第19話 トルキア共和国 ラハマッド共和国
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あらすじです。
シャリカランのトップに頼まれ、ラハマッドの内乱を収める為に動くディオス。だが…その前に、大きな障害として、その土地を治める精霊が立ちはだかる。その時、ディオスは…
トルキア共和国 ラハマッド共和国
五日後、二日前にディオス達はカルラとラーナの導きによってラハマッド共和国に入り、政府軍と合流した。そして…荒野にて、ディオスは山の上から遠見の魔法で遠方を見つめる。
その隣にはクリシュナもいて「どう…?」と尋ねる。
「情報通り、二キロ先に、クーデター軍らしき影が見える」
「動いている?」
「いいや、位置は変わっていない。おそらく、止まっているだろう」
そこへ、クレティアとカルラにラーナの姿が現れ
「ダーリン、斥候が終わったよ。二キロ先にいるのは五千近いクーデター軍だよ」
「敵の装備は?」
と、ディオスが聞くとカルラが
「主に陸戦用の魔導操車と歩兵だけです」
「そうか…」とディオスの隣のラーナが走りクリシュナに抱き付き
「クリシュナ様。ただいま、戻りました」
クリシュナは呆れて眉間を押さえ
「いい、ラーナ…ここは戦場よ。分かっているの」
「はい、分かっております。わたくしがクリシュナ様を絶対に守ってみせますから」
「はぁ…」とクリシュナは溜息を漏らす。
ディオスはフッと笑むも「ラーナ…」と呼びかける。
ラーナは無視する。
そこへカルラが「ラーナ」とラーナの裾を引っ張る。
「何よ…」とラーナはふて腐れる。
「呼んでいるでありますよ」
「知らないわよ」
ラーナは反抗的だ。ディオスは困ったなぁ…と頭を掻いているとクリシュナが
「ラーナ」
「はい! クリシュナ様!」
「アナタが掴んだ情報を教えて」
「はいです!」
クリシュナの言う事だけは素直に聞くラーナ。
ラーナはクリシュナに抱き付いたまま座り、地面を指でなぞりながら
「敵の陣形は、中央に指揮を置いて四方等間隔に兵士を配備した。布石型です。恐らく、当分の間、動かないだろうと…」
ラーナは特殊スキルで姿を隠せる力があるので、敵の内部状態を調べて貰った。
ディオスはその情報を聞きながら顎を擦り
「となると…気象魔法を使っても対応されて撤退しないかもなぁ…」
「やーい、役立たず」とラーナは罵る。
「ラーナ!」とクリシュナはキツく言う。
ラーナはビックとしてクリシュナに深く抱き付く。
それを無視してディオスは
「まあ…試しにやってみるか…」
と、クーデター軍の方を向いて塔の様な魔法陣を展開させ
”アース・インパクト・ウェイブ”
魔法を発動させると、ディオス達のいる山の麓の地面が波打ち、魔法の地震によって発生した地面の波がクーデター軍を襲う。
それにクーデター軍は驚き右往左往しているそこへ次の魔法を唱える。
”タイフーン・クラウド・アビシャス”
クーデター軍の上空が渦巻き積乱雲が発生し、軽い台風となって暴雨風がクーデター軍を襲う。
地震と台風のコンボで大体は撤退するだろうが…突如として、ディオスが作った暴風雨の台風が小さくなって割れる。
「チィ」とディオスは舌打ちする。
そう、台風を消した現象はディオスによるものではない。
雲の割れ目の奥から空を飛ぶ白鯨が出現する。白鯨は、空を泳ぎながら台風を消してしまい晴天が広がる。
カルラは遠見の魔法で空泳ぐ白鯨を見て
「ああ…またしても、精霊のジャルバック様に邪魔されましたね」
「そうだな…」
ディオスは難しそうな顔をする。
このラハマッドの状況は、政府軍とクーデター軍の両軍が一進一退の状態だ。
数では政府軍の方が圧倒的で、軍の一部が反乱したクーデター軍はロマリアの支援を合わせても数も少なく、短期の間に政府軍に押されて倒される筈だったが…それをひっくり返す事が起こった。
このラハマッドを中心として隣国数カ所を遊動して水の恵みをもたらす精霊、白鯨のジャルバックがクーデター軍に味方してしまった。
このジャルバックのお陰で押されていたクーデター軍は盛り返し、政府軍と互角に渡り合っているのが現状だ。
白鯨ジャルバックがクーデター軍を助けた姿を見て「面倒クサいなぁ…」と、クレティアは両手を組んで頭に置く。
「ええ…そうね」とクリシュナも同意した。
ディオスはクレティアとクリシュナの腰にある新装備の紅い短槍を見つめ
「もしかしたら、それが必要になるかもしれないなぁ…」
と呟いた後「撤収する」として下がった。
その夜、ディオス達は政府軍のテントの中にいた。
そこはテーブルが中央に置かれ、その前に政府軍のこの部隊の司令と数名の部下達が並んでいた。
テーブルの左にディオスとクレティア、クリシュナにラーナとカルラの五人が並び話をする。
司令は頭を抱え
「そうですか…やはり、ジャルバック様が来て…」
ディオスはテーブルに置かれた地図を指さし
「主戦力から遠い部隊を撤退させようとしましたが…。結局、精霊が来て放った気象魔法を打ち消してしまう。気象環境を操作する力に関してはやはり、精霊の方が強いですから、どうしても…」
「困ったなぁ…せっかく、強力な魔導士が来てくれ、戦況が変わるかもしれないと思ったのに…」
辛い顔をする司令にディオスは
「これ以上、戦況が長引くと困るのでしょう」
「色んな意味で、限界が近いのです。クーデター軍はロマリアからの支援で大丈夫でしょうが。ウチは元来の政府の資産で動いていますから…」
「長引くとロマリアに付け入る隙を与えるか…」
とディオスは考える。
クレティアが挙手して
「ねぇ…その…精霊が操られている原因になっている。精霊の巫女様を救出するってのは?」
司令は難しい顔をして
「その…囚われている居場所が分からないので、救出するにも出来なくて…」
「身の安全は?」とディオスは尋ねる。
「多分、無事でしょう。巫女様とジャルバック様は特別な力で繋がっております。何あった場合は直ぐにジャルバック様に異変がありますし…」
ディオスは、顎に手を当て考えながら
「では、巫女を助ける事にしましょう」
「ええ…」と周囲がどよめいてクリシュナが
「アナタ、さっき…囚われている居場所が分からないって…」
「分からないなら、知ればいい。やりようは幾らでもある」
ディオスは確信して告げた。
こうして、ディオス達は、クーデター軍が押さえ指揮系統の中心にしている都市へ侵入する。
夜の帳に紛れて、クーデター軍の包囲網を超えて都市に侵入。
都市にいる味方の家に匿われ、そこの一室でディオスとクレティアにクリシュナ、カルラにラーナと五人は囲み
「どうやってやるの?」とクリシュナが聞く。
「作戦としてはこんな感じだ」とディオスは作戦を一同に告げる。
「え、マジ!」
と、クレティアは驚いて腕を組む。
カルラは訝しい顔をして
「成功するでありますかね」
ラーナは上を見ながら
「確かに、知っているとしたら…その位にいる人物なら…」
クリシュナが腰に携える紅い短槍を取り
「本当にこれで、そういう事が出来るの?」
「理論的には、可能だ」
ディオスは自信をもって答える。
クリシュナとクレティアは顔を見合わせて
「まあ…ダーリンがそう言うなら…」
クレティアは、剣のホルダーに挟まっている同じ紅い短槍を見つめる。
カルラは頭を掻きながら
「政府軍にも協力をお願いするでありますか?」
「ああ…まあ、見かけの陽動だがな…」
ディオスは頷く。
カルラはポンと手を合わせ
「分かったであります。その連絡は自分がするです。開始の時期は何時くらいで?」
「明日の夜だ。行動の開始は、味方の陽動が始まった時に…」
こうして作戦の打ち合わせが終わり、ディオス達は二手に分かれる。
都市に残るディオスとラーナの二人
また外へ戻るカルラとクリシュナにクレティアの三人。
次の日の早朝、別れ際にクリシュナがラーナに
「いい、ワザと失敗させるような真似はしないでね」
「え!」とラーナはビックとする。
「ラーナ…ちゃんと彼の言う事を聞くのよ!」
クリシュナは強くラーナを見る。
駄々っ子をしかる母親のような感じのクリシュナにラーナは項垂れ
「分かっています。クリシュナ様…」
フンとクリシュナは鼻息を荒くした後、ディオスに
「気をつけてね」
「それはこっちの台詞だ。そっちこそな」
ディオスは伝えると、クリシュナ達は作戦の為に都市を出て行った。
ディオスと二人だけになったラーナはプッィとソッポを向いて
「いい、クリシュナ様の命令だから付き従うだけで、そうじゃなかったらアンタなんて、置いてけぼりだからね」
ふ…とディオスは笑み「分かっている」と告げた。
その夜、ディオスとラーナは行動を開始していた。
クーデター軍の指揮系統がある大きな屋敷に侵入し、ヒッソリと草間に隠れていると、遠くの方で砲撃の轟音がした。
「始まったか…」とディオスは呟く。
ディオスのいる都市の周辺、政府軍が魔導操車の部隊を伴って、都市を囲っているクーデター軍を攻撃する。魔導操車の遠距離砲が連続して轟音を放ち、赤い軌跡がクーデター軍を襲う。
その側にクレティアとクリシュナがいて、「本当に大丈夫なんですか?」と部隊を指揮する人物が心配そうにする。
「大丈夫、大丈夫」とクレティアが微笑む。
そこへカルラが駆け付け
「来たでありますよ」
クレティアとクリシュナは互いに頷くと、互いが腰に携える二本の紅い短槍を取り
「こっちであります」とカルラが運転する魔導車に乗り込み出発する。
目的の場所は…見えて来た。砲撃する政府軍に迫る白鯨の精霊ジャルバックだ。
ジャルバックの移動線上に魔導車は止まり、クレティアとクリシュナは駆け出し精霊ジャルバックの左右を進む。
「行くよクリシュナ!」とクレティアが紅い短槍の一つを地面に刺し、「ええ…良いわよ」とクリシュナも同じく紅い短槍を地面に刺す。
白鯨の精霊ジャルバックの先に、紅い短槍の二つがあり、その後方にクリシュナとクレティアは最後の短槍を刺すと、短槍の柄下の部分がV字に開き、短槍と短槍の間を光線が結ぶ。
「結界魔法具ソルド、展開!」とクレティアが叫ぶ。
四つの短槍は四角の光線を結び、その中に白鯨の精霊ジャルバックが閉じ込められ、空に不可視の壁が広がる。
白鯨の精霊ジャルバックは、四角の不可視の結界の閉じ込められた。
この短槍は、ディオスの作った空間を歪めて防護結界とさせるエンチャン系の魔導石が埋め込まれた短槍であり、この四つの短槍が囲んだ場所は強力な空間の壁に囲まれ閉じ込める事が出来る。その強度…。
白鯨の精霊ジャルバックが結界の壁に突進するも、ジャルバックは跳ね返された。
それにクリシュナは
「成る程、確かに言う通りの強度はあるわね…」
ジャルバックは四方の壁に体当たりして弱い所を探すも、どこも彼処も跳ね返される強度だ。やがて、ジャルバックは動きを止めてその空中に静止する。
クレティアがクリシュナの元に来て
「後は、ダーリンが上手くやってくれる事を祈ろうか…」
「そうね…」
クーデター軍の屋敷に潜入しているディオスとラーナは行動を開始する。
ラーナがディオスの右手の一差し指を掴み
「アンタとは、これが限界」
「はいはい」とディオスは頷く。
「スキル」
”スニーキング・ステップ(身が隠れる動き)”
ラーナのスキルである完全に姿が隠れる力によってディオスとラーナの姿は透明の不可視状態となった。因みにこのスキルを使用すると、使用者が掴んだ者も透明になれるのだ。
ラーナによって透明になったディオスは、屋敷内を進む。
ドンと大扉が開かれ「どういう事だ!」と声を張る髭の男とその両脇に数名の男の部下達が続く。
そう、この男こそクーデター軍の総司令だ。
総司令の男は、部下達の説明を聞きながら司令室へ向かう。
その後を透明なディオス達が続く。
総司令の一団が司令室に入り、会議の円テーブルに着くと、司令室の扉が閉まる。
総司令がテーブルを叩き
「どうして、精霊ジャルバックは来ない!」
「はぁ…それが…全くの原因が…」
部下の一人が「司令、ジャルバックの姿を確認しました」と円テーブルの中心にある投影石の魔導石を動かす。円テーブルの上に、街の傍の荒野で止まっているジャルバックの姿が映る。
「原因はなんだ!」と司令が声を荒げる。
「ええ…その…」と部下が必死に通信を繋ぎ状況を確認しようとする隣に、ディオスがラーナから手を外して透明を解いて現れる。
「どうも…こんばんは…」
突如として現れたディオスに周囲がどよめくが、ディオスは笑み
「では、みなさん。ごきげんよ…」
”サウンド・ウェイブ”
衝撃波の魔法を発動させて、司令室を衝撃波に包む。円テーブルに座っていた部下達は飛ばされ気を失い、総司令も同じだった。
その場で意識のあるのはディオスと、スキルを解いたラーナの二人だけだった。
ラーナは小声で「まあ…魔法は凄いかもね…」と呟くが、ディオスの耳には届いておらず。
「何か、言ったか?」
「別に…」
ラーナは腕を組む。
ディオスは肩を竦めて倒れる総司令の元に来て、総司令の背中に呪印を描いた次に、総司令を抱えてイスに座らせ
「おい、起きろ」
と、総司令の顔を叩く。
「う…」と総司令が気が付きディオスを見て「キサマ! 何者だぁぁ」
「何者って政府側に味方する者だ」
「な、何が目的だ…」
「目的? そんなの決まっている。こっちの指令系統の麻痺が目的さ その間にここを政府側が押さえて終わり。完璧だろう」
「く…こっちには、精霊ジャルバックがいるぞ」
「そのジャルバック様なんだけど…こっちの支配下にあるのさ」
「な、なんだと!」
「だって、動かないだろう」
総司令は中央に映るジャルバックとディオスの顔を交互に見ながら
「キサマが何かしたのか…」
「ああ…どうやったんだろうね…」
得意げな顔のディオスに総司令は「クソ!」と腰に携える魔導銃を抜いてディオスに発砲、魔導弾はディオスの纏う力場を曲げる魔法レド・ゾルによって逸れる。
総司令は発砲しながら、素早く移動して司令室から出て行った。
その様子をラーナは静かに見守り、総司令が出て行った後
「これで、本当にアンタの言う通りになるの?」
「さあ…ならなかったら、その時さ」
ディオスは気楽に答えた。
総司令は走りながら
「何故だ。どうして…精霊の巫女は我々が押さえているのに…。まさか…巫女が何か!」
と総司令は、魔導車に乗り込んで轟音が響く都市を走り、とある場所に向かう。
その後ろを、ディオスがベクトの瞬間移動魔法で追跡する。
ディオスの右手にある呪印が総司令の正確な位置を示す。
そう…総司令の背中にはディオスに位置を知らせる呪印があるのだ。
総司令の運転する魔導車は、都市の傍にある山の麓に来る。
そこには巨大なシャッターが斜面に備わり、明らかに地下施設の入口であると示している。
そのシャッター前に総司令は魔導車を止め、シャッターの右にある認証ボタンを操作して、シャッターを開けると、その中に入り、シャッターが閉まった所でディオスが来る。
「ふふ…ここか…」
と、ディオスは怪しく笑み高震動のエンテマイトの空間膜を纏い、右手を手刀にしてシャッターに触れると、金属鋸の如くシャッターが削れて、大穴を開ける。
「お邪魔します…」とディオスは内部に入り進む。
総司令はエレベータを降りて地下の通路を進み。兵士が両側を押さえる鋼鉄の扉の前に来る。
兵士は敬礼して
「総司令。どのようなご用件でしょうか?」
「いいから、通せ!」と総司令は兵士を退かして鋼鉄の扉を開いて中に入る。
そこには、両手足を金属の拘束具で押さえられた獣人で白髪、中東の巫女装束の少女が座っていた。
「巫女よ!」と総司令が声を荒げる。
「なんでしょう…」と巫女は鋭く総司令を見つめる。
「キサマ…何かしたなぁ…」
「はぁ? 何をですか?」と巫女は訝しい顔をする。
「とぼけるな! ジャルバックが我らの言う事を聞かないのだ! お前が何かしらの方法で、敵である政府軍に味方するようにしむけているのは分かっているんだぞ」
ふぅ…と巫女は呆れて
「そんな事、出来るはずがありません。こんな地下に閉じ込められて、精霊様と会話さえ出来ないのですから」
「ウソをつくなーーー」
と、総司令が声を張った瞬間、総司令が入ってきた鋼鉄の扉が飛び跳ねた。
「どうも…こんばんは…」
ディオスと、扉を押さえていた兵士達が伸びている姿が現れる。
「き、キサマ…どうして…?」
と、戸惑う総司令にディオスは
「背中を見てみろ」
総司令は言われるまま見ると、ここまで案内した呪印がある事に気付いた。
「まさか…お前」
と、続きを言う前にディオスは瞬間移動のベクトで距離を詰め
「ここまでの案内、ご苦労様…」
総司令の腹部に触れると、エンテマイトの高震動に吹き飛ばされ壁に衝突した。
「さて…」とディオスは拘束されている巫女に近付き、巫女の拘束具の鋼鉄の枷をエンテマイトで破壊して解放する。
「貴方は…」と巫女はディオスを見つめると、ディオスはお辞儀して
「貴方様を助けに参った。政府軍の者です」
「そうですか…ありがとうございます」と巫女は微笑む。
「立てますか?」とディオスは尋ねると、巫女は立ち上がり
「はい、大丈夫です」
「では…こちらです」
ディオスが先頭を行くと「ふふふ…」と総司令が不気味に笑み
「やってくれるわ…もういい。お終いだ…」
総司令が上着の懐から何かのスイッチを取り出し押した。
「何をした…」とディオスは睨むと、総司令は
「あはははははは、これで、ラハマッドは終わりだ! 精霊ジャルバックに施した怨嗟の呪印を発動させた。これによって国中に眠っている苦しんだ者の怨嗟を精霊ジャルバックは受け取り暴走する! 何もかも…消えてしまえーーー」
ディオスは巫女を抱えた次に、天井に向けて
”グランギル・カディンギル”
強力な光線魔法を放ち、地上までの最短通路を開けると、飛翔した。
ディオスは、巫女と共に地上に出た次に結界魔法具ソルドに捕まる精霊の白鯨ジャルバックを見つめる。
精霊ジャルバックは、白鯨の巨体全身から紅い呪印のような紋様を浮かばせている。
精霊ジャルバックを押さえて下にいるクリティアとクリシュナ、カルラは動かない精霊ジャルバックを見上げていると、突如、ジャルバックの全身から紅い紋様が浮かび上がり
「な、何アレ!」とクレティアが指さす。
クリシュナは眉を寄せ「え、呪印?」
ジャルバックは身を丸めた次に
ゴオオオオオオオオオオオ
雄叫び膨大な量の精霊の力を放出する。
「えええええ!」
カルラは驚愕するそこへ、ディオスが巫女を連れてベクトの瞬間移動で駆け付けた。
巫女がジャルバックを驚愕で見上げ
「あああ…精霊様。そんな…」
そこへ、クレティアとクリシュナが
「ダーリン」
「アナタ」
と駆け付けると、ディオスは巫女へ
「巫女様…何が起こっているのですか?」
巫女は顔を伏せて跪き
「精霊様が、怒っています。信じられない程に激怒して狂い。この地を全て洪水で押し流すつもりです」
ディオスはジャルバックを見上げその上にある夜空を見つめる。
巨大な雲の渦が発生し、その渦が秒毎に大きくなっていく。
マズイ、この規模の天変地異は、この国を滅ぼしてしまう。
「巫女様」とディオスは「どうにかしてジャルバック様を説得出来ないでしょうか?」
巫女は首を振り
「無理です。私の声さえ届きません」
ディオスは跪き、膝を付く巫女と同じ視線で
「原因は、恐らく、あの呪印のせいでしょう。何とかジャルバック様の精神に介入して防げば、光明はある筈です」
巫女は顔を覆っている手を離し
「一人だけなら、精霊様の中へ送る事が出来ます」
「ならば…」
ディオスはクレティアとクリシュナに視線を向ける。
クレティアとクリシュナは肯き
「ここは任せてダーリン」
「気をつけてねアナタ」
「行ってくる」
と、ディオスは肯き「巫女様…」
巫女は肯きディオスの両手を持つと
「精霊様をお願いします」
ディオスは光りとなって、精霊ジャルバックの中へ消えた。
ディオスは、精霊ジャルバックの中を進む。様々な場景が過ぎては近づき、過ぎては近づきを繰り返して、その奥底へ到着した。紅い巨大な渦が激しく蠢いている。
その渦には人の苦痛たる顔が何度も去来する。
これが、総司令が言っていた。人の怨嗟か!
ディオスは右手を向けて魔法を唱える。
”セブンズ・グランギル・カディンギル”
強力な七つの光りの奔流魔法で消滅させようとした。
ディオスの右手から膨大な量の光りが溢れ怨嗟の渦を呑み込もうとしたが、その前に小さな白鯨が現れ光りの奔流を掻き消した。
ディオスはその子白鯨を見つめ
「ジャルバック様ですか?」
子白鯨、ジャルバックの意識の化身はディオスに近付き
”人の子よ。何故、こんなにしても争うのだ?”
ディオスはふ…と溜息を漏らし
「確かに争ってばかりに見えるでしょう。ですが…人には争い以外にも多くの事があります。争いが人の本性ではありません。人の欲がもたらす一つの行動なのです」
”その欲が自らを滅ぼすとしても、なぜ…求める?”
「…欲にも色々な種類があります。愛憎、悲哀、妄執、情熱、悲嘆、探せば切りがない。欲と思っていたのが…以外や思い込みなんて事もあります。ジャルバック様…なぜ、問われるのです」
”人が分からなくなったからだ”
「人が分からない。確かに、自分だって分かりませんよ。いいや…きっと永遠に分からないでしょう。ですが、それが良いんです。人は色々な人がいる。だから、色んな考えや思いがあって複雑なのです。ジャルバック様、アナタは自分に問うのは、人が嫌いではないから問うのでしょう」
”私は人に絶望したくない”
「ならば、一番みじかな人を信じる事にしましょう。自分の手に届かない遠くの者を思うより、まずは身近な者を思いましょう。それで、以外や…世界は良くなるかもしれません」
”………汝の言いたい事は分かった。だが…私は、この気持ちを忘れたくない”
この気持ちとは、集まった怨嗟達の事だろう。
「ならば…今は…しまっておきましょう。時が…身近な者の営みがそれを少しずつ溶かす事でしょう」
ディオスは、あの魔法…ケットウィンが提供してくれた魔法を唱える。この怨嗟の渦を暴れさせない為に。
「封印循環魔法!」
”クライン・ポッド”
ディオスの発動させた魔法は、怨嗟の渦を呑み込む空間の壺を形成して、怨嗟の渦を包み込み呑み込んだ。怨嗟のエネルギーはクライン・ポッドの中で循環して少しずつ消えていく事だろう。
ディオスは、精霊の白鯨ジャルバックから飛び出て皆の元に着地する。
「ダーリン!」とクレティアが呼びかける。
ディオスは、ジャルバックの方を見上げると、ジャルバックの全身から呪印が消え元の姿となってゆっくり悠然と浮かんでいる。
クリシュナがディオスの手を握り
「成功したのね」
「ああ…」
と、ディオスは頷いた。
その後、巫女が戻って来たジャルバックは、クーデター軍に協力する事がなくなり、ラハマッドの内乱は、速やかに政府軍によって終息した。
トルキアに戻って来たディオス達は、マハルヴァの屋敷にて、細やかな労いの宴会が催された。マハルヴァの他に二人の側室が、クレティアとクリシュナの相手をして、ディオスはグランド・マスター、アルヴァルドの右に座り杯を交わしていた。
クレティアやクリシュナ達は華やかな雰囲気なのに、ディオスとアルヴァルドの二人だけは空気が重い。
アルヴァルドが酒を飲み干し、ディオスに杯を向ける。
「ど…どうぞ…お義父様」
と、言ってディオスが注ぐとアルヴァルドは鋭く睨む。
うう…怖ぇ…と、ディオスは怯えていると、アルヴァルドが酒瓶を持ちディオスに黙って向ける。
「あ…はい、ありがとうございます」
と、ディオスは両手に杯を持って頂く。
二人して飲むと、アルヴァルドが
「任務、御苦労だったな」
「はい、ありがとうございます」
「お前の実力は良く分かった。今後ともこういう事には頼むかもしれん」
「はい、その時は、喜んで…」
お互いに杯を注ぎ合い飲みながら、不意にアルヴァルドが
「まあ…この位の力があるなら…クリシュナを…」
と、小さく呟く。
「なんでしょうか、お義父様…」
ディオスが聞くと、アルヴァルドは睨み
「何でも無い」
と、鋭く告げた。
ディオスが、んん…と咳払いして
「あの…クリシュナの母親の事ですが…」
「ああ? シャルマの事か…」
「どのような関係で…」
「……組織に入る前からのつき合いで、子供の頃から共に育った仲だ。そうだな…グランド・マスターという地位にいなければ、たった一人の妻だったろう。グランド・マスターになってしまって、こうではあるがな…」
アルヴァルドは、亡くなったシャルマを合わせて妻を四人持っている。
そういう地位にいるのだから…まあ、仕方ない事かもしれない。
「だからと言って…妻達に対して愛がないという事ではない。シャルマは長い付き合いだったという事だ」
「はぁ…」
ディオスは色々な複雑な事情を察する。
アルヴァルドは、ディオスを見つめ
「クリシュナはお前の所に置いてやる。分かっているな…もし…」
その先の言葉の意味を理解してディオスは
「分かっています。クリシュナは必ず守っていきます」
「よく言った。出来なかったら、お前の首を刎ねてやるからな」
「はい、分かっております。お義父様」
「ワシを父親呼ばわりするには百年早い」
こうして、宴会の夜は更けていった。
トルキアからバルストランへ帰国する当日
「嫌だぁぁぁぁ」
ラーナがクリシュナに抱き付いて離れない。それをカルラが
「離れるでありますーーーー」
引き離そうとしている。
その場景を見てディオスは「ああ…」と呟く。
やっぱりこうなったか…。
クリシュナを帰したくないラーナはムチャクチャな事を言う。
「クリシュナ様はここにいる方が幸せなんです。ここに居る方がいいんです。って言うか、ここに居てくれないとラーナ。泣いちゃいますーーー」
そんなラーナの手をクリシュナは解き
「聞いてラーナ。私の帰る所はここではないの」
「そんな事はありません。ここです」
「ラーナ、本当に聞き分けて頂戴、私は帰るの、あのバルストランのあの屋敷へ」
「そんなに私の事が嫌いなのですか?」
「嫌いではないわ…。ただ…そう…私は帰る場所を手に入れたの。本当に帰るべき所を見つけたの、ね…。ラーナも何時か分かるから…」
プーと膨れるラーナに、クリシュナは額にキスをして
「ねぇ、ラーナ…良い子だから」
ラーナはクリシュナに抱き付き胸の部分に顔を埋め
「偶に、そっちに遊びに行って良いですか?」
「ラーナ!」とカルラはダメだと声を張る。
クリシュナはラーナの頭を撫で
「ええ…何時でも遊びに来てね」
ラーナはクリシュナから離れると、ディオスの元に来て、ディオスの首を腕で掴み回し耳打ちする。
「テメェ…クリシュナ様、泣かせたら覚悟しろよ。首をチョンパしてやるからな…」
「分かっている」
と、ディオスは不気味な事を言われて頷いた。
こうして、ディオスにクレティアとクリシュナの三人は帰国の飛空挺に乗ってバルストランの帰路を進む。飛空挺の下部展望室でソファーに座りながらディオスが
「色々とあったなぁ…」
右のソファーに座るクレティアはクスクスと笑い
「あのラーナって子、面白かったなぁ」
ディオスはフッと笑み
「確かに…」
クレティアは額を押さえ
「本当、あんな子に育つなんて思いもしなかったわ」
クレティアはクリシュナに笑みを向け
「クリシュナは、面倒見が良いからねぇ…」
クリシュナは遠くを見つめ
「もしラーナが遊びに来たら、数日は居座るかも…」
ディオスは肩を竦めて
「いいじゃないか…面白かったし」
「私は困りものよ」とクリシュナは呆れる。
そこへ、展望台のバーのボーイがワインとグラスを三つ持って来る。
「お持ちしました」
「ああ…ありがとう」
ディオスは受け取って、グラスをクレティアとクリシュナに渡して
「じゃあ…無事に済んだという事で…」
二人のグラスにワインを注いで、最後に自分のグラスにも注いで
三人して『乾杯』とグラスを交わして、一息を始めた。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
次章もあります。よろしくお願いします。
ありがとうございました。