HAKU
HAKU
主要人物
東雲大河
安西弘美
遠野武志
安東清
安西正孝
大野銀二
市川
津久田
近藤
雨宮
木田五郎
東雲舞
HAKU
零 ホームページ
ある日、女はインターネットで「HAKU」というホームページを見つけた。会員になり殺したい人間の名前を書き込めば、そのホームページの管理者が代わりに殺してくれるというのだ。女は先日、会社の同僚数名に強姦被害を受け、抗議もむなしくその件について女は泣き寝入りするしかなかった。
女は会員になり、ホームページに加害者達の名前を書き込んだ。暫くするとメールが届いた。
「書き込みありがとうございます。早速ですが、明日二十時に新宿南口に一人で来てください。よろしくお願いします」
女は文体に疑念を感じながらも「わかりました」と返事を送りその日は眠ることにした。
翌日、女は仕事着のまま新宿南口に一人で立っていた。相手の情報を何も知らない女は多少の恐怖を感じていた。
「すみません」
後ろから男の少し掠れた声が聞こえた。女が振り向くと、そこには白髪の青年が立っていた。前髪が目にかかりフードをかぶっていたから顔は上手く確認できないが、雰囲気的に二十代前半というのはすぐに分かった。
「鳴海理子さんですか?」
男は掠れた声で女の名前を言った。理子はこの男がホームページの管理者だと確信し頷いた。すると男は微笑み、理子を人気の少ない路地裏に招いた。男は理子から加害者の情報と事件当日の状況を聞き、一週間以内に実行するとだけ言い、理子を駅まで送り二人は別れた。依頼金などは一切必要なく、自分はただ待っているだけでいいということに理子は戸惑った。まさか、ただからかわれているのではないかと考えてしまった。
しかし、そんな理子の不安は数日後に一瞬で消え去った。理子を強姦した加害者達が両目を潰された遺体で発見された。そのニュースを見た理子は驚愕した。恐怖と喜びが混じり合い、どうしていいのかわからなくなっていた。その時、理子の携帯に管理者からメールが届いた。
「ご依頼を実行させていただきました。失礼いたします」
理子は涙を流し、罪悪感を感じた。自分のせいで人が死んだ。そう思う理子だったが、その顔はわずかに笑みを浮かべているようにも見えた。
一 白い髪
弘美は長期の休みを終えて勤め先の精神病院に出勤した。
「おはようございます」
部下の安東が笑顔で挨拶をした。弘美は「おはよう」と気怠い感じに返事をして椅子に座った。
「先輩疲れてますね。せっかく休みだったのに何やってたんですか?」
弘美は「寝てた」とだけ応え、軽い世間話をした。
「そういえば最近この辺で殺人事件が起きたみたいで、その死体が凄かったらしいですよ」
「やめてよ、朝からそんな話」
弘美は話を強引に終わらせて別の話を振った。しかし、殺人事件については僅かながらに興味があった。
「弘美」
院長の安西正孝に呼ばれ、弘美は院長室に向かった。
「何、お父さん」
正孝は引き出しからカルテを取り出した。
「弘美、お前が休んでいる間に患者が一人搬送された。名前は東雲大河だ」
弘美はカルテを取り、内容を確認した。
「これだけ?」
そこには患者の名前、顔写真、血液型と性別しか書いてなかった。弘美は疑問を抱いた。
「そうだ。出身地や親族関係の情報もまだ何もわかっていない」
「どういうこと?」
「彼には二重人格の疑いがある」
「確かなの?」
正孝は頷き、彼と会った時の話をした。
雨が降っていた。仕事を終えた正孝は溜息をこぼしながら歩いていた。
何かを考え込んでいた正孝の目の前に、白髪の青年が立っていた。傘を差さずにずぶ濡れになっている彼に気付いた正孝は、そっと声をかけた。
「君、どうしたの?」
彼は少し黙った後、重い口を開いた。
「助けてください」
彼は弱々しい声で呟いた。彼は右手にカッターナイフを持っていた。雨でほとんど洗い流されていたが、僅かに血がついているのが分かった。彼が人を殺したのだと分かると、正孝は咎めることなく意識的に冷静になった。
「私は精神科医の者だ。大丈夫だ、何があったか話してみなさい」
正孝は優しくゆったりとした口調で問いかけた。彼はそれに安心したのか、正孝の方を見てカッターナイフを落とした。
「人を殺してしまいました。でも、僕じゃないんです。奴が殺したんです」
「奴?」
彼は自分が二重人格だと言った。正孝はそれを信じ、彼を自分の病院に送った。
弘美は少し呆れた表情を見せた。
「お父さん、またそんなことして。御人好しもいい加減にしてよ」
「私も衝動的にしてしまったんだ。なんだか、放っておけなくてな」
御人好しな正孝のこういった行動は今回が初めてというわけではない。以前も似たような男を保護していたが、その男は病院を抜け出してしまった。
「また同じことにならなきゃいいけど」
「大丈夫だよ。弘美、彼を診てみてくれないか」
「私が? 安東君がやればいいじゃない」
「気弱そうな子なんだ。男性より女性の方がいいだろう」
弘美はいい気はしなかったが、嫌々承諾した。
「その患者、人を殺したんでしょう。警察は?」
「連絡してある。遠野君が来てくれるよ」
弘美は少し嫌な顔をして、カルテを持って院長室を出た。
彼は一番奥の病室にいた。普通の患者とは別の、白色の壁で、ベッドとトイレがあるだけの病室だった。
彼は床に座り込んでいた。弘美が鍵を開け中に入ると彼は会釈をした。
「東雲大河さん、あなたを診察することになった安西です」
弘美は近くの椅子を近づけ腰かけると、彼はそっとベットに座った。彼の綺麗な白髪に弘美は目を奪われた。
「綺麗な白髪ね」
彼は少し照れたように顔を下に向けてしまった。しかし、弘美はあまり気にはしなかった。
「簡単な質問をするから応えてくださいね」
彼は頷き、弘美は出身地や家族、年齢などを聞いた。出身は静岡で、家族は母親との二人暮らしであったということと、年齢は二十四歳だと分かった。彼は落ち着いた口調で話し僅かに笑顔も見せた。
「人を殺したの?」
彼はこの質問に目を泳がせた。手が震えていて応えたくない様子だ。
「あなたは、自分ではなく奴がやったと言ったのよね? それは、あなたの中にあるもう一つの人格のことを言っているの?」
彼は暫く何も応えなかった。
「大丈夫。話して」
弘美は強いまなざしで彼を見つめた。
「あなたの中にもう一つの人格がいるの?」
「……。そうです。僕じゃありません」
彼はそう言うと泣き崩れた。弘美はこれ以上は質問できないと判断した。
「ありがとう。今日はもういいわ。また明日来る」
弘美は病室を出て顔をゆがめた。
正孝は弘美が戻ってきたことを確認した。
「どうだった?」
「二重人格が本当かどうかは分からないけど、嘘をついている様には見えなかった」
弘美が二重人格者を診察したのは初めてではないが、その多くは演技型であった。まだ彼のもう一つの人格が現れていない以上は判断ができない。
「そういえば、彼が殺した人はどうなったの」
「それは遠野君が説明してくれるはずだ。もうすぐ着くらしいが」
正孝が言い終わると同時に遠くから低い大きな声が聞こえた。
「どうも。警視庁捜査一課の遠野です。安西院長、ご無沙汰しています」
遠野は濃い顔を笑顔にし、警察手帳を取り出した。
「出すの忘れちゃいました」
大きな笑い声が響き渡り、それを見て正孝と安東もつられて笑う。
「安東君も久々だな。出世したか?」
冗談交じりの話をしながら盛り上がっているのを見て、弘美は呆れた表情をした。
「遠野君、話はそれだけにして」
「何だよ、怖い顔しやがって。久々に幼馴染に会った感想はないのか」
「ない。早く東雲大河の事を教えてよ」
「分かった分かった」と遠野は弘美を抑え、持っていた資料を弘美に見せた。
「東雲大河は三日前、元製造会社社員の大竹寛人をカッターナイフで殺害。大竹は首元を切られ、死因は大量出血による失血死。そして、両目を潰されていた」
「両目? どうして」
「分からん。だが、引っかかることがある」
「何?」
「HAKUって知ってるか?」
聞き慣れない言葉だった。弘美はそれがなんなのか聞くと、安東が割って入った。
「ホームページですよ。殺したい人間を書き込むとHAKUっていう奴が代わりに殺してくれるっていう」
「パソコン借りるぞ」と遠野はそのホームページを検索した。
「これだ」
白い背景に黒文字で書かれたHAKUという文字。弘美は驚いた。
「なにこれ。本当にこんなものが」
「まだ多くに広まっているわけではないが、数か月前に立ち上げられて実際に書き込まれた人物も死んでいる」
「どうやって書き込むの?」
「会員になるんだ。個人情報を書き込めば簡単になれる」
「どうして書き込まれた人間が死んだと分かったの?」
「実際に書き込んだ奴が来たんだ。俺もその時にこのホームページの事を知った。書き込まれた人間は、両目を潰された遺体で発見された」
最後の言葉に弘美は引っかかった。
「また両目」
「そうだ。HAKUは必ず、殺した人間の両目を潰している。同じ手口の事件がこの月でも三件はあった」
「三件とも書き込まれた人達?」
「おそらくな。三件ともHAKUの犯行で間違いないだろう」
弘美は彼のカルテを見た。
「東雲大河は二重人格の疑いがあるわ」
「もしそれが本当なら、もう一つの人格がHAKUかもしれない」
「でも、その可能性は低いかも」
「大竹も両目を潰されている。それに、HAKUは主にカッターナイフを使って人を殺してる」
弘美は頭を抱えた。
「まあ、今言ったことは俺の仮説だ。東雲大河が二重人格だと立証されたわけでもないしな」
「東雲大河の事、他に分かったことは?」
遠野は資料を指さした。
「東雲大河は十六の時に母親を殺した前科がある。当時はあまりニュースにはならなかったがな」
「どうして?」
「分からない。東雲大河はその後少年院に行き、出所後は建設会社で働き始めたが一年後に行方不明になっている」
「何があったの?」
「同時期にその建設会社の社長が何者かに殺された。頭部を強く打ったことによる脳内出血。最初はその容疑者として疑われていたが、直ぐに同僚数名による犯行だと分かった。捜索願も出されなかったからそのままほったらかしだった」
遠野は話し終わると資料を返してと言った風に手を出した。
「俺からの報告は以上だ。今度は俺の質問に応えてくれ」
「何?」
「HAKUは、どうして両目を潰したんだと思う?」
弘美はしばらく考え込み、自信なく応えた。
「メッセージだと思うわ。自分の犯行であるっていう意思表示」
「なるほどな」
遠野は鼻で笑ったように見えた。弘美は僅かに怒りを感じた。
「馬鹿にしているの」
「いや違う。俺もそう思っていた。多分誰に聞いても同じだとは思うが、お前が言うなら間違いないか」
「何よそれ。適当に言っただけよ」
「お前の意見はそこら辺の犯罪心理学者よりも頼りになる」
遠野は自信満々にそう言うと、資料を手にして礼を言って出て行った。
弘美は遠野を見送ると、疲れた目をほぐしながらHAKUのホームページの評判を調べ始めた。支持する者もいれば、自己満足なクレイジーな奴と言った者など賛否両論だった。しかし、誰もがこのHAKUという存在を疑わず、信じている者ばかりであった。
「本当にこんなことをする奴がいるの」
弘美はまだ信じることはできなかった。もし本当にいるのならば、こいつの目的は何なのかが知りたかった。
「安東君、HAKUの事どう思う?」
安東は少し考えてから言った。
「そうですね、僕はあまりいい気はしないですけど、僕の周りの奴にも支持している奴はいますよ。書き込んだ奴もいますし」
「どうなったの?」
「何もなかったみたいです。勤め先の上司で意地悪な奴みたいだったんですけどね。多分HAKUは本当に重罪な犯罪を起こした奴しか殺さないんだと思いますよ」
犯罪者しか殺さない殺人鬼。その言葉が弘美の頭に浮かんだ。
HAKUは、弱いものを助ける―正義の味方―のようにも見えた。
安東から電話が来た時、時計は夜の八時を回っていた。東雲大河が突然倒れ込んだ後、安東を襲ったのだ。昼間に見た東雲大河とは違うと弘美はすぐに理解し、病院に向かった。
安東の顔には痣があった。殴られたようだった。
「大丈夫?」
「何とか。食事を取りに行こうとしたらいきなりですよ」
弘美は救急箱に手にして安東を手当てした。唇は切れ、奥歯も抜けてしまっていた。
「もう一つの人格が現れたのかもしれないな」
正孝が後ろからそう言った。
「お父さん、彼の所に行かせて」
「しかし、今は危険だ」
「遠野君を呼んで。彼が立ち会うなら問題ないでしょ」
「……。わかった」
正孝は渋々承諾すると、直ぐに電話で遠野を呼んだ。
「安東君とずっと二人だったの?」
正孝は少し間を空けて「そうだ」と応えた。安東はいつもこの時間には帰宅し、他の者に仕事を引き継がせていたはずだった。
「引き継ぎの子が急病でな、無理を言って残ってもらったんだ」
正孝がそう言うと弘美は納得した。
三十分後、遠野が病院に到着すると、弘美と遠野はすぐに彼の病室に向かった。
二人が病室に着くと、彼は立ったまま全く動かなかった。弘美は鍵を開けて病室に入った。
「こんばんは」
彼は二人を見ると、少し笑った。
「私が分かる? 昼間にあなたを診察した安西よ」
彼はまた少し笑った。
「知っている。その隣の男は誰だ」
「警視庁捜査一課の遠野だ」
遠野は警察手帳を見せた。この時、この病室の空気の重
「そうだ。俺は大河じゃない。名前はない。大竹を殺したのは俺だ」
弘美は驚き、遠野は腰に隠した銃の方へ静かに手をやった。
さに、二人は押しつぶされそうだった。
弘美は、昼間に見た時とは全く雰囲気が違う彼に恐怖を感じていた。
「あなたは、東雲大河の中にあるもう一つの人格なの?」
彼は激しく笑った。
「どうして安東君を襲ったの?」
弘美は強く言った。すると、彼は笑うのを止めた。
「大竹は両目を潰されていた。この一か月、同じような事件が三件起こっている。全部お前の仕業か」
遠野がそう言うと、彼は少し黙り、今度はベッドに座り込んだ。
「そうだ」
遠野は銃を抜き彼に近づいた。
「貴様、やはりお前がHAKUか」
遠野は銃を彼に向けた。弘美は止めようとするが遠野は降ろさない。
「刑事さんはせっかちな人だな。俺を殺したいのか」
「遠野君止めて」
弘美は強く遠野を制止し、遠野は渋々銃を下げた。だが、直ぐに手錠を取り出した。
「こいつを大竹を殺害した容疑で逮捕する。自白もしたんだからな」
遠野が彼の手を取ると、弘美はその手を掴んだ。
「なんだ」
「逮捕はまださせない。彼が二重人格なら彼が行くのは刑務所ではなくまた精神病棟になるわよ。それはあなたにとって不服でしょ?」
遠野は少し考えてから手錠を懐に戻した。
「あなたにはまだ聞きたいことがたくさんあるの」
弘美は彼の隣に座った。彼が弘美に危害を加える様子は見られなかった。
「どうして大竹を殺したの?」
「依頼だったからだ。大竹は連続の放火魔だった。奴が放火した家の住人からの依頼だった。だから殺した」
「放火魔っていうのは確かなの?」
遠野が割って入った。
「本当だ。言ってなかったが大竹は俺達も追っていた奴だ」
「警察は意外と役立たずですからね」
「なんだと」
遠野は掴みかかりそうになったが、直ぐに冷静になった。今のこいつの相手は弘美だからだ。
「依頼をした時の報酬は?」
「何もない」
「それじゃどうしてそんなことをしているの?」
「分からない」
「分からない? 気まぐれでやっているというの?」
「分からない。気づいたら、こんなことをしていた」
弘美は少し間を開けた。
「質問を変えるわ。いつから東雲大河の中に?」
「少年院を出てからだ」
「東雲大河は勤め先だった建設会社を逃亡した後行方不明になっていた。どうしてか分かる?」
「暴力団に拾われた。もう壊滅したが。HAKUのホームページはそこの元構成員が管理している」
「依頼人と会うときはあなたが?」
「そうだ」
「その暴力団にやらされていたのね」
彼はまた少し笑った。
「多分、自分の組と対立する邪魔な奴らを排除したかったんだろう。だが下手にやれば疑われると思い、HAKUという殺し屋を作り、そいつらを殺させ、そして別の犯罪者を殺し、さらに必ず殺した相手の両目を潰すことによりこれらは同一犯の無差別殺人事件であり、自分達は無関係だと思わせたかったんだろう」
「元は組に属した殺し屋だったってわけか」
遠野は黒髪のくせっ毛を掻き上げた。弘美はポケットにあった手帳に彼が言ったことを書きとめる。書き終えると、弘美は彼の方を見た。
「あなたの事は大体分かったわ。お願いがあるの。東雲大河ともう一度話をさせて」
「今は無理だ。明日になれば目を覚ます」
「じゃあ明日、また来るわ。今日はありがとう」
弘美は立ち上がり、病室を出ようとした時、思い出したかのように彼の方に向き直った。
「あなた、今何か依頼を受けているの?」
彼は少し間を空けた。彼の顔は、少し微笑んでいるように見えた。
だが、彼は首を横に振った。
「何も受けていない」
彼がそう言うと、弘美は納得したが、少しだけ違和感を覚えた。だが、その時は変に気にせず遠野と病室を出た。
「奴は危険だ。お前の言う通り逮捕はしないでおくが」
「ありがとう。あと悪いんだけど、彼に依頼をした人達の事を調べてみてくれる」
「そのつもりだ。あいつを雇っていた暴力団も調べてみよう」
「そうね。お願い」
二人は分かれた。弘美は頭を整理し、正孝たちの方へ戻った。
二 二つの産声
遠野は東雲大河を雇っていた暴力団を調べていくうちに、「黒田組」に辿り着いた。組長の黒田直武は亡くなっており、組自体も壊滅していた。だが、黒田組の元構成員の津久田という男が横浜にいるという情報を得た遠野は、後輩の市川を連れて、車を走らせ横浜に向かった。
「先輩、いつまでこの事件に首突っ込む気ですか? 上からも単独行動は控えろって言われてるのに」
「こっちだって大事だろ。上はHAKUを都市伝説で済ませたいようだが、俺は納得いかねえ。オバケが両目潰して人を殺したとでも言うつもりかよ。ふざけやがって」
「俺に言わないでくださいよ。まあ、一理はありますけどね」
遠野は手帳を取りだした。
「先輩が調べた黒田組、あまりいい噂聞かないですけどね」
車を運転しながら市川がそう言った。
「どんな?」
遠野は興味本位で聞いた。
「噂によると政治家の大野銀二と繋がってたとか。先輩が調べた殺し屋を使って対立してた政治家を殺させてたとか」
「大野銀二といえば次の総理大臣候補にもなってる奴だろ? そんな噂聞いたことねえぞ」
「まあ風の噂ですよ。自分そういうの調べるの好きなんで」
遠野は「そうか」とだけ応えた。
津久田を見つけるのはそう難しくはなかった。今は足を洗い、中華街の「岱明」という中華料理屋で働いていた。
「すみません、津久田さんはいらっしゃいますか」
遠野と市川が警察手帳を見せると、店の店主は慌てて津久田を呼んだ。
「何か御用ですか?」
津久田は腰に巻いた白いエプロンを取り、遠野達を睨むように見た。
「ちょっと聞きたいことがあるんだ」
津久田は店主に「大丈夫」と落ち着かせ遠野達と店を出た。遠野はすぐ近くの喫茶店で話を聞くことにした。
「ちゃんと働いているんだな」
「ええ、もう自分はまっとうに生きてるんで。もしなんかの事件で俺を疑ってるんならそれは見当違いですよ」
遠野は思わず鼻で笑った。
「お前を疑ってなんかない。本当にただ話を聞きに来ただけだ。お前がいた黒田組についてだ」
津久田は顔を強張らせた。
「黒田組ですか。組長にはお世話になりました。まさかあんな死に方をするなんて」
市川が胸ポケットから手帳を取り出した。
「黒田直武は四年前、何者かにナイフのようなもので惨殺された。その時にいた構成員十二名も同時に殺された。だが、あなたはその時偶然そこにはいなかった」
市川の言葉に津久田は「そうです」と応えた。
「あなたはその時どこにいたんですか?」
「その時は体調を崩していて午後から顔を出すつもりでした」
市川がメモをとっていると、今度は遠野が聞き出した。
「お前、HAKUを知っているか?」
市川は一瞬顔をしかめたが、直ぐに思い出したように応えた。
「それって、雇っていた殺し屋の事ですか?」
「そうだ。黒田組は殺し屋を雇い、HAKUというホームページを作って人を殺させていた。黒田組と対立していた組の奴をな。それをカモフラージュするために一般人の依頼も受けていやがった。お前会ったことがあるのか?」
「いや、会ったことはありません。ただ、組ではそいつの顔を知っているのは組長だけでした。ただ、白髪の若い男だということしか」
「白髪?」
遠野は東雲大河を思い出した。東雲大河がHAKUだというのは間違いなさそうだった。
「俺は、組の奴らを殺したのはHAKUだと考えている」
「私もそう思いますが、仇討なんて考えてはいませんよ」
津久田は少し笑い、コーヒーを飲んだ。
遠野は肩の力を抜き、背もたれに寄り掛かった。市川もメモを書き終えた様子だ。すると、津久田は何か思い出したかのように口を開いた。
「そういえば、組長はもう一人殺し屋を雇ってたと聞いたことがありますよ」
遠野と市川は勢いよく前かがみになる。
「そいつはどんな奴だ? 会ったことは?」
「あ、ありますよ。名前は近藤って奴です。HAKUを雇う前に使ってたやつです。一回捕まって独房で自殺したらしいですけど」
「そいつから何か話は聞いたか?」
「え、刑事さん達が調べてるのとは関係ないと思いますけど……」
「いいから言ってください!」
市川が強く言った。周りの客も遠野達の方を見たので、遠野は市川を落ち着かせる。
「あの、確か捕まる前に話したことがあって、その時に殺したのが未成年の餓鬼だって言ってましたよ。銃で胸を撃って殺ったと言ってましたよ」
「未成年? どうしてだ?」
「それは本人もわからないと。自分はただ依頼を受けただけだと言って、確か、その餓鬼の写真は見せてもらいましたよ」
「その写真は?」
「直ぐに処分したみたいです。でも、普通の青年でしたよ」
「顔を覚えてるか?」
津久田は首を振った。遠野は肩を下ろした。自分でも何でこの事に関してこんなに問い詰めたのか分からなかった。HAKUとは無関係の青年の事など聞き流しても良かったんかもしれない。
しかし、遠野は衝動的に東雲大河の写真を見せようとポケットから彼の写真を取り出した。
「ちなみに、これが俺がHAKUだと疑っている奴だ。見てみてくれ。小さいことでもいいから気になった事を教えてくれ」
「見ても何も分からないと思いますがね」
「いいから頼む」
遠野は半ば強引に写真を津久田に渡した。津久田は仕方なく受け取り、コーヒーを飲んでから写真を見た。最初は遠目から見たが、よく分からなかったのか今度は近づけて見た。
その時、津久田は恐怖にも似た表情でその写真を見つめ、一瞬、凍りついたかのように動かなかった。
「どうした?」
遠野の言葉に津久田は反応しない。
「おい、どうした?」
津久田はやっと反応し、写真をテーブルに置いた。何か思い出したかのような顔をしていた。そして、重そうに口を開いた。
「近藤が殺した餓鬼は、こいつですよ」
弘美は肩まで伸びた髪を結び、カルテを持って東雲大河の病室に向かった。人格が東雲大河に戻っているのかが気になっていた。
彼はベッドに横になっていた。弘美が病室に入るとすぐに起き上がり、弘美はその隣に座った。
「おはようございます。今日は髪を結んでいるんですね」
弘美は髪の方へ手をやった。
「ええ、邪魔になってきてね。それより、今日は東雲大河の様ね」
彼はそれを聞くと驚いた。
「もしかして、また奴が」
「自覚がないの?」
「何も、いつも気づくと、あいつは僕を支配しているんです」
「そう、でも今日はあなたに聞きたいことがあるの。安心して、最初は何か軽い話からしましょう。そうね、私に何か聞いてみたいことはある?」
「僕がですか?」
「ええ。今日は特別にあなたから何か私に質問して」
彼は少し考えて、照れながら言った。
「先生は、恋人とかはいるんですか?」
弘美は少し笑った。
「いないわよ。いると思う?」
「先生は綺麗な方だから、いらっしゃるのかなと。好きな人とかはどうですか?」
「それもいないわ。いてほしいくらいよ」
「この前一緒に来た刑事さんはどうなんですか?」
弘美はまた少し笑うと、少し考えた。
「彼とはいい友人よ。学生時代からの。でもそんな風に見たことは一度もないわよ」
弘美は話を強引に終わらせてカルテを開いた。
「今日は、あなたのお母さんについて聞きたいの」
緩くなった彼の表情が、今度は一気に強張った。
「母は、僕が殺しました。十六の時に」
「それは知っているわ。どうして殺したの?」
「咄嗟にです。先に母が僕の首を絞めて殺そうとしました。苦しくて、咄嗟に母の目を潰してしまったんです。そして、そのまま近くにあったナイフで母の首を切りました。正気に戻った時には母はもう死んでいました」
「その後、少年院へ行ったのね」
彼は頷くと、泣きながら「ごめんなさい」と呟いた。少し落ち着いてから彼は続けた。
「奴が出始めたのは僕が少年院を出てしばらくしてからです。気づくと血まみれのカッターナイフ持っている時が何度もありました」
もう一人の人格が言っていた事と同じだった。話している時の態度も口調も全くの正反対。彼は本当に二重人格なのかもしれない、弘美はそう思った。
「あなたは母親を殺した時、目を潰したといったわよね? あなたのもう一人の人格も殺した相手の目を潰しているの。彼はHAKUという名を使って、犯罪者だけを殺す殺し屋になった。それは知っているの?」
「いいえ、初めて知りました」
彼は怒りをこらえ、両手を強く握った。
「僕は、死んだ方がいいのかもしれません」
「どうしてそう思うの?」
「僕が弱いから奴が生まれてしまったんです。僕が死ねば奴だって」
弘美は彼の手を強く握った。
「それは駄目! それは逃げているだけよ。彼もあなたも東雲大河なのよ。自分に負けないで。お願い……」
弘美は涙を浮かべそう言った。
「私も一度死のうと考えたことがあるの。前にこの病院で患者が屋上から自殺したことがあるの。私が担当医だった。彼は口がきけなくて、親からも虐待を受けていたの。助けてあげたかった。でも、できなかった……。辛くて、何度も死のうとも思った。でも、父が『逃げるな』って言って私を励ましてくれた。その時から私は、彼の分まで患者に耳を傾けようって決めたの」
弘美は涙をふき「ごめんなさい」と言い彼から離れた。彼はそんな弘美を見つめた。
「ごめんなさい。先生は、優しい人だ」
彼はそういうと微笑み、弘美も彼を見て微笑んだ。
「あなたにはまだ未来がある。しっかり治療しましょう」
「でも、いくら奴がやったとはいえ、僕にも責任があります。もし罪に問われるならば、ちゃんと償います」
弘美は彼の言葉が嬉しかった。そして、なんとかして彼を助けたいと思った。
「頑張りましょう」
弘美はそう言って、一旦自分のデスクに戻ることにした。
デスクに戻った弘美はカルテを見つめた。
「彼はどうだね?」
正孝が聞いてきた。
「彼にはちゃんとした人生を歩んでほしい。絶対に彼を救って見せるわ。もう、雨宮さん時のように後悔したくないから」
「そうか」
正孝はそう言うと、鞄を手に取った。
「どこか行くの?」
正孝は一旦立ち止まり、弘美とは目を合わさず返事をした。
「安東君と食事に行ってくるだけだ」
「そう、最近よく一緒に行くのね」
「まあな」
正孝の様子がおかしいようにも見えたが、弘美は余り気にしなかった。弘美は「いってらっしゃい」と言い、正孝は覇気のない声で返事をした。
弘美はまたカルテを見返した。すると、携帯が鳴った。遠野からの着信からだった。弘美は一息置いて電話に出た。
雨宮幸次は二年前、弘美が勤める病院の屋上から転落死した。自殺だった。雨宮は幼少期の両親からの虐待が原因で喋ることが出来なくなり、精神状態も不安定な状態だった。両親が事故死してからは天涯孤独の身となった。弘美は雨宮の担当医として治療をしていた。
弘美は雨宮の心を開こうと色々な話をした。最初はただ無表情なだけだったが、次第に笑顔を見せるようになっていった。
ある日、弘美は雨宮の顔色が悪いことに気付いた。弘美は問い詰めたが、雨宮は何も教えてはくれなかった。
「今度何かお花を買ってくるわね。この花瓶に入れましょう」
薄い水色の丸みを持った花瓶を手に、弘美は笑顔で言った。雨宮もその時は笑顔を見せた。
その後、彼は自殺した。
その日、雨宮はベッドに横になっていた。病室に誰かが入ってきたのに気付き顔を上げようとした時、口を強く抑えられた。
その力から男だということはすぐに分かった。振り解くことができずもがいている雨宮に馬乗りになり、男は抑えていた手を放すし、強く平手打ちをした。
「喋れなかったよな。忘れてたよ」
雨宮が目を凝らすと、その男が安東だと分かった。雨宮は抵抗しようとしたが、今度は腹に拳を入れられ動きを止められる。
「大人しくしてろよ」
安東はその後、雨宮の腹を集中的に殴り、頭をベッドに何度も叩きつけた。痛めつけられた雨宮は抵抗することもできず、今度は気絶する寸前まで首を絞められた。
安東の雨宮に対する暴力はその日から度々続いた。雨宮は恐怖で顔色が悪くなり、弘美にもこのことを話すことができなかった。
その日の安東は機嫌が悪かったのか雨宮を執拗以上に痛めつけた。満足することができなかった安東は、雨宮のズボンと下着を強引に脱がすと、自分のズボンをおろし自分の陰部を出した。安東はそれを雨宮の尻に擦り付け、不敵に笑った。
「一度やってみたかったんだ」
嫌な生温かさを感じ、雨宮は枕を投げつけベッドから転げ落ちた。安東は苛立ち、近くにあった花瓶を雨宮の頭に叩きつけた。入れてあった赤い百合の花が水と共に激しく飛び散り、雨宮は血を流して倒れてしまった。安東が一瞬放心状態になり、足で雨宮を揺すろうとした時だった。
「何をしている?」
物音に気付いた正孝が病室に入ってきた。
「安東君、その格好は」
半裸状態の安東の近くに血を流して倒れている雨宮を見て、正孝は驚きを隠せなかった。
「ちょっとしたストレス解消のつもりだったんですけど、こいつが抵抗するから。殺すつもりはなかったんですけどね」
安東は意外にも冷静で、直ぐにズボンをはいて正孝に微笑んだ。
「こいつどうしますか。自殺ってことにしときます?」
「な、何を言っているんだ君は」
正孝は安東に詰め寄り、携帯を取り出した。
「警察だ。君がこんなことをしていたなんて」
正孝は雨宮の方に駆け寄ったが、彼はすでに死んでしまっていた。
「そんなことしたら娘さんがどうなっても知りませんよ」
「何?」
「患者を痛めつけて殺した医者がこの病院にいたなんて知れたら病院の評判はがた落ちですよ。あなたも責任を取らざるおえない。そうしたら娘さんはどうなりますかね」
「私をゆするつもりか」
「いいえ別に。警察を呼ぶならどうぞ。ただ、僕にも友達がいるんで、もし院長が僕を警察に売るんならそれなりの報復はさせてもらいますよ。娘さんをこいつみたいに痛めつけてもいいんですよ」
「貴様!」
今度は安東が詰め寄ってきた。
「それが嫌ならちょっと手伝って下さいよ。一回だけでいいんでお願いしますよ」
悪魔のような安東の表情に正孝は恐怖を感じた。
二人は雨宮の死体を屋上に運ぶと、そのまま投げ捨てた。安東は落ちたのを確認すると煙草を吸い始めた。
「私は、なんてことを」
「娘さんを救うためじゃないですか。まあこれで院長も共犯ということで」
「何!」
「明日になれば死体は自殺ってことで片づけられますよ。いいじゃないですか、あんな口のきけない患者なんて」
「君は、悪魔だ。何でこんなこと」
安東は煙草を吐き捨てた。
「だから、ただのストレス解消ですって」
安東はそう言うと激しく笑った。それは引き笑いに変わった。安東は自分の欲を満たす為なら何でもやる。たとえ人を傷つけても、殺したとしても。それは男でも女でも、子供であっても関係ない。ただ満たされたい。欲求不満が気に食わない。その安東の顔は悪魔そのものだった。
翌日、雨宮は発見され、自殺として片づけられてしまった。その死体は仰向けになって頭と口から大量に血を流していた。
弘美は遠野に病院から歩いてすぐのファミレスに呼び出された。ファミレスの中に入ると、奥の方の席でコーヒーを飲んでいる遠野がいた。
「どうしたの?」
「悪いな忙しいのに」
「大丈夫よ。夜はお父さんと安東君が病院にいてくれるしね」
店員がやってきたので弘美もコーヒーを頼んだ。遠野は煙草と手帳を取りだした。
「煙草いいか?」
「どうぞ」
遠野は煙草を吸うと肩の力を抜いて、その後溜息をした。
「どうしたの?」
「ああ。東雲大河の事が大分わかった」
「本当? 早く教えて」
弘美は興味津々に聞いたが、遠野の表情は暗かった。
「ねえ、何かあったの?」
「あいつは危険だ。直ぐに逮捕する」
弘美は遠野の言っていることが理解できなかった。
「彼は確かにHAKUかもしれないけど、それは東雲大河のもう一つの人格なの。ちゃんと治療して彼を助けたいの。いきなりどうしたのよ」
「あいつは、東雲大河じゃない」
「え?」
遠野は手帳を見返し、鋭い目で弘美を見た。弘美は聞き返した。
「どういうこと?」
「東雲大河は、もうとっくに死んでいる」
弘美は唖然とした。まだ遠野の言っていることが理解できなかった。
「東雲大河は今から六年前に死んでいる。俺が聞き込みした奴の話では殺し屋に殺されたんだ」
「ど、どうして」
「その殺し屋は偉いやつに頼まれたとだけ言っていたらしい」
「じゃあ、私が治療をしている彼は誰なの」
「あいつは、おそらく東雲大河の一卵性双生児の弟だ」
「双子……」
弘美は遠野の言葉を理解したくなかった。
「弘美良く聞くんだ。あいつを逮捕して話をする。多分二重人格なんてのも嘘っぱちだ。お前を騙しているだけで、もしかしたら殺しの依頼を請け負っているかもしれないんだ」
「いえ、彼は二重人格のはずよ。話すなら病院で話して。あなたも主人格の彼に会ったならわかるはず……」
弘美は自分が言った言葉に疑問を抱いた。何か気持ちの悪い感覚があった。それは遠野も同じだった。
「おい、俺は主人格の方とは会ったことはないぞ」
弘美は彼の言葉を思い出した。「この前一緒に来た刑事さんは」彼はこう言った。彼も遠野に会ったことは一度もない。安東が襲われた時に会っただけで、その時は東雲大河のはずだった。その前に話の話題になったこともない。どうして彼は知っていたのか。
弘美はもう答えを分かっていた。ただ、認めたくないだけだった。顔色が悪くなった弘美を見て、遠野は何かを察した。
「弘美、あいつは」
「彼は、二重人格じゃない……」
安東は彼の病室の前にいた。不敵な笑みを浮かべ、中に入っていく。彼はベッド体育座りして下を向いたままだ。
「おい、顔上げろよ人殺し」
彼は顔を上げた。
「この間はよくも殴ってくれたな。このクズが」
安東は殴られた頬を摩りながら彼を見下ろす。すると、彼は安東を睨みつける。
「何だその目は?」
彼が何か言ったのが分かった。しかし安東は聞き取ることができなかった。彼はじっと安東を睨んだまま言った。
「あなたにクズと言われたくはない」
安東は顔を強張らせた。
「なんだと?」
彼はベッドから降り安東に近寄り始めた。
「安東清さん。あなたは昔この病院の患者であった雨宮幸次に何度も暴力を振るい、最終的に死に追いやった。そして、あなたは自分の犯行を隠滅するために安西正孝と共闘し彼を自殺に見せかけた。しかも、あなたはそれだけでは飽き足らず今も時々患者に暴力を振るっていますね。ストレス解消と言いながら」
彼は抑揚のない口調で淡々と言った。安東は驚いたが直ぐに冷静になった。
「証拠は? 証拠はあるのかよ」
「ありません」
「はあ?」
「そんなものは必要ありません。私はただあなたを殺してくれと依頼を受けた。だから殺す。それだけです」
「ふざけんな、やれるもんならやってみろ!」
安東は右拳を振り上げた。彼は瞬時に左腕でそれを受け止めると、彼の右拳が安東の顎を貫いた。安東は勢いよく後ろに倒れ込んだが、受け身を取り直ぐに体勢を整えた。
「てめえ」
彼はすぐさま安東の顔面に蹴りを入れる。だが、安東は寸前で腕を盾にした。安東は勢いよく後転し壁にぶつかった。安東は荒い息をつきながら前方を見たがもうそこには彼はいなかった。どこに行ったのか確認する間もなく彼の蹴りは今度は横からやってきた。安東の腕は間に合わず今度はもろに直撃した。倒れ込みうずくまる安東は、自分の前歯が少なくとも三本折れたのが分かった。
「もう少し痛めつけましょうか?」
「てめえ……」
安東は血と折れた歯を吐き捨てた。彼は容赦なく安東の腹に一発蹴りを入れると、苦しむことも許さず安東の体を抑え馬乗りになる。そして、右手の人差し指と薬指を安東の目に突き立てる。
「お、おい、な何してる、おい、やめろよ!」
彼は表情を変えることなくゆっくり指を目に近づけそして、ためらうことなく安東の両目を潰した。安東の呻き声が病院中に響き渡ろうとした時、彼は安東の口を強く押さえつけた。
弘美は頭を抱えた。自分が騙されていたことを認めたくなかつた。
「病院に行こう。奴をこのままにはできない」
弘美は遠野の言葉を素直に聞きいれた。
「そうね、早く行きましょう。なんだか胸騒ぎがするわ」
残ったコーヒーを飲み伝票を持って会計を済ませた。弘美は病院に向かう道のりを早歩きで慌ただしく進んだ。
弘美達が病院に着いた時、病院の中は妙に静かだった。
「なんだか気味が悪いわ」
遠野は市川に連絡すると言ったが、弘美はそれが聞こえなかったのか直ぐに彼の病室に向かった。
彼の病室についた時、彼の姿はなく誰かが倒れているのが分かった。弘美は恐る恐る近づくと、それが安東の死体だと分かった。弘美は驚いてその場に座り込んでしまった。
「おい、どうした?」
遠野が少し遅れて入ってきた。弘美は指で安東の死体を示した。
「安東……」
両目を潰された死体は確かに安東だった。首元にペンが刺さっていた。これが致命傷だった。遠野は脈を確かめるが、そんなものはあるはずもない。
「あいつがやったのか」
「どうして、安東君を」
遠野は弘美を起き上がらせた。
「分からない。おい、院長は大丈夫なのか?」
遠野の言葉に少しばかり冷静さを取り戻した弘美は直ぐに院長室に向かった。だが、そこにはもう正孝はいなかった。弘美は取り乱しそうになった。
「落ち着け。見ろ、血痕だ」
床に落ちた血痕があった。それは院長室を出て、屋上に向かう階段まで続いていた。二人はその血痕を頼りに屋上に向かった。
正孝の怯える声が響き渡っている。逃げ場のないそこにいるのは正孝と彼だけだった。
「お願いだ! た、助けてくれ、頼む!」
正孝は土下座をして涙を浮かべて命乞いをした。しかし、彼は正孝の胸ぐらを掴むと不敵な笑みを浮かべた。
「何も言っても無駄です。あなたは死ぬべき人間だ。安東のように」
正孝は彼の腕を振りほどき距離を作った。
「私は確かに間違ったことをした! だが、それはこの病院を、娘を守るためだ! 仕方なかったんだ! 君に私の気持ちがわかるのか!」
彼は黙り込んだ。しかし、彼の冷たい目は正孝から離れなかった。
「自分を正当化しないでください。あなたがしたことで苦しんだ人がいる、悲しんだ人がいる、あなたはその罪を償わなければならない」
「正当化だと、お前はどうなんだ! こんなことをして、自分は正しいとでも言うのか!」
「いいえ。私は正しくなんてありません。自分がしていることは間違いです。でも、あなたがしたことも間違っている。だから、私がやるんです」
彼は正孝の首を絞め状態を崩した。倒れた正孝を抑え、安東の時と同様に二本の指突き立てた。
「安西正孝さん。あなたの罪は重い。死んでください」
彼は正孝の両目を潰した。正孝の呻き声が響き渡り、そして、彼は持ち出したカッターナイフで正孝の首を切り裂いた。彼の顔には血潮が飛び、正孝の呻き声は一瞬で止まった。彼は袖口で顔を拭いた。依頼を遂行した彼の表情は変わらず冷たいままだった。立ち上がった時、目の前に弘美と遠野がいるのが分かった。
弘美は目の前の状況を理解したくなかった。ただ涙を浮かべる。遠野は銃を取りだし彼に向けた。
「この嘘っぱち野郎」
遠野が近づこうとした瞬間、彼は持っていたカッターナイフを投げつけた。それは遠野の左肩に命中し、一瞬ひるんだ隙に彼は遠野の銃を取り上げ遠野に向けた。弘美は思わず遠野をかばった。
「やめて! お願い!」
「あなた達を傷つけるつもりはありません。そこをどいてください」
「ふざけるな!」
遠野は弘美をどかして彼に詰め寄ったが、彼は引き金を引き、銃弾が遠野の腹に命中した。遠野は倒れ込み、彼は銃を向ける。
「やめて!」
弘美の言葉を無視し、彼は銃を遠野に向けた。
「こんなものですか、刑事さん?」
「てめえ…!」
遠野は勢いよく立ち上がり彼から銃を強く離し、そのまま右拳を振り上げた。彼はそれを防ぎ逆に右拳を振り返した。遠野はひるみ彼から距離ができた。彼が蹴りを入れる寸前で遠野はかわして右拳を入れた。彼は一瞬動きを止める。
「やはり強いですね。でも、無理はいけませんよ」
「何?」
遠野は彼の言葉から、撃たれた腹の出血を思い出し、激しい痛みが遠野を襲った。その一瞬、彼は前蹴りを遠野に食らわせ、倒れた遠野の肩に刺さったカッターナイフを抜いた。呻き声を上げる遠野に、彼はそれを向けた。
「あなたの負けです」
遠野は自分の死を感じた。だが、彼はカッターナイフをしまい、遠野の顔面に拳を入れた。
「もうやめて!」
彼は弘美の方を見た。弘美は銃を向けていた。
「どうして、こんなことを」
「安東は雨宮幸次を殺した犯人です。あなたのお父さんは雨宮を自殺に見せかけるために安東に協力した。二人を殺すことをある人に依頼されたので殺しました。それだけです」
「ふざけないで!」
弘美は彼に詰め寄った。
「どうしてこんな酷いことができるの! 私は、あなたを許さない!」
彼はまた不敵な笑みを浮かべた。
「では私を殺してください」
彼は銃口を胸につけた。
「撃ってください。私を殺してみてください。早く」
弘美は息が荒くなり、手の震えが止まらなかった。彼はそんな弘美を見つめた。
「あなたは本当に優しい人ですね。でも、それがあなたの弱さです。いつかまた出会える時が来たなら、この銃で私を撃てるような人になっていてください。そうすれば、あなたはもう同じ目にあわずに済みますよ」
彼は弘美から離れ、弘美は持っていた銃を落とした。彼は静かにその場から去ろうとした。
「さようなら」
彼は微笑み、その場から姿を消した。弘美は膝をつき正孝の死体を見つめた。もう涙は枯れ、何も感じなくなっていた。そして、パトカーのサイレンを聞きながらその場に倒れ込んでしまった。
遠野は病院で治療受け、弘美はショックから病院を退職し、病院は副院長が引き継ぐ形になった。
「病院、辞めたのか?」
「ええ。もう、あそこにはいたくないの」
弘美は手を合わせた。
「すまん。俺がしっかりしていればあいつを捕まえることができた。安東の件だって」
「その話はもうやめて!」
弘美は、今度はあの日の事を思い出した。彼の言葉が頭から離れない。
「俺は、あいつを逃がさない。必ず捕まえてみせる」
「遠野君、もういいわ……」
「弘美?」
「彼は、私に真実を教えてくれたのよ」
「何を言っているんだ?」
「どんなに辛い真実でも、知らなければならない。例えそれが、同僚が患者を殺した事でも、父がそれに手を貸した事でも知らなければならない。真実は知る為にあるのよ。ねえ、そうでしょ?」
「お前……」
弘美は肩を震わせ、正孝の仏壇を暫く見つめていた。
三 HAKU
東雲舞はただの風俗嬢だった。ただ、その容姿は評判が高かった。大きな目にふっくらとした唇はとても美しかった。舞が風俗嬢になって間もないころ、ある政治家が良く来店していた。若くして将来有望の男でテレビでもよく報道されていた人物だった。
「お前は美しい」
男は舞に入れ込んだ。舞もまた、その男に特別な感情を抱いていた。店だけでなく二人はホテルでも抱き合い、そして舞は、男の子どもを妊娠してしまった。だが、なかなか言い出すことができなかった。
「お前はなぜ風俗嬢をしている?」
「借金です。死んだ親が作った」
舞は遂に妊娠したことを言い出すことを決めた。その男なら受け入れてくれると信じていた。しかし、それを聞かされた男は顔を曇らせ考え込んだ。そして、秘書を呼び出した。秘書は鞄から封筒を取り出すとそれを舞に渡した。中には大量の札束が入っていた。
「なんですかこれは?」
「それでなかったことにしてくれ」
五百万が入った封筒を握りしめ、舞は涙をこらえた。
数日後、あの男の秘書が五百万の封筒をまた舞に渡した。一千万あれば借金も返済できるが、嬉しさは全くなく、悲しみしか感じられなかった。
舞は病院に行こうとしなかった。彼女の異変に気付いたのは友人の木田五郎だった。木田は舞とは学校が同じで、彼は舞に対して特別な感情を抱いていた。
だから、彼女の力になりたかった。
「舞、お前妊娠しているのか?」
舞は顔を曇らせ「いいえ」と苦し紛れに言った。だが、木田は舞が言ってることが嘘だとすぐに分かった。
「お願い。力を貸して」
舞はすがるような思いで木田に頼み込んだ。木田は快く受け入れてくれた。
その後、舞の腹部は日に日に大きくなり臨月を迎えた。舞は自分の家で出産し、木田が取り上げてくれた。子供は男の子だった。安心しようとしたのも束の間、まだ何か気持ちの悪い気分がした。そして、舞はもう一人子供を産んだ。子供は双子だった。
舞は兄を大河、弟を白と名付けた。その後、舞は再びあの男と会った。
「子どもを産みました。男の子です」
舞は僅かに期待している部分があった。だが、男は表情を変えず、何も言わずに立ち去った。二人はそれ以来二度と会うことはなかった。ただ、舞は産んだ子供は大河だけしか伝えなかった。
俺は大河の一卵性双生児の弟として生まれ、白と名付けられた。母は俺の存在を隠し続けた。理由は分からなかったが、ただ一つ分かっているのは母が精神を病んでいるということだけだった。
母は精神を病んでいて、度々俺に暴力をふるった。俺が何か反抗するといつも手を上げ、執拗に頭や腹を殴った。
ある時は押し入れの中に一人で入れられたこともあった。どうしてかはわからないが月に数回、強引に腕を掴まれて。食事を与えてもらえない日もあった。俺は母に愛されていない。いつも母の機嫌をうかがって、いつしか反抗することもなくなった。
兄の大河は優しかった。母が俺に暴力をしている時も何度も助けてくれた。大河だけが俺の味方だった。
母は大河だけを連れて外に出ることがよくあった。俺はいつも家にいて、二人の帰りを待っていた。それが当たり前だった。だから、大河の事を妬むこともなかった。
「白、心配するな。何があっても兄ちゃんが守ってやる」
大河はいつも、優しい笑顔で俺にそう言ってくれた。俺にとって大河は心の支えだったんだ。
十六の時、母がいきなり俺を殺そうとした。錯乱状態で手が付けられない状態だった。俺は母を傷つけたくなかった。抵抗しない俺の首を母は容赦なく絞めた。やっと死ねる、そう思った。だが、意識を失いかけた瞬間、大河が母を俺から強引に離した。そしてそのまま馬乗りになった。大河は一瞬間を置いた。そして、指で母の両目を潰した。大河はすぐ持っていたカッターナイフで母の首を刺した。俺は放心状態になっている大河を見て何もできない自分を呪った。俺のせいだ。その後、母をどうしたのかは覚えていない。
そして、大河は母親を殺した罪で捕まり、少年院に一年入った。捕まる前、大河は俺にこう言った。
「俺に何かあってもお前は絶対出て来るな。俺が戻ってくるまで身を隠すんだ」
大河は木田さんを紹介してくれた。俺たちの事をよく知っていた人だった。
「お前のお母さんとは知り合いでな」
俺は最初、木田さんを信じることが出来なかった。
「俺はこの世にいない人間だから」
「知っているよ。お前達兄弟のことはよく知ってる。一緒に来なさい」
俺は木田さんの家に住まわせてもらった。何処となく安心感があり、暖かった。木田さんには息子がいてまだ六歳だったその子とはあまり関わらないようにした。
一年は思ったよりも早く過ぎた。大河は坊主頭になって俺のもとに帰ってきてくれた。暫くして、木田さんの家を離れあの家に戻った。大河とまた、真っ当な人生を送りたかった。
だが、大河は何者かに殺された。銃で胸を撃たれ倒れているのを俺は見つけた。
「兄ちゃん! 兄ちゃん! しっかりしろ!」
大河は苦しそうに何かを言いたそうにしていた。俺は耳を近づけた。
「白、ごめんな……」
大河はそう言って死んだ。俺は泣く事しかできなかった。どうしていいかわからなくなった。殺したやつを見つけ出して復讐してやりたかったが、あの時の俺はそんなことを考えている余裕なんてなかった。俺はすぐに木田さんの所へ向かった。
木田さんは大河の死体を見て何も言えなくなっていた。木田さんは「あとは私が何とかする」とだけ言い、大河をどこかへ連れて行った。
木田さんは俺に大河の保険証や印鑑、そして母の通帳を渡した。どうして木田さんがそれを持っていたのかは、その時は分からなかった。
「白、お前はこの世にはいない人間だ。だから、今日からは大河として生きるんだ」
俺は木田さんの言っていることが理解できなかった。でも、俺は言うとおりにした。
木田さんは俺に建設会社を紹介してくれた。俺はそこで働くようになった。そこの社長は俺を気にかけてくれた。
「東雲、お疲れさん。ちゃんと飯食えよ」
社長は笑顔が素敵な人だった。職場の人もみな良い人達だった。だが、俺を嫌う奴らもいた。
「おい、ちょっと来いよ」
不良感が抜け切れていない三人の同僚が俺を痛めつけてきた。
「お前の面が気に入らねえ」
奴らは俺を何度も痛めつけた。でも、俺は耐えた。こんな奴ら怖くもなんともなかった。「おい東雲、顔色悪いぞ。なんかあったか?」
「いえ、大丈夫です」
俺は社長には何も言わなかった。心配を掛けたくなかった。
その日も、奴らは俺を痛めつけた。俺は抵抗することなく耐えていたが、そこに偶然社長が現れた。
「お前ら! 何をしてる!」
社長は奴らを問い詰めた。
「どうしてこんなことしているんだ!」
「うるせえ!」
奴らの一人が逆上して社長を突き飛ばした。社長は機材に頭をぶつけ倒れこんだ。
「やべえ、追い逃げるぞ!」
奴らは一目散に逃げて行った。俺は社長をゆすったが何も反応がなかった。俺は怖くなってその場から立ち去った。
その後、奴らは捕まった。俺にも容疑がかかっていたから、俺はいづらくなってもう会社に戻ることはなかった。そして、木田さんの前からも姿を消した。行くあてもなくふらついて、ヒッチハイクをしながら何時しか、東京に辿り着いた。
十九の時、俺はまたホームレスのような生活をしていた。その時、一人の男が俺に声をかけてきた。
「お前、名前は?」
俺はその男を睨みつけた。俺の髪はストレスなどが原因で白髪になり、前髪が邪魔でその男の顔がよく見えなかった。
「良い目をしてるじゃないか」
その男は「黒田組」の組長黒田直武だった。俺はその男について行った。
「殺し屋にならないか」
俺は驚いた。だが、断る気はなかった。生きている意味が見いだせなかった俺は黒田の問いかけが妙に嬉しく感じた。
「やらせてください」
俺は殺し屋になり、多くの暴力団の人間を殺した。この事は公になることはなく、俺はいつしか「HAKU」になり、一般人も殺すようになった。殺す事にも躊躇がなかった。ただ一つ感じたのは、両目を潰す時に大河の顔が思い浮かんだ。
ある日、酔っていた黒田は俺にある話をした。俺を雇う前、他の殺し屋を雇っていたことを。その殺し屋の名前は近藤で、もう死んでいるということを。そして、その男が最後に殺した奴が当時十六の餓鬼だということを知った。少年院を出たばかりの坊主頭の男。その男が自宅に戻ってきた瞬間、近藤は消音機銃で男の胸を撃った。
俺は、その男が大河だとすぐに分かった。それを依頼したのが誰なのか聞いた。黒田は酔っていたからなのか、有名な政治家の「大野銀二」だと簡単に答えた。俺の父親は政治家だと母から聞かされたことがあった。点と点が繋がった気がした。大野銀二が俺達の父親だった。大野は、母親を殺した大河が自分の子供だと知られるのを恐れ、殺し屋を使って大河を殺させたんだ。
俺は、その場で黒田を持っていたカッターナイフで刺し殺した。仲介役のこいつらも同罪だ。その日いた組の奴らは全員殺した。俺は、生きる意味を見つけた。大野銀二を殺す。それが生きがいになった。
俺は「HAKU」のホームページを削除せず、残った最後の依頼を実行しようと思った。そんなもの放っておいても良かったが、殺し屋「HAKU」として良い締め括りだと考えた。それを実行した後、大野銀二を殺しに行く。そう決めた。
それがHAKUとしての最後の依頼だった。依頼者は被害者の元恋人だった。精神病院に入院していた雨宮幸次が自殺に見せかけられ殺されたと。被害者の体には無数の痣があったことからその女は不審に思った。だが、誰も話を聞いてくれなかった。女は泣きながら俺に頼んだ。俺は承諾し、その病院のことを調べた。
ある日、俺は院長の安西正孝に拾われ、精神病棟に行った。その時はかつらをかぶり、記憶喪失の人間を偽った。病院にいることで、安東と正孝の関係を知ることができた。俺は暫くして病院を抜け出した。
その日は雨だった。俺は元の白髪のまま正孝を待っていた。そして、予定通り正孝はやってきた。
「君、どうしたの?」
俺は振り返らなかった。俺はカッターナイフを握りしめた。正孝は事情を把握したのか自分の病院に俺を連れて行こうとした。優しくゆったりとした口調で言ってきたが、その顔が少し曇っているのが直ぐに分かった。
「君、名前は?」
「……。僕は、東雲大河です」
俺は、微笑んでそう応えた。
この作品は三部作構成で、今回投稿したのはその第一部です。あえて連載ではなく一話完結の短編として投稿しました。
第二部、三部も投稿しようと思っています。