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花籠の道と黒の小石  作者: 織川あさぎ
第一章 ドミゼア篇
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 ブレストアでは、ようやく春なのだが、ここドミゼアでは、とうに春も終わり、夏真っ盛りだった。

 ほんの一山越えただけで、ここまで空気が変わるのがこの地方の特徴で、だからこそ、グラセール大陸は、地の大陸と言われている。全てが山で仕切られているこの地方は、山によって季節すら分かたれる。全てが山の恵みであり、神の御心なのだ。

 ブレストアではなかなか感じられない夏の空気を肌で感じながら、ランデルは馬を駆ってドミゼアの首都にたどり着いた。

 一晩駆け通しだったが、場所が場所だけに休む気にもならず、そのまま目的の場所に向かった。

 国賓を迎えた夜会に潜り込むため恩師を頼り、その代理として馬車に乗ったランデルは、馬車の窓から夕暮れの色に染まった町並みを見つめていた。

 

 

 明かりの下では目立つ金茶の髪を、こちらの地方であまり目立たない茶色に染めて、前髪で眼の色を隠しているランデルは、できるだけ目立たないように隅の方に居座り、その人の登場を待っていた。

 煌々と照らされた夜会の会場を見渡しながら、ランデルは渡されたグラスを傾ける。

 十分に冷やされたそれに、表には出さないが、呆れていた。

 夜会で見栄を張るのは、隣国から王族が訪ねてきているから仕方ないにしても、これは贅沢が過ぎる。

 これだけの人数分、飲み物を冷やすのが、冬でも氷が取れにくい温暖なドミゼアではどれほど大変なことか、ランデルは理解していた。

 料理も、贅をこらし、肉料理の種類はもちろん、新鮮な野菜も見受けられ、ドミゼアでは取れない果物類も多く目に付く。

 ドミゼアの農村地帯は、昨年の不作で、貧窮している。そのせいで暴動が起こっているというのに、量も種類も豊富だ。おそらくこれらの大半は他国から輸入している物だろう。

 カセルアと条約が結べれば、確かに問題解決に向けて大きく前進するだろうが、これはいただけない。

 条約を結びに来ているはずの親友は、これを見たらおそらく失望することだろう。あれは、王族は国の民に傅くためにあると教育されているのだから。



 高らかに、入場の音楽が奏でられる。それは、この場に、賓客が入場することを知らせるための物だった。

 扉から、ドミゼアの上位貴族が順番に入場してくる。

 今日の主賓がカセルア王太子トレスなので、その入場は一番最後になる。

 それがよく見える場所に移動してきたランデルは、煌びやかに着飾った男女が入場していく姿を、静かに見守っていた。


 この夜会の主催者であるロレーヌ公爵夫人をエスコートしながら、国賓であるトレスはこの場に入場した。

 彼は、優雅な笑みを浮かべたまま、会場を見渡し、この夜会の開催と自分に対する歓迎の意に対して感謝の言葉を述べた。

 その姿を見て、ランデルは、首を傾げた。

 姿も声も、変わらぬはずの親友は、何か違和感があった。

 言うならば、ボタンをひとつ、かけ忘れているような、そんな、どことも言えぬ間違いがあるような、もどかしい違和感だ。


 どこが違うとも言えない。だけど、どこかは違う。


 何度も目を懲らしてみたが、やはりその違和感はぬぐえなかった。視界を狭める髪を上げて、肉眼で見ても、やはり違いはわからない。

 会場を見渡すと、端の方にトレスの従者達の姿もある。その中に、いつも連れている、赤毛の従者の姿も見えた。ガレウスと呼ばれていたそれは、トレスにとっては兄に等しく、自分の護衛として、どこに行くにも連れていると教えてもらった。

 あれがいるならば、ここにいるのは、間違いなくカセルアから来た人間だろう。

 だが、ランデルは同時に、あのトレスは別人だと確信した。

 あのトレスが、護衛である従者を、自分から最も遠い位置に置いているのはおかしい。

 ここでは今、暴動が起こっている。何があるのかわからないのに、戦うのは苦手だと笑っていた親友が、自らの剣だと言った従者をあっさり手放しているはずがない。控えの間にいる間、その部屋に置いておくはずだ。この場所に、あれが居ること自体が、そもそもおかしいのだ。

 そして昔、感情を取り戻した瞳で、弟が訊ねてきた、ただひとつのトレスに関する質問を思い出された。


「カセルアの王太子殿下に、影武者はいますか」


 カチリ、と、頭の中で何かがはまる音がした気がする。

 たくさんのパズルが一斉に、ただひとつのピースによって解けた気がした。



 王太子は、そのまま公爵夫人の手を引いて、最初のダンスを踊るため、中央のフロアに立った。

 今日のパートナーである公爵夫人の手を取り向かい合う。


「ふふ。あんなにお小さかった殿下が、ご立派になられましたね」

「公爵夫人が、王妹殿下としてカセルアにご留学なさった時以来です。あの時は背が足りず、満足にエスコートをすることもできませんでした。今日は、その雪辱を果たす機会を与えてくださって、ありがとうございます」

「王妃陛下はこちらにもよく足をお運びくださいますが、どうぞ殿下もこれからはお気軽にいらしてください。いつでも歓迎いたしますわ」

「ありがとうございます」


 和やかに会話をしながら、二人のためだけに奏でられる音楽に合わせて、優雅に足を踏み出した。


 

 ランデルは、中央で踊る二人の姿を、目を懲らして見つめていた。

 ここまで来れば、見事だとしか言えなかった。

 ここにいる誰も、それが影武者だとは気付かない。かつてカセルアに大使として赴いた者も大勢いるが、その誰も、疑っているそぶりもない。

 はじめ、この場にいる全員が、これが影武者だとわかっていて、何かの謀でもしているのかと思ったのだが、話を聞いている分には、それもない。

 むしろ、カセルア王太子の評価は大変高く、カセルアのこれからの発展も間違い無しとまで言われているのを聞き、誰も疑っていないのがわかる。

 影武者は、そのまま二曲目も踊ると、公爵夫人の手を取り、公爵に挨拶に向かった。

 その場で、公爵と少し会話をすると、夫人は別れ、遠巻きにしていた人々の元へ一人で向かった。

 その後から、影武者は、この場にいた独身の令嬢たちに答え、立て続けに相手を変えつつ踊っていた。

 彼と踊っている最中、令嬢達は頬を染め、一言二言の会話で笑顔を見せ、手を離したあとはしばしうっとりと立ち尽くし、そしてその後、似たような経験をした令嬢達が集まり、あちこちで会話を弾ませた。

 あらかたの令嬢がその状態になって初めて、彼はドミゼアの有力貴族達に積極的に話しかけに行っていた。

 この一時も無駄にしない姿は、確かにトレスの行動そのままだ。

 令嬢達が自分を囲むのは仕方ないから、足止めできるようにわざと声をかけているんだと言った、若干黒い笑顔の親友を思い出す。

 親友は、令嬢の囲みの中から集団を見い出し、その中で一番気が強そうで、一番家の位が高そうな相手から踊る。その順番の選び方が、いつも巧みで感心するところなのだが、今日もそれは生かされているようだ。

 見事令嬢達は集団毎に固まって、お互いを牽制し合い、王太子には近づかない。

 あれと同じことを、特に指示もなくできる人間がいるとは思わなかった。


 

 しばらくして、その影武者は、周りに断り、テラスから外に出て行った。

 ランデルは、しばし思案したが、意を決して自分も外に向かった。

 どこに行くつもりなのかと思ったら、その相手は、堂々と、庭の中央にある噴水の前に立っていた。

 待ち構えるように、こちらを見て、微笑んで肩をすくめている。

 その姿も癖も、懐かしい、親友の姿そのものだった。

 側に近寄ると、周囲に聞こえないようにか、小声で相手は話しかけてきた。


「やあ、ランデル。こんな場所にいるべきでない人がいるのはどうしてかな?」


 傍で聞いても、声も調子も同じだ。ランデルの名前を呼ぶ時の癖も同じ。だが、ランデルは、ここでようやく、確証を得た。ここまで間近で見て、間違えることはない。


「生憎、俺とお前は初対面だろう。まずは名乗るところからじゃないかな」


 相手は、自分のことは答えなかった。ただ微笑み、首を傾げてランデルを見ている。


「今日は、なんて名乗ってるんだ?」

「……ラトリック子爵の遠縁」

「なるほど、子爵も招待されていると聞いていたのに、お顔が見えないから、明日にでもご挨拶にいこうと思っていたんだが……。代理としてここに入ったのか」


 ラトリック子爵は、地質学を学び、爵位を継いだあとも研究に情熱を傾けていた。カフラ山脈の地質調査をよく行っていたため、このグラセール大陸で、カフラ山脈に寄り添っている国々を、若い頃から旅をして回っていたのだ。

 その縁で、各国王家にも顔が利く人物なのだが、とくにブレストアは、山脈の中央に位置している国だけに、滞在が長かった。

 ランデルは、子爵にせがみ、各国の話を聞くのを好んだ。彼が国を訪れた時は片時も離れないほどだったのだ。それだけに、今も付き合いがあり、城を抜け出してはここに話を聞きに来ていたりする。

 カセルアでも子爵は地質調査をしており、その縁でカセルア王家でも王太子の話相手として、子爵は賓客としての待遇を受ける事ができる。

 高齢で、旅をしなくなった今も、カセルアには、気候が穏やかな時に、療養のために行くことがあると聞いていた。

 つまり子爵は、ここ数年のトレスに会った事があるはずなのだ。

 ランデルは、不思議に思って首を傾げた。


「子爵がお前に会って、気が付かなかったりするのか?」

「子爵は、頻繁にカセルアにいらっしゃる。特に何かを言われた覚えはないが、それがどうかしたかな?」


 平然と答えられ、呆気にとられた。


 ランデルは、この相手は、十中八九、王家の人間だと推測した。だが、カセルア王家の家系図を、他国に公表されたものだけで考えてみても、該当者はいない。トレスは国王似なので、公表されていない異母兄弟という可能性はあるが、それよりももっとありえない可能性がある。


 目の前にいる相手が、そもそも性別から違っているなら、話は別なのだ。


 それなら、該当者がいる。トレスの極々身近で、詳細不明の女が一人。

 さらにそれは、ついこの前、弟が、自ら望んで迎えた女である。

 少なくとも、弟が傍に望んだのは、魂を入れたその当人のはずだ。

 この目の前にいる人物がその両方に当てはまる人物だというなら、つまりこれは女であるはずだ。

 しかし、どうしても、女に見えない。

 自然と、眼を細め、観察する体勢になったランデルを、目の前の相手はさらりと視線を受け流し、微笑んでみせる。


 これが女なら、判明した時点で、ひとまずトレスの服を引っ剥がしにカセルアに行かなければならない気がした。


 推測が的外れなのかも知れないが、もしかしたら弟は、これを姫の護衛としてよこせと交渉したのかもしれないと思いついた。

 だがそれなら、先に黒騎士としてスカウトしていそうな気もする。目的がこれなら、わざわざ姫を嫁にする必要はない。

 そもそもトレスが、ここまで育ててある影武者を手放すかどうかも判断がつかない。


 さんざん相手を観察したあげくに、ランデルは結局、相手を詮索するのは諦めた。

 

「……お前の正体は、どうせ問うても答えないだろう。だから、それは問わない。かわりにひとつ、聞かせてくれないか」


 相手は答えなかったが、かまわなかった。


「うちの弟に、どうやって魂を入れた」

「……意味がわからないな」

「お前だろう。あの人形に、魂を入れたのは」


 目の前の人物から、笑顔が消えた。不思議そうに首を傾げる。その表情を見て、ランデルはようやく、目の前の人物の、トレスとは違う部分を見た気がした。


「人形じゃないし、魂など入れた覚えはないな」

「だが、あれを変えたのはお前だろう」


 そう告げられ、少し首を傾げて考える素振りを見せた偽物は、ため息ひとつ吐いてから、苦笑した。


「……私は、卵の殻に、ひびを入れただけだ。あの魂は、元々あの中にあったものだよ」


 その答えに、ランデルは笑った。


「なら、やはりお前で正解だ」


 満面の笑みを浮かべたランデルを、トレスの偽物は訝しげに見つめている。

 それにかまわず、笑みを消したランデルは、静かに頭を下げた。


「まずは、礼を言う。ありがとう」

「……え?」

「お前のおかげで、俺は弟を取り戻せた。そして、国も救われた」

「……ずいぶん、大げさだな」

「まさか、それを成したのが、トレスの関係者だとは思ってなかった」


 ゆっくりと顔を上げたランデルの顔に、自嘲の笑みが浮かんでいた。


「俺は、あれに初めて会ったときに、大失敗してな。それ以来、心を開いてもらえないんだ。昔より感情が戻っている今も、どこかよそよそしいところは変わらない。だが、あれが昔のままであれば、きっと今頃、俺の継ぐべき国は、どこにもなかった。ブレストアから黒騎士たちは失われ、国は、俺が掌握する間もなく、消えていたはずだ」


 だから、礼を言う。そう告げるランデルを、静かな眼差しで見下ろしていた人は、ふっと微笑んだ。


「あなたも、殻を割る必要がありそうだな」

「なに?」

「あれは甘え下手なだけで、お兄ちゃんが大好きだぞ?」


 言われた言葉の衝撃で、唖然としたままランデルは相手を見返していた。

 甘え下手だとか大好きだとか、弟から感じたことのない言葉を告げられ、一瞬頭が理解していなかった。


「そんなはずは……」


 慌てて問い返そうとしたランデルの言葉は、突如起こった、複数の女性の甲高い悲鳴で遮られた。


 何が起こったのは、すぐに理解できた。

 悲鳴の直後、硝子の割れる音が高々と響き、それにあわせて、女性だけではなく、男性の怒鳴り声も耳に響いた。

 何者かが押し入ったと判断したランデルは、とっさに周囲を確認しようと足を踏み出したが、それ以上足を進めることはできなかった。

 ランデルよりも早く、トレスの影武者が動いたのだ。

 その人は、ランデルの上着の襟部分を掴み、そのまま茂みに引き摺り込んだ。


「なにを」

「しっ」


 指を口に当てた影武者は、そのまま茂みの外に出ていた。


「あなたは、そもそもこの場にいるはずのない人だ。このままここに隠れて、狼の迎えを待つといい」

「おい」

「会場に、ブレストアの王が居たとなったら、もっと騒ぎは大きくなる。それは、この国にとっても不幸なことになる。大人しくしててくれ」

「それならお前も隠れろ」


 ランデルが慌てて引き摺り入れようと腕を伸ばすと、影武者はそれを簡単に避けて、後ろに下がってしまった。


「私は主賓だ。会場にいないとおかしい」

「だが!」

「それに、これからのパーティも、私がいないと始まらないんだ」


 自信に満ちた笑みを浮かべた影武者は、そのまま踵を返し、堂々と胸を張って、会場に戻っていった。

 空を切った腕を納めたランデルは、拳を握りしめ、それを地面に叩きつけた。


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