達に弱気になって貰うと、フランドイルのヴィルヘルムが暴れるかもしれないんだよーーーーー
「恐れながら皇帝陛下…。アーリシアはもっと武力が強化されます」
皇帝の周囲にいる部下達が騒ぐ。
なんだと!
本気か!
どういう事だ!
ディオスは自信を持って平然と
「皇帝陛下、武力が弱まると平和も乱れ、平和が乱れる時は武力も弱まるのです。それは相乗効果関係にあります」
「ほう…」とライドルを眉間を上げて注意深くディオスを見る。
ディオスはライドルを見つめ
「皇帝陛下、これから先、ロマリアとアリストスと同じ超大国がもう一つ、誕生します。アーリシアの十二国が纏まった。アーリシアという超大国です」
「では…アーリシアとロマリアは戦争をするという事か?」
ライドルの視線が殺気を帯びる。
それを平然とフンとディオスは鼻で笑い
「いいえ、利用するのです皇帝陛下。アーリシアとロマリアは、現在、経済的な交流がありません。故に、お互いに利用し合うのです。ロマリアの素晴らしい工業製品と、アーリシアの素晴らしい工業製品を、交換し合うのです。他にも食糧、衣類、医療、なんでも、互いに交換して交易を行うのです」
「それによって何が起こる?」
「お互いがお互いに強化し合えば、アリストスより強大な国になります。ロマリアもアーリシアも…素晴らしい強大な大国へ変貌するのです」
ディオスは右手を胸に当て
「皇帝陛下、チャンスです。ロマリアを更に一歩前進させた大国にするのです。それによってアーリシアも同じく前進するのです」
ライドルはディオスを見つめて目を細くさせ
「お互いが、お互いの為に利用し合うと…。それがグレンテル、お前の考えか…」
「はい、その通りでございます」
ディオスは丁寧に頭を下げる。
ライドルは、王座の肘掛けに右手を置いて、一差し指で肘掛けを小突き続ける。
つまり、この男は、アーリシアを強くする為に、ロマリアとの経済の交流を行い、アーリシアを強くするのが望みという事か…。
確かにロマリアに対しても大きなうま味はある。だが…本当にそれだけか?
「グレンテル。その考えに至る理由は?」
ディオスはフッと笑み
「自分の望みは世界平和でございます」
そのディオスの瞳の奥から、強く呑み込むような気迫が放たれる。
ライドルは思う。
確かに、理にかなった論理だ。
だが…これによってコヤツが何を得る? 全く読めない。
「では、問おう。まず、我が帝国と始めに交易を開始するに当たって、汝のどこの国が良い?」
ディオスは暫し、考えた後、フランドイルの封じ込めを考えた。
ロマリアと交易が始まるなら、ロマリアがフランドイルの足を引っ張るだろうから…
「フランドイル王国はどうでしょう?」
と、ディオスは答えた。
ザワザワと皇帝の間にいる仕官達が騒ぐ。
フランドイルとは、緩衝地帯をもうける程の、緊張関係だぞ!
本気か? いかれておる…。
ディオスは微笑み
「もちろん、我がバルストランを間に挟んでのクッションを置いての交易ですが…」
そこへ、パチパチと皇女アルミリアスが手を叩いて現れる。
「素晴らしいお考えですわ。ねぇ…お父様」
と、アルミリアスは父、ライドルへ視線を向ける。
ライドルは、肯き
「グレンテル。とても、参考になる所見、感謝する。折角、我が帝国に来たのだ。ゆるりと帝国のすばらしさを実感してくれ」
「は、ありがとうございます」
と、ディオスは頭を下げて皇帝の間から去る。
ディオスのいなくなった皇帝の間で、仕官達が
「陛下、グレンテルの話、あまりにも危険があるのでは?」
危険視する仕官
「いや待て、これはチャンスだぞ。我らロマリアは、交易に対して大きな窓口がない。それが近くに出来ると考えるなら…」
ディオスの考えに同意する仕官
その二つの仕官達の意見のぶつかり合いが、皇帝の間で始まる。
アルミリアスはそれを、一望してグレンテルの力を察した。
「これが、アーリシアの大英雄の力か…。まさに王であるな」
「静まれ…」とライドルが言い放つ。
皇帝の間の議論が止まり、ライドルはふふ…と口元の笑みを右手で隠し、自身のワクワクとする高揚を抑えようとする。
ディオスの話を聞いてから、どうも楽しげに疼いてしまって止まらない。
「何を考えているかは、分からん。だが…交易の話、旨すぎる。アーリシアとの交易を考えつつ、その監視をするシステムを構築、両面を考慮した案を提出せよ。よいな」
『はー』と仕官達は命令を受理した。
その後、ディオスはロマリアの観光をした後、お土産を持って帰ろうとした空港で、ヴィスヴォッチがディオスに書面の封筒を渡す。
「これをバルストラン王へ渡してくれ」
「はぁ…書面ね。はいよ。じゃあなぁ…」
ディオスは平然と、ロマリア観光楽しかったーーーという感じで帰って行く。
その背をヴィスヴォッチは見つめながら
「全く、ロマリアに大きな一石を投じたというのに…暢気な男だ…」
ディオスの持って帰った書面は、更にアーリシアに大きな波を起こすモノだった。
そんな事を知らずにディオスは暢気に
「色々と美味しいお土産も料理も憶えたし、後で屋敷のみんなに振る舞おう…」
本当に観光しただけの気分だった。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
次話もあります。よろしくお願いします。
ありがとうございました。




