第37話 バルストラン共和王国の日々 その5
ここまで読んでいただきありがとうございます。
これで、閑話 バルストラン共和王国の日々は終わりです。
ゆっくりと楽しんでいってください。
あらすじです。
ディオスは、とある事件で、屋敷傍にある町の人達に協力を頼まれる。
その事件は…
バルストランの日々 その五
年明けして数日後、ディオスはクレティアにクリシュナとレベッカの四人で、屋敷の近くにある。王都外縁の城砦町フェニックスに来ていた。
年明けのパーティーで消費した食料や備品を買いに、フェニックスの商店を歩く四人。本当に大変な、年明けだった。
王宮が休みとなった途端、ソフィアがディオスの屋敷に入り浸り、やれ!あの料理を出せ。やれ労え!なんてワガママ放題。
年越しの休みなのに、ディオスは疲れてしまった。
食料品店からディオスは出て
「レベッカさん。これで終わりですか?」
ディオスの両腕には、沢山の缶詰や保存食の瓶が入った紙袋が抱えられている。
その後ろからレベッカが現れ
「ええ…保存食はこれで終わりです」
ディオスは、顔を引き攣らせる。
「保存食だけですか…」
まだ、買い込む予定があるらしい。そこへ
「ダーリン」
クレティアとクリシュナが来た。
クリシュナが
「頼まれた小麦の三十キロ二つ。魔導車に乗せたわ。後…魔導紙と、魔導紙を印刷するインクとか…ゴミ袋とか、日用品諸々も乗せたわ」
レベッカがメイド服のポケットから買い物リストのメモを取り出し
「ええ…保存食。小麦二つ、魔導紙とインク、ゴミ袋、裁縫の糸と生地…」
メモに線を引いて消していく。
「これで…終わりのようですね」
と、レベッカは眼鏡を持ち上げる。
「そうか…終わったか…」
ディオスはホッとした。これ以上あったらヘトヘトになりそうだ…。
「じゃあ、帰ろうか…」
クレティアが告げ、四人は魔導車の置いてある場所へ向かう。
「ねぇダーリン」とクレティアが「エルザナの事件の時、どうして、エルザナが妊娠しているって分かったの?」
「ああ…」とディオスは顔を上げ
「前になぁ…王宮で妙な事があったんだ。とある女性の仕官に妙な魔力の波動を感じたんだ」
「妙な魔力の波動?」とクリシュナが首を傾げる。
「なんだろう。二つの波動が重なっているように見えてな。その個人の全身から出ている波動と、腹部だけに出ているもう一つ別の波動を感じたんだ。最初は何だろうと、思っていたが…。それが後にその女性仕官が妊娠していると分かって。もしかして…と思って別の、同じような女性の仕官に聞いたんだ。そしたら、最初は、その人は首を傾げたが…後にオレの言った事が気になって調べたら、妊娠していたと…。それでまあ…何となく分かるのかとな…」
クリシュナはディオスの顔を見つめ
「アナタは確か、その強大な魔力を宿す特異体質の所為で、妙な感覚があるっていっていたわよね。それで同じ体質の人も分かるって」
「ああ…そうだな」
クレティアが首を傾げ
「ダーリンは、精霊の眷属と人との魔力の雰囲気の違いわ、分からないけど。当たり前でない不思議な感覚はあるんだ…」
「変な特典だがな…」
便利なようで、そうでないような、微妙な特典感覚だな…とディオスは思う。
そうして、魔導車の置いてある広場に来ると、そこの場が騒がしく町の人達が動き
「おい、また…アレが出たぞ」
「マジかよ…今年もか…」
「とにかく、現場に行ってみようぜ」
ディオスは、町の人達が話して、どこかへ走って行く様子に、なんだ?と疑問を感じていると…一人のハンターの男が通り掛かる。
その男は、クレティアとクリシュナを見つけると
「お、クリシュナにクレティアじゃあねぇか!」
気さくに二人の声を掛ける。
「やっほー」とクレティアは手を上げて返事して。
「どうも…」とクリシュナはお辞儀した。
男は、ディオスを見つけ
「ええ…確か…旦那のディオスさんだっけ」
「はい、どうも…」とディオスは頷く。
この男の名は、ヒロキ・ゲンアン…クレティアとクリシュナは訓練の為に魔物を狩るので、この町のギルドにハンターとして登録している。
このヒロキはディオスが生まれ故郷と偽っている極東の島国、曙光国出身のハンターで、あのディオス達が結婚式の後、祝いの席の為にハンターギルドの店に寄った時に、初めて応対してくれて、場を盛り上げてくれた人だ。
クリシュナが
「どうしたんですか? 急いでいて…」
ヒロキは複雑そうな顔をして
「いや…ちょっと困った事があってよ…」
と、ヒロキは呟きながらディオスを見つめ
「なぁ…二人の旦那、ディオスさんは王に仕えるくらい凄い魔導士なんだろう」
クレティアとクリシュナは顔を見合わせて
「ええ…ダーリンはそうだけど」
クレティアが答える。
「頼む」とヒロキは手を合わせて「その知恵を貸してくれねぇか」
クレティアとクリシュナはディオスを見る。
ディオスはレベッカを見る。
屋敷の買い物に来たのだから、それを指揮しているレベッカの意見を…。
「魔導車は二台です」とレベッカが告げ
「荷物を一つに纏めてわたくしはお屋敷に帰りますので、一台は空きます。旦那様や奥様達はどうぞ。自由にしてください」
ヒロキの話に乗る事に決定した。
ディオス達は、魔導車にヒロキを乗せて、その知恵を貸して欲しいという現場に行く。
城砦町のフェニックスから数キロ離れた広大な畑が広がる大地、冬の時期、小麦や野菜等の収穫が終わって畑を休ませる時期で何も生えていない。
そんな田園風景が続く中、突如として人だかりの場所が出現する。
そこに魔導車が止まり
「こっちだ。来てくれ」とヒロキがディオス達を案内する。そこは…
「あら…」とクリシュナが驚き口に手を当てる。
「ありゃ…」とクレティアは眉間を寄せ驚く。
ディオスは、その現場に驚き仏頂面の目が大きく開く。
ヒロキが指し示すそこ…。
なんと、深さ三十センチ、幅三メータ前後の大きな窪みが畑の中を転々と続いている。
それもかなり遠くまで繋がる窪み群。
その窪みにそばで一人の町民が頭を抱えている。
「全くよ…。これ、戻すのにどれだけ掛かると思ってんだよ」
ブツブツと言う町民は、どうやらこの畑の持ち主らしい。
ヒロキが、窪みに入り
「来て見てくれないか」
ディオスに手が伸びて、ディオスはその窪みに降りる。
「おお…なんと…」
ディオスは驚く。
窪みはタダの凹みではない。三メータ前後の真円で、直角にまるで、何かに切断されて窪みになったかのように、鋭角に段差になっている。
ディオスは窪みに跪いて、凹んだ部分の土を取ろうとしたが、カチカチに岩のように硬い。
「なんだこれ…機械でプレスしたように地面を圧し潰している」
その表現しかない程の窪みだ。
「なぁ…」とヒロキが「何が原因か、分かるかい?」
ディオスは、窪みの底を触り、絶壁のようになっている段差も触る。
何かの魔法が使われているなら、その痕跡たる魔力や属性の力が残っているので感じられる筈だ。
「んん…」
ディオスは唸って立ち上がる。
そして、顎に右手を置き考える。
なんて事だ…。魔力を感じない。属性の気配さえない…。本当に機械で圧し潰したようにしか思えない…。
悩んでしまうディオスにヒロキが
「やっぱりアンタでも、ダメか…。前に警察隊の人にも知らせて調べて貰ったが、何にも分からなくて、自然現象じゃないかって言われたんだ」
ディオスがヒロキに
「この現象は何時から?」
「ええ…二年前かなぁ…。この時期になると起こるんだよ。数回、こういう事があって突如、なくなるんだよ」
「そうですか…」
ディオスは、その話を聞いて、時期的なモノか…確かに警察隊の人達も、自然現象と思うな…。
そう考えていると、トンと背中を押される。
「ん?」と後ろを見ると、巨大な毛むくじゃらがいた。
「へ?」とディオスは困惑すると、巨大な毛むくじゃらが、ぬーーーと唸る。
ディオスは目を瞬きさせる。
ヒロキが巨大な毛むくじゃらに近づき
「ああ…ぬーさんだ。大人しい魔物で、ずーと昔から、この一体を生活の場にしている。寝床は、町にある巨木の小屋さ」
象なみの巨大なヌートリア型魔物、ぬーさんは、ディオスをつつく。
「んん? 何だ?」とディオスは困惑していると。
ヒロキが
「もしかして、魔力が欲しいんじゃないか? ぬーさんの食料は魔力だからよ」
「ああ…」とディオスはぬーさんに触れて魔力を送る。
ぬーさんは、ぬーぬーと嬉しそうな声を放ち、フンと鼻息を荒げた次に、ぬーとお礼のような一言を告げてディオスから離れる。
ヒロキが
「ぬーさんには、普段からオレ達、町民も魔力をあげたりしているが…。大体は自然界の魔力の濃い所に行って、魔力を食べているんだ」
「へぇ…」とディオスは驚いていると。
ヒロキが
「そういや…こうなった場所を最初に見つけるのは、ぬーさんだな…。こういう事があった朝、ぬーさんが町の人をその現場に連れて来るんだよなぁ…」
ディオスがそれを聞いて
自然界にある魔力を食べて暮らす大人しい魔物…。こういう事があった場合、連れてくる…。つまり…。
「もしかして…ぬーさんが…原因とか?」
と、ディオスが尋ねる。
ヒロキは首を横に振り
「それは否定されているよ。前によ。ハンターの仲間が飲み過ぎて帰る時にぬーさんが、ハンター達を負ぶって家まで運んでくれた時に、畑の道の真ん中でぬーさんが騒ぎ出したんだ。背中にいたハンター達は、驚いてぬーさんから降りて、ぬーさんを宥めていると、突然、ゴンゴンゴンって妙な音がした次に、ドンドンって畑にあの窪みが沢山出来たんだ」
「ほぉ…」とディオスは、そうか…オレ、間違ったか。
ぬーさん、疑ってゴメン。と心の中で謝った。
でも、原因ってなんだ?
考えながら、ディオスは窪みから出る。
その後ろを静かにクレティアとクリシュナは付く。
その様子にヒロキは首を傾げ、その隣にハンター仲間のオーガの男が来て
「なぁ…クレティアとクリシュナって、旦那を前にするとあんなにお淑やかになるんだなぁ…」
「ああ…ウソみたいだ…」とヒロキも頷く。
クレティアとクリシュナは、超武闘派だ。
ハンターでも、その気質を遺憾なく発揮して、魔物を狩る時なんて、魔物に怯えると
「テメェら! 股にぶら下げているモノはなんだぁぁぁ」
と、クレティアは怒声を唸らせる。
「お前ら、男だろうが…」
と、クリシュナはドスが効く。
男以上に男勝りを発揮する二人に、ハンターの皆は、二人を女として見た事が一切無い。
実力も伴っているから余計にだ。
だが、夫ディオスがいるとどうだ! 夫の邪魔をしてはいけない貞淑な妻その者だ。
ハンター達はそんな二人の様子を驚きで見ていると…ディオスが顔を上げる。
魔物…自然界の魔力を食料としている。
現象が起こる時に分かる。
そして、起こった場所も分かる。もしかして…。
「ヒロキさん」
「おお…おう」とヒロキが戸惑いを見せる。
「どうして、このような現象が起こるかは、わかりませんが…。どこで、どのように起こるかは、分かるかもしれません」
「ええ…本当か?」
「ええ、ちょっと屋敷に機械を取りに行きます」
ディオスは、クレティアとクリシュナを残して屋敷に戻ると、直ぐに地下の施設に下りて棚になる計測機器を三つ程、抱えて屋敷を出ると…。
「やー 遊びに来たわよ」
ソフィアと、ナトゥムラにスーギィにマフィーリア達がいた。
ディオスは四人に近付き
「すまない師匠、ちょっと取り込み中なんだ。その後、相手にするから」
ソフィアはディオスに詰め寄り
「何、アタシを放って置く程の事態なの?」
ディオスは面倒くさそうな顔をして、ソフィアに事態の説明をすると、ソフィアは目を輝かせ
「なにソレ! 面白そう! アタシも同行させなさいよ」
スーギィが
「ソフィア殿…それは…」
「師匠命令!」とソフィアは押し通した。
こうして、機器を取りに来ただけなのに、ソフィア達までも同行という変な事態になり、ディオスは現場に戻ってくる。
魔導車が二台来たのでクレティアとクリシュナは困惑する。
屋敷の一台からディオスが機器を抱えて出て、別のもう一台からは、ソフィア達が下りる。
それに周囲はどよめく。
そりゃそうだ。バルストランの国王が現れたのだから。
ソフィアが畑に出来た窪みに来て
「へぇ…コレがその現場か…」
畑に出来た窪みの連続を一望する。
そして、その近くにいたヒロキに気付き
「あれ、アンタ…」
ソフィアはヒロキを見て戸惑い。
ヒロキは
「ああ…どうも、あの時は…」
戸惑い気味に答え、次にナトゥムラとスーギィ、マフィーリアが来て
「あれ、ゲンアンじゃん」とナトゥムラ。
「おお…久しぶりですな」とスーギィ。
「お、お主…どうして」とマフィーリアが。
それをディオスが見て
「もしかして、知り合いですか?」
ヒロキ、ナトゥムラ、スーギィ、マフィーリアは互いに視線を交差させ
『まあなぁ…』と四人は同時に答えた。
クレティアとクリシュナがディオスの下に来て、ディオスの抱えている機器を持ち
「ねぇ…ダーリン。これで何を調べるの?」
クレティアの問いにディオスは
「ああ…空間中の魔力を測定する」
ディオスは、機器をクレティアとクリシュナに持って貰い、窪みの周囲を調べる。
右手には空間中の魔力を調べる金属棒を、左手にはそれに繋がるメータ機器。
ヒューイン ヒューインと測定音をさせて窪みを調べる。
窪みの魔力値は低い、だが、それから出ると魔力値が上がり、平均的な魔力値より高くなる。
そして、窪みから遠くなるに連れて魔力値は下がり平均的になる。
別の機器は、属性の種類を調べるモノだ。窪みとその周囲は、風属性が強い。
そこから離れると色々な属性が混在する。
三つ目の機器は、連続して魔力値を測れる装置だ。ディオスは歩く、窪みが連続する道筋を進む。そう…窪みが出来た所だけ魔力値が高いままだ。
窪みが続く終わりになると、魔力値が下がった。
その背中に、ヒロキが
「何か分かったのかい?」
と尋ねるその場には、ソフィア達もいる。
ディオスは一同に向き
「起こる場所の特徴は分かりました」
ディオス達と、ハンター達は、フェニックス町の図書館にいた。
ディオスは大きなテーブルにフェニックス町周辺の地図を広げ、指さし
「まず、何処でこのような現象が起こるか…は、さっき魔力の検査機器によって判明したのは、自然界の魔力が集まって流れを作る。流脈に起こっている」
ディオスの右にいるソフィアが
「流脈…じゃあ、この窪みを作る原因は、魔力の流脈による。自然現象って事…」
ディオスは首を横に振り
「いいや、自然現象にしては、窪みの作りが人工的過ぎる。こういう事だ」
ディオスは地図を指でなぞりながら
「何らかの、機械的な何かが、流脈の魔力に反応して、あのような窪みを多数作っている。その機械が何かは分からないが…」
ナトゥムラが出て
「おい、ちょっと待てよ。それって問題だろう。何かの不明な機械がこの一体を荒らし回っているって事だろう。防衛的な問題になるぞ」
スーギィが右手を顎に当て
「そういう事になると…王都の軍が動く事になるぞ…。恐らく、魔導騎士隊の魔導操車が出る事態になる」
クリシュナが挙手して
「ねぇ…魔導操車が出るとしても…正体不明な機械を相手に戦うのは、リスクがデカいわ。せめてどういう系統か、分かれば対処もし易いのでは?」
「んん…」とディオスは、そうだな…どんな機械だろう…と唸る。
それにナトゥムラが
「こんな窪みだけを作る機械って、どんな種類だよ」
まあ、確かにその通りだ。
ディオスは天井を見上げ「二年前から始まっているなら、そこに手がかりがないかなぁ…」とぼやく。
ヒロキ達ハンターの一人が挙手して
「実は…二年前…冬が終わった春先の時分に、フェニックスのそばの山で超古代遺跡が見つかったんだよ」
『ええ…』と全員が言ったハンターの男に注目する。
「その…見つけたのはオレ達でよ」とハンターの男と傍にいるパートナー魔導士の妻がお辞儀する。
パートナーの妻が
「私は、前にリーレシアにいた事があって、僅かでしたが超古代遺跡の調査もした事があって、それが超古代遺跡だって分かったんです。でも…その、何というか…その遺跡、何かを固定した装置だったらしく、それに遺跡用の魔導端末を接続して、調べたらパージ済みって事しか分からなくて…何が、固定されていたのかは…」
ヒロキが「そんなの初めて聞いたぞ」と…
パートナーの夫の男は
「いや、一応、ギルドには伝えたぜ」
ディオスはんん…と唸り
「超古代遺跡の調査優先順位は、賢者の石生成施設が上位ですから。それ以外の遺跡は、調査順位が低いですから…。手が空いたら調べるのに放置されたんでしょう」
それを聞いて全員が「という事は…」とソフィア、「て事は…」とナトゥムラ、「そういう事だよね」とクレティアが。
マフィーリアがサングラスを整え
「つまり、今回のこの窪みが多発する事件は、その超古代遺跡の何らかの機械が、原因で起こっていると…」
ディオスは肯き
「状況タイミング、色々と合わせて考えるに、そう推測出来ます」
ヒロキが
「じゃあ、どうするんだよ」
ディオスが地図を指さし
「誘き出しましょう。起こる現場は分かっているのですから。それを再現すれば、必ず現れるでしょう。作戦の決行は明後日の夜、その為の機器は自分が用意します」
そして、明後日の夜、作戦が始まった。
作戦名、フェニックス町に突如出来る窪み解消作戦。
長い…作戦名だ。
場所は、今回の為に町で共同経営している共同畑を使う。
そこに、ディオスが作った風の魔導石を置いて、その脇を結界装備ソルドで囲み、一カ所だけ開いておく。
誘き寄せる釣り針の付けた餌の構造はこうだ。
風の魔導石の属性魔力を放出、ソルドの防壁によって周囲に拡散する事無く、溜まり、開いている出口へ流れる。
これにより、人工的に流脈を作って、目的の獲物を誘き寄せる。
その周囲には、誘導装置から東百メートル、その様子を見る町のハンター達による指揮隊がいる。
ここにディオス達、クレティア、クリシュナ、ソフィア、ヒロキ、諸々はいる。
そして、南二百メートル先の林の中に五機の魔導操車隊が待機している。現れたソレに攻撃を加える為だ。
そして、装置から十数メータ離れた位置周辺に、他のハンター達やナトゥムラ、スーギィ、マフィーリア、雄志の町民達、一団が潜む。その中に大人しい町の魔物、ぬーさんもいる。
指揮場所で、ヒロキは誘導装置を遠見の魔法で見つめ
「本当に来るのかなぁ…」
その隣で同じく遠見の魔法を使って見るディオスが
「こればかりは、願うしかありませんね。まあ…近付いてきたら、その存在が分かると思われる。ぬーさんが反応してくれるでしょう」
そう、ぬーさんは、相手が近付いてくるのを知らせる役割がある。
今まで、姿を見せない何かだ。何かは、見えない魔法か装置を使っている可能性が高い。
故に、それが分かるぬーさんに頼るしかない。
そして、装置近隣で待機している人達全員に、とある特殊インクが入ったボールを渡してある。
それをナトゥムラが見て
「本当にこれで効果あるのか?」
隣のスーギィが
「一応はあるはずだ。何か見えない魔法を使っているなら、その自身の周囲は、見えない力を発揮する結界が張られている筈。この特殊インクは、その結界に付着する作用がある。もし、装置的な事だっとしても同じように付着して姿を見せる筈だ」
マフィーリアがグラサンを上下させ
「姿を見せたら。自分のスキルで動きを封じる」
ナトゥムラが
「止まったら、すかさず…全員でその物体を捕縛ネット魔法で包んで一網打尽、抵抗するようなら、魔導操車の出番か…」
装置を発動させて一時間がたった。
時期は冬の真っ只中だ。寒くてヒロキは腕を抱える。
「ああ…クソ…。罠の特性のせいで、暖まる魔法が使えないってのは、応えるぜ」
ディオスも軽くクシュっとクシャミをする。
そこへ「ダーリン、はい…」とクレティアが携帯魔法瓶に入れていた暖かい飲み物をディオスに渡す。
「ああ…すまん」とディオスはありがたく受け取る。
クリシュナは、罠かを凝視して
「もしかして…気付いてこないかしら…」
ディオスは苦い顔をして
「それぐらいの知性はあるという事か…」
そうなると、ますます、捕まえるに厄介だなぁ…と思っていると…。
ぬーぬーぬーと、罠の傍にいるぬーさんが騒がしいのが見えた。
ジージーとヒロキの携帯魔導通信機に通信が入り
「こちら、罠の周囲班。ぬーさんが反応している」
そこへソフィアが「ディオス…」と来て、持っている小型魔導通信機をディオスに向け
「こちら、ナトゥムラ…妙な音が聞こえる。低くて機械音みたいな感じだ」
通信機から、ゴーン ゴーン ゴーンと、地鳴りだが…人工的な音のように一定な感覚を刻んでいる。
「どこだ! どこにいる!」とヒロキは、遠見を必死に使い姿を探すが、見つからない。
ディオスは、チィと舌打ちして、やっぱり姿が見えないように何かしているのか…暗闇だから、余計に分からないぞ…。
焦っていると、ドンと大砲の様な音が罠の傍で響いた。そう…罠かの入口が土煙を上げて凹んだ。
「来た!」とディオスは叫ぶ。
見えない何かが罠の肝に向かって窪みを一定の間隔で刻んでいる。
ヒロキが
「全員! その先だと思われる方へ、インクボールを投げてくれーーーー」
罠の近くにいたハンター達や町の人々が一斉に立ち上がり、その先、罠の肝の周囲へインクボールを投げる。
空を切るインクボールもあるが、その数個は、パシャ、パシャと空中で何かに当たって色を付ける。
そこへナトゥムラが
「マフィーリア!」
マフィーリアは立ち上がってサングラスを外して、その色が付いている空へスキルを発動させる。
”ゴーン・メディアス”
動きを止める石化の力が色の付いた空を止めた。
そこへ更にインクボールを皆が投げつけ、その形を顕わにした。
その形は、そう…ティーポットだ。
球根のような形状に三角の突起と、半球の突起の二つが付くそれは、まさにティーポッドだった。
「あら…」とクリシュナは口を手に当てる。
それにディオスが「クリシュナ、何か知っているのか?」と顔を向ける。
「ええ…前にちょっと見たことがあるのよ」
そう、三年前のケンジロウと同席したトラックに乗っていた超古代遺跡の兵器のそれと一緒の形だ。
「じゃあ、何なのか、分かるのか?」とディオスが
クリシュナは戸惑い気味に
「その…動いていない。運ばれているのを見ただけだから…。へぇ…そういう超古代遺跡の兵器だったんだ…」
「そ、そうか…」とディオスは視線を、動きが止まったそれに向け
「なんか…ティーポットみたいだなぁ…」
「お、それ!」とヒロキは指さし
「何か、呼びやすい名前があったほうがいい。みんなーー」と通信機に呼び掛ける。
「そいつをティーポット野郎と命名する。ティーポット野郎を捕まえろーーーー」
罠の周囲にいる人々が右手を動きが止まった超古代遺跡の兵器ティーポッド野郎に向ける。
「家の畑を荒らしやがって! 家のティーポットにしてやるぜーー」
「捕まえて、町の皆で使う、ティーポットだーーー」
捕縛の魔法を発動させる。
”アトラックナチャ・ネット”
光を放つ蜘蛛の巣状の魔法の網が、ティーポット野郎に被さり動きを止める。
その頃になると、マフィーリアのスキル、動きを止めて石化の力も解け初めて、ティーポット野郎は、小刻みに動き始めるも、無数に来る捕縛の魔法ネットに動きを止められて足掻く。
それを見るナトゥムラとスーギィが
「どうやら、魔導操車の出番はないようだな…スーギィ」
「ああ…これで、動きが止まったら。何処かの接続端子に遺跡用の魔導端末を接続させ、停止だな」
これで、片が付くと思われたそこに、ティーポット野郎が、激しく上下運動をする。
ドンドンドンと地面を叩き、あの窪みを作り暴れる。
ナトゥムラが腕を捲り
「最後の足掻きか…」
スーギィが指さし
「待て、アレを…」
「なにーーー」とナトゥムラが叫ぶ。
それを遠くから見るディオス達、ヒロキが
「アレはなんだ?」
と、いうそれは、ティーポット野郎が光を放ち、己に被さっている魔法の網を分解している様子だ。
「成る程…」とディオスは呟く。
隣にいるソフィアが
「どういう事…?」
「師匠、何となくは、予測が付いていました。魔力に反応して攻撃行動を取るという事は…攻撃を起こさせる魔力を動力源にしているとね…。魔力で出来たネットを分解してエネルギーにしているようだ」
「じゃあ…魔法が使えない」
「いいや、圧倒的魔力で圧せば、いけます」
「じゃあ!」とソフィアは圧倒的魔力を持つディオスを見た次に、脳裏に圧倒的過ぎて前に、冬の妖精ゼルテアの神殿を破壊した事を思い出した。
「アンタ、魔法を使っちゃあダメよ。周囲をグチャグチャにするから」
と、ソフィアは釘を刺した。
「ハハハ…」とディオスはソフィアの考えを察して引き攣り笑いをする。
そのそばに、林で待機している魔導操車隊の隊長が来て
「ソフィア陛下…我々はどう致しましょうか?」
ソフィアは隊長を見て
「通常の魔法弾頭じゃなくて、質量弾ある?」
「はい…一応は」
「じゃあ、質量弾でアイツを撃って」
「了解であります。周囲にいる方々の避難を…」
ヒロキがそれを聞いて
「よし、任せろ! おーい、みんな! 魔導操車による砲撃をするから一旦、ティーポット野郎から離れてくれーーー」
と、通信機で呼び掛ける。
それに呼応して、ティーポット野郎に魔法のネットを掛けるのを止めて、ハンター達や町民がティーポット野郎から離れたのを確認した隊長は
「全軍につぐ、砲弾は質量弾。現れた例の物体に向かって砲撃をする準備せよ」
林に隠れていた魔導操車隊、魔導操車五機は、林から出て並び、背中にある魔導砲の照準を光り暴れるティーポット野郎に合わせる。
「こちら、砲撃準備、終わりました」
隊長に通信が入る。
隊長がヒロキを見る。ヒロキは通信機で避難を確認すると、隊長に向かって肯き
「では、砲撃、開始ーーー」
と、隊長は指令を送った。
ドンドンドンと魔導操車は、砲撃を発射する。ヒューンと花火の上がる音の後、地響きと爆音がティーポット野郎を包む。魔法でない質量の砲撃を受けてティーポット野郎は地面に沈み、放っていた光が消えた。
隊長は、動きが止まったティーポット野郎を見て
「砲撃中止、動きが止まったので一時、様子を見る」
動きがないティーポット野郎。
それを見守る一同。
それは唐突に破られる。何とティーポット野郎のティーポットの形状が割れて変形した。
そう全長五メータ前後の金属の巨人に変形したのだ。
「ウソだろう! ゴーレム化しやがったーーー」とヒロキが驚きの声を放つ。
ティーポット野郎は、あろう事か、背中からガトリング砲身が飛び出し、ガトリング放射を周囲に放つ。
防壁魔法を使えるハンターや町民達が、防壁を張ってガトリング掃射を防ぐ。
ティーポット野郎の近辺にいる人々は、ガトリング掃射から逃げる為に離れる。
隊長はそれを見て「次の攻撃を良いですか?」と、ディオスはヒロキを見る。
ヒロキは肯き、ディオスもそれに合わせて頷く。
隊長がそれを見て
「全軍、砲撃開始ーーー」
魔導操車から砲撃が放たれるが、その砲撃がティーポット野郎の頭上で炸裂した。
ティーポット野郎の胸部が光っている。
そう、恐らく…シールドを上部に展開して砲撃を防いでいるのだ。砲撃の効果がない。
ディオスは、ガトリング攻撃するティーポット野郎を見て、鋭い殺気の顔をして
「ヒロキさん。分水嶺です。事態は最悪化しました。犠牲が出る前に、剛力で制圧させてください」
ヒロキは苦い顔をした次に、通信機を別に繋げる。それは町で結果を待っている町長にだ。
「町長、聞こえるか?」
「ああ…どうしたのかね」
「まずい事になりそうだ。犠牲者が出る前に、方を付けたい。共同畑がグチャグチャになるかもしれないが、一気に落とさせてくれ」
「畑が…」と町長は躊躇っている。そこへ
「ヒロキ! 大変だ。ぬーさんがーーー」
ガトリングで暴れるティーポット野郎を押さえようと、ぬーさんがティーポット野郎に突進して、押し倒した。
だが、ティーポット野郎の方が力が強く、ぬーさんを持ち上げて投げ飛ばした。
「ぬーさんーーーーー」
ハンター達や、町の人達が、同じ仲間であるぬーさんを助けようと走る。
ティーポット野郎がぬーさんにガトリングの照準を合わせようとしている。
ヒロキが「町長ーーー ぬーさんがーーー」
「く!」と町長は唸り「ええい! 儘よ。やってください!」
許可が出た。
ヒロキがディオスを見て
「お願いしまーす」
「任された!」
ディオスは、直ぐに瞬間移動のベクトでティーポット野郎の頭上に来た次に、重力魔法を発動させる。
”グラビティフィールド・アビス”
高重力の力場を纏って、ティーポット野郎に墜落する。
ティーポット野郎はそれに反応してシールドを展開するも、シールドを突き破り、ディオスはティーポット野郎に突撃、ティーポット野郎に高重力が襲い掛かり、俯せにティーポット野郎は地面に埋まり倒れ、更に高重力負荷によって、ティーポット野郎を中心に十数メータが陥没した。
それを見たソフィアは「ああ…やっちゃった…」と呆然とする。
ティーポット野郎は、ディオスの高重力負荷の魔法によって、ショック状態となり、動きが止まる。
そこへ、ディオスはティーポット野郎の背中を歩きながら、接続端子を探すと、首の根元付近にそれらしい端子を見つけ、懐の魔導収納から、超古代遺跡専用の魔導端末を取り出し繋げて、ティーポット野郎のシステムに入り、ティーポット野郎を停止させた。
「はぁ…」とディオスは溜息を漏らして、終わりを確信した。
そこへ「大丈夫か!」とハンター達や、町の人々も来る。
今回の事件で何とか犠牲者はでなかったが…共同畑が酷い事になった。
ディオスは、止める為とはいえ、作ってしまった巨大窪地に、これ…どうしよう…と青ざめていた。
その後、ティーポット野郎は大型魔導トラックに乗せられて、王都にあるベンルダン大学の超古代遺跡研究室へ運ばれ大々的な調査がされた。
ティーポット野郎が眠る大学の倉庫で、ディオスは研究室のオーガ族の教授から話を聞く。
「これは、ゴーレムタイプの遺物ですね。特に珍しい機構もないし…」
ディオスが教授へ
「こういうタイプの遺物は多いのですか?」
「はい…結構、埋まっている事があって、殆どが動力機関が壊れていたり、頭脳部分が欠損していたりと、動かない半壊した状態で見つかります。このように完全で動くタイプで見つかるのは、珍しいですが…。じゃあ…価値があるかというと…そんなには…」
「そうですか…」
それを伝えにフェニックス町へ戻り、ハンターギルドで話すと…。
「なぁ…オレ達がそれを引き取れないか?」とハンター達が話し出す。
「え…」とディオスは戸惑いを見せる。
ハンター達が
「いや…その、オレ達が何とかした訳だしさあ…。行く当てもないんだろう?」
「ええ…」とディオスは頷く。
「こういう事だよ。オレ達が倒したんだから、オレ達で面倒を見ようって事だよ」
「はぁ…」とディオスは首を傾げた次に
「分かりました。まあ…何とかそうなるように話をつけてみましょう」
再び、大学へ戻り、ティーポット野郎のいる倉庫で、教授に町の人達が引き取りたいと話すと、教授は難しい顔をして
「それは困った。引き取るのはいいのですが…。備わっている頭脳が…戦闘向きの融通が利かないタイプなので、日常の生活をさせるのは…難しいかと…」
「ああ…そうですか…」
ディオスは悩んでいると、そこに
「おお、お主…いたのか…」
ゼリティアがセバスを伴って来た。
「ああ…ゼリティア…」とディオスはゼリティアを見て「どうしてここに?」
「少しここに用事があっての…。それより、どうした? 浮かない顔をして…」
ゼリティアがディオスの隣に来ると、ディオスが事情を説明する。
フェニックス町の人達が、この超古代遺跡の兵器ティーポット野郎を引き取りたいとしているが…このティーポット野郎の頭脳は、日常の生活するには向いていないと…言われて困っていると話したら、ゼリティアはあのディオスから貰った扇子で手を叩き
「よし、それならこうしよう」
ゼリティアが案を出した。
数日後、ティーポット野郎は、魔導トラックの貨物台車に乗せられてフェニックス町へ向かい到着する。ハンターギルドの前にティーポット野郎を乗せたトラックが来て、そこに町の人やハンター達が密集する。
トラックには、ディオスが乗っていて、トラックから降りて
「じゃあ、動かします」
貨物台車に乗るティーポット野郎に近付き、首元にある端子に端末を接続させ、ティーポット野郎を起動した。
ゴクンとティーポット野郎は唸り、目に起動の光りが灯ると、ゆっくり貨物台車から起き上がり周囲を見渡す。
何故、ティーポット野郎は町に来れたのだろうか…。
ゼリティアが
「ならば、その頭脳を妾の財団で開発中の賢者の石ベースの頭脳システムにすれば良い。この頭脳は、基本的な事を入れた従来の頭脳と、外部からの刺激、謂わば学習を蓄積させ思考する成長頭脳の二つからなっている。これなら、町民の教育によって日々の生活を学習し成長して、何とかなるじゃろう」
その賢者の石ベースの頭脳を持ったティーポット野郎は、興味深そうに集まっている町民達を見つめる。
そこへヒロキが「おい、ティーポット野郎!」と呼ぶ。
ティーポット野郎は反応して、ヒロキに注目する。
ヒロキが手招きで「こっちに来い!」と呼ぶ。
ティーポット野郎は、貨物台車から降りてヒロキの元へ行く。
ヒロキが「こっちだ」とティーポット野郎を案内すると、そこにはティーポット野郎が、あのティーポット型に変形して入れる小屋があった。
その小屋をヒロキは叩き
「今日からここが、お前の家だ。お前はオレ等に倒されたんだ。オレ達が責任もって面倒を見てやる。ちゃんと素直に言う事を聞くんだぞ!」
ヒロキがティーポット野郎に向かって手を伸ばす。
ティーポット野郎は、動かない。
どうすればいいか判断に困っていると、ヒロキが
「オレみたいに手を伸ばせ」
言われるままティーポット野郎は右手を伸ばしてヒロキに向けると、ヒロキがその指先を掴んでトントンと叩き
「よし、これが握手だ。よろしくっていうサインだ!」
ティーポット野郎は握手された指先を見つめる。
そこへ、他のハンター達が足下に来て足を叩き
「さあ、今日はお前の歓迎会だ! やるぞーーー」
そう声を掛けて、ティーポット野郎を野外宴会場へ案内する。
ディオスはその姿を見つめ、感慨深くなる。
町民に囲まれて一緒に動く機械人形。
それを受け入れる事を、苦とも違和感ともしない町の人達。
そこに、この世界の度量の深さを感じた。
その肩を叩くクレティア、クリシュナ。町でディオスが来るのを待っていたのだ。
「さあ、行こうダーリン」
「アナタもさあ」
と、クレティアとクリシュナは二人してディオスの腕を持って引っ張る。
ティーポット野郎の歓迎会の席へ。
「ああ…そうだな」とディオスは二人に連れられて向かうのであった。
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