終章 大人と男
安曇がいなくなってから、一週間が経った。
今夜は骸骨野郎達は現れず、代わりに引ったくりを魔法で捕まえた。いつものように通報をし、いつものように二人で並んで帰っていたその時だ。
「……悪い、と言っていたな」
「んっ?」
「学校で、俺のファーストキスを奪った時だ」
淡々と言われた内容に、俺は思わず硬直した。いや、確かにそうかなとは思ったが――とは言え、俺にも言い分はある。
「いや、確かに言ったけど……俺だって、初めてだったんだから! 改めて、蒸し返さなくてもいいだろっ!?」
しかも俺の場合、自慢じゃないが前世でも現世でも初めてだ。うん、本当に何の自慢にもならないが。
言い返した俺の肩に手を置いたかと思うと、椿は道路の横断防止柵に俺を座らせた。それから見上げた俺を、真っ直に見返して。
「それならちゃんと、やり直すぞ」
そう言うと、椿は肩から右手を離して帽子を脱いでいた俺の長い髪を頬から払った。
(やり直すって……ああ、まあ、十代のファーストキスって特別だよな。しかもアレ、衝突事故だからムードないし)
同じ男としては、ファーストキスへのこだわりは解る。外ではあるが夜だし、周りには車も人もいないので、少なくとも前の学校でよりは十分マシだ。
近づいてくる椿に対して、恐怖や嫌悪感はなかったので、俺も目を閉じようとしたが。
(……って、何で俺、素直にキスされようとしてるんだ?)
(そもそも椿とは言え、男にキスされるんだぞ?)
(それなのに、嫌じゃないって……)
ふと引っかかって目を開けた途端、キスする寸前の椿と目が合った。
瞬間、カッと頬に熱が集まった――赤くなったのが、自分でもはっきりと解った。
「やり直しは、また今度にしよう」
そう言って、街灯を背に椿が笑う。
こういうところが、椿が言っていた『大人』なんだろう。確かに若者の勢いで来られたら、今までの俺なら前みたいに怯んで逃げ出してしまうと思う。
けれど、今の俺は――さっきの自問自答で、気づいてしまった俺は。
「じゃあ、俺からする……好き同士だから、問題ないよな?」
年は俺の方が(中身は)上だが、我ながらまるで大人じゃない。
……だけど、男ならきちんと自分の気持ちを伝えないとな。
照れで顔は熱いままだが、そう思いながら俺は言葉通りに、離れようとした椿の頬へ手を伸ばして引き寄せた。
セカンドキスを無事に奪えたか、年相応に戻った椿に反撃されたかは俺達二人の秘密だ。
第二部完結です。ここまでのお付き合い、ありがとうございました!
来月~再来月くらいから、第三部(完結編)の連載を開始したいなと思ってます。




