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ゴミ捨て場

————あら、くすのきさん。御機嫌よう。


 ゴミを出そうとゴミ捨て場に向かうと、麗しの三ツ木さんに出くわした。

「ああ、こんにちは。三ツ木さんもゴミ捨てかい?」

「ええ。この辺はゴミ出しの時間帯に寛容で住み易いですわね」

 三ツ木さんは素敵な笑顔でニコリと微笑む。本当に綺麗な人だ。

 三ツ木さんは可愛いとか、美人とか、そういった言葉では形容出来ないような顔つきをしている。言葉遣いも丁寧だ。

「ここの暮らしには慣れた?」

 三ツ木家は最近この地域に越してきたのだ。なんだか気後れしてしまうくらい雅である為、少し距離を置く奥様方も少なくない。

 しかし、喋ってみればなかなかに面白い人だということが判る。

「ええ。とてもよい所です。近くに川もありますしね」

 川。川がいいのか。確かにゴミ捨て場よりは情緒に溢れている場所だとは思うが。

「得意なんです。水切り」

 お互い今年で三十歳になる。而立の歳だ。

 それが川で水切りとは。何処まで素敵な人なのだろう。而立どころか不惑の境地すら感じさせる。

「三ツ木さんは変わってるなあ。そこがまた可愛いけど」

「可愛いだなんて。もうそんな歳じゃありませんわ」

 三ツ木さんは顔を赤らめる。

「ははは、確かにね。でも三ツ木さんと話してると学生時代に戻ったみたく感じるな」

「学生時代ですか。確かに私、学生の頃からあまり成長していないですから、そう言われても仕方ないですわね」

 しょんぼりと肩を落としてしまう三ツ木さん。落ち込んでいる姿も素敵だ。

「その頃から自分がブレないってのは凄いと思うよ」

「成長の喜びがないというのは不幸なことではないでしょうか?」

 どうやら私は地雷を踏んでしまったようだ。変わらないということは、三ツ木さんにとってコンプレックスなのかもしれない。

「そうなのかな? でもまあ変わるチャンスくらいこれからもあるよ」

 ありがちな励まし方だが、私の語彙ではこれが限界だ。

 それに、日本人女性の平均寿命を考えれば、まだ私たちは半分も生きていないのだ。子育てと言う課題を通じて成長することもあるだろう。

「お気を使わせてしまったようで申し訳ありません。しかしいいんです。変わらないことは私の願いですから。願ったことには責任を持たなければなりません」

 何だかよく判らない。願い事に責任が発生することなどあるのだろうか。

「楠さんの学校には七不思議ってありました?」

「は?」

 突然話題を変えられたので、戸惑ってしまう。

「七不思議ですよ。あったでしょう?」

 七不思議か。確かに何処の学校にもそう言った噂はあるものだ。しかし私は十六年間の学生生活の中で、七不思議を耳にしたことが一度もなかった。これはこれで奇妙なことかもしれない。

「うーん。あったのかもしれないけど、私は聞いたことなかったなあ」

「あら、そうなんですか。珍しいですわね。多感なお年頃にそう言ったものに振り回されないなんてご立派です」

 嫌味で言っているのではないというのは彼女の態度を見れば判る。柔和に微笑む顔に邪気は感じられない。

「三ツ木さんの通ってた学校にはあったの?」

「ええ。ありました。確か——」


・不思議その一:トイレの花子さん。

・不思議その二:動き出す骨格標本。

・不思議その三:料理幽霊。

・不思議その四:ピロティーで遊ぶミネルヴァの像。

・不思議その五:図書室で会話する幽霊。

・不思議その六:桜の木の下に埋められている死体。

・不思議その七:職員室のA先生。


「こんな感じでした」

 三ツ木さんはスラスラと七つの不思議を言い上げる。よくそこまで正確に覚えていられるものだ。

「でも、不思議には八つ目があったんです」

「七不思議なのに?」

「七不思議なのにです。まあ八つ目は私しか知りませんが」

「どういうこと?」

 私が疑問を呈すると、三ツ木さんは、これは本当にあった話なんですけれどと前置きをして話し始めた。

「高校生の頃、友人と七不思議を検証したことがあるんです。夜、学校に忍び込んで、トイレから職員室まで、皆で楽しみつつも怯えながら確かめて回りました。しかし残念なことに七不思議は全部嘘で、結局何事も起こらずに探検を終えたのです。提案者の友人は肩を落とし、誘われた友人達と私は内心ほっとしていました」

 まあそんなものだろう。噂は噂だ。しかし判っていてもその年頃の子供は胡散臭い話が好きなのだ。

 それにしても夜の学校に忍び込むとは、友人に唆されただけとは言えよくやるものだ。今の時代にそんなことをしたら一発で退学である。セキュリティシステムも発展したものだ。やはり昔だから出来たことだなのだろう。現代の学生は夜の学校に忍び込もうなどと、思いつきもしないのかも知れない。

「提案者のお友達は、このまま帰るのは悔しいから屋上で夜景でも見ようと言い出しました。これは私や他の友人達にとっても魅力的な提案だったので、特に反対せずに、私たちは階段を上って屋上まで行きました。

 学校は町中に建っていたので、空と地上が逆転したみたいな綺麗な夜景が見れました。しばらくして、私はトイレに行きたくなりました。友人に断りを入れて、トイレに向かう途中、階段の踊り場の姿見の前を通ったんです。何の気もなしにちらりと見るとそこには私が映っていました。当然ですよね。姿見なんですから。でも、映ってる私は催して焦っている私とは違う顔をしていたんです。凄く陰険な顔で笑っていて、私のことを馬鹿にしているみたいでした。

 びっくりして立ち止まると、私は体の自由が利かなくなって、鏡の中の自分と向き合う形になりました。すると、鏡の中の私は、願い事をどうぞと言うんです。私はパニックだったので、相手が何を言ったのかよく判らなかったのですが、鏡の中の私は現実の私のことなどお構いなしに繰り返してもう一度、願い事をどうぞと言いました。言わなければ解放してくれないのだと思った私は思わず、ずっと変わらずにいたいと言いました。それは私自身のことではなくて、その日、夜の学校に集まった友人達との友情に関してのことだったのですが、鏡はどうやら勘違いしたようで、私自身を成長させませんでした。鏡が勘違いをしたのに気付いたのは大学生になってからでしたけれど。解放されてからは尿意も忘れて屋上まで駆け上がり、友人を引っ張って帰宅しました」


 どんな顔をしていいのか判らない。嘘か本当かも判らない。

 しかし、三ツ木さんが嘘を吐いているようには見えない。

「信じられんハナシだね、そりゃ」

「まあ大抵の人は信じてくれません。正真正銘の本当にあった怖い話なんですけどね」

 三ツ木さんはいたずらっ子のようにはにかむ。

 やはり作り話なのだろうか。

 読めない。そういう所も彼女の魅力なのだが。

 魅力と言えば、彼女の形容し難い魅力の正体が判ってきた気がする。圧倒的に若いのだ。二十代前半、いや、十代後半と言っても通じるような容姿をしている。そこに年齢と言うフィルターがかかるから正体が掴みにくくなるのだと思う。

「もうそろそろ遅い時間ですわね。子供達が帰ってきます。私たちも帰りましょう」

「お、そうだね。じゃ、また明日」

 三ツ木さんに別れを告げ、ゴミ捨て場を後にする。

 薄暗くなった住宅街からは、色々な食べ物の匂いがする。煮物の匂い、焼き魚の匂い、揚げ物の匂い。

 私の家の夕飯はカレーだ。

 子供達には沢山食べて貰わなければ。


 そして大きく育ってほしい。ちゃんと成長して、立派な人間になってほしい。

 彼らが大人になった姿を夢想しながら、私は家路に着いた。

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