第33話 バルストラン共和王国の日々 その2
次話を読んでいただきありがとうございます。
閑話の二章目です。
ゆっくりと楽しんでいってください。
あらすじです。
ディオスは、ゼリティアの好意で、自分の生成している魔導石がどのように使われているか、大きな工場を案内される。魔法世界である工場に期待を膨らませるディオスだが…
バルストランの日々 その2
ディオスはクレティア、クリシュナと共にゼリティアの魔導車に乗って、王都傍にあるオルディナイト財団の工場へ向かっていた。
ゼリティアの魔導車、あの大きな黒塗りのVIP用の高級車で、後ろの席が前後対面式で助手席と運転席側の席にゼリティアが、後部座席側にディオス達三人が乗っている。
ディオスはクレティア、クリシュナに挟まれてワクワクしていた。
魔法の世界の工場だ。きっと魔法の世界のようなガラスの瓶が幾つも繋がったような装置や、魔法陣で作られた装置なんか、とにかく、お伽の国のような風景を想像して楽しみにしている。
それを両脇にいるクレティアとクリシュナは感じて、苦笑している。
もう…本当に子供なんだから…。
そう、二人に思われているも、ディオスは、心がウキウキして堪らない。
そして、一行を乗せた魔導車が工場地帯に入る。
車から降りて目の前に現れた場景は、レンガ造りの大きな三角屋根が並ぶ建物群だ。
「やばい…」とディオスはポツリ期待を漏らした。
それに、ははは…とクレティアにクリシュナは小さく笑った。
「さあ、こっちじゃ」
ゼリティアと助手席にいたセバスを先頭に、ディオス達三人が続く。
そうして、工場内の建物に入る。
さあ、お目見え魔法の世界!とディオスは目にしたそこは…。
工作機械が沢山並び、ウインチリフトや、リフトが鉄の加工品を運搬する、地球で有り触れた光景だった。
ガクッとディオスは肩を落とした。
そうだよねぇ…飛空挺とか、魔導車とかその他、魔導で動く機械があるんだから…作るのも工作機械だよね…。
ディオスの項垂れる姿にゼリティアが
「どうした?」
ディオスは頭を振って
「いいや…何でも無い」
クレティアとクリシュナは、期待を落としたディオスに察して
「さあ、ダーリン。色々と見よう」
「珍しいのがあるかもよアナタ」
ディオスの両腕を抱いて引っ張る。
「ああ…」とディオスは二人に引かれて施設内を進む。
目にする工場内は、工作機械が金属を加工する切削穴開けプレスという、金属加工の様相、次に来たのは溶鉱炉だ。
巨大な炉に魔導の力が注がれ金属が溶けて赤熱する様、それに機械的なアームが何かを投下する。
「なんだ? 今、投下した物体は?」
とディオスが告げる。
「賢者の石じゃ」
と、ゼリティアは告げる。
「何の効果があるんだ?」
「今、溶かして作っておる金属は、魔導回路に使うモノじゃ」
「ああ…」
魔導回路、魔力の道を作る電線のような金属で、主に線にして様々な金属や建築物の表面へ回路模様を刻んで埋め込む。
魔導回路は、魔法陣のような作用も出来て、様々な属性の模様を刻んで組み合わせ一定の効果を発揮する。
まあ、それには魔力が必要なのは当然だが。
ディオスがゼリティアに
「賢者の石って何だ?」
ディオスの中にある地球の知識では、賢者の石は卑金属を貴金属に変えたり、特殊な力を金属に与えたり、とにかく、魔法の世界では事欠かないモノだ。それがこの世界にはある。
「んん…」とゼリティアが唸った次に
「そうじゃのう…現段階では、まあ…原子サイズの未知な物体が集まり活動している群体金属…のようなモノじゃの」
ディオスは右の眉間を上げる。
原子サイズの物体の集まり? 群体金属? それってナノマシンじゃあ…。
色々と考えて立ち止まっているディオスにゼリティアが
「おい、行くぞ…」
「ああ…」とディオス達はゼリティアに続く。
今度来た場所は、飛空挺の建造工場だった。
まずは、小さな部品が集まり、二階建ての家のサイズになり、それが集まって次の工場で二倍のサイズになり、そうなると、今度は外の大きなサッカーグランド二個分の船ドックで組み合わさって巨大な飛空挺となる様を観察する。
「おおお…」
ディオスは、巨大な二百メータサイズの飛空挺が組み上がる様を見て声を漏らす。
「こっちに来い」
と、ゼリティアが扇子で呼ぶ。その扇子はあの時、ディオスがゼリティアに渡した機能扇子だ。
お、使ってくれていると思いディオスは心がほっこりする。
ゼリティアが呼んだ場所には、全長三十メータサイズの巨大な航空機のエンジンがあった。
プロペラではない。ジェットエンジンだ。
「デカい…」とディオスは驚きを漏らす。
ゼリティアは巨大ジェットエンジンを指して
「アレに、お主が作った魔導石が使われておる」
「はぁ…」と自分が関わっている物の大きさに驚く。
「製造工程を見せてやる」
ゼリティアがディオス達を導いた場所は、屋根がある工場内で、ドリルの音や、溶接している熱が飛ぶ組み立て部門で、そこには、先程のジェットエンジンの完成前がある。
「こっちじゃ」とゼリティアが工場の真ん中に連れてくる。
そこに、このジェットエンジンの中核が置かれている。
大きな二メータサイズの魔導石が幾つも付いて輪の様になっている王冠のような装置。
ディオス達はその前に立って、ゼリティアの説明を聞く。
「お主が作る高純度の魔導石のお陰で、このような内燃機関を応用した大型飛空挺エンジンが作れるようになった。このような大型飛空挺は、魔導石の熱効率の関係からプロペラ式しか出来なかったが…。お主の魔導石がもたらす熱エネルギーの高さによって、出来たのじゃ」
「はは…」とディオスは笑う。
自分のやっている事がこれ程、大きな事に使われているなんて思いもしなかったからだ。なんか、誇らしい気になる。
ゼリティアが「それでは、次はこっちじゃ」と別の場所へ案内する。
次に来たのは、兵器部門、そう魔導操車や魔導騎士が纏う魔導鎧なんかが作られている場所だ。
ディオス達が移動する道の脇を、多くの魔導操車がトラックに運ばれて運搬される。
魔導操車、その姿はまさしく、現代地球でいうケンタウロス型のパワードスーツだ。
人が乗る部分、そこの様相は、ア○アン○ンかテッ○マン○レードで、四脚の部分は、四つ足のロボット装甲だ。それはもう魔法なんて事を一切感じさせない、どこの宇宙に行くんだっていう姿。
そして、魔導騎士が纏う魔導鎧、そんなの名ばかりで完全なる人型装甲、昔、アニメで見たガサ○キの人型兵器、戦術装甲とかヤツを人のサイズにした、そのモノだ。まあ…二・三メータくらいの大きさだけど。
ディオスは、魔導騎士の魔導鎧や、魔導操車を見る度に
絶対に魔法の世界じゃあないよね。どこぞのSF世界からの存在だよね。アンタ達、世界観ぶち壊しなんだけど!
ゼリティアがディオス達を導いたそこは、何かが吊された実験室のような場所だ。
その吊された何かがディオスに目には、昔、地球で見た人が背負って空を飛ぶ小型ジョットパックに見える。
「すー」とディオスは痛そうに息を吸い。
「なぁ…ゼリティア。もしかして…あの装置、背負って空を飛ぶようなヤツ?」
ゼリティアは驚きを向けた次に嬉しそうに微笑み
「流石、妾が普段から目に掛けておる男じゃ。その通り、小型の飛行装置じゃ」
それは、X型の小さな翼が付いた背負えるサイズの装置だった。
ゼリティアがその飛行装置の近くに来て
「これの、出ている×印の突起の中に、お主の作った風の魔導石、風石が内蔵されておる。風石の浮力は、小さいサイズの魔導石では弱い、飛空挺のような巨大サイズなら、大量の風石を内蔵させて大きな浮力を発生出来るが、小さいサイズだとそれに比例して浮力も小さいモノしか出来なかった。だが、お主の風石は小さくても強力な浮力を発生出来る。故にこのような小型で十分な浮力が発生出来る装置が完成した」
「その用途は?」とディオスが尋ねる。
「これを魔導操車や魔導鎧の飛行ユニットとして、装着させ陸空の両方に使えるようにする」
「そ…か…」
ディオスは頷く。
何かを進歩させるに役立っているなら兵器でも良しと思った。
「お、そうじゃ…」とゼリティアは何かを思い出し「すこし、付き合え」
ゼリティアに導かれて別の場所に来た。
そこは魔導鎧が沢山並んで、一瞬の軍団のような壮観な景色を作っている。
その前を進み来たそこに、なんか黒い人型装甲がある。そのサイズは、魔導騎士の魔導鎧より一回り小さく、丁度、人が装着して鎧になる感じだ。
「お主」とゼリティアがディオスを指さし「あれを装着してくれないか? サイズは合っている筈じゃ」
「え?」とディオスは困惑する。
「大丈夫じゃ、ちょっとテストするだけじゃ」
「ん…んん…」とディオスは戸惑いながらも、羽織っている魔導士のローブを脱ぎ「頼む」とクリシュナに預ける。
ディオスは、その黒い魔導鎧の前に来ると、魔導鎧が開き、ディオスを受け入れる体勢に入る。
それにディオスが背中と体を合わせて収まると、ゆっくり開いた装甲が閉まり
ギュイイイイ ギュギュギュ
と、明らかに魔法世界では鳴ってはいけない機械音をさせて、装甲を固定した。
ああ…魔法の世界、ぶち壊しだよ。
軽くディオスの体に被さった感じがして、動かせるようになる。
まずは腕を曲げて見る。そんなに違和感はない。ちょっと数百グラムが腕に乗っているような感じだ。
「どうじゃ、人工魔導筋肉と、特殊魔導装甲との相性は?」
ゼリティアが尋ねる。
「う、ああ…大丈夫だ。動きに支障はない」
と、ディオスは答えつつ、人工魔導筋肉とか、SF丸出し!と内心でツッコム。
「オルディナイト財団が最近開発している。魔導士用の特殊魔導鎧じゃ」
と、ゼリティアが説明する。
「ほぉ…」とディオスは感心する。
「一応、標準装備で飛行ユニットも付いておるから、飛翔の魔法も必要ない。更に、オートで魔法障壁も展開してくれる。後方で砲台手のようにするしかない魔導士が前線に出て戦える仕様じゃ」
ディオスは、装着された魔導士用魔導鎧を、体を捻って見回す。
これ…ロボ○ップじゃん。
何となく、ディオスは右膝の横に右手を置くと、右膝脇の装甲が開いて魔導銃が出てきた。それを握ってディオスは…
これ、完全にロ○コップでしょう。もう、ロボコッ○でしかないよね!
ここに来てから内心でツッコみまくりのディオス。
それを察するのかクレティアとクリシュナは
ああ…何かショックを受けているなぁ…
と、ディオスの内心を分かっている。
ディオスは黙って少し項垂れる。ロマンがなーいと…。
その心の声がクレティアやクリシュナに聞こえ
クレティアが「ねぇ…その…ロマンがあるようなモノに案内してくれません?」
「はぁ?」とゼリティアは訝しい顔をする。
クリシュナが「その…夫は、何かロマンみたいな事を期待して来たみたいだから…」
ゼリティアはフッとバカにした笑みをして
「さようか…いくら、頭が良くても、やはり…彼奴も男の子だと…」
『そうなんです』と二人してクレティアとクリシュナは告げた。
次にゼリティアは呆れつつも「こっちじゃ」と案内する。
連れてこられた場所は…。
そこには、西洋甲冑の巨人がいた。ゴーレムだ。そう、ゴーレム製造整備部門だ。
おおお…とディオスは目を輝かせる。
そう、巨大ロボット、しかも格好が魔法世界っぽい。
「ここはゴーレム部門じゃ」
と、ゼリティアは説明する。
ディオスは、甲冑ゴーレムの前に立ち、跪く鎧の巨人に感動した。
これだ。これだよ。異世界! こういうロマンがないとな!
顔は仏頂面だが、目は少年のように輝いている。
その右に来てゼリティアが
「これは、アーマーゴーレムという種類で、内部に人を乗せ、ある程度の自立行動が可能じゃ」
ゼリティアは、フゥ…と溜息を吐き
「ゴーレムは運用に経費が掛かる。これ一体で魔導操車が二十体も運用できる程、金食い虫じゃ。大きいだけで、戦略的にも使える場所がない。平面では大きすぎて的になるし、山間部なんぞ色々と引っかかるして動きが鈍い。コイツの使い所は、主に動く盾といった防衛線の確保や、男共の下らん国威発揚といった宣伝用しか…」
ゼリティアは静かなディオスの横顔を見つめる。
目だけが輝き全くこっちの話を聞いていない。
「はぁ…」とゼリティアは額に手を置いて呆れる。
「全く、ああ…そうじゃったな。お主は極東の方の曙光国出身じゃったな。確か、曙光国は、珍しくゴーレムによる軍の運営を主としておったな…」
ゼリティアはチィ…と舌打ちした次に
「お主、これに乗ってみるか?」
ディオスが凄まじい速度でゼリティアに顔を向ける。
「いいのか?」
ディオスの口調には明らかな期待が混じっている。
ゼリティアは苦笑いで
「まあ、お主が妾に扇子をくれた礼じゃ。乗せてやる」
ディオスはゼリティアの両手を取って握り合わせて掲げ
「ありがとう…」
その様子を離れて見ているクレティアとクリシュナは、呆れ笑いだった。
その後、ディオスはゴーレムの胸部にあるコクピットに乗り、整備士から説明を受ける。
「この被っているインカムから、アナタの思考を読み取って思い通りに動きます。どこに行きたいか、念じるだけでいいです」
「ああ…」と頷くディオスは、コクピットのリクライニングに座っている。
整備士はコクピットから離れ
「では、こちらでもある程度は把握しています。おかしな動きをした場合は、停止及び、こちらの操縦に切り替わりますので」
整備士が、コクピットの開閉ボタンを押して扉を閉める。
機械音を響かせ、扉が閉まると全面に外の風景が映る。
「おおお」とディオスはワクワクで感動する。
耳のインカムから整備士の声がする。
「では、起動のさせて動かせるようにしますので」
ガクンとコクピットが揺れる。
そして、映る風景の高さが上がる。
ディオスの乗っているアーマーゴーレムは跪きから立ち上がり、試験場のグランドに直立する。その高さ十八メータ前後だ。
その様子を、ゴーレムから離れた建物の傍でクレティア、クリシュナ、ゼリティアの三人は見つめていた。
クレティアが
「ごめんね。オルディナイトご当主様」
お礼を告げる。
クリシュナも頭を下げ
「ありがとうございますオルディナイトご当主」
ゼリティアは腰に手を当て
「全く、頭が良くて鋭いと思っていた彼奴がこんな事を喜ぶなど…」
クレティアは苦笑いで
「ダーリンも男の子だからね」
ディオスは動き出したアーマーゴーレムに指示を念じる。
「前に進め」
アーマーゴーレムは大地を蹴って歩き出した。
「走れ」
大地を響かせアーマーゴーレムが巨人の走りを見せる。
そして、ディオスは走らせたりターンさせたりして、アーマーゴーレムの操縦を楽しむ。
念じただけで動く、鋼の巨人ゴーレムにご満悦になるディオス。
やっぱりこれだよね! 異世界!
この工場地帯に来て、現実にあるような光景を見せられ、幻滅していた気分が、これによって一気に払拭され、魔法の異世界の感触を楽しむディオスだった。
帰り際の魔導車の中、ディオスは窓側で右にクレティアとクリシュナが並ぶ、ディオスは、工場に来た最後にゴーレムという異世界であるという感触を噛み締めて喜び、窓の外を見ていると、ゼリティアが
「ディオス。明日の夜にお爺さまがお主と会食をしたいと」
ディオスは正面席にいるゼリティアを向き
「オレと? オルディナイト財団の理事長が?」
「そうじゃ…」
ディオスは首を傾げながらも
「ああ…まあ…構わないが…」
「そうか、ならば。明日、夕方くらいに迎えを寄越す。準備をしておいてくれ」
「分かった」
ディオスは頭を掻き、バウワッハ様が? 何で?とそうする理由が思い浮かばなかった。
翌日、何時も通り午前中はクレティアとクリシュナと共に訓練して、午後は魔導石の生産がないので、軽くエンチャン系の魔導石の研究をしていると、エレベータが降りて「旦那様…」とレベッカさんが来る。
「どうした?」
「お客様が来ております」
「お客? 誰が?」
「ヴァルハラ財団の方です」
ディオスは製造施設及び研究所から上がって屋敷の客間に来ると、そこにはスーツを纏う曲がり角をした魔族の女性と、その後ろに額に角があるオーガの男性に、人族の男性の三人がいた。
ディオスは部屋に入りながら
「どうも…ここの主のディオス・グレンテルです。どうぞ、お掛けください」
ディオスは客間にある対面のソファーを示し、魔族の女性がその席に座り、その後ろにオーガと人族の男性達が立つ。どうやら、男性達は女性の付き人らしい。
魔族の女性はお辞儀をして
「初めましてディオス・グレンテル様。わたくしは、ヴァルハラ財団の鉱物部門を担当しています。アルシェイ・フォル・ヴァルハラです」
アルシェイは自分の事を告げる。
「どうも、で…どうしてここに?」
ディオスは来客の理由を聞く。
アルシェイは後ろにいるオーガの男の付き人へ向くと、オーガの付き人は右に抱える鞄から一枚の書類を取り出しディオスの前にあるテーブルに置く。
ディオスはその書類を見つめる。
「魔導石流通価格表…?」
アルシェイは、書類、魔導石流通価格表のとある部分を指さし
「ここ、ディオス様が製造なされている魔導石の価格でございます」
ディオスはその価格を見つめる。その価格は金貨百五十万枚…百五十億。
「これがなにか?」とディオスは首を傾げる。
アルシェイは真っ直ぐ真剣にディオスを見つめ
「直球に申し上げます。ディオス様、我らヴァルハラ財団に来て頂き、ディオス様の魔導石を製造したいと思っております」
ディオスは視線が鋭くなる。そう、これは引き抜きだ。
アルシェイは、人族の付き人の方を向くと、人族の付き人は左手に持つ鞄から、三つの書類を取り出しディオスの前に並べる。
「これは契約書です。まず、第一項目、ディオス様の魔導石を定額で買い取ります。その価格金貨十五万枚。更に、ディオス様が魔導石製造で使う施設及び、住居、その他、日々に掛かる経費、その全てをヴァルハラ財団で全額負担いたします」
ディオスは三つの書類、契約書を取り見ながら
「これは…引き抜きですか?」
アルシェイは淀みなく
「はい。引き抜きでございます」
アルシェイは顔を前に出し
「ディオス様、我々は色々と情報を掴んでおります。貴方様の魔導石をオルディナイト財団が金貨四万枚から三万枚くらいで買い取っている事。そして、とても優秀な魔導士である事もです」
アルシェイは「おい」とオーガの付き人に声を掛けると、オーガの付き人は、更に別の書類を取り出し、ディオスの前のテーブルに置く。
ディオスはその書類を取り見る。それは、ヴァルハラ財団があるフランドイル王国の王府がディオスを王専属の魔導士として引き立てるという書類で、署名にフランドイル王国の王、ヴィルヘルム・ヴァン・フランドイルの名が署名されていた。
アルシェイは告げる。
「ディオス様、貴方様の才能は、こんな国で終わる事など、罪です。もっと素晴らしい場所で存分に発揮するべきです。その場を私達が全力をもって提供致します」
強い押しでグイグイとアルシェイは迫る。
ポリポリとディオスは頭を掻き
「その…すまないが…それには応じられない」
「……何が、ご不満なのでしょうか? その全ての不満においてこちらは解消させる用意が出来ております」
と、アルシェイは引き下がらない。
ディオスは目を瞑り開けた次に
「ここが気に入っているからだ。それだけだ。収入に関しても十分過ぎるくらい得ているし、オルディナイト財団の支援も十分な程だ。生き続けて住みたい場所を変えたくはない」
「それは…オルディナイトの密約の為に?」
アルシェイの言葉にディオスの目が鋭くなる。
チィ…何処まで知っているんだ?
アリシェイは押し気味に
「ディオス様、貴方様が師と崇める現バルストラン王ソフィア様を王にする為に、オルディナイト財団に貴方様の魔導石を提供するという密約を交わしているという話は知っております。このまま、オルディナイト財団に飼い殺しにされるのが望みですか? いいや違う筈だ」
この女、アルシェイは引かない。
ディオスに迫る。
「オルディナイト財団を司るオルディナイト大公の現当主、ゼリティア・オルディナイトは恐ろしい女です。鋭く知性に溢れ覇気に満ちている。きっと貴方様の事など、使える道具、末端の部下の一人でしか勘定していません。市民である貴方様と、大貴族で王族の血筋を引いているゼリティアは、明らかに違う世界の住人です」
アルシェイは強く確信を持ってディオスに告げる。
「絶対に貴方様を使い捨てにします。高貴で尊大な彼女ゼリティアならありえる事です」
ドンとアルシェイは手をテーブルに置き
「我々は違う。それに報いてくれた方には必ず報います。絶対です」
ディオスはフッと笑み肩を竦め
「そんなのは分かっている」
「なら…」とアルシェイは迫る。
「まあまあ…」とディオスは、眼前にあるアルシェイを押して席に戻し
「じゃあ、使い捨てにされてボロボロになった所を拾ってくれ。その時にこの契約をするさ」
アルシェイの視線が鋭くなる。
「…本当にそれが望みなのですか? ディオス様…。我々はもっと先にある貴方様の素晴らしい未来の為に来たのですよ」
ディオスはフッと笑み
「素晴らしい未来か…。なら、自分の未来は自分で決める。すまないが…この話は無かった事にしてくれ」
「ここがもしかしたら、人生の大きな分岐点かもしれませんよ」
アルシェイは慎重に告げる。
ディオスは笑み
「人生の分岐点も自分で決めるさ。すまないが…夕方に予定があるんだ。あまり時間は取りたくない」
ディオスとアルシェイは静かにお互いの視線を交合わせる。
静かな冷戦が数分続いた後、アルシェイが席を立ち上がり
「良いでしょう。貴方様がゼリティアのオルディナイトの本性に気付いた時に、お迎えにあがりますので…」
アルシェイ達は、ディオスの屋敷を後にした。
それを見送るディオスは。
どこまで、情報が漏れているのだろうか…。
その推移を考える…。もしかしたら、自分のやっている魔導石生成に関して気に入らない者達がオルディナイト財団にいるのかもしれない。
敵は内にも有りか…嫌だなぁ…。
ディオスは迎えに来たオルディナイトの魔導車を前に
「じゃあ…行ってくる」
見送りにいるクレティアとクリシュナにレベッカが
「あいよ」とクレティアが明るく手を上げる。
「ご迷惑を掛けないようにね」とクリシュナは腕組みして微笑む。
「行ってらっしゃいませ旦那様」とレベッカはお辞儀する。
ディオスは苦笑しがら
「帰りは遅くなるかもしれない。先に寝ていても構わない」
「はいはい」とクレティアは肩を竦める。
ディオスは、魔導車に乗り込んで夜の王都へ向かった。
レンガの建物の明かりと街灯が続くヨーロッパの夜の町並みを見ながらディオスは、なんで、自分がオルディナイト理事長と会食をする事になったのだろうか? その意図を計っていた。
そうして、つれて来られた場所は、町の夜景が一同出来る展望の建物の前だ。
「こちらです…」と魔導車に乗り込んでいた秘書らしき魔族の女性がディオスを中へ案内する。
エレベータに乗り、屋上のレストランに来ると、秘書はレストランの大窓がある個室へディオスを通した。
秘書が、個室のテーブルにあるイスを引いて
「こちらにお掛けください」
「ああ…はい」とディオスは言われるまま席に座る。
秘書は離れて
「では、少々お待ちください」
部屋から出て行く。
ディオスは「はぁ…」と溜息交じりで目の前にあるテーブルを見つめる。綺麗な純白のテーブルクロスに色々と置かれた輝く食器達、そして、魔導石の明かりが点る花瓶。緩やかに流れるバイオリンの曲。
超高級店であるそこ。
なんか…場違いだなぁ…とディオスは堅苦しさを感じ、数十分後、個室のドアが開き、バウワッハが入る。
「待たせたな」
ディオスは席から立ち上がりお辞儀して
「今日はこのような場に、お呼び頂きありがとうございます。オルディナイト理事長」
「そう、固くなるな…座れ」
「はい」
ディオスはバウワッハが座った後に、自分も座る。
タキシードを着たレストランのウェイターが着て
「こちらがメニューでこざいます」
バウワッハとディオスにメニューを渡す。
そのメニューを見てディオス。
分かんねぇ…。季節の子羊の肉のオレンジソースかけとか、パルシャ湾で取れた牡蠣のレモン仕立て上げとか、全くメニューから料理が想像出来ない。
「決まったか?」とバウワッハが尋ねる。
ディオスは顔を引き攣らせ
「申し訳ありません。こういう店には縁がないのでどのような料理がいいか分かりません」
ここは変に格好つけても意味は無い。正直に言った方が相手にも伝わる。
「うむ…」とバウワッハは肯き「では、ワシと同じメニューで構わないだろう。このポルスペルの風というコースを二人で」
ウェイターは肯き
「畏まりました」
ウェイターが部屋から出るとディオスが気まずい顔で
「すいません。その…食べ方が分からない物がありましたら…聞いても」
「うむ、構わん」とバウワッハは頷いた。
「ありがとうございます」
「お主は、こういう店にはこないのか?」
「その…街中にある喫茶店とか、レストランとかなら…」
「食に関して蔑ろにするのは良くないぞ」
「まあ…豪勢でもなく、貧相でもなく、普通くらいですごしていますので…」
「そうか…まあ、何かの褒美やら、大事な客をもてなす時には使うとよい。顔は通して置こう」
「はぁ…すいません」
ディオスは不意に、チョット待て…顔は通して置こうってここは会員制のレストラン?
「その理事長」
「今は、バウワッハでよい」
「バウワッハ様…ここって会員制の…」
「そうじゃ、プライベートレストランじゃ」
ディオスは顔が硬くなるが、内心で吹いた。ウソだろう…超お金持ちが使う所じゃねぇか!ってか、目の前にいるのは、金貨九千億(九千京円)の財閥を持つ超お金持ちの大貴族様だったーーーーー
「どうした? 固そうにして…」
バウワッハの指摘に、ディオスは額から脂汗が出て
「いいえ、ちょっとその…慣れていない場所なので…」
「そうか…まあ、気軽にするとよい。気にする者なんぞいないからな」
料理が来た。まずは…もう綺麗に彩られた魚の料理が置かれる。
ディオス、早速、どう食べようか固まる。
「頂こうか…」とバウワッハがフォークとナイフを手にする。
それを真似てディオスも手にして、バウワッハの食べる姿を見て、普通に切って食べればいいと理解してから食べる。
「まあ、なんじゃ…お主が魔導石の商売を持って交渉に来た時は面食らったが…ソフィア殿が王になった後、ワシの前に来て、非礼を詫びたのは、驚いたがな…」
ディオスは微妙な顔をして
「すいません。本当にソフィアを…師匠を王にする為に必死だったので…」
バウワッハはフフ…と笑み
「まあ、お主がそういう絆の繋がりを大事にするヤツと分かったから、安心はしておる。魔導石に関する事でもチャンとしてくれておるしな…」
「それは、勿論です」
「どうじゃ…生活の方は?」
ディオスが真剣な顔をして
「今日…その…ヴァルハラ財団の方が来ました」
バウワッハはディオスを見つめ
「本当か? どういう事でじゃ?」
「自分を、引き抜いてフランドイル王国で魔導石の製造をさせたかったようです。断りましたが…」
「そうか…ヴァルハラがなぁ…」
「その…ヴァルハラ財団の者は、師匠を王にするために、魔導石の交渉を持ちだした事を知っていて、飼い殺しにされると言っていました。そして、ゼリティア様の事も、自分の事は利用するだけの駒にしか見ていない。何時か切り捨てられるとも言っておりました」
バウワッハが複雑そうな顔をして
「それを聞いてお前は、どう思った?」
「………利潤を求める企業とはそういう存在だから、別に…ですかね」
バウワッハは、料理に手を付けず黙る。
こんな事を聞けば黙るよなぁ…とディオスは静かにすると。
バウワッハが
「お主の作る魔導石な、我らとしては非常に助かっておる。
我らオルディナイトの管理する鉱山の三分の一が休鉱山期に入る。
魔導石を再び取る為に、鉱山道に魔導触媒を含ませた土で埋めて、緑を生やし、再び自然界の魔力で満たして三十年程寝かせる。
そして、魔導石を蘇らせて採掘を繰り返している。
その取れない間の魔導石の補填としてお主の魔導石が良い役割をしておる。
他にも、高純度の魔導石でしか出来ない研究も進んでいる。
ワシ等はお主の事を蔑ろなんぞしておらん。むしろ、重要と位置づけておる。どうじゃ…ワシ等の傘下に入らんか…」
ディオスは俯き黙る。
脳裏に浮かんだのは…この世界に来る前に、会社に裏切られて殺されそうになった事だ。
組織は、人を駒にする。
人命は数が上の方が大事で、それを助ける為に一人犠牲になるなら安いと判断する。
重要な頂点より、先端にある走るだけの末端は簡単に切り捨てる。
ディオスの中に、そんな考えが根付いて離れない。
組織というのを信用していない訳ではない。
だが…一度、その冷徹さに触れると、距離を置いて離れたくなる。
どんなに組織の頂点が重要だ、必要だと言っても、切り捨てる時はあっさりだ。
「申し訳ありません。このままで…」
バウワッハは静かに柔らかく
「何がお主をそこまで、頑なにさせている」
ディオスは顔を複雑そうにさせ渋るも、ヘタにウソを吐いても見抜かれそうなので
「この魔法の力に目覚める前に、勤めていた会社が…とある非合法組織に武器の設計図を売りました。その運搬に自分が使われ、その渡した証拠である自分は…渡した組織に殺されそうになりました。会社は…自身の利益の為に自分を殺そうとしたのです。それが…」
バウワッハの眉間が辛そうに曲がり
「そうか…すまぬ事を聞いた」
ディオスが、属さない理由にバウワッハは何も言えない。
自分達は違うと言ってもそれは、取り繕いにしか見えないだろう。
ディオスが集団となった組織に対して冷めた考えを持っているのが分かり、それの考えをどうにかする術をバウワッハは持っていない。
バウワッハは次の話題に切り替える。
「お主、よく孫娘のゼリティアと会っているらしいが…」
「ああ…本や、知恵を借りたりしているので…。まあ、王宮でも政治の仕事を一緒にしますので」
「どんな関係じゃ?」
「そうですねぇ…末端の部下に対する教育でしょう。自分の方は友人くらいには思っているかも…いいや、やっぱり指導する上司と、受ける部下でしょう」
バウワッハは、最近、ゼリティアの雰囲気が変わる時があるのを知っている。
それは、必ずディオスが城邸宅を尋ねる時だ。
ゼリティアは心なしか嬉しそうにしているのが分かる。
ディオスにとっては、ゼリティアとの関係は上下であり、多少の友人だろうが、ゼリティアはそうではない。
「祖父であるワシから言えるのは、邸で会っている時は、友人として接してくれ」
ディオスはフッと笑み
「ゼリティア様は、大貴族です。自分はただの市井の者、友人として通用するか怪しいですけど…。バウワッハ様がそう言われるなら」
バウワッハが、ディオスが自分とゼリティアとに大きな溝、貴族と人民という差があるのを強調した事に少々、苛立ちを憶えた。
ディオスの色々な噂は聞いている。
その凄まじい魔法技術を持っている故に、革新的であると…だが、そんな考えをしているとは思ってもいなかったからだ。
「お主も存外、普通なんじゃな」
「ええ…その辺りは普通です。それがこの世界の常識なのですから」
「お主が仕えるソフィア殿は、その辺りを変えたいと、壊したいと思っておるぞ」
「種族間の差別は減らせます。社会的なシステムを変えるのは…難しいでしょう」
バウワッハはディオスの色々な面を見る。
絆に礼儀や道理を重んじる良い面を見つけるも、その別では、鋭くリアリストの如き現実的である面も持ち合わせていると。
「何か、理想はないのか?」
ディオスは肩を竦めて
「そうですね。世界平和ですかね」
「ふ…」とバウワッハは笑ってしまった。
リアリストのクセに理想が世界平和とは、面妖なと…。
こうして、ディオスとバウワッハの会食が進み、帰り際、会員制のレストランの前の道路で、二台の魔導車が止まっている。一台はバウワッハが乗る魔導車だ。
バウワッハがそれに向かいながら、見送りをするディオスに
「のうディオス。友人の条件とはなんだと思う?」
ディオスは暫し考え
「価値観でしょうか? それとも、関連性とか?」
バウワッハはディオスを見つめ
「長く付き合うという事じゃ。友とは一時の事で結ばれる事はない。長い間、お互いに行き交い緩やかに交流する事が出来るのが友じゃ。その為には縁というのも必要な事じゃ。ゼリティアとの縁、長く続けて欲しい」
ディオスはフ…と息を吐き
「なるほど…長く付き合うのが友ですか…。ええ…長く付き合わせて頂きます」
「そうか、では、良き食事であった。またなディオス」
バウワッハ魔導車に乗って帰宅する。
ディオスは、帰りの魔導車の中で、今回、誘われたのは、おそらくゼリティアとの関係の事だろう。
こういう場合は、貴族と市井だから適切な距離を持って付き合えが…長く友人として付き合ってくれだ。
「友人なんて他にいるだろうに…」
と、ディオスは思いつつも、まあ…そうしてくれというなら、そうしようと、ディオスは思った夜だった。
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