第14話 レオルトス王国 収容所編
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ゆっくりと楽しんでいってください。
あらすじです。
王立軍を勝利させる為に、各地から集められた貴族達の人質を解放する為に空の牢獄へ来るディオス達、その手腕は?
レオルトス王国、内戦、収容所
昼半ば、ディオス達はヴァルドによって王のいる本陣に案内された。
「こっちだ」とヴァルドは、本陣内を進みディオス達を王がいるテントへ連れてくる。
テント内にはいるヴァルドは跪き
「陛下…ただいま、戻りました」
レオルトス王国の王が臣下共にヴァルドを迎える。
その年齢は十代後半の少年で、穏やかで争いを好まないのような優しい感じをしているも、鎧を纏っているので厳しい感じも共存している。
「よく無事に戻ってきたヴァルド。本当に良かった」
王はヴァルドを労う。
「は、勿体なきお言葉です」
ヴァルドは畏まるとその隣にクレティアが跪き
「陛下、大変申し訳なく、遅れながら…クレティアーノ。ここに帰還致しました」
王はクレティアに跪きクレティアの手を取り
「剣聖クレティア―ノ。よくぞ、無事で戻った。お主が行方不明と聞いた時は、気持ちが落ち着かなかった。我の剣の師でもあるお主がいなくて寂しかったぞ」
「ありがたき言葉」とクレティアは傅く。
王は、クレティアの後ろにいるディオスとクリシュナを目にして
「そちらが…連絡にあった」
ディオスとクリシュナは跪き
「不肖ながら、クレティアの夫を務めさせて頂いておりますディオス・グレンテルです」
「クレティアと同じくその妻、クリシュナです」
王はフゥ…とため息を漏らし
「私は若輩ながら王となったフィリティ・オルンド・レオルトスである。色々と驚きばかりだ。説明をしてくれないか…」
ディオス達はテントの奥へ導かれ、フィリティ少年王に事の顛末を説明する。
「成る程…」
フィリティはディオスから受け取ったソフィア、バルストラン王の親書を開けてその内容を読む。
「ん…ほう…」
親書を読み終えるとフィリティはディオスに
「遠い所からの援軍、ありがたい。だが、一つ…気になる事がある。この親書にはディオス殿が、飛び抜けた魔導士であるという事が書かれているが…」
ヴァルドが王へ
「陛下…ディオス殿は、本当に凄まじい方です。人知を超えた魔導の使い手。私はディオス殿が一騎当千などいう言葉が生ぬるいと思える程の光景を目にしました。ディオス殿は、お一人ですが。最高の援軍である自負しております」
「んん…」とフィリティはイマイチ信じられない顔だ。
フィリティはディオスを見つめる。
確かに顔つきや雰囲気は強いモノを感じるが…それ程とは思えない。
剣聖クレティアーノを妻にしているという事はそれなりに実力者であると思っているが…。
親書の内容の信憑性を疑っていると、兵士が駆け込み。
「お取り込み中、失礼します。陛下! 大軍がこちらにむかっております」
フィリティは部下と伴って、本陣の側にある高い丘へ登る。フィリティは遠見の魔法を使い、数キロ先を見る。
「なんと…」
フィリティは噛み締める。
部下が横から来た兵の報告を聞き
「陛下、恐らく今、向かって来る軍は諸侯達の兵達による連合だと思われます」
フィリティは苦い顔をして
「ああ…ここからでも、その各地の領地の旗印が見える」
ディオスが近付き
「何か、問題でも?」
フィリティがディオスに苦悶を向け
「宰相の軍には二種類の部隊がある。宰相直属の部隊と、各地区を治める諸侯の兵達の連合部隊と…」
「ディオス殿」とヴァルドが来て
「各地区の諸侯達は、宰相によって妻や子、母といった家族を人質にとられて無理矢理に従わされている。その事情を知っているが故に、我ら王立側は、諸侯の連合部隊との戦闘は避けていたが…」
フィリティが遠見で連合部隊を見ながら
「昨日、宰相の部隊一万が全滅したので、宰相がこちらに諸侯の連合部隊を向けたと、情報が入った」
ディオスはビクッとする。ああ…あの粉微塵にした昨日の…。
ディオスの後ろでクレティアとクリシュナがディオスの背に視線を向ける。
昨日、壊滅させた一万の影響でこうなったのを察する。
ディオスは腕組みして前に出て
「陛下は、どうされたいのですか?」
フィリティは戸惑いながらも
「成るべく、彼らとの戦いは避けたい。どうにかして撤退をさせたい」
近くにいる部下が
「現在、向かっている諸侯連合軍は七万、全勢力だと思われます。それを止めるのは…」
フィリティを含む部下達全員に絶望の色が濃くなるも、ヴァルドはディオスに
「ディオス殿…出来ますか?」
ディオスは顎に手を当て
「そうですね…地震を起こして足場を軽く液状化させて足止め、ちょっとした竜巻と雷雨の雹混じりをお見舞いして引かせるというプランは、どうでしょう?」
フィリティは混乱する「な、何を言っているのですか?」
「お願いします。ディオス殿」
と、ヴァルドは頼んだ。
「任されました」とディオスは笑むと右手を挙げる。
ディオスの周囲に幾つもの魔法陣が浮かび上がり、頭上に多段式に魔法陣が組み合わさって塔のようになる。
”アース・ディレクション・インパクト”
ディオスが魔法を唱えた次に、周囲にある魔法陣が輝き魔法を発動させる。
まずは地震が発生する。
「えええ…」と困惑するフィリティ。
自分達がいる丘の先にある平原が波打ち泥濘地化して、その泥濘地が低い波のように平地を進み泥濘地を拡大。
その泥濘地に迫る七万の連合軍の足を絡め、進行を止めた。
なんだ! これは! 泥! そんなバカな! 七万の連合軍は混乱する。突如襲ってきた泥の海によって完全に動けなくなり、指揮系統は事態の把握をと必死だ。
次にディオスは別の魔法を唱える。
”タイフーン・クラウド・アビシャス”
ディオス達の上空にある空に積乱雲が発生し、その雲が七万の連合軍の頭上まで伸びると、一気に七万の軍の頭上へ豪雨と強風、雹と天地をひっくり返したかのように襲来する。そして、その積乱雲から竜巻が幾筋も下りて七万の軍勢の前を暴れる。
七万の軍勢は、突如として起こった天災、ディオスが起こした災害にどうしていいか対処出来ず、撤退だーーーーーと指揮系統は撤退を発令させ、七万の軍勢は、天災のその場から逃れようと必死に足掻き撤退する。
事態を終えたディオスは
「まあ…五六くらいかな…」
と、採点をする。
その隣でフィリティが呆然としてディオスに
「アナタは、何なのですか?」
ディオスは平然と
「まあ、こういう事が得意な魔導士ですが」
ヴァルドがフィリティに
「陛下、どうですか。ディオス殿の実力は?」
「ヴァルド…私は夢を見ているのか?」
「残念ながら、これは現実でございます」
フィリティはまだ、信じられず自分で自分の頬を摘まむ。
「う…確かに痛い。現実のようだ。ディオス殿…そなたの力、本物のようだ。疑って悪かった」
「いえいえ…」
ディオスは謙遜して頭を下げ手を振る。
その夜、フィリティ王のテントで軍議が行われる。
フィリティを上座に大テーブルにレオルトス王国の地図が広げられる。
部下の一人が、指さしながら
「現在、七万の大軍が撤退してくれたお陰で、我らの押さえる範囲は守れましたが…」
フィリティは地図を見つめ
「現状は変わっていない」
んん…と全体から唸る声が漏れる。
その場にいるディオスが挙手して
「フィリティ陛下、現状は危ういのでしょう。ならば、私が単騎で宰相軍の本拠地に出向いて潰すというのは…」
フィリティは困った顔をして
「ディオス殿の実力は重々承知しています。ですが、宰相軍の本拠地、裏切った宰相のデオルトがいる王都を陥落させてもデオルトには支援者がいます。それを何とかしない事には、デオルトを倒しても意味はありません」
ディオスは顔を鋭くさせ
「支援者とは?」
フィリティは厳しい顔で
「何者かは分かりません。ですが、デオルトに手を貸しているのは間違いない。諸侯の貴族達を従える為に、貴族の妻や子、母達を攫い人質にして。デオルトの宰相軍に膨大な資金や兵站、魔導操車や魔導騎士の装備を提供しています」
「強力な後ろ盾か…」とディオスは顎に手を当て考える。
誰だ。それ程までに膨大な支援を行える存在? 組織か? いや…何処かの国か?
フィリティは小声で
「せめて…人質となっている諸侯貴族達の母子や母君達を解放出来れば、諸侯の貴族達がこちらに加わって国内の形勢が逆転するのに」
ディオスは指を鳴らし
「それだ。陛下…人質の解放だ」
部下の一人が
「ディオス殿、そう簡単に事は行かないのです」
「どうしてですか?」とディオスは疑問をぶつけると。
「人質が捕まっている場所は、空にあります」とフィリティが告げた。
「はぁ?」
フィリティが重苦しく
「デオルトに協力している支援者は、捕まえた人質を空の監獄に閉じ込めて管理しているのです」
次の日の朝、ディオスはクレティアとクリシュナを連れて飛空艇に乗りとある場所へ向かう。そこは雲まで届く高い山頂がある巨山だった。
飛空艇の艦橋でディオスは、クレティアとクリシュナを左右に従え正面を見据えていると、巨山が見え、その頂上から数百メータ上に大きな島が浮かんでいる。
ディオスは空に浮かぶ島を睨み
「あれが、人質を収容している監獄…」
その近くにヴァルドが来て
「ええ…島の名前は空獄ウィンダロというそうです。あれも支援者が用意したモノで、管理は宰相軍の者達が行っているようです」
飛空艇が数キロ先、空獄ウィンダロが見えるであろうギリギリで止まる。
「これから先は…今、お見せします」
とヴァルドが答え、部下に命令させると飛空艇から一機の小型無人飛空艇が飛び立ち、空獄ウィンダロに向かう。
ゆっくりと無人の小型飛空艇が進み、ディオス達のいる飛空艇から百メータ近く離れた瞬間、空獄ウィンダロの下と上にある塔のような建物から光線が飛ぶ。
その光線が正確に離れた無人小型飛空艇を破壊した。
「ほう…」とディオスは唸り「遠距離砲撃による防御機構ですか…」
「はい」とヴァルドは頷く。
クレティアがジーと空獄ウィンダロを見つめ
「あれって人がいるって事は、食料や物資を供給している筈だよね。その供給運搬している筈の飛空艇に乗り込んで侵入すればいいんじゃない」
ヴァルドは腕を組み難色な顔で
「その経路を我々も探っているが…全く見つからない」
「マジで…」とクレティアは苦い顔をする。
クリシュナが両手を合わせ、最大望遠の遠見の魔法で
「島を見ると、恐らく…水は豊富にあるわね。広い水面が見えるし、一見すると空に浮かんでいる自然が豊富な島にしか見えないけど…」
ディオスは、空獄ウィンダロを凝視して
「気象を扱った魔法を行使して、大地に落とすか?」
「止めといた方がいいわよ」
クリシュナが止め
「島の強度自体、そんなにないように見えるわ。底部は土の塊に見えるし、おそらく、風の魔導石の力で何処かの島を海から引っこ抜いて、そのまま浮かべている感じよ」
ディオスは厳しい顔をして
「そうか…そんな強度では台風魔法に晒された場合に、直ぐに崩壊するかもしれん」
クリシュナは遠見の魔法をやめ
「ねぇ…。さっき、囮を攻撃した光線って、どのくらいの大きさまで感知するの?」
ヴァルドは顎に手を当てながら
「試した限りでは、三メータ前後まで反応した筈、それ以上小さいのは感知しなかったが…その小さいのが、近くまで来た時に光線が飛んで破壊された。恐らく、島を管理している宰相軍の兵士か誰かが気付き、発射させたのだと思う」
クリシュナは暫し考えた後…ディオスの袖を引っ張り
「ねぇねぇ…アナタは確か、高速で移動する魔法を使えたわよね」
ディオスは眉間を上げ
「ああ…直線的しか行かないベクトという瞬間移動の魔法だがな」
クリシュナが提案する。
「じゃあ、こんな作戦はどう? 三メータ前後の何かに私達が隠れて、近くまで近付いたら、アナタのその魔法で一気に上陸、身を隠して島の様子を見ながら人質解放作戦を練る」
「成る程…確かに悪くはない作戦だ。俺についていくメンバーは?」
「私とクレティアの二人。潜むモノの大きさを考えてもそれくらいが妥当だと思うわ」
確かにそうだ。
クレティアは高速のスキルを持っているので島に入った場合、斥候させるに十分だ。
だが、クレティアと二人では戦力が心許ない。
故にクリシュナがくれば十分な戦力となる。
「よし、決行しよう」とディオスは頷く。
クレティアが頭に手を置き
「じゃあ、成るべく近付きたいから、雲が多い時を狙おうよ。雲に紛れて接近するってな感じで」
「ああ…」とディオスはそれにも頷く。
ヴァルドが部下に
「周囲の天気の状況は?」
部下が天候レーダーを見て
「数十分後に大きな雲が通りかかります。コースから見て空獄ウィンダロに向かうと筈です」
「ディオス殿、クレティア、クリシュナ殿」とヴァルドが呼びかける。
「直ぐに準備に入ろう」とディオスはクレティアとクリシュナを連れる。
ディオスとクリシュナにクレティアは三メータ程の風の魔導石が填められたコンテナに入る。
ギリギリ三人分のスペースしかないので、俯せになり、中心にディオスと左右にクリシュナとクレティアが抱き付いて収まる。
「では、流します。頼みましたぞ」
ヴァルドが蓋を閉める。
飛空挺に雲海が被さる。それと同時にディオス達三人が収まる浮かぶコンテナが放たれる。
風の魔導石の力で浮かび、雲海に紛れながらゆっくりと空獄ウィンダロに向かう。
コンテナの正面には外の風景が見えるようにガラス張りの状態だ。
雲の向こうにうっすらと空獄ウィンダロを見ながらコンテナが近付く。
コンテナ内でディオスはクレティアとクリシュナに挟まれているので、二人の匂いが直にくる。なんというか、こんな時なのに男のアレな部分が反応してしまう。もう、仕方ないないのだ。
両腕には鎧越しだが、二人の巨乳が当たっている。
何というか、その反発具合が、これが胸の弾力か!と噛み締められる程だ。
もぞもぞと動けない。いや、動いたらバレる。
目的の場所に近付く事への焦りではない。こんな状況にもかかわらず、そうなってしまう自分に焦り、気付かれないように平静を装うに必死だ。
「やれやれ…」
自分に呆れると、クリシュナが
「どうしたの?」
「何でも無い」
と、顔を崩さないようにディオスは返した。
そんな状態が数十分続いた後、雲に紛れての接近が上手くいき、ウィンダロの百メータ近くまで来た。
「開けるよダーリン」
と、クレティアとクリシュナがコンテナの上蓋を開く。三人はコンテナの上に顔を出すと、雲に覆われた周囲の隙間から、ウィンダロの岸辺が見える。
その岸辺では、宰相軍の兵士達が周囲に気を配って歩いている。
ディオスはクレティアとクリシュナの腰に手を回して抱え
「コンテナを囮にする」
『了解』とクレティアとクリシュナは頷いた。
”ウィンド”
ディオスは飛翔の魔法を唱え
クレティアとクリシュナを抱えて静かに浮かび上がる。
そして、コンテナを蹴って雲の外に出す。
岸辺にいる兵士達が、おい、アレを。なんだアレは! 塔に報告しろ!と騒ぐ。そして、ウィンダロの中心にある高い塔から砲撃の光線が放たれ、コンテナが爆発。
その騒ぎに紛れてディオスはベクトを使い瞬間移動して、ウィンダロに上陸した。
すぐさま、三人は森の中へ潜み周囲を伺うと、監視をする兵士達は、落ちていくコンテナの残骸を見つめ動かない。
ディオスとクレティアにクリシュナは互いに肯き、森伝いにウィンダロの奥へ進む。森を進み、ウィンダロのほぼ中央にある湖に到着する。
その湖の中程にあの砲撃光線を放つ高い塔が伸び、湖岸に向かって一本の橋が延びている。
湖岸にある橋の側に四階建ての大きな建物がある。
規則正しく窓が並ぶ学校のような建物を遠見の魔法で見つめる。
「ほう…」とディオスは呟く。
遠見で見えたのは、窓辺に鎧を纏っていない女性と子供達の姿だ。
「あそこが人質を収容している施設なんだろうね」
クレティアが的確に告げる。
クリシュナは遠見の魔法を止め
「これからどうするの?」
ディオスとクレティアも遠見の魔法を止めて
「そうだな…まずは、周囲の確認からだ」
「斥候はアタシがやるよ」
「じゃあ、それに俺もついていく、クリシュナは?」
「この島の状況確認をするから周囲を回るわ。合流場所は…」
クリシュナが収容施設の裏側にある山を指さし
「あの山の頂上でどう?」
「分かった」
「了解!」
「じゃあ、後で…」
クリシュナは離れ、ディオスとクレティアのペアーも行動を開始する。
ディオスはクレティアと共に人質がいる収容施設へ森に隠れながら行き、収容施設の近くに来る。
収容施設の窓を覗くと確かに、女性と子供しか姿がない。
兵士達は収容施設の周囲を警戒するだけで、中には入らないようだ。
ディオスとクレティアの二人は、更に森に隠れて進み、塔のある橋の前に来ると
「野郎!」とクレティアが怒りを憶える光景があった。
橋の近くで、中年小太りの男が鞭を手に振るっている。
「やめてくださいーーー」
兵士が人質であろう叫ぶ女性を押さえている。
「この! この!」と中年小太りの男が鞭で叩くのは子供だった。
子供は両手に鎖の手枷を填められて吊され、背中を鞭で叩かれている。
「このクソガキが! 逃げようとして、飛空挺を奪おうとしおって!」
容赦なく中年小太りの男が男の子を鞭で叩き
「やめてください! 願いします!」
女性は恐らく男の子の母親だろう。泣いて必死に許しを請うていた。
その側に怯えて固まる少女もいる。中年小太りの男は、その少女を引き摺り寄せ、自分が持っていた鞭を少女に渡して
「叩くんだ!」
少女は首を横に振る。
「この!」中年小太りの男は少女を叩く。
「キサマも、ガキと結託して飛空挺を盗もうとした愚か者だ。本来ならあのガキと同じようにしてやれるんだぞ!」
少女は震えながらどうしようと混乱していると、中年小太りの男がまた少女を叩く。
それでも少女は鞭を振るわない。このまま叩かれ続けるのかと思いきや
「いいよ…」と微かな声で吊される男の子が呟き、横から少女に微笑みを向けた。
「さあ! 叩け!」
中年小太りの男は少女を蹴り前に出す。少女は、ポロポロと涙を零しながら、少年を鞭で叩く。
「一回で止めるな! もっと叩け!」
中年小太りの男は怒声を張り、少女に鞭を振るわせた。
あまりの光景にクレティアの血管が切れて、両脇にある剣に手を置き突撃しようとするが…
「待て…」とディオスが止める。
「ダーリン…」
クレティアの声には明らかな怒りが篭もっている。
「落ち着けというのも無理かもしれんが。今は…ダメだ」
「く…」とクレティアは歯軋りして剣から手を離す。
少年の鞭打ちが終わり、兵士は中年小太りの男に
「中佐…この後は…」
「ああ…明日の朝までこのままにしろ。見せしめだ」
「は…」
少年の母親と少女は、収容施設に戻され、兵士が二名、ぐったりとする吊された少年の脇に付く。
クレティアはさあ…と剣を取って助けようとするが
「クレティア、待て夜になるまで」
ディオスが制止させる。
「でも…」
「必ずだ。夜になれば必ず助ける」
ディオスのクレティアを止める手に力が篭もっている。
この現状にクレティアだけでなく、ディオスも同じく怒りを覚えているのだ。
「分かった」とクレティアは察してディオスと共に斥候を続ける。
塔のある湖を一周して、大凡の兵士の位置の把握と、他の施設の確認して、夕暮れを迎え、合流場所の山頂に来る。
「あれ、クリシュナ…いないね」
クレティアは周囲を回る。
「早かったか…」とディオスはその場に腰掛けると、近くの茂みが揺れ、そこからクリシュナが顔を出す。
「そっちの収穫は?」
クリシュナが尋ねると、クレティアが腰のバックから
「こんなモノをくすねてきたよ」
この空獄ウィンダロの地図だった。
ディオスがクレティアから受け取りその場に広げ
「斥候していた時に、飛空挺の置いてある倉庫があって、そこから拝借した」
三人は地図を囲み、クリシュナが地図を指さしながら
「この浮いている島の周囲を巡って分かった事は、この島はどうやら風の魔力で原型を保っているみたい。岸辺の周囲に浮かんでいる岩や土砂があった事から間違いないと思うわ」
クレティアが地図の三カ所を指さしながら
「ここ、島の東側に食料が収納された倉庫があって、南に島の周囲を警戒する兵士が駐屯する施設があって西に、滑走路と飛空挺三艦の倉庫があった。そんで」
島の湖の収容施設を指さし
「ここに、人質である妻子や母達がいた。その周囲を兵士が見回っているよ」
ディオスは顎を擦りながら
「さて…問題は、どうするかだ…」
クレティアが収容施設を指さし
「収容施設を守っている兵士共をぶっ倒して、倉庫にある飛空挺で人質達を連れて逃げるってのは?」
クリシュナが難しい顔をして
「そうなると、飛空挺が出発したのを気付かれて、塔の砲撃で落とされるかも。これはどう?」
と、クリシュナは袖からマジックアイテムの水晶を取り出し
「このマジックアイテムは、スリープフォレストと言って周囲数百メートルにいる人々を眠らせる効果があるの。しかも、その効果が及ぶ範囲を指定して眠らせる人と眠らせない人を分ける事が出来る。これを使って島全体に眠りの効果を及ぼして、人質のいる収容施設だけを覗いて人質を起こしたまま、飛空挺に移動、脱出なんてどう?」
ディオスはそのマジックアイテムに覚えがある。そう、ソフィアを襲撃した時に使ったヤツか…と思う。
クレティアが嫌な顔をして
「それ、もしかしたら。あの島の中央にある塔の中には効かないかもしれない」
クリシュナはハッとして
「まさか…塔には…」
クレティアが渋い顔で
「そう、塔の周囲に結界の魔導石があって結界がはってあるらしく、出入りは自由みたいだけど…おそらく、そういった類いの力が防がれるかも…」
んん…とクレティアとクリシュナが唸るとディオスが
「じゃあ、塔を落とそう」
「はぁ?」「何?」とクレティアとクリシュナが声を漏らす。
ディオスは冷静に
「こういう作戦だ。クリシュナのマジックアイテムで収容施設以外を眠らせる。その後、人質を飛空挺へ運びながら、島の中央にある砲台の塔を攻めて陥落させ、塔の砲撃機能を止めれば、安心して飛空挺を出せるし、一石二鳥だ」
「援軍を呼ばれたら?」とクリシュナが
「突入する前に、ジャミングの魔法を放つ。それで対処する」
と、ディオスが答えた次に
「クレティアが人質達の誘導を頼む。クレティアなら人質の中に顔を知っている者がいる筈、安心して付いて来てくれる筈だ。塔の制圧は、俺とクリシュナで行う。どうだ?」
クリシュナとクレティアは顔を見合わせた次に
「まあ、いいんじゃない」とクレティアは肩を竦めて笑み。
「そうね、その策が最善かも」とクリシュナは頷く。
「では、行動開始は三時間後の夜になってからだ」
ディオスが作戦開始時間を告げた。
夜になり闇に包まれた空獄ウィンダロの浮島。そこの人質収容施設の側の森の中で、クリシュナがマジックアイテム、スリープフォレストを使う。
効果は直ぐに現れた。収容施設を周回する兵士がその場に倒れて眠り付く。
森から三人の姿、ディオスとクレティアにクリシュナが姿を見せる。
クリシュナは直ぐに吊されている少年の元へ来る。
少年を抱え、剣を抜いて少年の手枷に繋がる鎖を切って少年を下ろす。
「大丈夫?」とクレティアは少年に呼びかける。
「う…」と少年は気が付きクレティアを見て「ああ…クレティアお姉ちゃん」と微笑む。
「助けに来たよ」とクレティアは優しく少年の顔を撫でる。
その後ろにディオスが来て
「知り合いなのか?」
「ちょっとね。剣を教えた事があるんだ」
少年はクレティアの手を握り
「僕ね。みんなを逃がそうとしてがんばったんだけどね。ダメだった。折角、クレティアお姉ちゃんに剣を教えて貰っていて、みんなを守ろうと思ったに…全然、ダメだった」
「そんな事ないよ。立派だったよ」とクレティアは少年を抱き締める。
ディオスが少年の両手に填まる手枷を握り、エンテマイトの高震動で破壊して
「クレティア…人質達を…」
「うん」とクレティアは少年を抱えて収容施設のドアを開いた。
ドアの先にある広場に、数名の人質の女性達が群を成していた。
どうやら、外の異変に気付きドアの前に集まっていたようだ。
人質の女性達がクレティアの姿を見て
「も、もしかして…剣聖クレティアーノ・ヴァンス・ウォルト様ですか」
「ええ…その通りです」とクレティアは肯く。
人質の女性達をかき分けてクレティアが抱える少年の母親が来て
「クリオ…クリオ!」
「さあ…」とクレティアは母親に少年を渡す。
「ありがとうございます。ありがとうございます」
お礼を言う母親の肩を持ち、クレティアは広場にいる全員に
「皆様を助けに参りました。アタシに付いてきてください」
「外にいる兵隊は?」
「大丈夫です。みんな、眠っていますから。その隙を狙って飛空挺で脱出します」
女性達は顔を合わせ急いで逃げる支度を始める。
「焦らないで、時間は十分にありますから」
クレティアは呼びかけた。
そして、別の方、ディオスとクリシュナは悠然と橋を渡り、塔へ向かう。
塔の入口を門番している兵士がディオスとクリシュナの姿に気付き
「何者」
と、続きを言う前に
”サウンド・ウェイブ”
ディオスが衝撃波の魔法を唱え兵士を吹き飛ばし、兵士は壁に当たって気絶した。
塔の入口に来たディオスは
”サウダージ・ウェイブ”
通信妨害の魔法を発動させ、塔にある魔導通信全てを使えなくした。
「これからどうする?」とクリシュナが尋ねる。
「それはもちろん、カチコムだけだ」
と、ディオスは告げエンテマイトの高震動を纏って扉に触れる。
扉はぼろ切れの如く中へ吹き飛び塔の内部を開く。
そこには、扉を破壊され呆然とする兵士達にディオスがニヤリと怪しげに笑み
「どうも皆さん。カチコミに来ました」
兵士達が剣を抜いたが、ディオスが
「では、これにて、さようなら」
”サウンド・ウェイブ・フィールド”
強烈な衝撃波の魔法を広域で発生させ、一階と二階全てのドアが吹き飛び通路にいた兵士や、吹き飛んだドアの中にいた兵士達も、衝撃波の襲来によって吹き飛び倒れた。
「ふん!」とクリシュナは気絶した兵士を見て「ねぇ…私が付いてきた意味、あるの?」
「あるある。まだ、待ってくれ」
ディオスは告げて、エレベータの所に来て右手を向け
”トルネード・バベル”
魔法を唱え、エレベータを竜巻で破壊した。
「これで、エレベータで逃げる事は出来ない。さあ、ゆるりと階段を上りながら行こうか」
「はいはい」
と、ディオスを先頭にクリシュナが続き階段を上って各階の制圧に乗り出す。
そして、人質を飛空挺倉庫まで、誘導しているクレティアは、ドンドンと衝撃が聞こえる塔を見つめる。塔が下から上に向かって爆ぜる音と窓ガラスが割れる様に
「うぁ…ダーリンとクリシュナ。派手にやってる」
苦笑した。
塔の最上階付近、島の管理者の中佐、あの中年小太りの男が震動と爆音にビクビクしながら部下に
「おい、何が起こっているんだ?」
部下は必死に魔導通信機で連絡を取ろうとするが
「中佐、全く通信が繋がりません」
ドンと衝撃と震動が響く。
「お前、見てこい」と中佐が部下に命令する。
「は、はい…」
と、扉に手を掛けた次に扉が吹き飛び、それに部下の男が巻き込まれた。
「な、なんだ?」
怯える中佐。
「こんばんは…」
吹き飛んだ入口からディオスが現れた。
「お、お前は…何だ!」
中佐がディオスに問うも、ディオスは怪しく笑み
”サウンド・ウェイブ”
衝撃波の魔法を唱えて中佐を吹き飛ばした。
「ゴフ」と中佐は後ろの壁に叩き付けられ、滑り落ちる。
「お前は…」と告げる中佐の近くにディオスが来て
”グラビティフィールド・アンチ”
重力魔法を唱え、中佐の体が浮かび天井に叩き付けられ落ちる。
「ガハ」と中佐は痛みで唸る。
「さて…お前には色々と聞きたい事がある」
ディオスは冷徹な視線で、倒れる中佐を見つめる。
中佐はディオスを睨み見上げながら
「キサマ…人質を解放しに来たな。人質は逃がさんぞ。ここの砲撃機構がある限り」
ドンと天井から轟音が響く。
塔の頂上と島の下部にある塔の頂点にある砲台が爆発した音だった。
それをしたのはクリシュナだ。
塔の中にある制御室に入って砲台のエネルギーを逆流させ暴走させたのだ。
「それが無くなったな」とディオスは嘲笑う。
「そ、そんな…お前等!」と中佐が怒りを向けた瞬間。
”グラビティフィールド・アンチ”
とディオスは重力魔法を唱え中佐を天井に叩き付けた。
「がは!」と中佐は唸ったに地面に落ちて、再び叩き付けられる。
「ごお!」
唸った中佐の頭を掴みディオスは
「今のお前に、質問する権利はない。オレの質問だけに答えろ」
「ふざけ」
”グラビティフィールド・アンチ”
中佐の体が宙を舞い天井へ叩き付けられ、次に地面に落ちる。
「ああ、待て!」
”グラビティフィールド・アンチ”
中佐が天井に衝突、地面に衝突
「たの!」
”グラビティフィールド・アンチ”
中佐飛び衝突、落下して衝突
「ま、待ってくれ言う、答える!」
「よし…」とディオスは肯き「では、お前達を支援している者とはなんだ?」
「…く…」
「あ」
「ま、待ってくれ。言う。アリストス共和帝国だ」
アリストス共和帝国、このアフーリア大陸はアーリシア大陸と隣接している。その二つの大陸の西側にある巨大な海洋を挟んで向こう側に北から南まで貫くアンメリカ大陸を全て手中にする巨大帝国がある。それがアリストス共和帝国だ。
「目的は?」とディオスは尋ねる。
「……恐らく、この国にあるエンチャン系の特殊金属の利権だろう。他にも、このアフーリア大陸に対する踏み台にもするつもりだろう」
「支援は、軍隊で来ているのか?」
「いいや、その使いとかいう女が、支援物資を運んでいる」
「女?」
「黒髪で、変なドレスを纏い、自分の身丈もある大鎌を持っている女だ。普段は、宰相のデオルトの近くにいる。この施設や物資もその女がもたらした」
ディオスは、その支援者の女の事が気になり
「その女について知っている事は?」
「……変な魔法を使う。月に一度、決まった日に、その女がここへ物資を運ぶんだが…。突然、空間が円形に切れてそこから女が物資共に現れる。瞬間移動みたいな魔法を使う」
瞬間移動のような魔法を使うと聞いてディオスは、まさか…。
「おい、人質も捕らえて運んだのもその女か?」
「……人質は…二年前の諸侯の貴族が王を尋ねる時に集まった際に纏めて捕まえた。その纏まった人質をここへ運んだのはその女だがなぁ」
成る程、大型の輸送に向いているような瞬間移動か…とディオスは分かり。
まあ、防ぎようはあるな。
それに、人質が無事に解放されたなら諸侯の貴族は王側へ戻るし、問題もなかろう。
「ふふ…」中佐が怪しく笑い「キサマ、これで全て無事に解決すると思うなよ。人質が解放されて我々側が不利になった場合、アリストスから大艦隊が来る事になっている。この国は戦艦飛空挺の艦隊の爆撃によって蹂躙されるぞ」
「ああ…成る程」とディオスは余裕の笑みを見せる。
コンコンと後ろで壁が叩く音がして
「もう、終わった?」
クリシュナが腕を組み、ディオスを待っている。
ディオスはフッと笑み「ご苦労さん」とエンテマイトの高震動を纏って中佐に触れると中佐が吹き飛び壁に衝突、気絶してその場に項垂れる。
「終わった。さて、クレティアの元へ行くとしよう」
ディオスはクリシュナの隣に来て、壁に向かって右手を向け
”カディンギル”
光線魔法を放ち、壁を破壊して外まで貫通させる。
「じゃあ、行くぞ」とディオスはクリシュナを両腕で姫様だっこして、クリシュナもディオスの首に腕を掛け密着し、飛翔魔法にてディオスは飛び、そこから出て行きクレティアと人質がいる飛空挺の倉庫へ向かう。
ディオスがクリシュナを抱え、飛空挺の倉庫に到着すると、倉庫の天井が開いて飛空挺は何時でも発進可能な状態だった。
「おーーーーい」
と倉庫の側にクレティアが手を振っている。そこへディオスは着陸してクリシュナを下ろし
「人質は、全て…」
「全部、飛行艇に乗り込んだよ。出発準備、何時でも大丈夫だよ」
クレティアが笑顔で右手の親指を立てる。
ディオス達が乗り込み、人質を乗せた飛空挺は飛び立ち、空の監獄ウィンダロを後にして、程なく通信によって付近に待機していたヴァルドの飛空挺と合流した。
これにて無事に人質救出作戦は成功に終わり、その一報がフィリティ王に届けられ、飛空挺は歓喜に包まれていた。その中、艦橋でディオスは
「さて…どう、艦隊を処理しようか…」
次なる事を考えていた。
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