第39話 十七年前の第四次ヴァシロウス降臨の悲劇
次話を読んでいただきありがとうございます。
少し、ショックな話です。
あらすじです。
ディオスのいる時間から十七年前にあった第四次ヴァシロウス降臨の日何が起こったのだろうか?
ディオスが来た年から十七年前…二月最後の日に第四次ヴァシロウス降臨があった。
総勢、二千万の十二国連合軍は…全滅した。
二千万の軍勢が埋め尽くしてしたアリストス共和帝国が遙か向こうにある、西大洋の海岸は、煉獄と化していた。
砕けて燃える魔導操車達の残骸、その熱気に喉がやられそうになる中…一人の男が、両腕に妻を抱えて奔走していた。
「しっかりしろ、ナターシャ…直ぐに、治療させるからな…」
男の名はヴァンスボルト・ユーチューリ。
その腕に抱かれて右腕、右足を失った妻、ナターシャ・ユーチューリ。右目にも酷い火傷を負って、目が開かない。
「アナタ…私を置いて逃げて…」
「いやだ。絶対に助けるぞ」
ヴァンスボルトは、必死に妻を助けようと走る。
二人は、戦闘向きの特殊スキルを持っている。
故に、ヴァシロウス討伐に招集された。
二千万の圧倒的多数の軍勢に、今度こそヴァシロウスが討伐されると、誰しもが思っていたが…。
それは、覆された。
それ程までにヴァシロウスは強大になって出現したのだ。
ヴァンスボルトは、炎の世界を走りながら、この一体を管理していた部隊の本陣へ向かう。
そこなら、妻を治療する事が出来る筈だ。
そして、到着した本陣は…巨大なクレータだった。ヴァシロウスの攻撃によって本陣は消滅していた。
ヴァンスボルトは絶望して、膝を崩した。
もう…助からない…。
ナターシャがヴァンスボルトの襟を引いて
「私を置いて…ここから逃げて…」
ナターシャは微笑む。
ヴァンスボルトは、ナターシャを抱き締める。
脳裏には、十代の若い頃から出会った妻との過ごした思い出や、結婚して家庭を持った事、その全ての妻と歩んだ時間が過ぎった。
だから、このまま妻を一人にはさせない。どんな時も一緒だ…。
「死ぬ時は、一緒だ…」
死を覚悟したヴァンスボルトの背にあった通信機が唸る。
『誰か! 誰かーーー 返事をしてくれーーー』
それは泣きそうな声をした男の悲鳴だった。
『頼むーーー。誰か生きていてくれよーーー』
ヴァンスボルトは、直ぐに魔導通信機を取って
「こちら、バルストラン共和王国所属、剣聖ヴァンスボルト・ユーチューリだ。聞こえているぞ」
『ああ…聞こえています。大丈夫ですかーーー』
「ワシは大丈夫だ。だが…同伴していた妻が…負傷している」
『了解です。こちらは、治療可能な設備がありますから。直ぐに通信の反応を辿って向かいます』
「頼む…」
ヴァンスボルトは、腕の中にいるナターシャに
「生きて帰ろう。ナトゥムラの元へ」
そうナターシャに告げて三分後、飛翔する魔導士の部隊が上空に現れて、ヴァンスボルト達を回収した。
そこは、更に内陸部の建物だ。四角で鋭角なその施設の周囲は、強力な防護結界装置が囲み、鉄壁を誇っていた。
ゴオオオオオオオ
その施設の上空の闇から、この世のモノとは思えない咆吼が轟く。
そこは、ヴァシロウスとの戦闘指示を中継する要塞だった。
多くの人々が詰めて、全滅した二千万の部隊へ、様々な情報を送り、指令も中継していたオルディナイトの施設。
その要塞へ、光線が降り注ぐ。百メータ近い幅の光線、いや…流星が墜ちた。
その威力によって、鉄壁の防護結界装置が粉砕される。
そして、施設の全ドアが開き、そこから逃げる人々。
施設の入口に我先と逃げる人々が集まり、渋滞した。
その中に…バウワッハとその妻、そして…ゼリティアの両親に、両親に抱かれるゼリティアがいた。
この施設は、要人を安全に保護する事が出来る。
当時の魔導技術で最強の鉄壁要塞だったが…ヴァシロウスの前では、紙くず同然だった。
容赦なくヴァシロウスの光線が、施設へ降り注ぐ。施設は粉砕された。
爆発の中を泳ぐバウワッハ。
「ああ…」とバウワッハが気付くと、そこは瓦礫の世界だった。
「アルジェナは?」と妻の名を「レオルは?」と息子の名を「アンジェラは?」と息子の嫁の名を「ゼリティアは?」と孫娘の名を
「アナタ…」
と、バウワッハの妻アルジェナの声が聞こえた。
「アルジェナーーー」
バウワッハは、妻の声がした瓦礫の山へ向かう。
「アナタ…」
と、僅かな隙間からアルジェナが呼び掛ける。
「今、助ける」
バウワッハは、周囲に落ちている瓦礫から、使えそうな物を探す。
「アナタ…ゼリティアを…」
アルジェナは、ゼリティアを抱えていた。
その僅かに開いた隙間は、四歳のゼリティアが通るだけで精一杯だ。
そこから、アルジェナはゼリティアを出した。
出されたゼリティアは、目を見開いて呆然としている。
幼いゼリティアには事態が理解出来なかった。
バウワッハはゼリティアを託され
「待ってろ。助けを呼んでくる」
アルジェナに呼び掛けると、アルジェナは
「ありがとう…アナタ…」
そう告げて、バウワッハはゼリティアを抱え
「誰かーーー 力を貸してくれーーーー」
その背に、ヴァシロウスの閃光が落ちた。
再び、爆発に飲まれたバウワッハは、孫娘ゼリティアを必死に抱き締め、転がる。
「クソ…」
と、バウワッハはゼリティアを抱えて立ち上がると、絶望した。
巨大なクレータがそこに誕生していた。
瓦礫なんて一切もない。全てが消されて窪地になっていた。
妻も、息子も、息子の嫁も…家族が消滅した。
バウワッハの瞳が、激しく泳ぐ。
「アア…アアアアアアア」
慟哭を放つバウワッハに
「大旦那様ーーーー」
セバスと、その仲間達が駆け付ける。
「大旦那様、ご無事で?」
セバスが、バウワッハに呼び掛ける。
バウワッハは、セバスを見て
「セバス…妻が…息子が…嫁が…」
セバスは歯を噛み締め、涙して
「ここは逃げましょう。大旦那様」
セバスに続いて来た仲間の一人がゼリティアを抱える。
ゼリティアの表情は固まっている。涙さえ出ない程、事態に驚愕している。
ゴオオオオオオオオ
ヴァシロウスの咆吼が轟く。
バウワッハは、セバスの腰にある剣を見て、それを手にして抜いた。
「大旦那様…」
困惑するセバス。
バウワッハは立ち上がり、空を悠然と泳ぐヴァシロウスを睨む。
ウィンドと、飛翔魔法を発動させようとしたバウワッハを、セバスや、数名の者達が押さえた。
「離せぇぇぇぇぇぇぇ」
バウワッハは叫ぶ。
そう、バウワッハはヴァシロウスへ向かうつもりだ。
敵わないのは百も承知、勝てないのも自明の理。
だが、バウワッハはそれでも、向かおうとする。
殺された妻、息子、嫁の仇を取りたい。
せめて、僅かでも一矢報いたい。
空を悠々と泳ぎ、破壊の限りを尽くすヴァシロウスへ、死んでも向かう。
止められないバウワッハに、セバスは
「申し訳ありません」
”サンダリオン”
雷魔法を発動させて、バウワッハを気絶させた。
バウワッハとゼリティアを運ぶ、セバス達。
ゴオオオオオオオオオ
またしても、ヴァシロウスの咆吼が轟く空。
それをセバスは睨み見て
「精々、今を享受していろ。だが…次は必ず、必ずお前の最後だ!」
そこは、地下深くの施設だった。王族や、軍、各方面へ指示を出し、情報を集めて協議する司令センターである。
そこに、十二国の王族達と、その臣下達と、各国々の行政機関の指示者達がいた。
そして…そこには、十三歳のソフィアもいた。
ソフィアは、銀髪のエルフの母親と共に、王族の家族が保護されている部屋にいた。
「大丈夫かな…」
と、ソフィアは呟く。
ソフィアの母親ソニアは、ソフィアを抱き締め
「大丈夫よ。ここは地下…二百メータも下だから…。それに、地上からここまでの間に、アダマンタイトの合金で作れた防壁が幾つも並んでいるのよ。だから…ね」
「うん」
と、ソフィアは頷く。
父親は、祖父のバルストラン王と、母親の祖父のノーディウス王に、他の王達と共にヴァシロウスに対して、何らかの抵抗策や、逃げる人々の誘導指示などを行っていた。
ソフィアは、母親に抱き付き、早くこのヴァシロウス降臨が終わる事を願っていた。
ズン!
それは施設を揺さぶる激震だった。
ソフィアのいる部屋の明かりが明滅する。
何? 何なの? と部屋に人達が怯える。
ソフィアは震えた。
ズン!
またしても激震、そして、部屋のドアが開き、現れた魔導騎士が
「皆さん、避難します」
魔導騎士に、部屋の人物の一人が
「何が起こったんだ?」
魔導騎士は絶望した顔を向け
「ヴァシロウスが、ここを破壊しようと…攻撃を繰り返しています! もう…五十ある特別装甲地層の内…半分が消失しました」
部屋にいたソフィア達は、急いでその場を後にする。
魔導騎士の誘導で、急いで地上に逃げるエレベータへ向かう。
そして、それにソフィアの父親達も合流した。
「お父さん」
ソフィアは父親を呼ぶ。
父親は気付いてソフィアと妻の元に来て
「行こう…ここはもう、保たない」
ソフィア達は、エレベータ前に来る。
十機以上並んだエレベータ入口に多くの人が群がり、大混雑する。
ズン!
またしても激震が施設を揺さぶる。
ソフィア達の番が来た。
優先的に子供と女性が先に選ばれ、ソフィアと母親に数名の女性と子供達が、エレベータに乗る。
「お父さん…アタシ…」
怯えるソフィアに、父親は優しく頭を撫で
「大丈夫だよ。直ぐに会える。先に行ってくれ」
これが、最後の別れだった。
ソフィア達を乗せてエレベータが昇り始める。
父親が下になるをソフィアが見つめていると、光りが降り注いだ。
そう、ヴァシロウスの破壊が、そこに届いた。
その光りに人が呑まれ蒸発する様を見せつけられる。
ソフィアは、目の前で父親が蒸発して死んだのを見せつけられた。
「お父さんーーーーーーー」
これにより、指揮系統は壊滅して、ヴァシロウスによる被害が更に拡大した。
レベッカには二人の娘達がいる。一人を抱え、もう一人は夫が抱えている。
レベッカ達、家族が走るのは、燃える町だった。
あらゆる場所から火の手が上がり、家々が燃え崩れ、その間を多くの人々が我先にと逃げている。
レベッカ達は避難出来る地下シェルターの入口に来るが、その入口が閉まる。
「開けてください。開けてください」
レベッカは必死に、入口を閉めたシャッターを叩く。
シャッターから
「ダメだ。もう、これ以上入れられない。アイツがヴァシロウスが嗅ぎつける」
ヴァシロウスは、人を感知する機能がある。
それは二百人以上いる密集している人を感知する。それ以下なら感知出来ない。
「う…」とレベッカは悔しそうな顔をする。
夫が手を取り
「行こう。まだ、何処かあるはずだ」
レベッカ達は必死に燃える町を走る。
悲鳴、怒号、悲嘆、悲劇、混乱の真っ只中で、レベッカ達は必死に生き残る術を探す。
そして…開いている地下シェルターがあった。
「こっちだ。まだ…五十人くらいなら大丈夫だーーー」
入口を守る魔導騎士が叫ぶ。
そこへ、レベッカ達は飛び込む。
先にレベッカと、娘達二人が入る。
「アナターーーー」
レベッカが呼び掛ける。
外には夫がいた。
夫は魔導騎士に止められている。
魔導騎士が苦しそうな顔で
「すまない。女性と子供が優先なんだ」
夫は肯きレベッカに手を伸ばす。
レベッカはその手を握る。
「レベッカ…必ず。生きて会おう」
「ええ…アナタも必ず生きて」
そう二人が誓った空に
ゴオオオオオオオオオオ
ヴァシロウスの咆吼が轟く。
そして、あの無慈悲な光りが全てを蹂躙する。
それはレベッカ達のいた入口でも炸裂する。
レベッカの世界がスローになる。
光りが眼前に降臨する。それに夫が飲まれ消えた。
次に爆発して、奥へ吹き飛ぶ。
「ああ…」とレベッカは意識を取り戻した。
レベッカは衝撃で目眩がしたが、意識を収束してそして
「あああ…アアアアアアア」
レベッカの右手には、夫の腕がある。
そう…さっきまで握っていた腕を残して夫は消滅した。
レベッカは夫に頬を撫でられるのが好きだった。
自分は顔が硬く鋭く見えて、怖く見られるが、夫はそんな顔を優しくなで
「いいじゃないか…私は好きだよ。君がしっかりしている証だろう」
そう微笑み、レベッカの頬を撫でる。
そう…夫は、その何時も撫でてくれる右腕を残してこの世から消えた。
ゴオオオオオオオオオオ
勝ち誇ったようなヴァシロウスの咆吼が轟く。
ユーリとチズは、まだ幼い乳飲み子だった。
一台の大型魔導トラックに、赤ん坊が預けられる。
赤ん坊達には、それぞれの親が分かるように、住所と名前、親の名前、両親の顔と、魔導指紋と、情報を載せた魔導プレートが掛けられる。
ユーリとチズを乗せた両親は、子供達を乗せて避難する魔導トラックに向かって祈り
「どうか…無事で会えますように」
母親も父親も祈った。
赤ん坊達を非難させる為に移動する魔導トラック
その荷台には、魔導騎士がいた。
魔導騎士は、遠くなる町を見て
「必ず、この子達は守ります」
そう、堅く誓った次に、空から光線が降り注ぐ。
一瞬にして、町は爆炎と土煙に変わり、消滅した。
魔導騎士は床を激しく叩き
「ちきしょうーーーーーーー」
哀哭して叫んだが
ゴオオオオオオオオオオオ
それさえも許さないとヴァシロウスの咆吼が轟いた。
第四次ヴァシロウス降臨。
これに迎え撃った二千万、魔導士九百万、魔導騎士及び魔導操車一千百万は
全滅。
その後、ヴァシロウスはアーリシアを蹂躙する。
最西端のポルスペル共和王国から、アーリシアとユグラシアの境であるリーレシア王国まで及び、南はガリシャマイト連合王国を越え、アーリシアの最南端グレリシャ共和王国に達した。
この絶望的破壊による被害者五億人、その内、死者は二億人に達した。
これは、今までのヴァシロウス降臨による被害を更に更新させたのであった。
それから十七年後の現在。
とある男が夢でうなされていた。それは、ディオス・グレンテルだ。
ディオスは、草原に立っていた。
何処かも分からない、とにかく広大な草原で一人、立っている。
「なんだ?」
困惑するディオスだが…何かの足音がする。
それは、地響きとなってディオスに向かって来る。
「えええ?」
恐れるディオス、四方八方へ逃げようとするが、その全ての方向から足音がする。
ディオスが戦き立ち止まると、膨大な数の人々がディオスを囲んでいる。
「なんだコレ…」
恐ろしくなるディオス。
数え切れない程の人々が口にする。
お願いします。お願いします。お願いします。お願いします。お願いします。お願いします。お願いします。お願いします。お願いします。お願いします。お願いします。お願いします。お願いします。お願いします。お願いします。お願いします。お願いします。お願いします。お願いします。お願いします。お願いします。お願いします。お願いします。お願いします。お願いします。お願いします。お願いします。お願いします。お願いします。お願いします。お願いします。お願いします。
その大合唱が草原を響かせる。
「うあぁぁっぁぁあああああ」
ディオスはその合唱に耳が潰れそうになって目が覚める。
「はぁはぁはぁ…」
ディオスは上半身を起こしてベッドにいた。
そう、叫んで無意識に起き上がっていた。
何時ものようにクレティアとクリシュナが横に寝ている。
クレティアとクリシュナが、起きて
「どうしたのダーリン?」
「アナタ…大丈夫?」
心配げにする二人に、ディオスは頭を抱え
「全く、なんて夢だ…」
再びベッドへ横になり
「ごめん。寝るよ」
クレティアとクリシュナは、不思議そうに顔を見合わせ
「ああ…そう…」とクレティアは告げる。
横になったディオスが、二人の手を握って気分を落ち着けて、静かに目を閉じた。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
次話もあります。よろしくお願いします。
ありがとうございました。




