確かに、魔力はあるけれど1
魔法、と聞いて浮かぶものの一つに『転移』があると思う。
始点と終点、二点間の空間を一瞬で飛び越えて移動する。これはテルスの魔法の中にもあって、デメリットとしては術者の行ったところにしか飛べないことだ――普通なら。
(魔法自体が、イメージが実現するものだからな。知らない場所に行くって、イメージし難いよな)
普通なら、と注釈がつくのは俺と椿もガキの頃に試したからだ。
まずは近場でってことで、神社に上がっていく階段の下から、椿のいるいつもの木の根元まで。距離としては、百メートルくらいだろうか?
(あの場所を、引き寄せて……飛び込んで……)
一応、左右に人がいないことを確かめてから目を閉じ、頭の中でイメージをして、えいやっと体を傾けて。すぐに「おい」と目の前の椿に声をかけられて、成功したと解ったが。
……次の瞬間、俺は血の気が引く感覚と吐き気に耐えられず、その場にしゃがみ込んだ。
最悪、吐くのは免れたがその後も、距離や体調に関係なく『転移』酔いは克服出来なかった。同じ距離でも、風で跳躍した状態だと全く問題ないのにだ。
「乗り物酔いの原因は、平衡感覚情報のずれらしいが……お前のコレにも、当てはまるのかもな」
「平衡感覚情報……?」
「つまり体の認識と、目から入ってくる状況とのズレだな。浮遊だとそれが一致しているが、転移だとどうしてもズレてしまう」
椿の説明に、なるほどと思う。
後でポモナに聞いてみると、転移は高度な魔法で(確かに義父さんは使えたが、ギルドでも使える人間は限られていた)発動しないことはあるらしいが、体調を崩すのは珍しいそうだ。
……もしかしたら、とその時、俺は思った。
俺の魔力は、ポモナが与えてくれた『借り物』だ。だから、こういう形で拒否反応が出てしまうんじゃないかって。
長くなったが、そんなこともあって俺は自分の魔力についてあまり信じていなかった。暴走させない、コントロールすることしか考えていなかった。
そんな俺の魔力を、俺ごと信じてくれたのが椿で――だから俺も、椿を信じるように俺の魔力を信じようって思ったんだが。
「……っし!」
かけ声と共に、風をまとわせた右足で、俺は部屋のドアを蹴り飛ばした。
「なかなか派手だが、ここは転移を使ってトラウマ解消の流れじゃないのか?」
「だから、心を読むなって……一人ならともかくお前がいるし、どうせ素直に帰して貰えねぇだろうから、ゲロってられねぇだろうが」
「そうよ、帰さないんだからねっ」
廊下に出て、階段を降りようとした俺達に、背後から声がかけられる。
それに振り返りながら、椿の前に飛び出すと――刹那、突風が叩きつけられて俺の髪や制服のスカートを翻した。