急転1
俺が教室に戻った時には、椿は黒城さんを連れて出て行った後だった。
(何がしたいんだよ、あいつ!)
一年生の教室は、最上階にある。だから、俺は飛び降りる勢いで一階へと戻った。何をする気か知らないが、二年や三年のいる階にはいないと思ったからだ。
(食堂とかグラウンドだと目立つし、あとは……校舎裏とか?)
そして上履きから靴を履き替え、俺は校舎を飛び出した。
最初に見つけたのは、俺に背中を向けて立つ黒城さんだった。
(いたっ!)
ホッとした俺だったが、その前にいる椿の姿を見て大きく目を見開いた。
……椿は、黒城さんの足元で倒れていた。
「椿、どうしたんだよ?」
動かない椿に声をかけ、駆け寄ろうとしたが、それは俺の前に立ち塞がった黒城さんに遮られた。
「駄目よ、彼は人質なんだから」
「……は?」
「ひ・と・じ・ち」
一文字ずつ、区切るように言われたのに俺は唖然とした。何で、そんな物騒な単語を笑顔で言ってんだ?
「何、ふざけて……」
「ないわよ? 彼、全校生徒の顔と名前覚えてるんですって。持ち上がりって嘘から、思ってたより早くバレちゃったけど。彼がいれば、魔法は使えないでしょう?」
刹那、俺が眉を寄せたのは魔法、と口にされたからじゃない。
……笑ってる黒城さんの背後から、白衣を着た連中がゾロゾロと現れたからだ。
「ねぇ? 一緒に来てくれるわよね?」
癒されるような笑みを浮かべてはいるが、紡がれたのは問いかけじゃなく命令だった。
そんな黒城さんと、男達に両脇から抱えられた椿を見比べて――仕方なく、俺は頷いた。
※
魔法は使える。身体能力も、並みの男よりはある。
……けど、逆に言えばそれだけだ。椿って言う人質を取られ、目隠しをされたら手も足も出ない。
いや、まあ、魔法で晴香さんに伝えられなくはないんだろうが、これ以上誰かを巻き込むのは『俺が』嫌だった。
(どれくらい経った……三十分? 一時間?)
後部座席で、両脇を男達に挟まれて。無言の車内で、そんなことを考えていたら車が停まった。
そして俺はそのまま、車を降ろされて。目隠しを外された、と思った途端、不意に俺の体が床に沈んだ。
「ぐっ……!」
殴られたり、蹴られたりした訳じゃない。
誰も指一本、俺に触れていないのに――立っていられないくらいの圧迫感に勝てず、呻いた俺は床に転がった。
何で、どうして、と視線を上げた俺の目に床に突き刺さった、アンテナみたいな機械が映った。
見えない力に押さえ込まれて、どれくらい経っただろう――近づいてくる足音に、俺は再び目を上げた。
「苦しい? 地球の人間でも、やっぱり魔力があると有効なのね」
黒城さん――いや、黒城の声が聞こえたのに、俺は大きく目を見開いた。
「……誰だ、あんた?」
「いやね、クラスメートの顔を忘れたの?」
髪を下ろして、化粧をして。着替えた『だけ』って言っちゃそれまでかもしれない。
だけど、目の前にいるのは子犬みたいな女子高生じゃなく、白衣姿の美女だった。声で解るけど、ここまで化けるのかよ女って!?
「改めて……黒城研究所へようこそ。『私』がここの責任者よ」