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食堂

————あ、あの娘カワイイ


 里志の視線の先を追うと、ヤツの言う通りの可憐な美女が窓の外を歩いているのが見えた。夕日に照らされて、少し影のある顔が堪らない。本当に美人だ。正直タイプだ。お近づきになりたい。

「よし。次はあの娘に決めました」

 ああ、駄目だ。この色男が決断してしまったのなら俺の出る幕など皆無だ。絶無だ。絶望的だ。

 この男は狙った女性を逃がさない。

「お前さあ、程々にしとけよ」

「え? 何がっすか?」

 白々しく聞こえるが、恐らく本気で言っている。


「女の子に手出すのだよ。お前何股かけてんだよ」

「そんな下品な言い方しないで下さいよ。俺は浮気してる訳じゃないんですから」

 確かにこいつは浮気をしている訳じゃない。付き合っている女性の了承を得たうえで、多人数との恋愛を実現しているのだ。

 何故こいつの恋人達がそれを許しているのかは判らないが。

「そうは言ってもなあ……不義理じゃねえかよ」

「そんなことはないですよ。だって俺は全員分け隔てなく愛してるんスから」

 内実は判然としないが、これも本当のことだろう。こいつは八人の恋人を同じだけ愛している。その証拠に、今までこいつは何のトラブルも起こしていない。

 しかし、俺には常々疑問に思っていることがある。それは結婚のことだ。こいつは八人の恋人の内、誰を選ぶつもりなのだろう。真逆全員と結婚するなんてことはあるまい。

 俺はその疑問をぶつけてみる。


「結婚かあ。誰とすればいいんですかね。出来ることなら全員としたいですけど」

「無理に決まってんだろ。経済的に。それに世間も許さないだろうな」

「でしょうね。しかし世間とは、腐っても文学部って感じですね」

「太宰は関係ねえ」

 腐っても、の部分は否定しない。確かに俺は腐った文学部生だから。

「子供の養育費とかも馬鹿にならねえぜ? 少なくとも八人の妻とその子供を養うのは無理だろう」

「そうですね。それに関しちゃセンパイが正しいっすよ」

 今までの会話で間違ったことを言った覚えはないのだが。

「うーん。そうですよねえ。うわあ……どうすればいいんだ」

「子供をコインロッカーに置き去りにするのだけはやめてくれよ」

 縁起でもないことを言ってみる。

「そんなことしないっすよ! 俺は全ての人を愛したいと思ってるんスから。そんな非道なことはしませんて」

 こいつが声を荒らげるのは珍しいことだ。こういう一面を見ると義理堅い男なのだと思わなくもないが、だからこそ厄介なヤツだとも言える。


「まあお前がそんなことをするヤツじゃないってのは判るさ。しかしな、お前の恋人達はどうだ? そんなことをしないと言い切れるか?」

「言い切れます」

 予想していた返事が返ってきた。里志は人を信じるということに関しては天才的だ。いや、「的」ではない。正しく天才だ。だからこそ、八人の恋人達は文句一つ言わないのだ。

 だが……


「お前は人の心が判っていないよ。お前の恋人達は普通の人間だ。現状に不満がない訳じゃない。今はお前がそれを抑えているんだろうが、それが一生続くなんてことはないよ。お前は選ばなきゃいけないんだ」

 里志が一人の女性と向き合うと言うことは、俺自身の為にもなる。こいつは百発百中で女を射止めるから、俺の意中の人でさえも口説きにかかってしまうかもしれないのだ。

 それだけは勘弁願いたい。中学以来の恋なのだ。何としてでも成就させたい。そんな気持ちも込めて言ってみた。


 人の居なくなった食堂はシンと静まり返っている。

 里志はうんうん唸りながら頭を悩ませている。意地の悪いことを言ってしまっただろうか。こいつは遊び人に見えて、恐ろしく真面目なヤツだから思考が空回りしてしまっているのだろう。

「センパイとこんな真面目な話をするとは思いませんでしたよ……センパイって何時もヘラヘラしてるから、正直意外です」

 なんと失礼な。俺だって幼なじみに、せんちゃんは優しい人なんだよと言わせたことがあるのだ。

 俺と幼なじみは歳が二つ離れている。順調に進学していれば高校三年生だ。

 確かこの間帰省した際、弟が引き蘢りになったとか言っていたから大学は地元を選ぶだろう。

 あいつは重度のブラコンなのだ。弟を置いて地元を離れるということはあるまい。二人は元気にしているだろうか。


 俺が郷愁に浸っていると、里志が、そうですねと続きを切り出した。

「自分の愛児がコインロッカーベイビーになるのは嫌ですし、愛妻を犯罪者にするのも嫌ですから、いつかは絶対に決めます」

 言葉にはするものの、里志は項垂れてしまう。

「悪かった。質問が意地悪過ぎたよ。とりあえずその時になったら考えろ。お前は口裂け女でも愛せそうな人間だもんな。そんなお前にいきなり結論を出せとは言わねえよ」

「気にしないで下さい。いつかは考えなきゃいけない問題っすから」

 里志はぎこちなく笑いながら顔を上げる。

「因に、俺この前、口裂け女に会ったんスよ」

 何を言い出すんだこいつは。そんなもんがいてたまるか。

「なんスか? 疑ってるんですか?」

「疑ってるって言うか信じてない」

「ひでーなあ。本当なんですって。ほら、この前俺、仙台に行ってきたじゃないですか。そんときに」

 俺の地元だ。担がれているのだろうか。

 上等だ。だったら担いでもらおうじゃないか

「で? 口説いたのか?」

「まだ信じてないでしょ? まあいいや。もちろん口説きましたよ。けど、すげー怖い顔で無視されちゃいました」

 口が裂けているのだからそりゃあ怖いだろう。

「でもあっちから声かけてきたんスよ? ちょっと理不尽じゃないですか?」

 理不尽であるものか。口裂け女とはそういうものだ。

 それにしても、こいつでも口説けない女が居るのか。世界は広いな。

「本当にしても嘘にしても、お前が本当に口裂け女でも愛せる人間だったことが驚きだよ」

「俺は全ての人を愛するんです」

 なんだか決め台詞みたいになってきたな。

「まあいいや。そろそろ帰ろうぜ。おばちゃん達も睨んでる」

「そうですね。お姉様方の視線を一身に集めるのも悪いもんじゃないですけど、迷惑かけちゃいけませんよね」

 守備範囲が広すぎる。逆のベクトルに走って、縄付きにならないように祈るばかりだ。


「そういえば、お前って男は愛せないの?」

 素朴な疑問を呈してみる。

「残念ながら。バイセクシャルでない自分を呪うこともありますよ」

 よかった。

 里志がバイセクシャルでないことに感謝しつつ、俺は席を立つ。

 里志もそれに続く。


 外を見ると、夕日が雲を焦がし、星に火をつけようとしていた。

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