第42話 タイムリミット
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あらすじです。
ヴァシロウス復活で近付く日々、ディオスと人々はどのようになったのだろうか?
その夜、ディオスは悪寒を感じているクレティアとクリシュナを抱き締めていた。
なんだろう…風邪か?
そう、考えているとドアがノックされる。
「誰だよ」
ディオスはぼやき、ドアに行くと
「開けてくれディオス!」
スーギィの声がした。
「ええ…」とディオスはドアを開けると血相と変えたスーギィがいた。
「どうしたんですか? スーギィさん」
スーギィが酷く混乱した顔を向け
「ディオス、急いでバルストランに帰るぞ」
「え…だって…明日に帰る予定じゃあ…」
スーギィがディオスの肩を持って
「いいか、落ち着いて聞いてくれ…」
ゴクンとスーギィが唾を飲み込み
「今、さっき緊急の連絡があった。ここら、数十キロ先にある海底で、強大な魔力反応があった。その魔力反応の元は、ヴァシロウスだと報告があった」
ディオスが眉間に右手を置いて
「え…ちょ、どういう事ですか?」
「後、二十年先だと思われていたヴァシロウス復活が、間近に迫っている…」
「な…」
ディオスは絶句した。
四度もアーリシアに尋常ではない被害をもたらした大災厄が復活しようとしていた。
ホテルは大騒ぎだった。
各国の関係者が、ヴァシロウスの凶報を知って、国に戻ろうと必死だった。
大混乱のホテルを抜けて、ディオス達は、飛空挺滑走路にくる。
もう、飛空挺は出発準備が出来ていた。
乗り込むディオス達、その時、轟音が響き渡る。
その音がした方向、海を見る。
夜の海にハッキリと白く巨大な海上の爆発が見える。
白波立つ海、それは海底火山の爆発に似ていた。
出発する飛空挺では、誰しもが沈黙をしている。
ディオスの向かい隣の席には、ソフィアが秘書のカメリアと共に座っている。
ソフィアは、静かに手に乗るサイズの画像が写る魔導写真プレートを見ている。
それにディオスは近づき
「師匠…何を見ているんだ?」
ソフィアはディオスに向いて
「写真を見ているの…。十七年前のヴァシロウスで亡くなった父さんの姿を…」
ディオスはそれを見る。
黒髪の男性が、幼少の頃のソフィアを抱いて、母親のソニアと共に写っている肖像だった。
「そうか…」
ディオスは、離れて仮眠室へ向かう。
眠るディオスは、またあの夢を見る。
草原で人々に囲まれ、お願いされる夢だ。だが…そこから夢が変わり始める。
囲む人々から数名の者達がディオスに近付く。
ソフィアの亡くなった父親。
ゼリティアの両親、祖母。
レベッカの夫。
そして…二組の夫婦…。
そして、お願いしますの合唱の後、ディオスは目覚める。
ディオスは、上半身を起こして驚愕に顔を染める。
「まさか…」
飛空挺は、一切の経由を経ずに二十時間という最速でバルストランに到着する。
直ぐに、ソフィア達は王城へ向かう。
王城へ向かう魔導車の中で、ディオスはゼリティアと隣り合っていた。
ゼリティアはソフィアと同じく、魔導写真プレートを見ている。
ディオスはそれを横見して
「ゼリティア…それは…」
ゼリティアは悲しそうな顔をして
「十七年前に亡くなった妾の両親と祖母じゃ…」
ゼリティアの写真には、ゼリティアと両親、祖母と祖母の夫のバウワッハが写っていた。
ディオスの顔が鋭くなる。
そう、その亡くなった三人は、ディオスの夢に出てきた人達だった。
「まさか…」
と、ディオスは驚きに顔を染めていた。
王城に到着して直ぐに、ソフィアとディオス達は、王城の大型会議室へ向かう。
会議室のドアを開いた次に、そこには大量の人で埋め尽くされていた。
その最前列に、バルストランの軍部を司るレディアンと、仕える剣聖ヴァンスボルト、軍部の将軍名家達全員もいた。
十列以上ある道を進むソフィアは、その最前列に来る。それにディオス達も続き、座れる。
会議室が暗くなり、巨大魔導モニターが作動して説明を始める。
「では、現状の説明を開始します」
モニターに出たのは、広域魔導探査によって得られたヴァシロウスの全長だ。
巨大な岩盤に埋まるヴァシロウス。
「現在、各機関で判明した事は………」
説明する魔族の男性が震えている。
レディアンが
「早く説明しろ」
魔族の男性は唾を飲み込んだ後
「観測された全長は…2600メートルでございます」
会場がざわめく。そんなバカな! 降臨の度に二百メータしか成長しない筈。ありえない。
驚愕と、恐れの言葉が飛び交う。
ディオスは眉間を鋭く寄せる。
前回は1800メートルだった。それが…倍近く巨大化している。何か原因が…。
「何か、原因があるのですか!」
ディオスが挙手して尋ねる。
説明の魔族の男性が
「いえ、その…原因は」
そこへ、別の資料を持って来た魔族の女性。
それを受け取り、説明者は肯き
「原因が判明しました」
モニターの画像が変わる。それは、アーリシアと他のユグラシア、アフーリア全体を写した画像である。
それに、各地からの赤い流れが、ヴァシロウスに集中する画像が合わさる。
「原因は、この地下深くに流れる流脈の集中にあります。この通常とは違う、地下流脈が、ヴァシロウスのいる海底に集中し、それによりヴァシロウスが急成長したと思われます」
ゼリティアが挙手して
「では、その流脈を変えれば、ヴァシロウスの今の復活は防げるか?」
「それは…」
と、説明者が困ると
レディアンが
「どうやって地下深くの流脈を変えるのだ? そんな方法があるのか!」
誰も答えない。
質問したゼリティアも「すまん、無知な質問だった」と下がった。
説明者が説明を続ける。
「おそらく、この流脈の影響と復活までの、時間を考慮すると…後…四百メートルは成長すると思われます」
会場がどよどよと暗雲が立ちこめる。
つまり、ヴァシロウスは全長3000メートルまで成長する。
それは、正に巨大な山脈に匹敵するのだ。
説明者が次の画像を映し出す。
「これが…ヴァシロウスが復活した場合に、想定される被害です」
オオオオオオオ
会場が絶望の響めきに包まれる。
その被害想定、アーリシアを超えてユグラシア大陸半分、ユグラシア中央部のトルキアまで達し、その範囲にはアフーリアも入っていて、レオルトス王国まで呑まれていた。
もう…アーリシアだけの問題ではなくなっていた。
説明者が
「おそらく、復活する日は、二週間半後の前後だと思われます」
そう、二月の最後の日、それは奇しくも第四次ヴァシロウス降臨があった日である。
ヴァシロウスの破滅が行われ続けた一ヶ月を、破滅の月と呼ばれている。
それと全く同じ三月の破滅の月が訪れるというのだ。
絶望の空気が全体を包み込む中、ゼリティアが立ち上がる。
「妾は行く。ソフィア殿、オルディナイトは、全能力をもって最新鋭の魔導兵装を大量生産させる」
ソフィアは、ゼリティアを見て
「頼むわ。ゼリティア」
「うむ」と告げてゼリティアは会議室を後にした。
ディオスも立ち上がる。
「師匠、屋敷に戻る。ゼリティアが魔導兵装に必要な魔導石の生産を手伝う事にする」
「うん。分かった。何かあったら連絡してね」
「ああ…」
と、告げてディオスが歩むとそれにクレティアとクリシュナも続いて出て行った。
屋敷の戻った時間は夜の八時だった。
扉を開けるディオス達。
広間には、レベッカとユーリにチズの三人が迎える。
「お帰りなさいませ」
と、レベッカはお辞儀する。
ディオスは、近付いて
「うん。帰って来て早々すまないが…。色々と立て込む」
レベッカは顔を上げ、真剣な眼差しを向け
「存じております」
ユーリが「旦那様…」と不安で泣きそうな顔を向ける。
その肩をディオスはポンポンと叩き
「大丈夫だ。何とかなる。いや…させる」
ディオスは直ぐに、オルディナイトのディフィーレに連絡する。
「ああ…夜分にすまない。ディフィーレくん。緊急の魔導石の生産は?」
魔導通信機越しのディフィーレは
「ディオスさん。生産は無しです」
「どうしてだ?」
「魔導石が精製して使えるようにするには、日数が必要なんです。それに取られる人員と日数を全て、魔導兵装生産の人員に回すとゼリティア様が…」
「そうか…分かった。必要になったら何時でも言ってくれ」
「はい」
通信を切ったディオス。そして、次に出来る事を考える
脳裏に、あの空間魔導結界装備槍のソルドが過ぎった。
「やってみるか…」
そう、呟き地下の研究室へ行こうとする途中で、廊下でユーリとチズが何かの画像を投影している姿が見える。
「何をしているんだ? 二人とも」
ユーリとチズはディオスを向き
「ああ…旦那様…」とユーリが首に巻いている小さなプレートのブレスレットを見せる。
チズも同じ物を持っていて向ける。
ディオスが
「なんだ…それは?」
ユーリが悲しそうに微笑み
「これ、私達の両親の情報が入った魔導プレートなんです」
チズが
「私達のヴァシロウスに殺された両親」
プレートからユーリとチズの父母の画像が出る。
それを見てディオスは驚愕に顔を染める。
そう…夢に出てきて、前に立った者達の一人だった。
そこへ、レベッカも来て
「何をしているのですか?」
ディオスは、レベッカを見て
「レベッカさん…亡くなった旦那さんの写真、あります?」
「ええ…」
と、レベッカは戸惑いつつ、夫と共に撮った魔導写真プレートをディオスに見せる。
ディオスの顔が見る見る鋭くなって鬼のようになる。
タダでさえ強面のディオスの顔が更に怖くなって、レベッカが
「どうしたのですか? 旦那様」
「いや、なんでもない。それより、この後、研究で地下の施設に入る。構わないでくれ」
レベッカはそれを聞いて背筋を正し
「畏まりました」
そう、レベッカはディオスが何かを作るのを察した。
それはきっとヴァシロウスに関係する事だ。
ディオスは、地下研究室には入り、材料を取り出して何かを作り出す。
魔導回路を作る合金の糸、それを刻むベースの金属、そして、魔導コンデンサー、その他を組み合わせて何かを作る。
数時間後、真夜中の十二時になって
「ダーリン、コーヒー」
と、クレティアがコーヒーの差し入れをしてくれる。
「ああ…ありがとう」
ディオスは受け取ってコーヒーを飲む。そして、再び作り始めた。
その姿をクレティアとクリシュナは、夫のする事に一切の口を挟まず、静かに…見守る。
そうして、完成させて、ディオスは背伸びして
チョット寝るか…
その机に伏せて眠る。そこへ、クレティアとクリシュナが
「ダーリン、休むならチャンとした所で…」
「ああ…分かった」
上に上がって眠れそうなソファーに寝るディオス、それにクレティアとクリシュナはそっと毛布を掛ける。
ディオスは、夢を見る。そう、またあの夢だ。
今度は、嫌な感じはない。なぜなら…。
ディオスの目の前に、近付く人達、ゼリティアの両親と祖母、ソフィアの父親、レベッカの夫、ユーリとチズの両親。
そう…この草原にいる全ての人達が、ヴァシロウスによって亡くなった人達なのだ。
お願いします。お願いします。
ディオスに必死に頼み込む。
そこで、目が覚めた。朝日が部屋のカーテンから差し込んでいた。
ディオスは、ソファーから降りて再び、地下研究室へ入る。
今度は、魔導石生成装置を作動させる。
魔導石生成装置は、更なる改良が加わっているので、一度に大型高純度魔導石を三つも生成出来る。
高純度の魔導石を生成するのではない、とある魔法を発動させるエンチャン系の魔導石の生成を始める。大きさは、五センチ程度、それで十分だ。
一時間して、七時になり、研究室にレベッカが降りてきた。
「旦那様、朝食が出来ております」
「ああ…行くよ」
試作の魔導石が五つ出来ていた。
ディオスは、急いで朝食を取ると、直ぐに地下へ行き、昨夜に作った沢山の魔導回路と魔導集積チップが載った手甲を手にすると、それに朝方作ったエンチャン系の魔導石を組み込む。
それを持って外に出る。
その姿をクレティアにクリシュナは追う。
屋敷から数十メータ離れた場所で、ディオスはその装置の手甲を右腕に填め、空に向けて魔力を込めた。
手甲の装置から、幾重にも空間湾曲が広がり、ディオスの頭上、十メータ前後に虹色の空間防壁を形成した。
その空間防壁は、右手にある手甲の装置と連動して、左右に右手を振ると、空間防壁もその方向に動く。
次にディオスは魔法を発動させる。滅光魔法グランギル・カディンギルを空に放ち、曲げて、自分が展開した空間防壁に衝突させる。
グランギル・カディンギルは空間防壁に衝突した瞬間、その光線を拡散させて消した。
「よし」とディオスは肯き、手甲の装置を停止させ持つ。
広域空間ベクトル湾曲防護結界の手甲、ヴィアンド試作機の完成だった。
ディオスは、屋敷に戻りクリシュナに、ヴィアンド試作機を渡し
「クリシュナ…クリシュナが贔屓にしている鍛冶屋のルヴィリットさんに、これを大量に作って欲しい」
クリシュナは、ヴィアンド試作機を持って見つめながら
「もちろん、この装置の回路の簡略化と、強度を上げるのよね」
「ああ…そうだ。このヴィアンドの核となる魔導石を、今日、大量に生成する。その魔導石がある分だけでも作って欲しい」
「前金が必要ね。金貨…」
「金貨十万枚の小切手も同封させる」
「十分過ぎるくらいよ」
ディオスは、地下の研究室に篭もり、ヴィアンドの核となるエンチャン系の魔導石を生成する。
その数、十二個だ。
ディオスは、これが全て捌けてしまう程、出来ればいいがな…と思いを込めて、ヴィアンド試作機と、核のエンチャン系の魔導石十二個を頑丈な箱に詰めて、トルキアのルヴィリットに送った。
二日後、ディオスの荷物がルヴィリットの元へ届く。
ルヴィリットは、荷物が入った頑丈な箱と、添付されていたクリシュナの手紙を見る。
ルヴィリットさん。
緊急で申し訳ないですが…これを大量に作ってください。
夫の作った装備で、試作機なので回路や装置が混み合っていますが…。
その回路と装置の簡略、小型化と強度の補正をお願いします。
もう一つの封筒、本人確認が必要な書留を開くと、金貨十万枚(十億円)の小切手が入っていた。
ルヴィリットは、箱を開け、ヴィアンド試作機を手にする。
そして、同じ魔導具や武器を作る息子達を集めた。
「お前達、これを量産するに手伝ってくれ」
息子の一人が、ヴィアンド試作機を手にして
「ちょっとこれ…何の装置なんだ? 手甲みたいだけど…」
ルヴィリットが
「おそらく、ワシが前に作った結界魔導具ソルドの更に強大化させたモノじゃろう」
息子が
「親父、それでさえ苦労して作ったんだぞ」
ルヴィリットが息子達を見つめ
「お前達も聞いているだろう。アーリシアでは、とんでもないバケモノが復活しようとしていると…。おそらくじゃが…。戦う気じゃ…クリシュナの夫は」
「な!」と息子達は絶句した。
「これは、その為の装備じゃ。その覚悟として、こんなとんでもない額を前金に寄越した」
ルヴィリットは、ディオスが寄越した金貨十万枚の小切手を見せる。
息子達は顔を見合わせて、肯き
「親父、オレ達の意地を見せてやろうぜ」
「おう」
と、ルヴィリットは息子共々頷いた。
その届く二日間の間に、ディオスは王都に招集された。
またしても、あの説明を受けた巨大ホールの会議室で、ソフィアが大勢いる部下達の前の机に座り
「みんな…今、各国の王達と協議して、今回の、第五次ヴァシロウス降臨で迎え撃う部隊の編成を行っているわ」
ソフィアは苦悩の顔を向け
「第四次から十七年経って、復興が終わって、これからヴァシロウスに対応する準備が始まる前だった。ハッキリ言うわ…。おそらく、百万人しか兵員を編成出来ない」
第四次の二十分の一しか揃わない部隊。
明らかに、ヴァシロウスを倒すつもりなぞ無い。
レディアンが立ち上がる。
「その百万の部隊の指揮を、私が行おう」
ソフィアはレディアンを見つめ
「本気なの…? 勝てないわよ」
そう、どの国も勝とうなんて思っていない。逃げの一手の為に、軍隊を温存する気だ。
レディアンがフッと笑み
「墓碑には、こう刻んでくれ。ヴァシロウスに痛手を追わせた女としてなぁ」
ナトゥムラと父親のヴァンスボルトも立ち上がる。
「ソフィア陛下、オレもいくぜ」
と、ナトゥムラは決死の覚悟を示した。
「ワシも行く。ヴァシロウスには大きなカリがあるからな。それに、レディアン様を守らねばなるまいて…」
ヴァンスボルトも同じ覚悟を決めていた。
ディオスも立ち上がった。
だが、その隣にいたゼリティアがディオスの腕を引いて座らせようとする。
「ゼリティア…離してくれ…」
「座れ。座れーーー」
ゼリティアは声を張った。その顔は必死の形相だった。
ディオスは、腕を掴むゼリティアの手を解き
「師匠…いや…ソフィア陛下…自分も参加する」
それにクレティアとクリシュナも立ち。
「アタシ等も行くよ」
クレティアが告げて、クリシュナが頷く。
ソフィアがディオスに
「ディオス…アンタは…アーリシアの人間じゃない。逃げてもいいのよ」
その言葉に誰も、文句を言わない。それ程までに、絶望的状態だった。
ディオスは鬼気迫る顔で
「オレは、死に行くんじゃない。ここに宣言する。ヴァシロウスを倒す」
ディオスの後ろにいる者が「無理だ…」と呟いた。
ディオスはフッと笑み
「出来る事を出来ると言って何が悪い」
その言葉を聞いてクレティアとクリシュナは、クク…と楽しげに笑っていた・
他の者達には、それがタダの遠吠えにしか聞こえなかった。
会議は終わって、ディオスが廊下に出ると、その前にゼリティアが立って、ディオスの頬を叩いた。
「え…」と困惑するディオス。
「バカ者…大馬鹿者ーーーーー」
ゼリティアは声を荒げる。
一切周りを気にすること無く
「お主は、バカじゃーーー どうして、死に急ぐ。なんで…」
ゼリティアは瞳からポロポロと涙を零していた。そして、ディオスの胸ぐらに掴み掛かって額をドンとディオスの胸に当て
「なぁ…今からでも遅くない…。撤回して…逃げろ…。頼む」
ディオスは顔を優しげにして、ゼリティアの頭に右手を置き撫で、左手で肩を抱き
「ゼリティア…大丈夫だ。必ず、生きて帰って来る。絶対だ」
ゼリティアは泣き腫らしている顔を上げ
「死んだら、地獄に引きずり込んで説教してやる」
「ああ…分かったよ」
そして、三日目。ヴァシロウス降臨まで二週間となった。
ディオスは、朝から外に出て屋敷の前に広がる草原で、座禅をして瞑想する。
暫し、瞑想した後…目を引き、頭上に魔法陣の集合体を形成する。
全長十メータの魔法陣の球体、それは幾重にも魔法陣が重なって巨大な装置の様に絡み合い、何かを作っていた。
クレティアとクリシュナは、その様子を屋敷の扉から見ていた。
夫ディオスがトンでもない魔法を編み出していると、肌で感じていた。
四日目、ヴァシロウス降臨まで一週間と六日。
その日は、ヒロキがディオスの屋敷に顔を見せる。午前の中頃に顔を見せたヒロキは、巨大な魔法陣の集合体を頭上に、地面から一メータ浮かんで瞑想するディオスに驚愕した。
「おお…ディオスさん」
ディオスはそれに気付き、魔法陣を閉じて
「ああ…ヒロキさん」
と、地面に着地する。
「ディオスさん、何をしているんですか?」
「ヴァシロウスと戦う準備をね…」
ヒロキはハッとした次に顔を苦悶にして
「ディオスさん…行くんですか?」
「ああ…ヴァシロウスを退治してくる」
ディオスの言葉に、ヒロキは呆れ笑いをして
「ディオスさん。これを…」
ヒロキが魔導情報プレートを渡す。
「これは?」
「避難場所の位置と、その人数、隠れている時の食料や医療品の場所、必要なその他諸々を示した情報です」
「そうですか…ありがとうございます」
ディオスはその情報を見ると、フェニックス町の中に、二百人以上も集まっている場所が多数る。
「ヒロキさん。ヴァシロウスは、人を感知する能力があるんですよね。どうして、町のど真ん中に多く人が集まっている場所があるんですか?」
「ああ…それは、オレ達男共が作る囮です。ヴァシロウスのヤロウに、避難させている所を襲わせないようにね…」
「ヒロキさん…」
「ぶっちゃけ、他国へ避難させようと動きもありましたが…。拒絶されています。そうですよね。沢山避難を受け入れれば、そこをヴァシロウスが狙う。受け入れない理由なんて分かっていますから、恨む気持ちもありませんよ。だけど…嫁さん達や子供達を犠牲なんて出来ない。精々、いい囮っぷりを見せますよ」
ヒロキは痛々しく微笑み。
ディオスは苦しそうに眉間を寄せた後、微笑み
「ヒロキさん。それは無駄になりますよ。ヴァシロウスは倒されるのですから…」
フッとヒロキは呆れた笑みで
「そんな未来、来るといいですね」
「きっと今すぐ、来ます」
ディオスは強く頷いた。
その夜、クレティアに魔導通信が来た。
「あ…はい、クレティアです」
「クレティアーノ!」
その声の主は、フィリティだった。
「ああ…陛下…ご無沙汰しています」
「クレティアーノ…単刀直入に言う。ディオス殿とクリシュナ殿と共にレオルトスに、来るんだ!」
クレティアはハッとして
「陛下…それは、逃げて来いと…」
「ああ…そうだ! クレティアーノ…私の一生のお願いだ…。こっちに来い! 全部の咎は私が受ける。だから…お願いだ…来てくれ、クレティアーノ、大切なお前には死んで欲しくない!」
「陛下…大丈夫です。だから」
「何処が大丈夫なんだ! 無理だ。今回の事は、運が無かったんだ。逃げたって誰も、攻めはしない!」
「陛下…」
クレティアが困っていると、ディオスが
「どうしたんだクレティア?」
近くに来ると、クレティアが「ダーリン…」と呟く。
「ディオス殿がいるのか? 代わってくれ」
と、フィリティは、クレティアからディオスに変わり
「あの…」
「ディオス殿!」
ディオスはフィリティと分かり
「フィリティ陛下…」
「ディオス殿。お願いだ。レオルトスに逃げて来てくれ! レオルトスでの生活は、私が面倒を見る。だから!」
「陛下…次に来る時は、どんな、お土産をお持ちしましょうか…。そうだ、ヴァシロウスの牙の置物にしましょう。そうだ。ヴァルド兄上の分も…」
「ディオス殿…それは…ヴァシロウスを倒すという事なのか?」
「陛下…貴方様が大切にするクレティアの夫である自分の力を信じてください。出来るから出来ると言って何か悪いでしょうか…」
「はぁ…分かりました。ディオス殿を信じます。クレティアーノに」
ディオスは再びクレティアに戻す。
「陛下…」とクレティアは呼び掛ける。
「クレティアーノ。必ず、合いに来い。絶対だぞ」
「はい、大丈夫です。お約束します」
そうして魔導通信は終わった。
次の日の夜、屋敷へクリシュナに通信が来た。相手はアルヴァルドだった。
「クリシュナか…」
「はい…」とクリシュナは告げる。
「今すぐ、トルキアに帰還しろ。夫ディオスとクレティアも連れて」
クリシュナはフッと笑み
「出来ません。いえ…する必要はありません」
「これは、命令だ」
アルヴァルドは命令で押した。
「はぁ…」とクリシュナは溜息を漏らして「アナタ…」とディオスに代わる。
「ああ…お父様」
「ディオスか、今すぐ、妻達を連れてトルキアに来るんだ」
「……お父様、そうだ。レオルトスのフィリティ陛下とも約束したのですが…次に訪れる際は、ヴァシロウスの牙の置物をお土産にご用意します」
「お前、言っている意味が分かっているのか?」
「はい、分かっております。ヴァシロウス如きを倒せなくてクリシュナの夫なぞ務まりませんので」
「……………よーし、分かった。その言葉、確かに聞き届けたぞ。出来なければ、地獄の底までも追いかけて、お前を苦しめてやるからな」
「はい、お約束しますとも、お父様」
ヴァシロウス降臨まで、一週間と一日。
ディオスの屋敷にトルキアからの荷物が来た。大きな二つの木箱をディオスは開ける。
「おおおおお」
ディオスは喜んで唸ってしまった。
銀色に輝く鋭角なフォルムの手甲、ヴィアンドの完成品が入っていた。
しかも、大幅な改良が加わっているのだ。その数七つもだ。
ディオスは手にとって
「上出来過ぎる…」
弓なりの鋭い突起のない装甲としても完成されているヴィアンド。
更に箱に残された手紙には、後五つも二日後に届けるとある。
全てのエンチャン系の魔導石の分を作ってくれる。
嬉しそうにディオスは手紙を握り
「感謝します。ルヴィリットさん」
早速、それをクレティアとクリシュナに装備させ、屋敷の前の草原で展開させる。
二人がヴィアンドを動かすと、巨大な六角形の百メータサイズの空間防護シールドが展開される。
しかも、クレティアとクリシュナのヴィアンドのシールドが共鳴して、その数倍の規模のシールドが生じた。
ディオスはそれを見て喜ぶ。
凄い、共鳴増幅効果まで、ルヴィリットさんは付けたのか…。
改めてルヴィリットの技術に感銘を受けた。
その日、ディオスは上機嫌だった。そして、何時ものように夫婦の時間を過ごして、眠りに入る。そして、あの夢が来た。
お願いします。お願いします。お願いします。お願いします。お願いします。お願いします。お願いします。お願いします。お願いします。お願いします。
とディオスを頼る、ヴァシロウスの死者達。
そして、ディオスの前に、ディオスに近しい者達の死者が来る。
ゼリティアの両親と祖母。
レベッカの夫と、ソフィアの父親。
ユーリ、チズの両親達。
その者達が、口にしている。
お願いします。これ(ヴァシロウスの悲劇)を終わらせてください。
ディオスには恐怖が無かった。
そして、ディオスは、近しい者達の死者に近付き、お辞儀して
「承りました。必ず…解決してみせます」
そう、犠牲者達に宣言した。
夢の草原から
ありがとうございます。ありがとうございます。ありがとうございます。ありがとうございます。ありがとうございます。ありがとうございます。ありがとうございます。ありがとうございます。ありがとうございます。ありがとうございます。ありがとうございます。ありがとうございます。ありがとうございます。ありがとうございます。ありがとうございます。
犠牲者からの感謝の声が響き渡った後、夢から覚めた。
その日、直ぐにディオスはゼリティアに連絡して、オルディナイト城邸に来た。
城邸の客間でゼリティアを前にディオス、ある事を頼む。
「前に、工場見学をさせてくれた時に、オレに着せた魔導士専用の魔導鎧を使いたいが…」
そう、余分な魔法を使うのを省く為に、飛行やバリアといったアシスト機能が多彩な魔導鎧が必要になった。
「はぁ…」とゼリティアは溜息を吐き
「分かった。用意させる。装着させるのは、部隊が置かれている、ポルスペルの港都市リンスでじゃ」
「そうか…ありがたい」
「今なら、何でも用意してやるぞ。百万の部隊に使う最新の兵装を急ピッチで作っておるからのぉ…後二日で揃う」
「その殆どが、オルディナイト持ちか…」
「そうじゃ…」
「そうか…」
オルディナイトにとってヴァシロウスを倒すのは悲願である。
ゼリティアがディオスを見つめ
「なぁ…ディオス。やはり」
「考え直さないぞ」
と、ディオスはフッと笑む。
ゼリティアは頭を落とし
「分かった。じゃが、約束しろ。必ず生き残ると…」
ディオスは肩を竦め
「じゃあ、約束してやる。ヴァシロウスを倒して、その肉で寿司と天ぷらを奢ってやる」
「はぁ? 何じゃ、スシ、テンプラとは?」
「オレの故郷の郷土料理さ」
そう言い残して、客間から出ると、道案内をしているセバスが振り向き、ディオスの手を取って
「ディオス様。これを」
一枚の金貨を握らせる。
「これは?」とディオスがセバスに
「これは、賭け金でございます。私は、ディオス様がヴァシロウスを倒す方へ賭けますので、ディオス様がヴァシロウスを倒せば、これを私の元へ返してください。もし、外せば…」
そう、それは死を意味する。金貨は戻って来ない。
ディオスは、金貨を握り締め
「成る程、お守りですか…」
「はい…」
「では、必ず返さないといけませんね」
「はい、心よりお待ちしております」
ヴァシロウス降臨まで、四日。
屋敷でディオスは、ルヴィリットが完成させたヴィアンド十二個を旅行ケースに入れて、出発の準備をして広間に来る。
「ダーリン」と広間にはクレティアと、クリシュナがいた。
「アナタ、準備はどう?」
「ああ…大丈夫だ」
クレティアもクリシュナも大きめの旅行ケースに装備を入れて出発間近だった。
屋敷のドアがノックされ迎えの者が来た。
ディオス達は、レベッカとユーリにチズの三人に迎えられ出て行く。
「旦那様、奥方様、生きてお会いしましょう」
と、レベッカが告げる。
「旦那様…奥方様、必ず帰ってきてください」
ユーリが告げ、チズが
「必ず」
と、告げる。
ディオスがユーリの肩に手を置き
「前に言ったよなぁ。ヴァシロウスなんて一撃だって。約束、果たしてくるぞ」
そう、力強く言い残して、迎えの魔導車にディオス達は乗り出発した。
それをレベッカは見つめ
「旦那様…絶対に…お帰りくださいね」
そう、強く念じるのであった。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
次話もあります。よろしくお願いします。
ありがとうございました。