第4話 始まりへ 襲撃篇
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ソフィアの夢に協力する事になった勇志郎、日々は過ぎて、とある日にソフィアと志を共にする仲間と合流、ソフィアの夢にかける者達が酒場で盛り上がっている所へ襲撃者が現れる。それは最強とされる暗殺者だった。
始まりへ 襲撃篇
優志郞がソフィアに魔法を教わる日々。色々な魔法の技が色々と使えて来たこの頃、ダグラスの屋敷に一通の封が届く。
ダグラスはその封を開け、中にあった文を読み微笑むと、それを持ってソフィアと勇志郎がいる書籍庫に向かった。
勇志郎とソフィアは、ソフィアが魔法を教えるのは飽きたという理由で魔法の歴史を教える勉強に変わった。
勇志郎はデスクに腰掛け、本を両手にソフィアの教えを聞く。
「こうして、魔法が発展した時代の背景には、戦争や争いの歴史が隠されているの」
「ほう…」と勇志郎は聞き入る。
ソフィアは得意げに
「特に、攻撃魔法が発達した時代は、魔王ディオスの時で、この時分に誕生した魔法を忌み嫌う者達も多いわ」
「質問だ」と勇志郎は挙手して
「どうして魔王ディオスの時に攻撃魔法が発達したのだ?」
その問いにソフィアは、胸を張り
「今の所、言われている理由の一つに、魔王ディオスが他国への侵攻を画策していたからというのがあるわ。強力な武力の為の魔法としての価値を魔王ディオスは確信していて、魔王ディオス自身も積極的に開発に加わっていたみたい」
「ふん…」と勇志郎が頷く。
「勉強熱心ですね」とダグラスが現れ、二人が勉強している所に来る。
ダグラスは持って来た文をソフィアに差し出し
「ソフィア…時が来たようです」
ソフィアは、ダグラスから受け取った文を見て
「え…」とソフィアは戸惑いつつも、ダグラスから文を受け取り目を通す。
フゥ…とソフィアはため息を零し
「ついに来たのね…」
「ええ…」
ダグラスは頷く。
二人の様子に勇志郎は首を傾げ
「何が来たんだ?」
ソフィアはニンマリと自信ありげな笑みを向け
「時が来たのよ。来るべくして来た時がね」
ダグラスは部屋の時計を見て
「集合は、今夜になるそうです」
「そうですか…」
ソフィアは文を握り締め胸中に置くと
「ダグラスさん。色々とありがとうございます」
ダグラスは微笑み
「良いんですよ。私はアナタに賭けたのですから」
勇志郎には何が何だか、分からない。
その夕方、ダグラスが魔導車を運転して、ソフィアと勇志郎を連れて近くの街、バランへ向かい到着すると、ダグラスが
「ソフィア、私は他のメンバーを迎えに行きますので、後の手筈は…」
「ええ…ロゴ亭に…」
と、ソフィアは微笑む。
「勇志郎、ソフィアを頼みます」
と、二人から離れて街の人混みの中へ消えた。
勇志郎には事態が全く飲み込めていない。詳しい説明もなく連れてこられ、混乱するも慌てても仕方ないので平然としていると
「こっちに来なさい」
ソフィアが歩き出し、勇志郎を連れたつ。
「なあ、ソフィア。今日は何があるんだ?」
勇志郎は後ろ姿のソフィアに問う。
ソフィアは歩きながら街の風景を見渡し
「もう、ここに来るのも後、僅かになるのね」
碌な答えが返ってこない。
勇志郎はフゥ…とため息を漏らしていると、ソフィアの髪飾りに妙な透明でか細い糸が絡んでいるのが見えた。
「おい、髪留めに」
と、勇志郎が呼びかけた瞬間、ソフィアの髪留めが銀髪から外れ道に転がる。
落ちた髪留めを拾ったのは、清流の如き黒髪の女性だった。
女性は、全身を魔導士が着るローブに包みフードを半かぶりにする顔は、柳眉に憂いを秘めた瞳と白い頬がとても艶やかで、勇志郎は心臓が強く脈打つのが分かった。
「落としましたよ…」
女性が、落ちたソフィアの髪留めをソフィアに渡す。
「ああ…ありがとうございます」
ソフィアが受け取る。
女性はお辞儀して、その場を去ると、その姿を勇志郎は目で追っていた。
そして、女性が振り返ると視線が交差した。
優志郞は、長い長い一瞬の時を感じているとソフィアは優志郞の耳を抓み引っ張り
「いつまで見ているのよ!」
「イタタ…」
勇志郎はふらつく。
ソフィアを先頭に勇志郎はとある宿屋に来る。
「ロゴ亭?」
勇志郎は看板を見上げるとソフィアがその宿屋に入り
「こっちよ」
宿屋は一階が大きな酒場になっているらしく、テーブルを囲んで多くの人で賑わっている。
カウンターに来たソフィアは店主に
「7・8人が座れるテーブルって空いている?」
「あそこが空いているよ」
店主が、店の奥にある大テーブル席を指さす。
「ありがとう」
ソフィアは、指定されたテーブルに来て座ると、入口で立っている勇志郎に、こっちよと招き手をする。勇志郎はソフィアのいるテーブル席に来て
「なぁ、教えてくれないか…何があるんだ」
「待っていれば分かるわ」
と、ソフィアはテーブルに両肘を置き両手を組んで額を置いた。
勇志郎は、なんだ?と頭を掻くと
「お待たせしました」
ダグラスが現れた。
「ああ…ダグラスさん」と勇志郎は見つめると、ダグラスの後ろに四人の人影がある。
ソフィアは立ち上がり
「ようこそ皆、そして、ひさしぶりね」
笑顔になるソフィアに勇志郎の知らない四人が答える。
「おう、久しぶりだなソフィア」
青髪に騎士服の青年は、人懐っこい笑みを。
「お久しぶりでございますソフィア殿」
短髪の赤髪に僧侶の如き様相の獣人族の青年は、会釈する。
「ひさしぶりですな」
髪が一切ないスキンヘッドにオーガの一本角を生やす巨漢は、サングラスのような眼鏡を押し上げる。
「本当に久しぶりですソフィア殿」
ウェーブが掛かった長髪に魔族独特の曲がり二本角を持つ優男はお辞儀する。
スキンヘッドのオーガ族の巨漢が、勇志郎をサングラスで捉え
「ソフィア殿、お尋ね申すが…この御仁は?」
ソフィアは胸を張り
「アタシの弟子、勇志郎よ。アタシが育てている魔導士なの」
『おおお…』と驚きの声が四人から漏れる。
四人は興味深そうに勇志郎を見つめる。
勇志郎はソフィアへ
「なぁ…本当に今日はなんだ?」
「紹介するわ」とソフィアは四人の側へ来て
「彼はナトゥムラ・ユーチューリ伯爵」
「よろしく」と青髪の騎士青年が手を上げる。
「この方はスーギィ・トーモーズ僧爵」
「よろしくお願いします」と赤い短髪の僧侶の獣人族の青年がお辞儀する。
「彼がマフィーリア・カジータル伯爵」
「うむ…お見知りおきを」とスキンヘッドにサングラスのオーガ族の巨漢は、軽く会釈する。
「この方は、ケットウィン・マーコード侯爵」
「初めまして…」とウェーブの髪に二本角の魔族の優男は勇志郎に手を伸ばす。
「はぁ…」
勇志郎はケットウィンと握手する。
「じゃあ、立ち放しも何だし、席に着こうぜ」
ナトゥムラが手を叩く。立っていた全員が席に着くと
「マスター」
ダグラスが手を上げ
「はい、ご注文は?」と店員の娘が来る。
「全員に軽く一杯を…」
ダグラスは注文する。
店員の娘はお辞儀して注文を受け取り行く。
ドンとナトゥムラが右腕をテーブルに置き
「いや…この面子が揃ったって事は…遂に…」
「そうだ。遂に…」とスーギィは肯く。
「我らの悲願の日が来たのだな」
マフィーリアはうんうんと頭を振る。
ケットウィンが「遂に来たのですね。キングトロイヤルの日が」とシミジミ呟く。
「キングトロイヤル?」
勇志郎は訝しい顔になる。
ダグラスが呆れ笑みでソフィアに
「ソフィア…まだ、勇志郎に言っていなかったのですか」
「へへ…コイツを驚かせようと思ってね」
悪戯に舌を出すソフィア。
スーギィが勇志郎へ
「キングトロイヤルとは、この国の王を選定する儀式の事です」
勇志郎はピンと来る。
ここにいるのは貴族の面子、そして…王の選定だと…つまり、この話が出るという事は…!
驚きの顔をソフィアに向ける勇志郎。
ソフィアは嬉しげに笑み
「それが見たかったの! いや…痛快だわ…」
勇志郎は恐る恐るソフィアに推測を告げる。
「お前…王族だったのか…」
「そうよ!」とソフィアは嬉しげに声を張る。
ダグラスが申し訳なさそうな顔で
「すいません勇志郎、隠していて。ソフィアは、亡くなった前王の息子のご息女。ソフィア・グレンテール・バルストラン…正真正銘のプリンセスです」
勇志郎は表情を固くする。そういう重要な事は早くに言って欲しかった。
「その…何だ。ソフィア姫様…」
どことなく口調が固くなる勇志郎の背をバンバン、ソフィアは叩き
「いや…愉快愉快。ポーカーフェイスのアンタがものすごく焦る様を見れて幸せだわ」
楽しげに笑うソフィア
勇志郎はムスッとして
「敬語は無しだな」
ソフィアは勇志郎の頬を抓り
「ほら、敬いなさいよ。アタシは王女様よ。でも…敬語はいらないかなぁ。何時もの感じて良いわよ。出来ればね」
勇志郎の頭をポンポンとバカにするように撫で叩く。
フンと勇志郎は鼻息を荒げ
「じゃあ、そうさせて貰う。で、王選定って事は、他に王候補がいるのだろう!」
「お、中々に鋭い」とナトゥムラが指さす。
ケットウィンが「私から説明しますと…」と役をかう。
「王選定の条件は、三つ。一つが前王から三等親以内である事、二つ目が魔法を習得している事、三つ目が五人以上の爵位を持つ人物からの推薦がある事です。現在、ソフィア殿の他に二人の候補者がいます。我々はソフィア殿を推薦する五人以上の爵位者という事です」
ナトゥムラが己を親指で差し
「どうだい分かったか!」
勇志郎は右手を顎に当て考え
「ならば、ソフィアの父親も条件的には適合しているのではないのか?」
その問いにスーギィが
「慣習というか、王の直ぐ下の息子や娘に当たる人物は、キングトロイヤルには参加しないという暗黙のルールがあるので…」
「ほう…」
それぞれの土地には、そういう見えないルールがある。
「候補という事と、他に二人の候補者がいると言う事は、ソフィアが王として確定ではないですな」
勇志郎の指摘にダグラスが
「そうです。今から五日後に王都へ向かい、そこで王に投票する権利をもつ伯爵以上の爵位を持つ貴族を説得し味方にして、我らの推すソフィアに投票して貰うようにします。それで多数の票を獲得して王の資格を得ます」
「王の資格…」と勇志郎は疑問の顔で「王になるのではないのか?」
ナトゥムラが
「そこは、まあ…まだ、王になる戦いがあるから別として…。当面は、五日後から王都に入り選定の活動をするのが主題さ」
「ふ…ん」と粗方が分かった勇志郎は改めてソフィアを見つめ
「そういう事は、早く言って欲しかった」
「言ったら拒否する気だったの」とソフィアは悪戯に笑む。
「それは…いや…無かったと思うが、覚悟を決めたかった」
「アンタ、いちいち面倒くさいわね。どう転ぼうとアンタはアタシの弟子なんだから拒否権なんてないのよ。ついて行くのが、師匠の絶対命令ですから」
「しかし…」と勇志郎は一同を見回して
「よくこんな女につく気になりましたね」
マフィーリアが胸を張り
「我らはソフィア殿の父親の代からのつき合いだ」
ナトゥムラがニヤニヤしながら
「まあ、アンタにとっちゃあ面倒くさい女だろうが。意外や優秀なんだぜ」
「優秀ね…」と勇志郎は呆れる。ただの、ワガママ娘にしか見えない。
勇志郎の足をソフィアは踏み
「アンタ、アタシはアンタの師匠なんだから立てなさいって」
こういう所がワガママ娘、その者だと勇志郎は痛感していると…店の娘達が全員の一杯を持って来た。
ソフィアが一杯を持ち掲げ
「それでは、我らのキングトロイヤルを祝して」
『乾杯ーーーー』
全員がグラスを合わせる。
そんな中、勇志郎は…やれやれ、大変な事に巻き込まれたなと思っていた。
ナトゥムラがグイグイと呑みながら「なあ、アンタ…」と勇志郎を指さす。
「勇志郎で…」
勇志郎は呟く。
ナトゥムラは興味深そうな顔で
「ユウシロウ…ねぇ。珍しい名前だな。どこの出身なんだ?」
「んん…」と勇志郎は困る。異世界から来ましたなんて紹介しても信じて貰えそうにないし…どうすれば…。
「コイツは」とソフィアが勇志郎を指さし
「この地域を知らない程の辺境から来た。田舎者なのよ」
勇志郎はフッと笑みそれに乗っかろうと
「多分、言っても知らなくて困り顔になる場所から来たので…」
「秘密主義か?」
ナトゥムラが食い下がる。
スーギィが
「止めろナトゥムラ。誰だって聞かれたくない事はある」
スーギィに窘められたナトゥムラはふて腐れ
「へいへい、分かりあしたよ」
ケットウィンがソフィアへ
「ソフィア殿。勇志郎くんとは、どういう出会いで」
ダグラスが挙手して
「私が倒れている勇志郎を保護して、それが切っ掛けですね」
「ほぉ…」とケットウィンは頷く。
マフィーリアがサングラス越しに勇志郎を見つめ
「勇志郎殿、特技とかは?」
勇志郎は肩を竦め
「一応、魔法を…」
マフィーリアがサングラスで見つめて
「武術とか? スキルとかは?」
「武術はその少しだけかじった程度で、特殊なスキルなどは特に…」
ソフィアが勇志郎を見つめ
「アンタ、武術の心得があるの?」
「本当に少しだけだ」
勇志郎は一杯を口にする。
初めて会う四人は、勇志郎に様々な質問をしてくる。無難に勇志郎はこなして、その後、これからの事や、意気込みについての語りが始まったが…。
不意に酒場が静かになる。
勇志郎達は静かになった酒場を見渡す。
「おい、これは…」
ナトゥムラが鋭い視線を見せる。
さっきまで酒場は賑わっていたのに、勇志郎達を除く全員が突如、項垂れ動かない。それは酒場のカウンターにいるマスターさえもカウンターに伏している。
スーギィが立ち上がり、近くでテーブルに伏せる男達に近付き確認する。
「…眠っている…」
ソフィアは不安げな顔で
「どういう…事…」
騎士のナトゥムラが腰に携える剣を抜き
「おそらく、何かの魔法かマジックアイテムでオレ達以外の全員が眠らされたようだ」
マフィーリアは席を立ち右手を横に広げると、魔法陣が現れ、魔法陣から長い棍棒が出現し握り締め
「外を見てくる」
店のドアを潜ったが「クソ!」と直ぐに店の中へ戻る。
「どうしたんですか?」
ケットウィンが尋ねる。
マフィーリアが
「外は、骸骨のアンデットに囲まれているぞ」
うめき声がドアの向こうから這い寄る。ドアの向こう側に赤い光が幾つも見える。ゆっくりと多数の赤い光が近づき、ドアを潜る。赤い瞳の骸骨の群がゆっくりと店に入ってくる。
アア…アア…
不気味なうめきを引きずりながら勇志郎達に近付く。だが
「フン!」
マフィーリアが棍棒を振り翳し、最初に来た骸骨の群れ、アンデットを真っ二つに砕く。
ケットウィンが魔法陣を眼前に展開させ、その陣へ手を入れると二刀の剣と、二つの魔導杖を取り出し
「ダグラスさん、スーギィさん」
と、二刀をダグラスへ、魔導杖の一つをスーギィに渡す。
ドアの向こうと、店の裏口からアンデットの群れが入ってくる。
ダグラスは裏口から入るアンデット達を一刀両断し、ナトゥムラはマフィーリアと共に正面ドアから入るアンデットを一掃する。
スーギィとケットウィンは、それぞれにアンデットを退治する三人のサポートに回りアンデットを魔法で焼き払う。
「ええ…」と困惑するソフィアの肩を勇志郎が持ち、被害の無い場所へ誘導する。
ダグラスが
「勇志郎! ソフィアを安全な場所へ逃がしてください。ここは我々が何とかします」
「イヤ…みんな!」
ソフィアが悲痛な声を叫ぶ。
「大丈夫だソフィア」と笑むナトゥムラ、それに他のメンバーも頷く。
勇志郎はソフィアを肩に担ぎ抱え
「後で、合流しましょう」
逃げる為に宿に二階へ走った。
ダグラスはそれを確認して笑み
「みなさん! 作戦はどのように!」
スーギィが魔法を放ちながら
「ある程度、このアンデット共を引きつけ、その後は退避という算段で」
勇志郎はソフィアを肩に抱えたまま、宿の二階へ移り部屋に入ると窓を蹴破りベランダに出ると屋根を見上げ
”ベクト”
屋根の上に瞬間移動してソフィアを下ろす。
屋根の上でソフィアが勇志郎の胸を掴み
「戻して、アタシも皆と戦う」
「聞け! ソフィア!」
勇志郎はソフィアの頬を両手で挟み
「もしかしたら、ソフィアが狙われているかもしれない」
「え…」
「もし、ここでソフィアが加わって戦えば、それこそ的になって危険だ」
「だから、逃げろって言うの…」
「そうだ」
「でも…」
「ソフィアを信じるアイツ等は、そんなに柔なのか?」
ソフィアは固く目を閉じた開けた次に
「いいえ…そんな事はないわ…。彼らは強い」
「では、行こう!」
勇志郎がソフィアを脇に抱えて移動しようとした次に、背後から何か飛び出た気配がして
”エンテマイト”
空間の衝撃波を放ち吹き飛ばす。
吹き飛んだそれは、高く空を舞い勇志郎達から数歩先の左に着地する。
「なに…」とソフィアは恐れ、勇志郎はソフィアを背に隠す。
幽霊の如く立ち上がるそれは、仮面で顔を隠し全身をローブに包み隠す人型の人物である。
仮面で全身ローブの者は、裾から右手を伸ばし出すと、その右手から手品のように無数の刃を生やし構える。
恐らくソフィアを狙った暗殺者だろう。宿の酒場を埋め尽くすアンデットの軍勢もこの暗殺者の仕業に間違いない。
ゆっくりと暗殺者が動く。こちらを警戒している。
勇志郎は、このまま暗殺者と戦闘をするのは不利だと考え、振り払う作戦に出る。
”エンテマイト”
空間の衝撃波を発生させ、暗殺者を襲う。
暗殺者は、右手にある刃達を勇志郎達に投擲、だが…刃は勇志郎の発生させたエンテマイトに呑まれ四散する。
衝撃波が暗殺者に迫るも、寸前の所で暗殺者が空に飛翔して逃れる。
その隙に勇志郎は、ソフィアを抱き抱え
”ベクト”
と、瞬間移動してその場から去る。
先程の場から百メータ離れた屋根に出現する勇志郎とソフィア。
素早く次の瞬間移動しようとするが、背後から巨大な壁が出現し覆う。
その壁は勇志郎達を包むように半円形に広がり包む。勇志郎達を包む巨壁はアンデットで構築された骸の鉄壁だ。
ク…と勇志郎は歯を軋ませる。勇志郎の使う瞬間移動ベクトはあくまでも疑似瞬間移動だ。
直線にしか移動出来ずしかも目的の先に壁や障害物があるとそれに当たり阻まれる。
半円のアンデット壁の空いている先から逃れようとするが、空から暗殺者が着地して塞ぐ。
「無駄よ。いくら逃れようとも直ぐに居場所はバレるから」
暗殺者の仮面から女の声が漏れる。
暗殺者は両手を出し広げ、両手に無数の刃を構える。
「そこのお兄さん。そのお嬢さんを置いて逃げるなら…アナタを生かしても置いても良いわよ」
勇志郎は抱えるソフィアをその場に下ろし、一歩前に出て暗殺者を睨む。
「勇志郎…」とソフィアは心配げに見つめる。
勇志郎は右手を暗殺者に向け
”レイ・アロー”
魔法を唱え攻撃しようとするも、魔法が出ない。
「ごめんなさい。魔法を使われると厄介だから、あの時に封印させて貰ったわ」
暗殺者が呟く。
勇志郎はハッとする。あの時…最初の接触の時か!
「勇志郎、背中…」
ソフィアが勇志郎の背中を指さす。勇志郎の背中に魔法を一時的に封印する呪印が張り付いて光る。
ソフィアは自分の背を見て「アタシも同じ呪印を…」と封印されていた。
勇志郎は思考する。恐らく最初の現れた接触の時に、この呪印をされたのなら、何故…瞬間移動のベクトや空間衝撃波のエンテマイトが使えたのだろう…。
恐らくだが…魔力の循環や体内で効果を練る魔法までは封印されていない。
ベクトとエンテマイトは自分の体を触媒とした魔法故に使える。
つまり、自分の表面に出る魔法はこの呪印で妨害され無効化されると推測出来る。
まだ、勝算はある。
フゥ…と勇志郎は息を吐き
「悪いが…オレもコイツの弟子だからな。退く気はねぇ」
「そう…なら仲良く」
暗殺者の腕が動いた瞬間。
”ベクト”
勇志郎は暗殺者の正面に瞬間移動し
「油断し過ぎだぜ」
”エンテマイト”
空間衝撃波を暗殺者に放った。
突然の事に暗殺者の動きが遅れ、暗殺者は衝撃波を浴びて吹き飛ぶ。
「まだまだ!」
勇志郎は空を舞う暗殺者の背に瞬間移動しエンテマイトで追随しようとするが。
暗殺者が半身を反らせ、勇志郎の肩を掴み空を蹴って勇志郎を振り回し屋根に叩き付けた。
「ゴォ」
勇志郎は暗殺者の強烈な反撃に悶える。
暗殺者は屋根に埋まる勇志郎に刃を突き立てる。
”エンテマイト”
勇志郎は衝撃波を放ち、暗殺者に反撃。
だが、暗殺者は反転して逃れるも、伸びたローブに衝撃波が当たり、暗殺者からローブを引き千切る。
勇志郎は起き上がり、暗殺者と向かい合う。
「お、お前は…」
暗殺者は仮面とローブをはぎ取られその姿を晒す。
黒の流れるような長髪、柳眉の憂いを帯びた瞳、艶やな唇。服装は胸部の空きそこから豊満な胸の谷間が見えるドレスで、スカートにはスリットが入りタイツの美脚が露わになる妖艶な美女がそこにいる。
そして、その顔には覚えがあった。
「お前はあの時、ソフィアの髪飾りを…」
勇志郎の脳裏にソフィアの髪飾りを拾った女性が過ぎる。
そう、女性が目の前にいた。それで理解した。その時にソフィアの髪飾りに何かを施したから、自分達の位置が察知されこのアンデットの巨壁の中へ閉じ込められたのだ。
「ソフィア! 髪飾りを捨てろ!」
勇志郎は声を張る。
ソフィアも、露わになった暗殺者の女性に察して、髪飾りを取り投げ捨てた。
暗殺者の女性は妖しく艶やかに笑み
「無駄よ。ここでアナタ達は死ぬのだから…」
「それはどうかな…」
”ベクト”
勇志郎は瞬間移動して、暗殺者の美女の右に出て
”エンテマイト”
衝撃波を放つが、暗殺者の美女は軽やかに避けつつ右手に刃の束を握り、勇志郎に投擲する。勇志郎は
”エンテマイト”
と、衝撃波を放ち飛んで来る刃達を弾き
”ベクト”
と瞬間移動する。
今度の出現場所は暗殺者の美女の正面、そしてその両手を掴み、至近距離で衝撃波をお見舞いしようとしたが、暗殺者の美女の腹部から刃が突き出て勇志郎を襲う。
「クソ!」
勇志郎は掴んだ両手を離し、後ろに飛びながら
”ベクト”
瞬間移動して離れた。
その距離は数歩という僅かな為、暗殺者の美女がその場所へ駆け付け、今度は足から刃を伸ばし勇志郎を切りつける。
迫る蹴りの切りつけに勇志郎は瞬間移動も衝撃波も間に合わないと判断し
”レド・ゾル”
力の方向を曲げる空間魔法を放つ。
勇志郎を切りつける足の刃はあらぬ方向へ逸れ、暗殺者の美女は勇志郎から距離を取る。
暗殺者の美女が勇志郎を凝視して
「魔法を封じているのに、魔法っぽいのが使えるなんて…」
勇志郎は暗殺者の美女を睨み。
「そうだ。有利不利と言うならそちらが圧倒的に不利だぞ」
ウソをカマス。相手が、自分は不利だと判断した場合…退くだろうと…。
暗殺者の美女は妖艶な笑みを浮かべ
「問題ないわ…。だってさっきから同じ魔法しか使えていない。その程度なら慣れて対処するだけよ。お兄さん…」
暗殺者の美女は袖から、大ぶりの鉈を取り出し両手に握る。
勇志郎は顔を顰める。
体の色々な所から刃が飛び出すビックリ箱のような、この暗殺者にどう対処すべきか考えが浮かばない。
さっき瞬間移動した先を読まれて切りつけられたし、衝撃波のエンテマイトも回避される。レド・ゾルは力を逸らせるだけなので何れ対応される。
マズイ…完全なピンチだ。焦りが過ぎるが、不意に暗殺者の美女と視線が交わる。心臓の脈動が強く打ち込み、妙な高揚感が沸き上がる。
なんだこれは? オレは今、ピンチなんだぞ。何でこんなに心が踊るんだ?
おかしい…なんだろう。あの女を見ていると、無性に欲しくなる。
勇志郎の中に何かが、今、殺そうとしている暗殺者の女を欲して飢える。
「さて…と」
暗殺者の女が鉈を交差させ
「そろそろ、終わりにしてあげるわ」
ソフィアが「勇志郎!」と悲しげに名を叫ぶ。
勇志郎は、顔を手で押さえて
「ははは…アハハハハハ!」
声高らかに笑う。
暗殺者の美女が呆れた顔をして
「何、気でもおかしくなった」
「いいや…」
と勇志郎は頭を横に振り
「女、お前の名は?」
「はぁ? 冥土のみあげにする気なの…」
「いいや、違う」
勇志郎は暗殺者の美女を指さし
「お前をオレのモノにする」
ソフィアは「はぁ…」とポカンと口を開く。
「ぷ」と暗殺者の美女は吹いて「アハハハハハーーー」と嘲笑い
「おバカじゃないかしら…全く…。ええ…やれるならやってみなさいな。私を倒せたらね」
暗殺者の美女は勇志郎に向かって疾走する。
勇志郎は迫る暗殺者の美女を前に、思考する。
さて、どう倒すか…そうだ、衝撃波が放てるという事は…理論的にはアレが可能かもしれん。その可能かもしれんに賭けるか…。
勇志郎は動かない。迫る暗殺者の美女は動かない勇志郎を不信に思うも、両手に握る鉈を振り上げ勇志郎の首を捉える。確実に首を刎ねたと…。
だが、首は刎ねなかった。
首を刎ねようとした鉈が首に触れた瞬間、砕け折れた。
破片を散らせる鉈。
え!と暗殺者の美女は混乱するも、体の複数に仕込んだ刃達を瞬時に延ばし勇志郎を串刺しにしようと走る。
勇志郎は右手を暗殺者の美女に伸ばす。
勇志郎と、伸びる刃が交差する。
刃達が勇志郎の体に突き触れた瞬間、先程の鉈の如く砕け折れ、勇志郎の右手が暗殺者の美女の胸部に接触した瞬間、暗殺者の美女が勢い良く吹き飛びアンデットの巨壁に衝突する。
勇志郎はニヤリと笑み。即席の空間魔法に満足する。
飛ばされた暗殺者の美女は、アンデットの巨壁を滑り落ちて屋根で項垂れる。
そこへ、勇志郎が瞬間移動のベクトで現れる。
暗殺者の美女が勇志郎を見上げ
「まさか、そんな隠し球があったなんて…何かしらね…」
勇志郎はフッと笑み
「隠し球なんてないさ。即興で新しい魔法を組んだのさ」
暗殺者の美女は笑む勇志郎の顔がとても、恐ろしい何かに見える。深く不気味な闇の底のような何か…そう痛感する。
「勇志郎!」とソフィアが屋根伝いに勇志郎の側に来て手を伸ばす。
「触れるな!」
「はぁ…どんな魔法を使ったの?」
ソフィアの問いに
「空間の衝撃波の応用で、オレの体全体に超高震動する空間の膜を張った。触れるとその震動にやられて吹き飛ぶぞ」
「そう…で、どうするの?」
それは暗殺者の美女についての事だ。
「どうもこうもない…」
勇志郎は膝を曲げ、項垂れる暗殺者の美女と同じ視線で
「女、お前の名前は」
「フフ…」
暗殺者の美女は微笑し
「まさか、これを使うなんて思わなかったわ…」
”スキル―神格召喚・ドゥルガー”
暗殺者の美女の全身から閃光が放たれると同時に空中へ浮かぶ。
ソフィアは驚愕し
「そんな神格召喚を使えるなんて!」
「おい、ソフィア! こういう場合、どうすればいい」
勇志郎が呼びかける。
ソフィアは頭を振り「分からないわよ!」と叫ぶ。
「アハハハハハーー」
神格召喚を使う暗殺者の美女は嘲笑い。
「こんな事になるなんてね。でもいいわ。これでアナタ達はお終い…いえ、この街の住人も含めて終わりよ。後悔なさい」
暗殺者の美女を核として巨大な人影らしきモノが形を成していく。
「おい、ソフィア!」
勇志郎は声を荒げる。
ソフィアは頭を抱えて困惑していると、勇志郎の背中から淡い陽炎が見る。
「ひょっとして…」
ソフィアは勇志郎の背中へ回り
「やっぱり…」
「何か、対処方法があるのか?」
勇志郎は問う
ソフィアは顎を手に当て
「アンタの背中にあった魔法を封印する呪印が消えたわ。暗殺者の魔力が途切れたから
。恐らくだけど…暗殺者が使う神格召喚は、魔力によって神格を具現化させるタイプかもしれない」
「魔法で倒せるのか!」
「効果はあるかもしれないけど…でも、基本、神格は魔法の効果を打ち消す力があるし、でも魔法で構築されるって事は、魔法の作用に影響されるかもしれないし…」
「ソフィア! あの核になっている暗殺者の女を引っこ抜けば、止まるか!」
「そんな事、やっちゃダメ。具現化が完了する前に使用者を外せば構成するエネルギーが爆発するから」
「んんん」
勇志郎は考える。
今、この状況を対処出来るのは、スキル効果を発動させた暗殺者の美女だけである事、神格は魔力を構築源にしているという事。
「よし!」
勇志郎は瞬間移動して神格の核になろうしている暗殺者の美女の眼前に来る。
「はぁ?」
暗殺者の美女が、勇志郎に目を丸くさせると、勇志郎は暗殺者の美女を両肩を掴みそこから引っこ抜いた。
「あのバカァァァァァァァ」
ソフィアは怒声を上げる。
「え? え…?」
勇志郎に抱えられ混乱する暗殺者の美女。
勇志郎は使用者が離れた神格の核に右手を突っ込み魔力を注入する。
暗殺者の美女の魔力供給が途切れた神格の核は、勇志郎の魔力を新たな供給源として神格を構築する。
そして現れたのが、幾つもの腕を生やし、その多腕の手に多数の武器を持つ武神の神格ドゥルガーだった。
ゴオオオオオオオオオ!
ドゥルガーは雄叫びを上げ、勇志郎は暗殺者の美女を抱えたまま瞬間移動、ソフィアの元へ来て、暗殺者の美女を右腕にソフィアを左腕に抱き込み、瞬間移動した。
ドゥルガーから百数メータ離れた位置に瞬間移動した勇志郎達は、ドゥルガーを見つめながら
「おい、女。アレはどうすれば倒せる?」
と、勇志郎は右に座る暗殺者の美女に呼び問う。
暗殺者の美女は呆れた視線を勇志郎に投げる。
「バカ!」と左に立つソフィアが勇志郎の頭を殴る。
「なんで、あんな事をしたのよ」
「仕方ないだろう。アレに対応出来る方法を知るのは、この女しかいないからだ」
暗殺者の美女は膝を抱え
「バカね…アレは一度、具現化すると構築している魔力が切れるまで暴れ続けるのよ」
「では、どのくらいの力なら倒せる?」
勇志郎の問いに暗殺者の美女は苦笑して
「そうねぇ…熱核魔法なら倒せるんじゃない。その位の神格だから」
「そんな熱核魔法なんて…」とソフィアの顔は絶望に染まる。
勇志郎は右手を顎に当て考え
「…そうか、分かった…」
と言葉を返し、一歩前に出ると
「女、名前は?」
暗殺者の美女は諦観した瞳で
「クリシュナよ。まあ、お互いアレに殺されるから自己紹介なんて意味ないけどね…」
「そうか、では…クリシュナ。あの神格を倒せば、オレのモノになるか?」
「やってみなさいよ。出来たらなら、アナタの女でも何でもなってやるわよ」
「そうか…」
勇志郎は瞬間移動でその場から消えた。
勇志郎はドゥルガーの正面に出る。ドゥルガーは勇志郎を視界に捉えると、多腕の武器を振り翳し殺そうとする。
”ウィンド”
風魔法の飛翔と発動させた勇志郎は、襲ってくる巨大な武器達の追撃を躱しながら魔法陣の術式を編む。
ドゥルガーは勇志郎だけを狙い追撃する行動は、勇志郎の狙い通りだった。
他に被害を広げない為に自分に集中させる事、そして…編んでいる魔法は身近でないと効果がない事、ドゥルガーの動きは単調で鈍いのは恐らくスキル発動者が核にいない為だろう。
その間に、術式が完成すると…
「即席、転送魔法」
”レド・ルーダ”
ドゥルガー周辺の空間が曲がり筒状になると、ドゥルガーの巨体が持ち上がり打ち上げ花火の如くその場から発射された。
砲弾の如く空へ昇るドゥルガー。
それの下で勇志郎が次の魔法陣を編む。
まさか、これを憶えておいて使う時が来るとは…と噛み締める。
勇志郎の発動しようとする魔法、それは…熱核魔法グランスヴァインだった。
熱核魔法グランスヴァインは、何万人近い魔導士を動員して発動する強大な魔法である。
魔力が足りなければ、魔法陣はタダのイルミネーションだ。
だが、勇志郎は違った。
己の内から膨大な量の魔力が噴出し、万人に匹敵する魔力を魔法陣に循環させる。
なぜだろうか、この魔法を放てる事が当然としている自分がいる事に嘲笑が零れる。
右手を空飛ぶドゥルガーに向け、周囲をグランスヴァインの魔法陣に包まれ、完成した魔法を発動させる。
”グランスヴァイン”
閃光の固まりが勇志郎の右手から放たれ、ドゥルガーへ飛翔して行く。
熱核魔法グランスヴァインの閃光がドゥルガーと衝突した瞬間、夜空に太陽が生まれた。
数千度に匹敵する熱量と街を壊滅させる程の衝撃を放った熱核魔法は、神格ドゥルガーの魔法無効化を壊滅させ、その膨大な消滅エネルギーで呑み込み消し去った。
夜空が閃光から闇に戻る頃、勇志郎はクリシュナとソフィアの元へ瞬間移動して戻ってきた。
クリシュナが勇志郎を凝視して
「…お前は一体…」
勇志郎の表情は無である。まるでそれをやれて当たり前、当然とする態度だ。
「当ててみろ」
クリシュナが睨み見ると、ソフィアが駆け付け
「おバカ!」
腹パンをお見舞いする。
グ!と勇志郎は唸り、体をくの字に曲げる。
「な、何をするソフィア…」
痛みで青ざめる勇志郎にソフィアは、更に追い打ちと頭を叩き
「バカは、バカよ! 誰があんな強大な魔法を使えって言ったの!」
「いや…チャンと影響を考えて空で使ったぞ」
「他に方法があったでしょう!」
「いや、その女がクリシュナが…熱核魔法でないと倒せないと言っていたから…」
勇志郎はクリシュナを指差す。
クリシュナは額を抱え
「まあ…確かにそう言ったわね。でも、本当にやるなんて誰も思わないわ」
「ほら!」
ソフィアが追い立てる。
そんな、理不尽な…と勇志郎は感じていると、街の中から一筋の光が飛ぶ。
それは信号弾だった。赤い信号弾は空高く昇り、光を数秒放って散る。
「何だ?」と勇志郎は眉をひそめた次に
クリシュナが勇志郎の隣に来て
「早く逃げた方がいいわよ」
「どうしてだ?」
疑問の勇志郎。
「ここを空爆する戦艦飛空挺の艦隊が現れるから」
クリシュナはさらっと恐ろしい事を告げる。
「どういう事…」
ソフィアの顔が青ざめる。
クリシュナは嘲笑し
「言った通りよ。私が暗殺に失敗したら、この街は魔法爆雷によって消される手筈になっているみたい」
「みたいって…」とソフィアはクリシュナに近付く。
クリシュナは淡々と
「どこの国の飛空挺艦隊は知らないけど…貴女の暗殺を手配したモノが、もしもの保険の為に用意したのよ。貴女をどうしても王にさせたくない人がいるみたいね」
「そんな…」
ソフィアは恐ろしさで体を震わせる。
クリシュナはその場に座り、膝を抱える。
そこへ勇志郎が
「どうした? 逃げないのか…」
座って動かないクリシュナは
「おバカね…。暗殺に失敗して私の顔まで知られているのよ。この先は…まあ、想像出来るかぎりのお決まりになるわ。アナタこそ逃げたら、私と戦ったみたいに瞬時に移動する魔法を駆使すれば、逃げられるわよ」
「ソフィア、逃げるか?」
と、ソフィアに投げかける勇志郎。
「イヤよ。そんなの出来ない」とソフィアは頭を振り抱え
「街の人達がみんな死んでしまう。ナトゥムラやスーギィもマフィーリアやケットウィンさんも…」
「だよな…」
勇志郎は肩を竦めた次に、クリシュナの腕を持ち持ち上げる。
「何?」とクリシュナは嫌な顔をする。
「なあ、お前…いや、クリシュナ。艦隊がどこから来るか知っているよなぁ」
「もしかして、さっきドゥルガーを倒した魔法を放って艦隊を消滅させるの?」
「いいや、ちょっと違う。ソフィア!」
「何?」と俯いていたソフィアは顔を上げる。
「艦隊を撤退させる方法が一つある。だから、もう一度、大規模魔法を使わせてくれ」
一応、ソフィアに許可を求める。
ソフィアは目を閉じ開け
「いいわ。任せたわ勇志郎」
「ああ…クリシュナ」
クリシュナはフッと綻んだ顔をして
「いいわよ。方向はあっちよ。南西」
艦隊がくる方向を指さす。
勇志郎は左にクリシュナを密着させ腰に手を回して抱え
「では、行ってくる」
クリシュナを連れて瞬間移動のベクトをする。
勇志郎はクリシュナと共に、連続の瞬間移動を繰り返し南西にある山の頂上に来た。
「あそこ…」
クリシュナの右手の一差し指が更に先を指さすと、数キロ先に微かに数隻の戦艦飛空挺を確認した。
「よし、では…クリシュナ。特等席で面白いモノを見せてやる」
勇志郎は再び、クリシュナを連れて瞬間移動する。目的地は迫る飛空挺の艦隊である。
バラン街に迫る戦艦飛空挺の艦隊の一つ、飛空挺の艦橋では艦長が双眼鏡から先を覗き
「後、もう少しで到着だな」
「はい、艦長」と隣にいる下士官が返答する。
「全く、このような任務を本国は…一歩間違えれば戦争になるというのに」
「ですが、艦長。これは重要な任務であると本国から通達がありました」
「重要な…これもくだらん利権争いの一つやもしれん」
「艦長…」
「ん、なんだ? アレは? 人?」
艦長の双眼鏡が先行する飛空挺の上に乗る人を捉えた。
勇志郎はクリシュナを抱え、先頭を行く飛空挺の上に来た。
「さて…」と勇志郎は右手を空に挙げ、魔法陣を展開する。
クリシュナは勇志郎に強く抱き付き勇志郎の顔を見つめる。その顔は嘲笑と愉悦が混じった獣の笑みだ。
勇志郎達の頭上の天空が荒れる。稲光が四方に走り轟音を轟かせ、雲一つ無かった空に雲が生まれ渦巻き、積乱雲に変わる。
天候が荒れ模様に変わった頃合いで勇志郎の唱える魔法が完成した。
「台風発生魔法!」
”デオローン”
積乱雲が穿ち、巨大な渦へ変貌する。強風と落雷、豪雨と濃い雲海が暴威を振るい戦艦飛空挺の艦隊を呑み込んだ。
飛空挺の艦橋は突如、暴れる空に弄ばれ船員が必死に動いている。
艦長は、側にある計器に掴まり耐えながら
「バカな…ここで台風だと!」
艦長の脳裏に、先頭を行く飛空挺の上に現れた人影が魔法陣を展開して魔法を発動させたのを過ぎらせ
「あり得ない、単騎でこれ程の魔法を使ったというのか!」
「艦長!」と下士官が叫ぶ。
艦長は帽子のつばを掴み
「全艦に通達、撤退する」
「しかし、任務が…」
「任務の前に全滅してしまう。撤退だ―――」
勇志郎とクリシュナは、先程の山頂から台風に呑まれる艦隊の姿を見つめる。
「よし、これで完了だ」
勇志郎は満足げに笑む。
クリシュナは、夢でも見ているのかしらと、現実感を疑っていた。
「クリシュナ、約束の事だが…」
勇志郎が繰り出す。
クリシュナは呆れた笑みで肩を竦め
「ええ…いいわよ。好きにすれば…」
その言葉は何処か投げやりだった。
勇志郎は満足げに肯き
「それでは、よろしく頼むよクリシュナ」
クリシュナに仰々しくお辞儀した。
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次話を出すがんばりになります。