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あかいせの短編シリーズ

あの日、あの時、あの場所で、君と。

作者: 赤井瀬 戸草

      *


 夢。


      0


 世界は無限だと思っていた。

 僕たちの世界はまだまだ広がっていくと信じていた。


 山の上にそびえ立つ中学校と、それを取り巻く田舎だけの空間に暮らして。

 学区のはずれにあるジャスコだけがもっぱら僕たちの遊び場で。

 部活で滝のような汗と乾いた砂に塗れてへろへろになって。

 水道の蛇口の先を無理矢理逆さに向け、水を必死に飲んだりして。

 授業中に居眠りしてたら先生に叩き起こされて皆の笑いものになったりして。

 帰り道に公園でたむろしながら、小学生の頃には居座れなかった時間一杯までブランコを占領して。

 バカな話で滅茶苦茶笑って。

 と思ったらいきなり好きな女の子の話になってそれを皆が照れ交じりで茶化しあったりして。

 家に帰って好きな女の子の言動の一つ一つに一喜一憂して。

 そんな自分をキモいと思いつつもやっぱりあの子が好きで。

 ご飯を食べたら眠たくなったから寝て。

 そしてまた一日が始まる。

 くだらない、けれど大好きな日常を一杯に過ごして。

「早く大人になりたい」と憧れを漏らす。

 そんな日々。


 とある日。

 だいだい色の放課後。

 昼間はあんなにやかましかった教室は、信じられないほどに静まっている。運動部の威勢のいい掛け声が、開いた窓から飛び込んでくる。

 僕は残って日番の仕事を終わらせようとしていた。日誌は汚い文字を書き散らかして、感想は三文字で終わらせた。

 そもそも日番の感想って何やねん。雑用させられて感想なんかそんなもん、ダルい以外に何があるんや。なんで皆こんな絵とか描いて彩ってんねん。

 心の中で毒づきながら、僕はカラフルに彩られた彼女の日誌のページを閉じた。

 あとは、皆の返却された提出物をそれぞれの机に置いて帰るだけだった。

 すると突然引き戸が開くもんだから、僕はおもわず辺りの机を蹴飛ばしてびっくりした。蹴飛ばした机がまた派手に音を鳴らして倒れるもんだから、入ってきた女の子までびっくりした。

 ちょっと間が空いて、二人で吹き出した。

「あっははははは! キー君何やっとんよ、こっちまでびっくりしてもーたやんか!」

「そっちがいきなり入ってきたんが悪いんやろ! 俺真面目に仕事してただけやで!?」

「にしたってビビりすぎなんちゃう? あーお腹痛。あははははっ!」

「笑うなや!」

 少し恥ずかしくて、でもなんだか嬉しい。

 夕焼けが差し込む教室に、思わぬ来客だった。

 僕はノートを配りながら無理やりにでも話を続けようとする。

「アズは何しにきたん? こんな時間までまさか勉強しとったわけちゃうやろ?」

「そんな天才なことするわけあらへんよ。普通に忘れもんしちゃってもーたから取りに来ただけなんやで」

 アズの関西弁は、何処かおかしい。本人曰く、小学生のときにこっちに越してきてから無理やり関西弁を話そうとしたせいなんだそうだ。

「アッホやなあ……もう下校十分前やで?」

「しょうがないやん。これ無いと明日の数学の宿題できへんねんから」

「え? 明日なんか数学宿題あったっけ?」

 これは嘘。普通に宿題のことはしってる。これで会話を繋いでる間に、何とか次の話題を探す。二人でも気兼ねなく話せて、なおかつイイ感じの話題が欲しい。

「あったやろ? ほら、三平方の定理の応用二番。めちゃムズいやつ」

「あーっ、そやったそやった! やっば。俺もノート忘れるところやったわ」

「キー君、人のこと言われんやん」

 そう言って彼女はニヒルに笑う。

 僕の顔が赤くなっていたとしても、夕日のオレンジでバレにくくなっていることを祈りたかった。

 と、少し黙ってしまった。

 しまった、話題が切り替えられない。

 テーマも何も思いつかなかった。

 しかも配り物はまだ山ほどある。このチャンスを逃してしまった以上、彼女との時間をこれ以上送ることは難しそうだった。

 が、彼女は優しかった。

 とんだラッキーが舞い降りた。

「仕事大変そうやなあ……手伝ってあげよ!」

「え! マジで!」

「あたしは優しいもん。ほら、半分貸して!」

「ホンマ助かるわ! ありがとう!」

「ふっふっふ。褒めよ褒めよ」

「マジ神」

「それ褒めてるん?」

「神やで? ゴッドやで?」

「キー君ちょっとそれ寒いわ」

 ニヤニヤと、少しおちょくる様な彼女の笑い方。僕が友達とバカしてるノリの冗談がぽろっと出てしまって、僕はすごく恥ずかしかった。

「今日夕日綺麗やなあ……教室めっちゃオレンジ色やん」

 彼女はふと、独り言のように呟いた。

「せやなあ……ええ感じの雰囲気やない?」

「うん。あたしもこういうの大好き。小説とか読んどって、こういう場面で告白されとるシーンとか見るともう胸がきゅーってなるんよ」

 ノートを抱きしめるように抱えて、彼女はうっとりとした表情。

 思わず、見入ってしまう。僕は慌てて目をそらした。

「ええよなあ……俺もこんなところで告白してみたいわ」

 なんやこの台詞。

 くっさ。

 ……。

 実は。

 僕は、アズのことが――。

 なんて言ってみたらどうなるだろうか。

 時が止まるかもしれない。

 地球だって回るのを止めちゃうかもしれない。

 でも、勇気がないから。

 断られちゃったら怖いから。

 僕は金魚みたいにぱくぱくと、言葉をなぞってみた。

 実際に言ってみたときを想像して、胸が苦しくなった。

 窒息しそうだ。

 頭がひなたぼっこをしてるみたいにぽかぽかしている。

「告白してみぃよ」

 ボーっとしてる時に、やけにはっきりその言葉が耳から入ってきた。

「え?」

 思わず聞き返す。

「ええやん、告白してみたら。キー君でも、夕日の眩しさでマシに見えてころっと落とせてまうかもしれんで?」

「それどういう意味やねん」

「言葉通りっ」

「うわー、ショックやわあ……それ精神的にきくわあ……」

「へろへろしなや。そんなんやからモテへんねやろー」

「うっさいなあ……そう言う自分はどうやねん! 彼氏おるんか?」

 文句を言う振りをして、さりげなく彼氏の有無を聞く。三ヶ月前には友達から居ないと聞かされていたけれど、実際にこうして聞くのはやっぱりドキドキするものがあった。

「うるさいうるさいそれ聞くな! 私にやってそのうち彼氏できるもん!」

 やった。

「そのうちっていつでしょうねー」

「いつか!」

 投げやりにそう言って、あっかんべーする彼女。

 僕はピエロみたいに舌を出して、彼女とにらめっこ。

 また二人で笑う。

 ずっと笑って居たいけれど、完全下校までもう二分もなかった。

以前練習で書いたものです。

続きの予定は今のところありませんが、気が向いたらいつか……。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 中学生らしい純粋で繊細なストーリーに好感を覚えました。始めのほうに中学時代の思い出を振り返る文章を綴ることで、物語の中心となるアズとの思い出の話に自然に繋がっていき、よかったです。 [気に…
[一言] 机が並んでいて、黒板があって……懐かしい教室の思い出が甦りました。甘酸っぱい感じがなんともたまりませんね。
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