第21話 ヴィクトリア魔法大学院 日々
新章、読んでいただきありがとうございます。
ヴィクトリア魔法大学院篇です。
ゆっくりと楽しんでいってください。
あらすじです。
ディオスは妻達のクレティアとクリシュナを連れて、バルストランの火の精霊アグニアの所へ来る。そこで、ソフィア達から頼まれた任務を遂行するが…
ヴィクトリア魔法大学院 日々
ディオスはオルディナイトの屋敷にいた。
相変わらず王城のようなデカい屋敷は、ゼリティアの執事セバスの案内がなければ迷いそうだ。
その両隣にはクレティアとクリシュナがいる。
今日は、王宮に二人を伴って来る日だった。
その帰りにゼリティアのオルディナイトの屋敷に寄ったのだ。本を借りる為に…。
「おおおお」
ディオスは目を輝かせる。目の前には、ダグラスの屋敷の書庫を上回る規模の書庫が広がっている。これは大きな図書館といっていい程だ。
ゼリティアがディオスの前で、扇子を右手の平に打ち付けながら
「智は力だ。智のある所に力があり、力ある所に智はある。智がない力なぞ、ただのハリボテに過ぎない。好きにするがいい」
余裕のゼリティアにディオスは頭を下げ
「ありがとうございます」
その姿を後ろから見ているクレティアとクリシュナは、大げさに…と呆れている。
ディオス達は、早速、屋敷内にある図書館へ入り、本を物色する。
クレティアが一冊を取り
「あ、これ…実家の本棚にもあった武術指南書だ…。たしか…二百年前に出たヤツだ」
クリシュナも本棚から一冊を取り
「これも凄い…。三百年前の…スキルに関する本よ」
二人はそれを持ってディオスの元へ来ると、ディオスは本棚の本を取っては戻し、取っては戻し、どの本を借りようか迷っていた。
「おお…凄い、これは魔術解析書だ。こっちは闇属性の魔法技が書かれた本だ。ああ…ああ…」
その喜んでいるディオスの隣にはゼリティアがいて、ディオスをジッと見ている。
「これを借りていいか!」
ディオスが一冊を取り出すと、ゼリティアは
「それよりもこっちの方が面白いぞ」
関連する別書籍を薦めてくる。
「おおおおお」と子供のように喜ぶディオス。
やがて、ディオスは屋敷の図書館内をあっちこっちと歩き始め、その後を静かにゼリティアが付いてくる。
ディオスが本を取ると、ゼリティアがその本がどういうモノか説明したり話をしたりと、ゼリティアはディオスから離れない。
その場景にクレティアとクリシュナは眉を顰める。
「ねぇ…クリシュナ…。どうして、ゼリティアはダーリンにひっついているのかしら…」
「そうね…どうして…まさか…」
クリシュナとクレティアは互いに顔を見合わせ『まさかねぇ…』と皮肉な笑みをする。
二人の考えていた事は、あのゼリティア・オルディナイトが、市井であるディオスに惚れているなんて…そんな事ないか…と考えていた。
ディオスは傍にいるゼリティアに
「なぁ…どうして、こんなに色々な本があって、しかも…古い本まであるんだ?」
ゼリティアは得意げに
「先祖代々、オルディナイト家の者は知識好きでな。こうして、集めている間にこのような大図書館になってしまったのじゃ」
「へぇ…」
「なんせ、千年も続いている家だからのぉ」
「え…」とディオスは固まり、「え…今、なんて?」
「だから、オルディナイト家は千年前から続いておるのじゃ」
ディオスは絶句する。この世界の歴史については、ダグラスの屋敷にある書庫で勉強はしていた。
この世界は、自分のいた地球の世界とうり二つの姿をしているが…歴史が違った。
この世界の歴史の始まりは一万年前からだ。
その前は何か大きな戦争か大災厄があった所為で歴史が記されていない。
ただ、その痕跡を示す超古代文明の遺跡は各地にある。
正確な歴史の始まりは、この世界でいうユグラシア大陸とアーリシア大陸との境下の海岸に面した場所から始まっている。
そこには神の巨塔バベルが存在し、そのバベルの恩恵によって人族、魔族、獣人族、オーガ族と四種族が平和に暮らしていたが、人口の増加とバベルの力の弱まりによって、その地域から各地へ拡散し始め、世界へと広がった。
世界に人々が広がり終えたのが、六千年前。
世界に点在している人々は、各種族の勢力圏を様々に変えながら今日までの世界を形成している。
古い歴史がハッキリしているので、王家とかはザラに五千年の歴史があったりと、歴史の古さが半端ない。
「そ…そうですか…」とディオスは驚き固くなる。
ゼリティアは腕を組み
「オルディナイトの前身は、バルストランの南におる夏の精霊アグニア様が組織した商業集団で、ある程度、アグニア様がいなくても組織が安定すると、アグニア様は引退して、その血族の達に任せるようになった。それがオルディナイト家の始まりじゃ」
ディオスは「あ…」と口にする。
確か、ゼリティアはソフィアが精霊と契約する時に夏の精霊アグニアの紹介状を持って来た。つまり、そういう繋がりか!と今、理解した。
「凄い家なんだなぁ…」
と、ディオスは素直に驚きを口にする。
ゼリティアは得意げに
「そうじゃな。アーリシアで千年続く財団と名家なんぞ、そうそうある家はない。アーリシアの主要財団であるオルディナイト財団の他に、西にウルシアル財団、北にヴァルハラ財団と、二つの財団はあるが…どれも、三百年程度じゃなぁ」
千年続く財団にしてみれば、三百年続く財団なんぞ…子供だろう。
ディオスは改めて目の前にいる女性、ゼリティアが妙に神々しく見え
「いやはや…恐るべしですなぁ…」
「もっと褒めても構わんぞ」
ゼリティアは得意げな顔を向ける。
「ははは…」
ディオスは引き攣った笑みを見せる。凄い歴史のある名家故に確かに、このような高慢な感じは致し方ないが…そこがチョット…たまーに、鼻につく。
まあ、ソフィアとの繋がりがなければ、こうして出会える事が無かっただろう。階級の人を前に、物珍しさが強く思っていた。
「どうした? 他にも借りていくか?」
ゼリティアが尋ねると、ディオスは首を横に振り
「いや、今日はこれだけにする。ありがとうございます。オルディナイト家、ご当主様」
と、仰々しくお辞儀した。
ゼリティアは扇子を頬に置いて、お決まりの傲岸不遜で
「よいよい、お主は、中々に聞き分けの良いヤツじゃ。妾の溢れんばかりの知識を聞きたいなら、何時でも来るがよいぞ」
「へへ…有難き幸せに御座います。ご当主様…」
ワザとらしいお辞儀をするディオスであった。
ディオスはクレティアとクリシュナと共にオルディナイト家の屋敷から出る。
三人は楽しげに話ながら屋敷を後にしている姿を、ゼリティアは高い三階の窓から覗いていた。
ただ…無心に三人を見つめる視線には、何時もの不遜な雰囲気がない。
ディオスの腕にクレティアとクリシュナが腕を絡ませると、それを見たゼリティアは持っていた扇子を固く握りしめる。
そこへ
「如何致しましたか? ゼリティア様…」
執事のセバスが来る。
ゼリティアは窓から離れ
「何でも無い。少し部屋に戻って休む」
そう告げて言ってしまう。
セバスには分かっていた。ゼリティアが不機嫌だった事を、その原因は…。
その夜、ディオスはゼリティアから借りた闇属性に関する魔法技の本を読んでいると、そこへクレティアが来て
「ねぇ…ダーリン」
「ん? なんだ?」
「ゼリティアの事、どう思っているの?」
「ああ…ゼリティアの事? 別に、凄い女だと思っているぞ」
「どんな風に?」
「そうだなぁ…。知識は凄いし、魔導石の話だってピンポイントで色々と聞いて来るから頭の回転もいいし、まあ、相当な名家だから、びっくりもしているが…」
「異性としては?」
「異性として? まあ、プロポーションもいいし、綺麗だけど…なんか、そう…偉そうな御姫様って感じだ」
「じゃあ、ダーリンは、ゼリティアからすると、どんな感じなの」
「はぁ…そうだな…。どこにでもいる取り巻きの一人くらいだろうなぁ…」
「もしかしたら…ダーリン、ゼリティアに好かれているかもしれないよ…」
「はぁ? 好かれている? ないない。そんな事絶対にない。どうせ、末端の部下の一人くらいだろう」
「そっか…」
と、クレティアは微笑む。
「なぜ、そんな事を聞くんだ?」
「別に、大した事じゃあないから…。それより、その本、面白い?」
「ああ…面白い。色々な闇属性の魔法が書かれていて勉強になるぞ」
「そう…」
ディオスとクレティアは楽しげに会話した。
数日後、王宮の王の執務室で、ソフィアとゼリティアを前にディオスが立っていた。
「はぁ? 夏の精霊アグニアからの依頼?」
「そう…」とソフィアは腕組みする。
「どんな依頼だ?」
ディオスの言葉に、ゼリティアが
「詳細は、アグニア様の元に着いた時に話すそうじゃ」
ディオスは渋い顔で
「何、ヤバい依頼なのか?」
ソフィアは肩を竦め
「そんな感じではないわ。依頼の指定は、動きを止める魔法を使える者が欲しいって。アンタ、闇属性の重力魔法を使えるでしょう。重力を操作して動きを止めるなんて楽勝でしょう」
ディオスは顎に手を置き「まあ…確かに…」と告げる。
ゼリティアは扇子を握り
「移動や滞在費に関しては、妾が持つ。行ってくれ」
ディオスは「フゥ…」と一息吐き
「サポートとして、クレティアとクリシュナを連れて行くぞ」
「構わないわ」
ソフィアは了承した。
ディオスが部屋から出ると、ソフィアが
「誘導成功ね」
ゼリティアが扇子を掌に叩き付けながら
「後は、アグニア様が彼奴の血を調べれば、大丈夫じゃろう」
「しかし…」とソフィアは引き出しから手紙を取り出す
「どうして、アイツの事がバレたのかしら…」
ソフィアが手にする手紙の宛先は、ヴィクトリア魔法大学院だ。
ゼリティアは扇子を開き
「恐らく、表に出ない様々な噂が飛び交っておるのだろう。良いではないか、彼奴の血にどんな事があるか知る機会になって」
「ちょっと気に入らない絡め手だけどね…」
ディオスは二人の妻、クレティアとクリシュナを伴ってバルストラン南にある、夏の精霊アグニアの土地に来た。
そこは…火山が近くにあり温泉が湧き出るので、洋風の温泉旅館が並ぶ街だった。
「はぁ…一大観光地だな」とディオスは口にする。
クレティアが傍にある店の無料パンフを開いて
「え…となになに…。ここは温泉宿が並ぶ街で、家族旅行や、慰安滞在に向いていると…街の奥には、観光名所として、火の魔導石で作られた山の岩肌にある神殿がありますって」
「……そうか…」
と、ディオスは頷く。夏の精霊アグニアは、オルディナイト財団を作った程の商才があった。まあ…神殿の傍にある麓がこうなるのは…運命だったのだろう。
クリシュナは周囲の店を見ながら
「あら…アレを見て」
と、店に近付く。
「なんだ?」とディオスはクレティアを伴って付いて行くと、クリシュナがお土産を手に取る。
「アグニア名物、肩こりが取れる魔導石だって」
「はぁ…?」
と、ディオスは訝しい顔をする。パチモノ臭さ満載の土産に顔が渋くなる。
クレティアが一言
「うぁ…パチモノくさそう…」
クリシュナはその土産を見つめ
「効力としては、ツボ治療みたいに温めるみたいね。まあ…一応…効果はあるんじゃないかしら…」
「買いたいか?」とディオスは尋ねるが、クリシュナは首を横に振り
「別に…」
クリシュナは土産を戻した。
クレティアが「ねぇ…買うならあっちにしようよダーリン」と露店の食べ物屋を指さす。
「そうだな…」
と、ディオスは二人と寄って、露店にあった肉の棒にパンが巻かれた、その土地の物産を食べながら、目的地へ向かう。
「ええ…と、アグニアのいる神殿の奥に行き、この手紙を関係者に渡せ…」
と、ディオスはゼリティアから寄越されたアグニアに合う方法を読む。
右手には行き方を示した文面と地図に左手には、紹介状を握っている。
クレティアがパンフを見て
「本当に大丈夫なの? だって神殿…観光スポットになっているんだよ」
「分からん。だが…行ってみるか…」
と、ディオスは二人を連れて、とにかく神殿に来る。
神殿は紅い魔導石、火の魔導石で作られていて紅く輝いている。その神殿の入口を観光客が行ったり出たりしている。
クリシュナが神殿の傍にある謂われの看板を読む
「ええ…なになに…神殿の奥には代々、この地を治める精霊アグニアの本体がいて、このバルストランの大地に満ちる火の属性の魔力を司っていると…。お参りすると、安産祈願や、商売成就、開運が望まれますって」
ディオスは顔を引き攣らせ
「俗世塗れの精霊ではないか…」
クレティアは引き攣り笑いして
「まあ…とにかく、行ってみよう」
神殿の奥に行く三人、通路が決まっていて他の観光客と共に神殿の奥へ進むと、巨大な火の魔導石の台座に眠る紅き巨狼がいた。
ディオスは、その紅き巨狼を見て
「どうするんだ? アレに話しかけるのか?」
クリシュナが近くの看板を指さし
「話しかけないでください。静かに参拝してくださいって」
「じゃあ…どうするんだ?」とディオスは困ると、クレティアが傍にある神殿の売店を指さし
「あそこで聞く?」
その売店には一人の紅い髪の猫耳獣人の少女が切り盛りしている。
「んん…」とディオスはその獣人の少女を見つめると、妙な感覚になる。
何か少女とは思えない程の質量を感じる。
もしかして…何か精霊アグニアと関係しているのか?
「行ってみよう」とディオスはクレティアにクリシュナを伴って売店へ寄る。
売店の獣人の少女が
「あにゃ、いらっしませ、だにゃ」
ディオスはジーと獣人の少女を見つめ
「自分は、バルストラン王、ソフィア・グレンテール・バルストランの使いで来た。ディオス・グレンテルという者だ。夏の精霊アグニア様の依頼があって参ったが…」
「ああ…」と獣人の少女は明るい顔をして「何か、紹介状はお持ちかにゃ」
「これを…」とディオスは獣人の少女に渡した瞬間、強く感じた。もしかして…この娘は…。
獣人の少女は、紹介状の封を切って中身を読む。
「ちょっと」とクレティアが驚き止めに入ろうとするが、ディオスが腕で止め
「え…どうして? ダーリン」
ディオスは獣人の少女を見つめ
「もしかして…ゼルテア様と同じように化けているのでしょうか? アグニア様…」
ニンマリと獣人の少女は笑み
「あにゃ…バレちゃったにゃ…。流石、渦持ち。そういう感覚の鋭いのは相変わらずにゃね」
獣人の少女、夏の精霊アグニアは売店から出てくる。
クリシュナとクレティアは互いに驚きの顔で見合わせる。
ディオスは、アグニアを見つめ
「ゼルテア様の時のように本体から、意識だけを飛ばしているのでしょうか?」
アグニアは笑み
「いいや、違うにゃ。奥の祭壇にあるアレは、作った像にゃん。本体はここにゃん」
と、自分を指さした。
「ああ…成る程…」とディオスは理解した。どおりで見かけとは、遙かに違う質量の気配がする訳だ。なんらかの術か力でこの獣人の形態になっているのだろう。
アグニアはディオスを回って見回しながら
「ふ~ん 渦持ちかにゃん…。合うのも久しぶりだにゃん」
と、一通り見回した後、ディオスの右手を持ち
「ちょっと、血を舐めさせるにゃん」
「はぁ?」とディオスは疑問を口にした次に、アグニアは持ったディオスの右手の中指に噛みつき
「イタ…」とディオスはチクンと針で刺された感覚に襲われる。
アグニアは針先のような傷を付けてディオスの血を舐めると
「ふん、ふふふん。ふーん」
と、肯きながらニンマリと笑み
「お前…相当…改変されているにゃん」
ディオスは眉間を寄せて「改変だと…」
「そうにゃん。普通、渦持ちは先天的遺伝の上に渦の要素が重なっているにゃん。その所為で、渦持ちは一代限りの突然変異であるにゃん。でも…お前は、先天的遺伝まで大きく改変されていて、元の遺伝からかなり改造されているにゃん。お前…何か、前の頃より性格的に変わったとか、体質的に変化したとかないにゃん?」
ディオスはハッとして口元を押さえる。
性格でいうなら、鋭くなっている事や、どこか…無口な職人気質になっているような気がする。この世界に来た時のショックで、性格が変わったと思っていたが…遺伝の作用でもあったのか…。
「お前…」とアグニアはニタニタと笑い
「六属性全持ちのヘキサゴン・マテリアルかにゃん。すごいにゃん。それが子供にも遺伝するにゃんよ。いいや、他にも色々と遺伝するみたいにゃん。決めたにゃん! アタシと子供を作るにゃん」
はぁ?とディオスは顔を引き攣らせ、アグニアに握られている右手を急いで引き剥がしてしまった。
アグニアは楽しげに笑みながら
「いいにゃん! 子供が出来てもお前に責任は取らせないから、大丈夫にゃん。こっちで大事に育てるからにゃん」
ディオスは顔を鋭くさせ
「ふざけるな…誰がそんな事をさせるか…」
アグニアは自分のない胸を持ち上げ
「ほれほれ。魅惑のロリボディにゃんよ。そこの後ろの二人には、出来ない妙技が幾つでも繰り出せるにゃんよ」
クレティアとクリシュナは微妙な顔をする。
ディオスはムカッと苛立ち
「お前…幾つだ?」
口調が失礼になる。
「あにゃ、千年ほど、生きているにゃんよ」
フッとディオスは嘲笑いを向け
「クソロリババアか…」
アグニアはビックとして
「ふざけるなぁぁぁ!にゃん。いいか! 精霊の女は齢八百年からが最高にゃん!」
「クソロリババアには変わらんだろうが!」
侮辱しまくるディオス。
アグニアはムカッとしてディオスに掴み掛かり
「お前、精力強いにゃんだろう。後ろの二人からは、お前の濃い匂いがプンプンするにゃん。毎晩、二人を抱けるくらい下が強いんだにゃん。いいにゃんか! 少しくらい貰っても!」
ディオスは右手アイアンクローをアグニアに噛まして
「ふざけるな…オレは、好きな女しか、その気にならんのだ! 何が魅惑のロリボディだぁぁぁ。オレはロリコンじゃない!」
「精霊様が口説いているにゃんに、乗らないなんて失礼にゃん!」
アグニアは、アイアンクローする右手に噛みつき
「がぁぁぁぁぁぁぁ」
ディオスは痛みで叫ぶと、クレティアとクリシュナが来て
「はいはい、両者ストップストップ」
クレティアは噛みつくアグニアの口を持って外させ
「全く…」とクリシュナはアグニアに両肩を掴み、引かせた。
カチンカチンとアグニアは歯をかみ合わせ
「聞いてくれないにゃら…。何度でも噛みつくにゃん!」
ディオスは噛みつかれた右手を擦りながら
「幾ら、何をされようが、しないものはしない!」
両者睨み合っているそこへ
「おう、何をしているんだ? アグニア?」
碧髪の男が一団に加わる。
アグニアはディオスを指さし
「ちょっと、子種を分けろっていっているにゃんに、言う事聞かないから、こうなったにゃん」
「絶対に嫌だ!」とディオスは声を張る。
碧髪の男は頭を掻き
「また、アグニアの特殊血族欲しい病かいな…」
呆れていると、クレティアが
「あの…アンタは?」
「ああ…ワイか?」と碧髪の男は自分を指さす。
ディオスは碧髪の男を見つめると、人の持つ質量以上の気配を察し
「お前…まさか…」
碧髪の男はフッと笑み
「初めまして…バルストランの東の方で秋の精霊を担当している。ウルドルつう者や」
秋の精霊ウルドルはクリシュナが押さえるアグニアに近付き
「いい加減にせいよ。アグニア…。男なら皆、子種をばらまきたい無責任体質だと思うなよ。あの強面の顔みてみい…。ああ…いうのは、自分が気に入らん相手とはそうしたくない責任持ちたいタイプの情が深い男なんじゃぞ」
「でも、それじゃあ…特別な血が…もったいないにゃん」
ウルドルは苦渋の顔をして
「なら、アイツの子供を貰え、そうなら問題なかろうて…」
アグニアは渋い顔をした次に、肩を持つクリシュナの手を取り
「お願いにゃん。子供が出来たら一人、頂戴にゃん」
クリシュナは引き攣った笑みをして
「まあ…考えて置きます」
ディオスはフンと鼻息を荒げた後、アグニアとウルドルを交互に見つめながら
「バルストランを代表する精霊の二柱がここにいるという事は…。自分が呼ばれたのがそれなりの案件なのでしょうな」
ウルドルは訝しい顔をして
「案件? ああ…。おう、アグニア…こいつに説明したのかえ?」
アグニアはアッとした顔で
「ごめん。まだ、にゃん」
ウルドルは呆れて
「おいおい…まあええ。渦持ちなら丁度ええ、やろう。おう、兄ちゃん。名前は?」
ウルドルはディオスを見る。ディオスは背筋を正し
「ディオス・グレンテルです」
「そうか…ディオスかい…」
と、ウルドルは怪しげな笑みを向ける。
「何か…?」とディオスは尋ねると、ウルドルは含み笑みで
「今代のディオスの力…みせてもろうやないか…」
ディオスとクレティアにクリシュナの三人は、アグニアとウルドルに連れられて、アグニア所属の飛空挺に乗り、数時間、移動してとある森林地帯の上空に来る。
飛空挺の艦橋からディオスが
「何がここにあるのですか?」
ウルドルが森林の一カ所を指さし「アレや」と呟く。
「んん…」とディオスは森林を見つめると、その場所の森が動き出した。
「ええ…」と驚くディオスの隣でクレティアとクリシュナが遠見の魔法で動く森を観察し
「ああ…ダーリン。凄い…遠見で見てみなよ」
「驚きの光景があるわ」
クレティアとクリシュナが促す。
ディオスは、遠見の魔法で動く森を見つめると、なんとそこには巨大な木製の鰐口が見える。
更に木の枝で出来た触手を無数に蠢かせるそれは、高さが三十メータある巨木の怪獣だった。
「アレを処理するのが、自分の仕事ですか?」
と、ディオスは告げると、アグニアが
「処理しちゃダメにゃん」
「では、どのように?」
と、ディオスが尋ねるとウルドルが
「アレは、魔物のような凶暴な存在じゃあなか。この森林地帯は、ワイの秋の精霊ウルドルの地の魔力と、夏の精霊アグニアの火の魔力の魔力地脈が交差する地域なんや。それ故に、ああいう。両方の精霊魔力が混じった眷属が生まれる」
「はぁ…随分、デカい眷属ですな」とディオスは零す。
アグニアが腰に携えるバックから白く光る魔導石を取り出し
「あの子は特別にゃん。希に見る巨大さで、恐らく形状に支配されて怪獣みたく生きているにゃん。そこでこれの登場にゃん」
アグニアはディオスに光る魔導石を渡す。
「これは?」とディオスは見つめる。
アグニアが右手の一差し指を立て
「これは、精霊の眷属専用の知性を与える。特別な魔導石にゃん。これをあの子に埋め込んで欲しいにゃん」
「埋め込むですか…」とディオスは困惑気味の所へウルドルが
「大丈夫や、接触させた瞬間、溶けるように入っていくやさかい」
「成る程…」
ディオスは右手の中にある知性を与える光る魔導石を興味深そうに見つめる。
そこへアグニアが
「欲しいかにゃん?」
「貰えるのですか? 是非、研究材料として欲しいですが…」
「交換条件があるにゃん」
アグニアの目が怪しく歪む、それにディオスは何を言うか察した。
どうせ、子種を寄越せとか言うのだろう。
「やっぱり、けっこうです」
即、断った。
「あにゃ! 何も言ってないにゃんに」
アグニアはチィと舌打ちした。
どうやら、ディオスの読み通りだったようだ。
ウルドルはそんなアグニアとディオスを苦笑で見ながら
「まあ…よろしくたのむわ。ディオスはん」
ディオスはウルドルとアグニアを見て
「一つ聞きたいのですが…」
「な、なんや?」とウルドルが首を傾げる。
「自分に任せるより、お二人が対処した方が早いのでは?」
ウルドルは手を振り
「あかんあかん。精霊の眷属に精霊の力を使えば、餌を与えるもんよ」
「はぁ…分かりました。では、行ってきます」
ディオスはクレティアとクリシュナを連れて甲板に出ると、ディオスは二人を両腕に抱えて風の飛翔魔法ウインドを発動させて飛び、森の中を低空飛行しながら目的の巨大精霊眷属へ向かった。
ディオスは飛びながら、右の腕にいるクレティアが
「ねぇ…ダーリン。どうする?」
「そうだなぁ…」
ディオスの左の腕にいるクリシュナが
「これを使って動きを止めましょう」
自身の腰に携える紅い短槍、結界魔法具ソルドを握る。
「成る程…」とディオスは肯き
「では、クレティアとクリシュナはそれで、あのデカ物を閉じ込めてくれ。二人が準備をしている間に、オレはデカ物の影に隠れて、オレもその結界内に入って重力魔法で動きを止め、知恵を与える魔導石を打ち込む。これでどうだ」
「了解! ダーリン」
「ええ、分かったわアナタ」
ディオスは巨大眷属から数十メータ離れた所へ、クレティアをクリシュナを下ろし、ベクトの瞬間移動で移動しながら、巨大眷属へ迫る。
クレティアとクリシュナは左右に分かれ、クレティアは巨大眷属の左側へ、クリシュナは右側へ走る。
森の中を縦横無尽にクレティアとクリシュナは走り、木々に隠れて巨大眷属の様子を窺う。
ディオスはそ…とベクトの瞬間移動で近付きながら、巨大眷属の頭部であろう枝が茂る頂点に着地、その中へ潜む。
それを確認したクレティアとクリシュナは同時に動く。
巨大眷属の前に結界魔法具ソルドの一つをセット、直ぐに後ろへ回り、同時に後方へセットすると、クリシュナが
「結界魔法具ソルド! 展開」
紅き短槍の柄の部分が開き、巨大眷属を囲む四角が出来上がり、空間の壁で巨大眷属を閉じ込めた。
ゴオオオオオオオ
巨大眷属は、閉じ込めた空間の壁を枝の触手で叩き破壊しようとするが、壁に一切の傷が付くことはない。
「よっと」と、ディオスは頭頂部の木々から体を出して、肩を解し
「では…やるとしましょうか…」
”グラビティフィールド”
重力魔法を発動させ、巨大眷属を高重力で押さえ付ける。
ズンと重い音が響き、巨大眷属は体が地面にメリ込み動きが取れない。
ガァァァァ ガァァァァ
と、動きが取れず喘ぐ巨大眷属に、ディオスは懐からアグニアから預かった知性を与える魔導石を取り出し
「これでいいのか?」
と、魔導石を巨大眷属に接触させると、染み込むように魔導石が巨大眷属の中へ入り
「お、成功したようだな」
ディオスは確信して、重力魔法を解除する。
押さえ付けられた巨大眷属は、ゆっくりとその巨木の体を起こし、その正面にディオスは降り立つ。
「どうだ?」とディオスは訝しく巨大眷属を見つめる。
巨大眷属は、ディオスを見つめて動かない。
「んん…」とディオスは腕を組み「オレの言葉が分かるなら、右側に何か、合図を出してくれ」
巨大眷属は、自身の右側に触手の枝を上げて振る。
お、どうやら…分かるようだ。
「では、イエスなら右を、ノーなら左を振ってくれ」
巨大眷属は左側にも触手の枝を伸ばした。
「これ以上、暴れる気はあるか?」
ディオスの問いに巨大眷属は左を振った。ノーである。
「お前の事について話がある人達がいるが…聞くか?」
そのディオスの問いに、巨大眷属は右を振った。イエスである。
巨大眷属の尋ねる背に「ダーリン!」とクレティアが手を振り「もう、大丈夫なの?」
「ああ…大丈夫なようだ!」
ディオスは答え、クレティアとクリシュナは結界魔法具ソルドの効果を解除させた。
そこにアグニアとウルドルの乗った飛空挺が降りて
「お疲れさまにゃ!」とアグニアとウルドルが下りてきた。
ディオスは二人に
「言葉が分かるようだ」
「そうかにゃん」とアグニアが来て手を上げ
「初めまして、この辺の火の精霊魔力を司っているアグニアにゃん」
ウルドルがお辞儀して
「おう、ワイは地の精霊魔力を司るウルドルや」
巨大眷属は、二人を真似て鰐口の頭を下げる。
どうやら、礼儀を憶え始めているようだ。
ウルドルが声を張り
「さっそくで悪いが…お前はんは、わてら両方の影響を受けて生まれた眷属や、そこで…提案や。火の方に行くか! わての地の方に行くか、決めて欲しい。どちらも悪いようにしないんから」
巨大眷属は暫し、動きを止めて沈黙すると、ウルドルの方へ枝の触手の一つを伸ばす。
アグニアはそれを見て残念そうに
「ああ…やっぱり、木だから地の方へ行っちゃうにゃか…」
ウルドルはその枝の触手を握り握手して
「よろしゅう頼むわ…」
その後、巨大眷属は飛空挺の牽引ロープで飛空挺に掴まり、東のウルドルの神殿へ運ばれる事となった。
その移動最中、艦橋で
「いやいやにゃん。大変な仕事、お疲れにゃん」
アグニアがディオス達を労う。
「スムーズにいって良かったわ」とウルドルも安心していた。
ディオスは、飛空挺の下にいる巨大眷属をチラ見して
「この後、巨大なこの眷属はどうなるんですか?」
ウルドルは顎に手を当てながら
「そうやね…まあ…色々と魔法を教えて、暮らすに不便がなくなったら…レディアンの所でも預けるかねぇ…」
「レディアン? レディアンってあの…ヴォルドルの?」
「おお…そうじゃ」
「……どういう繋がりで?」
「まあ、なんじゃな…ヴォルドル家の始まりを作ったのは、ワイやからなぁ…」
ディオスはえ…と額を抱えた後、ウルドルに
「ウルドル様は、幾つでしょうか?」
「アグニアとタメや」とウルドルはアグニアを指さす。
「タメにゃん!」とアグニアは挙手する。
ディオスは「…………」と言葉を失う。
つまり、オルディナイト家以外に以外や千年の歴史がある貴族がいるという事だ。
自分のいた世界では考えれない程の歴史の重みを感じる。
固まって畏まるディオスに、アグニアがツンツンと突き
「そう畏まらにゃいでよ。同じ時を生きている仲間にゃんだから」
ディオスは頭を掻きながら
「このバルストランという国は、それ程までに精霊と関わり合いが深いのですか?」
「バルストランだけやのうて、アーリシア全体が、精霊と関わり合いが深いんよ」
ウルドルは笑み、アグニアの頭を強く撫でながら
「コイツなんて、色んな連中と関わって子供を成したから、そこからの繋がりが広いんよ」
「にゃんにゃん!」
アグニアは元気よく声を張る。
ディオスは眉間を押さえる。この火の精霊は節操がないのか?
「だからにゃん」とアグニアは右手の親指を立て自信ありの笑みで
「アタシは、沢山の人を夫にしてきたにゃん。まあ…みんな、種族の寿命で先に逝っちまったけどにゃん。全然、後悔にゃんかしてないにゃん。みんな、幸せに逝ったにゃん。だから、経験豊富なアタシと子供を作れば絶対に幸せになるにゃん、だから」
ディオスはアグニアにアイアンクローを噛まして
「黙れ、このクソロリババアが!」
「また、このパターンにゃんかーーーー」
アグニアはアイアンクローのディオスの手を振り解き噛みつく。
「いい加減、諦めるにゃん」
「誰がそうするか!」
アグニアの噛まれる口に中でディオスは拳を固める。
その場景に、他の一同はハァ…と溜息を漏らし
「はいはいダーリン。どうどう」
とクレティアが
「ちょっとは落ち着きなさいって」
とクリシュナが
ディオスの両側の腕を抱き引かせる。
ウルドルは、アグニアの顎を解かせディオスの手を解放させ
「アグニア、諦めい。コイツはそういう男だ」
アグニアとディオスは互いに見合い、火花を散らしながら
「絶対にお前の特別な血を貰うにゃん!」
「絶対にそんな事をさせないかならな!」
クリシュナは苦い顔をしてウルドルに
「ウルドル様、ご依頼は達成したという事で…」
「おお…。ありがとうな。ソフィア王の方へはワイから連絡するやさかい」
「はい、では…クレティア」
「うん」とクレティアは肯く。
ディオスの両腕を抱くクレティアとクリシュナは、ディオスを引っ張って行き艦橋から離れた。
その離れざま、ディオスはフンと鼻息を荒げた。
アグニアは「イーだにゃん」と歯を見せた。
ウルドルは項垂れたが、アグニアと二人になり
「おう、アグニア…アイツの血を調べたんやろう」
「うん、調べたにゃん」
「オルディナイト家のゼリティアが頼んだとおり、調べた結果をヴィクトリア魔法大学院に伝えるのか?」
「まあ…書面で送るにゃんけど…」
「それで、連中は引き下がるのか?」
「それは、無理にゃん。数少ない渦持ちにゃんよ。色々と調べたいだろうし、それに自分達に取り込みたいにゃんと思ってるにゃんかもよ」
「確か、千年前にヴィクトリア魔法大学院を作った初代学院長は…渦持ちだったはずやなぁ」
「そうにゃん。だからこそ、余計事…ご執心にゃん」
「ごねるだろうなぁ…」
「絶対ごねるにゃん…」
ウルドルとアグニアは同時に溜息を漏らした。
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