俺は百合さんではないっ!
転生前、異世界(つまり地球の)知識って言われた時は漠然と「言葉とか、最低限の一般常識?」くらいに思ってた。
……だが、やっぱりポモナの大盤振る舞いは健在で。
(首席楽勝な脳みそって、何なんだよ……あー、昨日は恥ずかしかった)
そう、ついつい試験(エスカレーター校でも一応、受験と言うか進級試験はある)でオール満点を取っちまったので、俺は昨日の入学式で新入生挨拶を任されてしまった。
おかげで馴染みの顔ぶれにだけじゃなく外部生、更には上級生にもジロジロジロジロ見られるようになっちまった。
(中等部のが、まだマシだったな……一年坊主からのスタートは辛いぜ)
早く成り上がりたい……そう思う俺の横に、椿の姿はない。授業が終わった後、各運動部の先輩方から勧誘を受けたあいつは「キッチリ断る為に」体育館に向かったからだ。
(自分に勝てた奴の部に入ってやるとか、どんだけ上から目線なんだよ)
とは言え、上げ底された俺には負けるが流石、神童。中等部の時も同じ条件を出したが、結局、椿は俺と一緒に三年間帰宅部だった。だから、明日からもまた一緒に帰ることになるだろう。
そんな訳で一人、先に帰ることになった俺は「声かけんじゃねぇよオーラ」を出しながら教室を、そして校舎を後にしたんだが……。
(…………あ)
『ソレ』に気づいたのは、十分くらい歩いた頃だった。
別にやましいことではないんだが、ついキョロキョロと辺りを見回す。そして、誰もいないのを確かめると――俺は『ソレ』に誘われるままに歩き出した。
「可っ愛いなー、お前!」
公園、と言うか広場にあるベンチで。
黒ぶち模様の野良猫を撫で回して、俺はそのモフモフ感を堪能していた。
男のくせにと思われるかもしれないが、俺は動物が大好きだ。猫や犬は勿論だが、前世で踏まれた馬も好きだったりする――椿には、真顔で「どMか?」って尋ねられたけどな。
(はー……癒されるー)
笑顔で頬ずりしていると、不意に喉を鳴らしてくれてた猫がピクンと固まった。
「あっ……」
「……ルーンちゃん?」
そしてスカートの膝を蹴り、走り去った猫を見送る俺の耳に、聞き覚えのない声が届く。
……声に覚えはないが、紡がれた名前にはバッチリ覚えがあった。
(また、親父の漫画関係か)
こっそりとため息をつきながら、顔を上げた俺だったが――声の主を見て、思わず目を見張った。
『ルーンちゃん』って言うのは、親父の漫画『魔法少女マジカル☆ルーン』のヒロインである。
確か名前が『春花』で『はるるん』ってあだ名からつけた筈だ。
そんなキャラの名前で俺を呼んだ痛い野郎は、男にしては高い声だった。
……当然だ。だって、俺の視線の先にいたのは俺より年上らしい『女生徒』なんだから。
そう、彼女は俺と同じセーラー服を着ていた。
長めのショートカットに、高い身長。制服を着ていても解る、抜群のプロポーション。
美人って言うかカッコ良い感じだけど、目が丸いからきつい感じはしない。
持ち上がり組だと、先輩でも顔くらいは知ってる。特に、こんな目立つ娘なら一度見たら忘れないだろうが――全く覚えのないところを見ると、高等部から入った外部生だろうか?
「……あの?」
「ごめんね、邪魔しちゃって」
「いや、大丈夫です」
申し訳なさそうに謝ってくる相手に、俺は慌ててそう返した。
だってこの娘、肩落としてすっげぇションボリしてんだぜ? 確かに猫との触れ合いが中断したのは残念だが、俺は義父さんから「女性は守るべきもの」って教えられてる。そう、たとえテルスの女性に(魔力で)全く敵わないとしても。
そんな俺に軽く目を見張り、次いで女生徒は笑ってくれた。
だがそれに一安心した俺の手を取り、彼女はメガトン級の爆弾を落としてくれた。
「やっぱり、君は僕が思ってた通りの娘だ」
「えっ……」
「僕は、辰巳晴香。突然だけど、僕とつき合って欲しい」
「…………どこへ?」
相手が男口調なのも驚いたが、自分がこんなベッタベタなボケをかましたのにも驚いた。
いや、だって、僕とか言ってるけど女の子だし、俺も今は女だし……誰か、嘘だと言ってくれっ!




