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俺と彼女と肩の上の猫

 それは梅雨明けの暑い日差しの日だった。

 進学校、ということを除けば何の変哲もない高校。その廊下を、俺は友人と話しながら歩いていた。その時、彼女とすれ違った。

「は?」

 あまりの事に驚き、彼女に振り返る。そこにいたのは、まさに絵に書いたような美少女。でも俺が気になったのは、

「猫……?」

 彼女の肩の上に乗っている黒猫だった。意味が分からず固まっていると、友人が言った。

「おっ、あれ天峰じゃね?」

「……ああ」

 天峰奈菜。同じ学年で、美術部所属。成績は一年の中ではトップ、学校でも間違いなく五指に入る美貌の持ち主だ。しかしその気がないのか、それとも理想が高すぎるのか、付き合っているという話は聞かない。

 俺との接点は、部室棟で美術部の倉庫と俺の所属する部が隣同士でよく顔を合わす、という程度だ。

「しかしなんなんだ、あの猫」

「ん、猫ってなんだ?」

 は? と思いつつ、友人に言う。

「いや、肩の乗ってただろ。黒猫」

 友人は俺の言葉に目をパチクリとさせ、それから訝しむように俺を見て、ポツリと言った。

「……大丈夫か。お前?」

 とりあえず、その場はそいつをぶん殴って終わった。

 しかし、この奇妙な出来事はそれからも続いた。黒猫は俺にしか見れないらしく、他の奴らはもちろん当の天峰でさえ気づいた様子はない。

 そこまで来ると俺も何となくそういう存在なんだな、と理解できるようになり、だけどなぜ俺だけなのか、という事に関しては一向に理解できなかった。



 そんな奇妙な日々の中、俺は囲碁帰りに寄り道したせいでとっぷりと闇に浸かった夜の中を歩いていた。

 途中にある公園にさしかかった所で、俺はその敷地の中に天峰を見つけた。まだ少し遠く、塀があってわかりにくいが、あの黒猫は確かに天峰だった。

(あいつもここ通るんだ)

 とその事に新鮮に驚き、せっかくだから話しかける事にした。ついでに黒猫について聞いてみてもいい。

 そう思いながら、公園の入り口から天峰を見て、開いた口が塞がらなくなった。

 彼女の足元には、おびただしい数の猫がいた。恐らく野良猫だろう。十数匹とかそんなレベルじゃない。ここ一帯の全ての野良猫が集まって集会を開いているような数だ。しかもその中心は、天峰だった。

「よう、天峰」

 俺はそんな彼女の背中に話しかけた。彼女は振り向く。

「あっ……えっと、耕太郎くん?」

 顔は知っているが、名前はうろ覚えなのだろう。少し間があった。まぁ、俺は天峰と違って有名でもなんでもないから当たり前といえば当たり前だ。

「ソレ、どうなってんだ?」

 率直に聞くと、彼女は困ったように笑い。ソレを見下ろしながら言った。

「なんでなんだろうね……」

「は?」

 彼女はしゃがんで、足元に転がって腹を見せているブチ猫の腹をなでながら語り始める。

「最近ね、妙に猫に好かれるの……今日は異常だけど。でね、ちょうどその前あたりかな? 子供の頃から一緒だった猫がどこにもいなくなっちゃって。もう歳だったから、家族は死期を悟って隠れたんだろうって言うんだけど……どこ行ったのかな? って猫を見るたびに考えちゃって……」

 彼女は寂しそうにうつむいた。

 俺は確信した。肩に乗っている黒猫は、間違いなく彼女の飼っていた猫に違いない。今の天峰が猫に好かれるのもそのせいだろう。その時、黒猫がなぜか俺を見た。そして、

 ニャー、黒猫が鳴いた。

 今までにない行動に戸惑っていると、再び黒猫は鳴いた。

 まるで何かを訴えているようだった。そこで俺は思い出す。俺が黒猫を見るようになる少し前、俺は雑木林の中で眠るように死んでいる猫を見つけた。遠めだったのでどういう猫かはよくわからなかったが、妙に悲しくなり手を合わせたのだった。

「……」

 俺は黒猫を見つめ、黒猫が俺に求めている物について考える。

 そうして、俺は悟った。

「その猫は黒猫か?」

「え」

「ちなみ目はブルーで、尻尾は細くて長め」

 彼女は少し戸惑った様子で、俺に聞いた。

「……なんで、知ってるの?」

「そりゃ、いるからだ」

 彼女は周りの猫たちを見回してゆく。しかし、そこに彼女の知る黒猫はいない。

「ど、どこに?」

「天峰の肩」

「……耕太郎くん。私の事からかってる?」

「そんな趣味の悪い冗談言わねーよ。だったらなんで俺は、天峰の猫の特徴を言えんだよ?」

 そう言っても半信半疑の彼女に俺は今までの事を説明した。俺がその猫に手を合わせた事も含めて。

 黒猫が俺にだけ見えた理由。それは自分の死体を見た俺に、自分の死を天峰に伝えさせるためだ。猫に使われるのは少し悔しいが、ここは乗ってやる。

 必死に説明を続けると次第に彼女に変化が現れ、最後は泣き崩れた。黒猫は自分の名前を何回も呼ぶ天峰を見て、体が光の粒子となって空に消えた。

 肩に何もいなくなった彼女は泣き続け、回りにいた猫たちは、彼女を慰めるようにずっとそこにいた。



 それから数日後、少し変わった事がある。それは天峰と少し親密になった事と――あの黒猫が舞い戻ってきた事だ。

 部室が隣のオカルト研の部長にこの事を話したら、黒猫は守護霊になったのだと言う。

 とにかく、俺の奇妙な日々は今も続いている。


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