第25話 ヴィクトリア魔法大学院 派遣生活その三 とんでも事件
次話を読んでいただきありがとうございます。
ヴィクトリア魔法大学院の第四章です。
ゆっくりと楽しんでいってください。
あらすじです。
ディオスは、ヴィクトリア魔法大学院で勉強の日々を過ごしている中で、とんでもない事件に巻き込まれる。その事件とは…
ヴィクトリア魔法大学院 派遣生活その三、とんでも事件
ヴィクトリア魔法大学院に来て二週間が過ぎた。
クレティアとクリシュナは新たに身につけたい技術の講義に参加して勉強し、そして…。
「ダーリン」とクレティアが芝生のグランドで手を振る。
それにディオスが手を振り返した後
「ライジン!」とクレティアが新たな技能を使う。
クレティアの全身に稲妻が迸り全身が稲妻化して、正面にある標的の木柱に向かって稲妻の如く走り粉砕した。
クレティアの新たな技、ライジンは全身に雷を付加して稲妻化して攻撃する。
その早さ稲妻と同等で、光速に近い亜光速の速度による加速は、途轍もない質量を発生させ、その質量が乗った攻撃は凄まじい。
一方、クリシュナの方は…。
「スキル」
”神格召喚・朧”
クリシュナの背中から、一対のドゥルガーの腕が伸びて、目標である鉄の塊を粉砕する。
クリシュナの神格召喚は、クリシュナを核として神格が具現化されるスキルである。発動すると、有無を言わさず神格に呑み込まれるが、新たに開発した神格召喚・朧は神格の一部だけを具現化させ攻撃にする技だ。これにより神格の持つ能力の欲しい部分だけをピンポイントに自在に使えるのだ。
クレティアとクリシュナの二人は、確実な成果を上げていた。
そんな二人に対してディオスの大学院での成果は…。
「ディオスさん。ちょっとよろしいでしょうか?」
獣人の研究員がディオスを呼ぶ。
「なんでしょう?」とディオスが尋ねると、研究員が
「この魔法陣についてのご意見をお願いしたいのですが…」
「ああ…はいはい」
ディオスは渡された魔法陣の設計図を見て
「ここと、ここの魔法陣にこれを組み合わせると、より効果が期待できるかもしれませんね」
ディオスは設計図に、加える魔法陣を記述する。
「ありがとうございます」
研究員はディオスにお礼のお辞儀して、手を加えて貰った魔法陣の設計図を持って行く。
「はぁ…」とディオスは溜息を吐く。
勉強しに来たのに、何時の間にか色々な魔法陣の解析や研究を手伝う事になってしまった原因がある。
それは前にケットウィンが送った祖父の研究に含まれていた名前だけの効果不明の魔法陣の設計図、アクシズ・フォール・ダウンの所為だ。
この魔法の正体を知りたくて、魔法陣の解析を主にしている研究部門に持ち込み調べた結果、辿り着いた答えが…とんでもなかった。
このアクシズ・フォール・ダウンいう魔法は…天墜降臨魔法という、数千年前に一国を滅ぼした禁忌の多段大規模魔法だった。見なかった事にしようとディオスは心の中で封印するも、魔法陣はバッチリ憶えてしまった…。
この後がいけなった。色んな魔法陣を憶えたくて、つい…魔法陣の解析を手伝うと研究員がとある魔法陣を寄越した。
その魔法陣はとても難しいモノだったらしく、軽々と解いているディオスに、研究員達は度肝を抜かれ、これが…大学院の中で広まり、ディオスの魔法陣展開能力の凄さが知れ渡り、色んな部門からこの魔法陣を展開して魔法を発動させてくれと依頼が舞い込んだ。
ディオスの魔法陣展開能力は信じられない程に異常で、数十人が加わってやっと出来る複雑な魔法陣を、単騎で展開出来る。しかも憶えるのも早い。
無限の魔力と、超絶な魔法陣展開能力を持つディオスにより、魔法陣の複雑さから発動を諦めていた魔法が発動出来るとあって、解消不能な魔法の研究が一気に進んだ。
これによって昨日、ディオスは学院長室に呼ばれた。オズワールは、ディオスを座らせてこう切り出した。
「ディオス・グレンテル殿。外部教授になって頂けないかな」
「外部教授?」とディオスは訝しい顔をする。
「当大学院には、外部に所属しながらも、教授としての地位がある。外部教授という制度があります。ディオス殿の魔法解析能力は、当大学院にとっても貴重なのです。ですから、この制度を利用して外部教授になって頂けませんか?」
「んん…」とディオスは唸り「考えて置きます」
そして、今日…ディオスは用意された自室の中をグルグルと回り歩く。
「いかん、いかんぞ」
このままでは、大学院に残らないといけなくなる。
これ以上、事を大きくしてはマズイ。どうする。どうすれば…。
悩んでいると…背後から殺気を感じ振り向く。
「どうかされましたか?」とルディアがいた。
ディオスは戸惑いながらも
「いいや、何でも無い…」
偶にルディアから殺気のような感じを受ける事がある。
何だろうと理由を考えるも思い当たる節がない。
そう思っているとディオスにルディアが
「ディオス様。これを…」
一枚の書類を寄越す。
「な、なんだ?」
ディオスは書類を受け取ると、そこには講義をして欲しいという要望があった。
「何故、オレが講義なんてするのだ?」
「ディオス様が提出なさいました。魔法技について詳しく説明をして欲しいというので…」
「え…それで講義を?」
「はい…」
ディオスは書面を見ながら、まあ…説明くらい良いかと軽い感じて
「分かった。やろう」
「では、その書類にある日に、そこの講義室で」
講義の要請を受けた後、勉強した講義に出席後、帰り道。
魔導車でクレティア、ディオス、クリシュナと並んで移動する最中
「なぁ…オレは何かルディアさんに、迷惑を掛けたのかなぁ…」
『んん…』とディオスの両脇にいるクレティアやクリシュナは振り向く。
「どうしたのダーリン?」
クレティアの問いに、ディオスは眉間を押さえながら
「偶に、ルディアさんから殺気を感じるんだ」
クレティアやクリシュナは顔を見合わせて
「私達は感じないけど…」とクリシュナは首を傾げる。
クレティアは腕を組み
「もしかして、ダーリン。自覚ないまま失礼な事をしたんじゃない?」
ディオスは渋い顔をして
「そういう時は、どうすればいい…」
クリシュナが肩を竦め
「じゃあ、私達がそれとなく…ルディアさんから聞くから」
「そうか…ありがとう」
と、ディオスはお礼を告げた。
その夜、街の裏路地へルディアが向かう。裏路地の倉庫の前にルディアが到着すると、闇が深く見通せない路地の置くから、人影が現れる。
「お待ちしていました。ルディア様」
現れたのは、あのアズナブルという仮面の男の傍にいた赤髪の青年だった。
ルディアは赤髪の青年に近付き
「首尾の方は?」
赤髪の青年は微笑み
「こちらに」
と、脇に抱えた鞄をルディアに渡す。
ルディアはその鞄を開けて中身を確かめる。
一つは、透明な液体が入った小瓶。
「それが、無味臭の睡眠薬です」と赤髪の青年が告げる。
二つは、二十センチほどの大きさをしたケースだ。
ルディアはそのケースを開き中にあった白い魔導石を見つめる。
「これが…例の魔法陣の展開を阻害させる結界を張る魔導石…」
「はい。効果は半径三メートル以内です」と赤髪の青年は頷く。
ルディアは鞄を抱え、ポケットから金貨の入った小袋を赤髪の青年に
「これは少ないけど、お礼よ」
赤髪の青年はそれを手で押して遠ざけ
「お礼など、いりません。当然の事をしたまで。お父様の仇討ち、成功する事を願っています」
ルディアは寂しげな顔で
「これで父の仇を…そして…」
赤髪の青年は胸に手を当て
「その後の逃走経路については、お任せください」
「何から何までありがとう」
「いえいえ、これもお父上の臣下だった者の当然の義務です」
赤髪の青年は優しげに微笑む。
それはウソの微笑みだ。
だが…ルディアにはそれを見抜けなくしている、心に執着がある。
父の仇、ディオス・グレンテルに仇討ちを。
説明する当日、午前の始めからディオスは講義室にいた。
そう、自分が提出した魔法技、気象魔法に関しての説明の筈が…。
講義室には満員の人だかりと、座れない人が出る立ち見状態だ。
ディオスはそれを一望して、おい…ただの説明ではなかったのか?と焦る。
大量の視線の中で最前列にいる老齢の四名の視線が一番鋭い。
四人は魔族、人族、エルフ、魔族という種族で、その四人と周囲にいる一団は、院生や研究員とは違う雰囲気を纏っている。
始業のチャイムが鳴る。
雰囲気が違う四名の一人、老年の魔族の紳士が
「ディオス・グレンテル殿…説明を初めてください」
「あ…はい」とディオスは緊張しながらまず、積乱雲魔法、タイフーン・ディストラクトの説明から始める。
「つまり、こういう事です。闇属性魔法の空間作用をつかって魔法を循環させ大気を…」
そう切り出した次に、四名の一人、エルフが
「なぜ、空間作用をする魔法を使うのかね? 風の魔法を使えば十分ではないかね?」
「ああ…それは、風の魔法を使うと確かに同じような事も出来ますが…。風の魔法では風属性の魔力の密度で力が影響されますから。それでは魔力の無駄ですし…」
ディオスは、空間作用の魔法で効率よく積乱雲を発生させる方法を告げると、四人の顔がみるみる怖い形相に変貌する。
そして、ザワザワと周囲にいる一団に話しかける。
「んんん?」とディオスは、オレは何か、おかしな事を言ったのか?と…。
講義席の中段にいるウィルトンが挙手して
「私が補足します」
と、ディオスのいる教壇の傍に来て
「あと…魔導エネルギー専門の方と、魔導物理専門の方も来てください」
ウィルトンの呼びかけに各席から数名出て、ウィルトンと混じり話し合い。
「では、ディオス殿が言っていた事を、かいつまんで説明しますと…」
ウィルトンが話を始める。
「本来、魔法は属性の魔力を通じて物理に働きかけています。ですが…ディオス殿の使っている気象魔法は、魔導の技術を使って巨大な天候を変異させる装置を作って物理作用させています。属性の有無も関係なく」
四人の一人、人族の老紳士が
「つまり、巨大な機械的な装置を魔法を作り出して、動かしているという事か…」
「おそらく…」とウィルトンが頷く。
講義室が一斉にざわめく。そんなバカな! そんな事が出来るのか? ありえん、そんな技術があるのか!
「んん…」とディオスは表情が硬くなる。オレなんか…間違った事をしたのか?
ウィルトンが
「ディオスくん…なぜ、そのような発想が?」
「ああ…前に台風発生魔法デオローンを使った時に、風の属性しか動かせなかったので、それでは無駄だと思いまして。色々と魔法を使って物理的に動かせば効率が良いだろうと」
「成る程…それで、このような方法を…」
「はい」とディオスは頷く。
その後、残りの魔法、大氷流降臨魔法、ダウンフォール・アイス・タイフーンと台風型暴風魔法、タイフーン・クラウド・アビシャスの説明の度に、補足としてウィルトンやその数名が言葉にするという不思議な説明講義が続き、終える。
パチパチと講義説明を聴いていた人達から拍手が起こった。
ええ…なんで?とディオスは固まった。
講義が終えて人々が講義室から出て行く最中、最前列にいた雰囲気が違う四人が魔導士の一団を伴って、ディオスのいる教壇に来た。
四名の内、エルフの老紳士が
「ディオス殿…講義、素晴らしいモノでした」
「ああ…どうも…」とディオスはお辞儀する。
ディオスは視線を泳がせ「その…どちら様でしょうか…?」
四名は懐から魔導士の証明プレートを取り出してディオスに向ける。
そのプレートには、ディオスと同じエルダー級の魔導士にしかないゴールデンフィアが埋め込まれている。
「あ…エルダー級の…」
「さよう…」と魔族の老紳士が頷く。
四名のエルダー級の一人、人族の老紳士が
「いやはや…。年がまだ若い魔導士に、エルダー級を授けたと聞いてね。どれ程の実力かと…訪れたのですよ」
ディオスは頭を下げて
「すみません。こんな浅学な自分が…」
四名のエルダー級の一人、魔族の老紳士が首を横に振り
「そう自分を下卑する事は無い。今回の講義で、ディオス殿がエルダー級に相応しいと分かりましたので」
四名のエルダー級の一人、人族の老紳士が
「学院長の慧眼も確かだったいう事だ。おい…」
と、傍にいる魔導士が「はい…」と懐から名刺を取り出す。
「おいおい。抜け駆けはずるいぞ」
他のエルダー級の取り巻き達からも名刺が出て
「共同で魔導の研究をしたいでの、興味がありましたら、是非」
ディオスは、四人のエルダー級の連絡先が書かれた名刺を四つ受け取る。
四名のエルダー級は、弟子達を伴って講義室を後にした。
そして、ディオスは受け取った名刺を見つめながら…
「オレ…どうなるんだろう…」
不安を呟いた。
ディオスは廊下を進みながら不安な顔をしている。
さっきの説明講義で拍手が起こり、そして…アーリシアにいるエルダー級の魔導士達が自分と共同研究を申し出てきた。
なんだ。この事態は? このままでは、この大学院に残らざる得なくなる。
そう悩みながら、グランドに出られる廊下に来る。
そこには、そう…クレティアとクリシュナがいた。
二人は、学院側から剣や武術の講義をして欲しいの要請で、受けたい人達に剣術、武術の指南をしている。
クレティアがディオスに気付き
「ダーリンーー」
と、駆け付ける。
「ああ…」とディオスは手を上げて返事をする。
「どうしたの? ダーリン」
クレティアがディオスの近くに来る。
「いや…その…自分の提出した魔法の追加説明が終わって。二人の事が気になって来てみた」
本当は、どうしようと相談に来たが、不安にさせたくないから、違う事を言う。
「ふ~ん」とクレティアは肯き「じゃあ、久しぶりに汗を流す?」
「そうだな…いや、止めておく。ちょっと用事をあったのを思い出した」
「そうか…」
クレティアは頷いた次に「あ、そうだ!」と顔をハッとさせ
「ダーリン、腕貸して」
「ああ…」とディオスは右腕を差し出すと、クレティアはその腕の袖を捲り
「ちょちょいのちょーい」
と、右腕に呪印を描いた。
ディオスはその呪印を見つめ
「何の呪印だ?」
クレティアは照れくさそうに
「何時も、ダーリンの魔力を貰ってばかりだから。そのお返し」
「へぇ…。魔力をくれるのか」
「そんな。ダーリンの魔力の量に比べたらアタシ等なんて微々たるもんよ。だから、アタシ等の魔力を使ってダーリンの苦手にしている。回復系の魔法を使って貰うの」
ディオスは、クレティアが描いて暮れた回復系の魔法を発動させる呪印のある右腕を掲げ
「そうか…ありがとうな」
「ああ…でも、オート(自動)じゃないから。オートにすると風邪みたいに薬を飲んでいたらレジスト(解毒)なんかの魔法で薬の効果を消しちゃうから」
「分かった。発動方法は?」
「右手に意識を集中して、念じるの欲しい効果をね。基本はヒール(体力回復)、レジスト(解毒)、リジェク(一定時間微量体力回復)だから」
「了解した。すまないな。何時も気をつかってくれて…」
「いいの!」とクレティアはポンとディオスの肩を軽く叩いた。
その後、ディオスはクレティアと離れて、学院内にある自室に向かう。
ドアを潜るとルディアがいた。
「ああ…ルディアさん…」
ルディアはお辞儀して
「お早いお帰りですね。もう説明の方は終わったのですか?」
「ああ…まあ、色んな人達に手伝って貰ってね」
「はぁ…」
ルディアは訝しそうな顔をする。
その隣をディオスは通り過ぎて「はぁ…」と深い溜息を吐いて自室にあるソファーに座る。
ディオスは両手を組みそれに額を載せて考える。
今後、どうすれば良いかと…。
考えるディオスを横に、ルディアが自室の端のテーブルにあるお茶セットの魔導ポットを持ち、ティーカップを用意して紅茶の用意をする。
ティーカップに紅茶のパックを入れて
「ディオス様は、ミルクティーかストレート、どちらが宜しいでしょうか?」
ディオスは顔を上げ
「ああ…じゃあ。ミルクで」
「はい…」
ルディアが返事をする。
ディオスは不意に正面のテーブル棚の上に、置かれた白い水晶に目が行く。
「なんだろう…」とディオスは立ち上がり、その水晶へ向かい手にする。
その間、ディオスに見えないようにルディアは背を向け、ディオスが飲むミルクティーに、あの無色透明な液体を入れ、素早くその液体の小瓶を懐にしまう。
ディオスは白い水晶を右手に握り見ているそこに、ルディアがミルクティーを持って来る。
「どうぞ…」
「ああ…」とディオスは空いている左手でカップを持ちながら
「これは何だ?」
「ああ…それは、珍しい魔導石の水晶だそうです。インテリアに置いてみました」
「へぇ…魔導石か…」とディオスは興味深そうに白い水晶の魔導石を見つめながら、あの液体が入ったミルクティーを口にした。
ウィルトンの研究室で、ウィルトンがそばにいる助手のトルキウスに
「トルキウス。ディオスくんを呼びにいってくれないか?」
「自分がですか…」
「ああ…。おそらく、奥様達の方か自室のどちらかにいるだろう」
「…」とトルキウスは口を紡ぐ。
「なぁ、トルキウス。君はディオスくんに何か嫌な感情でも持っているのかね? 何かディオスくんを避けているような気がするのだが…」
トルキウスは少し篭もった後「いいえ、別に…」
「そうか、なら頼む」
クレティアとクリシュナが剣術と武術の講義をしているグランドにユリシーグが近付く。
「あの…すいません」とユリシーグは二人に声を掛ける。
ユリシーグの姿を見たクレティアは悪戯に笑み、クリシュナはジッと見る。
「知ってるよ。ダーリンから色々と聞いているから」
クレティアが口にする。
「で、私達に何の用?」
クリシュナが聞く。
「ディオスは何処にいます?」とユリシーグは尋ねる。
クレティアが「多分、自室に行ったと思うわ」
「そうですか…」とユリシーグはお辞儀すると
クリシュナが
「夫に何か用があるの?」
ユリシーグは複雑な顔をして
「魔法を…強力な魔法を一つ、習おうと思って…。その…学院内でディオスの凄さが轟いているので…それで」
クレティアとクリシュナは顔を見合わせ
「じゃあ、アタシ達も行くわ」とクレティアが。
クリシュナが両手を広げ指南を受けている人達に「はい、今日はここまで! 解散!」と告げて、人々は散会する。
自室でディオスは珍しそうに白い水晶の魔導石を見ながら、ミルクティーを口にして半分まで飲んだ頃…ガクンと意識がふらつく。
「え…」とディオスは戸惑いその場に膝を付くと、冷徹な瞳でディオスを見下ろすルディアがいた。
ディオスは右手に持っている水晶を落とし、水晶が床に転がると同時に両肘が床に付く。
え…ええ…とディオスは混乱していると
「薬が効いてきたようね…」
と、ルディアが淡々と告げる。
薬…まさか…ディオスは転がるティーカップを見て、アレに薬が入っていたのか? 何故?
ルディアは四つん這いになるディオスの背に
「これで父の仇を取れる。我が父、デオルトを殺した罪、その身で償うがいい」
父、父の仇? デオルト? まさか…デオルトの娘!
ディオスは魔法陣を展開してレジストを唱えようとしたが、魔法陣が展開されると消失する。
ルディアが
「無駄よ。これではお前は魔法を使えない」
ヤバい…とディオスは、意識が途切れる瞬間、クレティアが施した呪印を思い出し、右腕に僅かな意識を回して集中して、レジスト!と念じた所で意識が途絶した。
ディオスはその場に俯せになり眠ってしまう。
ルディアは眠ったディオス仰向けにさせた次に、胸部の服を無理矢理に引き裂いて開き
「これで…仇が…」
ルディアは腰からナイフを取り出し、ディオスの空いた胸部に突き刺そうとした瞬間、ディオスの体が光る。呪印の魔法が発動した。
その効果、レジストだ。
レジストによって解毒されたディオスは強く目を見開く。
「く!」とディオスは起き上がりながらルディアを突き飛ばした。
ルディアは壁にぶつかるも、ディオスに狙いを定め
「オノレーーーーーーー」
ナイフで斬り掛かる。
「ま、待て、落ち着け! 話を聞いてくれ!」
ディオスは叫ぶ。
クレティアとクリシュナはユリシーグを連れてディオスのいる自室に向かう途中に、トルキウスと合流して、四人で自室に向かう最中、二人は自分の魔力が使われた事に気付く。
「え、クリシュナ…魔力…使われたみたい…」
「ええ…」
クレティアとクリシュナは顔を見合わせて『まさか!』と同時に口にして走る。突如、走り出した二人に、トルキウスとユリシーグは戸惑うも後に続いて走る。
自室では
「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇ」
ルディアがディオスに切り掛かる。
「落ち着け、落ち着け」
ディオスはルディアから逃げながら必死に説得しようとする。
ルディアの暴れで部屋がめちゃくちゃになる。
「父親の仇ーーーーーー」
ルディアがナイフを突き刺し姿勢にしてディオスに突進する。
ディオスはそれを交わして、ルディアのナイフを持つ両手を握り突き上げ、転ばしてルディアを押し倒した。日頃のクレティアとクリシュナによる鍛錬が役に立った。
「離せーーーーーー」
ルディアを押さえ、馬乗りになるディオスが
「とにかく、落ち着け!」
クレティアとクリシュナが自室のドアの前に来た時、ガシャンと何かが壊れる音がして、「死ねぇぇぇぇぇ」と女の声が響いた。
クレティアはドアのノブを回すも開かない。
クリシュナと見合わせ、二人でドアを蹴破ったそこに
「とにかく、落ち着け!」
ルディアの両手を押さえて馬乗りになるディオスの姿があった。
「あ!」とディオスと、目が点になるクレティアとクリシュナの二人。
更に、トルキウスとユリシーグも来て
「お前…何を…しているんだ…」
ユリシーグの目には、ディオスが女性を押し倒して、いけない事をしようとしているように見える。
ディオスは直ぐに、ルディアから飛び退き
「落ち着け、いいか、これは…」
解放されたルディアは直ぐにナイフを探し当て拾い、ディオスに突き刺そうとする。
「死ねぇぇぇぇぇぇ」
「あ!」とディオスが告げた瞬間、疾風の如く動くクレティアとクリシュナ。
クレティアは腰にある剣を取り、ルディアの握るナイフを突き落とし、クリシュナは右手に曲がり鉈を取り出して握り、ルディアの首に当てる。
ルディアの動きが止まった。
クレティアが剣の切っ先をルディアの眼前に近づけ、動けないルディアにクリシュナが近づき懐を探ると、あの無味無臭の睡眠薬が入った薬の小瓶を見つけ
”マジックスキャニング”
と、アイテム調査魔法を発動させ中身を調べ
「これ…市販が禁止されている。無色で無味無臭の睡眠薬よね…」
クリシュナはそれをルディアの眼前に見せる。
トルキウスが、床に転がる魔法陣を阻害する魔導石を見つけ手にして
「これは…魔法陣の展開を阻害させる力を放つ特殊魔導石…」
ルディアはその場に崩れ「う…あぁぁぁぁぁ」と号泣した。
一暴れがあった自室では、縛られたルディアを真ん中の床に座らせ、両手に剣と曲がり鉈を持ち武装するクレティアとクリシュナの二人が両脇を挟んでいる。
その前に、ディオスが膝を崩してルディアを見ている。
クレティアが剣を上下に振りながら
「まさか…デオルトの娘だったなんてねぇ…」
凄まじい殺気が、ルディアに降り注ぐ。
大型肉食獣のような威圧に晒されるルディア。
「なぁ…ルディアさん」とディオスが呼びかけると、ルディアは鋭い視線を向ける。
ディオスは項垂れ
「聞いてくれ、オレはデオルトを殺してなんかいない」
「そんなウソ、誰が信じるもんですか」とルディアは悪態をつく。
「…はぁ…どうすれば、信じて貰える?」
ディオスは難しい顔で問う。
ルディアはディオスを睨み
「父親を殺され、母親も弟も死んだ。もう…私にはお前の復讐以外、何も残っていない」
ディオスは「ん?」と唸り
「待て…妻子は生きているぞ」
「え…」とルディアは戸惑い「ウソよ。だって死んだって…」
ディオスは腕を組んで立ち上がり
「その二人と連絡が取れれば信じてくれるんだな、よし、あ!」
そう、妻子は逃がしたが…その妻子に繋がる連絡手段がない。
「ああ…クソ、連絡が…」と困るディオスに、クリシュナが
「ねぇ…レスラム教圏内だったら、私の組織が連絡のパイプをしてくれるわよ」
「そうか! じゃあ…クリシュナ…」
「ちょっと待って」
クリシュナは離れ、自室の魔導通信機を取りに行き、通信をする。
「あ、ラーナ。ちょっと頼みたい事があるけど…」
数分後、クリシュナが通信をする中
「あ、はい…はい…では…」
クリシュナが通信機から耳を離すと、それをルディアに持って来て耳を当てる。
「母さん…」とルディアが呼びかける。
「ルーなの…」と母親がルディアの愛称を告げる。
「そうだよ。ルーだよ」
「ルー! 何処に行っていたの! 探していたわよ。外国に留学していたアナタを探しにアナタがいるアーリシアのフランドイル国の大学を訪ねたら、行方不明だって…」
「良かった。母さんは何処に?」
「…母さんは実家の方にいるわ。弟のデリアルも一緒で無事よ」
「でもどうやってレオルトスから、逃げたの?」
「お父さんの命を受けた。ディオス・グレンテルという人が、私達を逃がしてくれたのよ」
「え…」とルディアは驚愕の顔でディオスを見つめ「父さんは、ディオス・グレンテルに殺されのではないの?」
「何を言っているの! それは違うわ!」
母親の否定に驚くルディア。
「だって、お父さんの部下だって人が…そう…教えてくれて…」
「ルー…お父さんの部下だった人達は、レオルトスの内戦で死んだり、そのまま捕縛されているわ」
「だって、その人…お父さんの持ち物…お父さんの短剣を持っていたから…」
クレティアが
「そんなのレオルトス王国は安定していないんだから、どうにか盗んだりして、持ち出せるんじゃない?」
壊れたドアがノックされる。そこにユリシーグがいた。
「やあ…尋問はどうだね?」
ユリシーグが入ってくると、ディオスの近くに来て持っている書類をディオスに渡し
「こっちでも、この女がどうやって、ここに侵入したか調べたら、驚く事が分かった」
ディオスは書類を見つめながら
「成る程…。表向きは秘書を提供する会社だが…。ロマリアのスパイ組織か…」
ルディアはそれを聞いて
「そんな…だって、アーリシアの普通の会社だって、ちょっとした父の知り合いがいたから。それで…」
ユリシーグはルディアに近付き、同じ目線に合わせ
「お前…どこから、給料を貰っている?」
「その…会社から…」
ユリシーグは頭を振り
「お前に、給金を振り込んでいる先、幾つもの銀行を通しているが、元はロマリアだぞ。そして、お前がディオスの元に来た次の日には、その会社はもぬけの殻だったそうだ」
ディオスは「チィ」と舌打ちして
「ラハマッドの件か…」
そう、ロマリアで関係がある事、ラハマッド共和国の情勢を元に戻した事だ。
「は…」とユリシーグは立ち上がり「おい、どうする? こいつ…利用されたぞ」
ルディアは呆然としていると、ディオスが跪き視線を合わせて
「ルディアさん。真実を知りたいなら、協力して貰えますか?」
その夜、ルディアは街中を走ってとある場所へ向かう。
そこで赤髪の青年と落ち合う手筈だ。
場所は、港である。
漁船が並ぶ港の倉庫前にルディアが来ると、闇の奥から、あの赤髪の青年が姿を見せる。
赤髪の青年は、ルディアに近付き
「首尾は?」
ルディアは懐から、魔導士証明プレートを取り出す。
そのプレートにはディオスの名前と、エルダー級を示すゴールデンフィアの宝石が填まっている。
赤髪の青年がニヤリと笑み
「こちらでも、確認しました。学院内で警察が入ったと…」
ルディアは、魔導士証明プレートを懐にしまい
「逃走の手筈は?」
「ええ…出来ていますとも…」
赤髪の青年が右手を挙げた次に、背後の闇から巨大な鋼の両腕が伸びて
「さあ…あの世でお父様に報告してください。利用されたとね」
鋼の巨手はルディアを潰そうと迫る。
両脇から叩き潰そうと鋼の巨手はルディアを挟もうとした瞬間、鋼の巨手が反対方向へ吹き飛んだ。
「ん!」と赤髪の青年は顔を顰めた。
ルディアの背後の空間が歪み、人の姿が現れる。
それはディオスだった。空間を曲げる術でディオスは身を隠しルディアの背後にいた。
そして、ルディアを潰そうとした巨手を弾き飛ばしたのだ。
それを見た赤髪の青年は身を引かせた次に「はぁーい」と背後にクレティアがいた。
クレティアは赤髪の青年の首を剣で挟み
「動くと首が飛ぶよ」
周囲の闇から、クレティア、ユリシーグ、そして…十数名の警察騎士達が姿を見せる。
赤髪の青年は薄ら笑い
「成る程…はめられたと…」
ディオスは赤髪の青年に近付き
「大人しく捕まる事だな」
「いいや…」と赤髪の青年が呟いた次に
「スキル!」
”ガンダリアス『巨神の使い手』”
赤髪の青年から光りが発し、それが防護結界となり、クレティアの剣を弾いた。
「く!」とクレティアは下がり、ディオスも警戒で下がる。
赤髪の青年は光りの球体結界に包まれて浮かぶと、近くにある倉庫が半壊して、そこから巨大な鋼の足、胴体、頭部が出現し、光りの球体にいる赤髪の青年を中心として十五メータ前後の巨大な鋼の巨人を作り出す。
クリシュナがそれを睨み
「アナタ! どうやらゴーレム(鋼の巨人)使いみたいよ!」
「成る程…」とディオスは渋い顔をする。
ゴーレム、魔法の力で動くロボットのようなモノで工業的にも利用されているモノが多数だが、人型の巨大なゴーレムは主に兵器として用いられる。
赤髪の青年が動かすゴーレムが周囲を蹴散らして逃げようとする。
「逃がすか!」
ディオスはフル出力の重力魔法を発動させる。
”グラビティフィールド”
高重力によってゴーレムは沈み、その場に両膝をついて動きが止まる。
ゴーレムは、相当な強度がある故に、壊れないが動けない。これを見越していたディオスは。
「さあ…今度こそ逃げられないぞ」
と、告げた次に、夜の空から白光と輝くゴーレムと同じ大きさの巨剣達が降臨して、ゴーレムを囲む。
「な!」とディオスは戸惑うと、自分の発動させた魔力の効果が喪失した。
ゴーレムが立ち上がるその頭上に、一人の金糸のドレスを纏った黒髪の小麦色の肌をした女が着地する。
「行くわよ」とその女が告げた瞬間、ゴーレムを囲む巨剣達が白光し、強烈な光りが周囲を包み込み、眩しさで目が眩む。
「クソ!」とディオスは、さっきよりも強力な空間を檻にする魔法を発動させて捉えようとするが、魔法陣が上手く編めない。
どうやら、魔法陣の展開を阻害する力が働いているようだ。
太陽の様な白光の後、眩しさが収まりそこにあったのは、ゴーレムも囲む巨剣達も消えたもぬけの殻だ。
クレティアとクリシュナはディオスの傍に来て
「逃がしたみたいね」とクリシュナが告げる。
ディオスは自分の右手を見て魔法陣を展開させる。
何時も通りに展開出来る。阻害される力は働いていない。
「ふ…やれやれ、面倒な奴らに睨まれたものだ」
次の日の朝、学院のディオスの自室では、ルディアの土下座から始まった。
「本当に! 申し訳ありませんでしたーーー」
頭を下にして、両手を床について謝るルディアにディオスは額を抱え
「そんな。良いですよ。アナタも騙されていたのですから」
無言で一切体勢を変えないルディアにディオスは跪き肩に手を置いて
「ルディアさん。その…まあ…そんなに気にしているなら、この学院にいる間、秘書を続けて貰えませんか? それでチャラという事で」
ルディアは立ち上がり、深々と頭を下げ
「誠心誠意、務めさせて頂きます!」
今回の件は、ルディアも利用されていたという事で、お咎めは無しという事で片付いた。
ルディアは母親との連絡で、全ての事情を知り、次の身の振り方はディオス達の秘書が終わった後というオチになる。
部屋のある魔導通信機からコールがして、クリシュナが取る。
「ああ…はい、はい、アナタ…領事館から」
と、ディオスに渡す。
「はぁ? 何だ?」
と、ディオスは耳に当てると、領事のミリガリアが出て
「ああ…ディオス様。バルストラン陛下から直通の連絡が来ていますので、回しますね」
「え? 師匠から?」
ディオスが首を傾げた次に
「アンタ! 何やっているのよーーーーーーーーーー」
ソフィアの怒声が響いて来た。
「し、し、師匠…な、どうしたのですか?」
困惑するディオス。
「アンタが、襲われたって連絡が来たからよ!」
「あ…」とディオスは呆けて「実は…」と事情を説明する事となった。
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