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花籠の道と黒の小石  作者: 織川あさぎ
第二章 ノルド篇
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「あの時捕まえた密偵から引き出した情報によると、フラガンはアルバスタにかなり前から情報を流していました。その繋がりは、現在の国王にも手が届いているそうです。現在のアルバスタ国王ヴァルター三世の正妃は、ホーセル王国の第三王女。アルバスタが返還要求を受け入れる気がないのなら、フラガンはおそらく、王妃の伝手を使い、ホーセルに身を移すことになるでしょう。そうなる前に、片をつけないといけません」


 隣に座っているクラウスに、静かに告げられたその言葉に、サーレスは首を傾げていた。

 一応、一国の王太子と同じだけの知識を学んでいるサーレスには、アルバスタの現在の態度が、どうしても納得できなかった。


「どうしてそこまで、アルバスタはフラガンにこだわってるんだ? フラガンという貴族は、すでにファーライズを通して返還要求を出していると聞いていた。それなのに返さないとなれば、アルバスタは自ら、開戦の理由を作ることになるんじゃないのか」

「……あちらにとっても、フラガンは生き証人なんですよ」

「なに?」

「アルバスタは初め、フラガンと合同で盗賊を討伐するという建前で軍を出しました。その後、フラガンの反乱に同調するという形でブレストアを侵攻したんです。この盗賊は、今まで、フラガンが仕立てたものだと思われていました。しかし、密偵の自供から、アルバスタから送り込まれていたことが判明したんです。あの密偵は、土地の案内のために合流していたんだそうです」


 盗賊をフラガンが仕立てて、アルバスタを呼び込むという形ならば、呼び込んだフラガンに罪がある。

 だが、アルバスタが盗賊を用意し、それを追討していると見せかけてブレストアに入ったなら、その意味は変わってしまう。

 フラガンと何らかの密約があったのは間違いがないが、盗賊を用意したのがアルバスタなら、それはアルバスタの侵攻作戦のうちだったということになる。


「……つまり、先にアルバスタが侵攻していたという事になるのか?」

「密偵は、あくまでフラガンに命じられて道案内をしていただけです。アルバスタとフラガンの密約についての詳細は、知らされていませんでした。ですから、その詳細を知っているフラガンが渡されれば、その点についてもアルバスタは責められる事になります。ですから、もしホーセルに身柄が移されるようなことがあれば……おそらく、フラガンの命は危ういことになるでしょうね」

「なに?」

「戦火から避難している途中に事故に遭うなど、いくらでもある話です。巻き込まれて行方不明と言われても、こちらは反論が出来ません。アルバスタには、フラガンは亡命者として入国しましたから、その命を守護する義務がありますが、ホーセルは別にそれを守る義務がありません。アルバスタは逆に、それを狙っているのでしょう」

「……その為に、アルバスタは、戦を起こすというのか。馬鹿げてる」

「その馬鹿げていることをやらせているのは、ホーセルの国王です。アルバスタにはもう、ホーセルとの同盟を維持できるほどの力もありません。現在のアルバスタは、ホーセルの属国の一つにすぎないんです。たとえ自分達の身を削る命令でも、やれと言われればやらざるを得ないはずです」

「……じゃあ、もしかしてブレストアは……アルバスタに攻め入るのか」

「皮肉な話です。国に連れ帰って刑を受けさせるために、今は命を守らなくてはいけないんですから。この手で殺してやりたいくらいに憎い相手の命を守るために、私達は出兵するんです」

「……つまり、まだ、終わってなかったのか」


 苦悩の見えるクラウスの顔を両手でそっと包み、頬を撫でる。その手を、しばらく目を閉じ受け入れていたクラウスは、その手を取って、そっと口付ける。

 そして、苦悩を払うように、にっこり微笑むと、クラウスは突然、サーレスの足元に跪いた。


「な、なに」

「ようやく、あなたとここに至るまでこぎつけたのに、このままではおちついて戦いに出られません」


 足元に傅いたクラウスが手を伸ばしたのは、サーレスの靴だった。この日のために、白い絹を貼ったかかとの高い靴を、サーレスの足からそっと外した。


「この靴、大変だったでしょう」

「まあ……さすがに、この高さは慣れてないから。でも、大半は、あなたが運んでくれたから……っ」


 クラウスは、片手にあったサーレスの足を少し持ち上げ、口付けた。


「な、なにっ」


 そしてそのまま、その腕をドレスに滑り込ませる。

 サーレスは、慌ててとっさにドレスを抑えた。


「なんなんだ突然」

「……ドレスを脱がせるだけですよ」

「こっ、ここで!?」

「そのままベッドに行くよりは、皺になりませんから」

「やだ!」


 クラウスは、ドレスに手を入れたまま、体をソファの上まで上げて、サーレスの耳元に口付けた。

 ドレスは裾から腰までまくり上げられ、絹の靴下に覆われた足や、太ももの靴下止め、そして、花嫁のための、薄手の下着までが丸見えになる。

 思わず抵抗した所、耳の中を舐められ、体が竦んだ隙に、もう一方の手によって背後の留め金が素早く外された。

 そして、思い切りよくドレスが捲り上げられたかと思うと、すぽんと勢いよく、ドレスは脱がされていた。

 あまりの呆気なさに、愕然としていたサーレスに、クラウスはにっこり微笑んだ。


「私が作りましたので、脱がせやすさもちゃんと考慮してあるんです」


 ドレスが脱げた勢いで両手が上がったまま、呆然としていたサーレスは、常ならありえないほど時間を掛けて、自分の状況を把握した。

 薄物の下着は、体の線がはっきりわかる。その薄い布では、体を隠す事については、まったく意味を成していなかった。

 慌てて胸を両手で抱えたサーレスに、にっこり微笑んで見せたクラウスは、サーレスの手が封じられたのを幸いに、簡単にその身体を横抱きに抱え上げると、そのままベッドに向かい、サーレスを褥の上に降ろした。


「下着は、さすがに私は手を出しませんでしたが、だいたい理想通りのものを用意してもらえていたようですね。さすが王妃陛下です」

「やっ、み、みるな!」


 そこで、サーレスは気が付いた。今、はっきり相手の姿が見えると言うことは、まだ明るい時間なのだ。

 昼の一番に式を挙げ、そのまま宴会場へ。そして乾杯直後にここに連れてこられた。

 いくら夜の早いノルドでも、今はまだ、夜と言うにはあまりに早い時間だと言うことだ。


「ま、まだ明るい。こんな時間から、閨になんて入らないだろう!」

「結婚式は、乾杯をしたらもう終わりなんですよ」

「……え?」

「乾杯の後は、花嫁花婿は、いつでも初夜に入っていいんです。そういう習わしですから、今が何時だろうと、お昼のまっただ中だろうと、閨に入っていいんです」

「うそっ」

「本当です。それに、私はこの時間に閨に入れる方が嬉しいですけどね。おかげで、あなたの顔も体もよく見えます」

「や、見るなってば!」


 必死で隠れようと布団に潜り込むサーレスを見ながら、クラウスは上着を脱いだ。

 シャツの前を寛ぐと、クラウスの、その歳にしてはしっかりと鍛えられた体が目に入る。

 そしてクラウスは、その姿のまま、サーレスを追うように布団に潜り込む。

 慌てて毛布をしっかり抱えると、その毛布ごと、クラウスに背後から抱きしめられた。


「すみません。頑張って大急ぎで覚悟を決めてもらえますか」

「そんな簡単に覚悟できるものなら、花嫁の手引き書なんて読まずに済ませてる!」

「……読んだなら大丈夫ですね」


 クラウスはそう告げると、サーレスの顔を強引に自分の方に向けて、深く深く口付けた。




 宴会場では、それぞれが、今まで味わったことのない、カセルアの料理に感動していた。

 カセルアは、農業も牧畜も盛んであるため、料理もそれらを豊富に使用した、新鮮で色鮮やかな料理が多い。

 麦も豊富であるため、ブレストアでは見られない、真っ白で柔らかいパンも、何種類も作られている。

 日頃は硬くて黒いパンばかりのブレストアでは、それだけでもご馳走に見える。

 ようやく花嫁を見た衝撃から立ち直った見習い達も、それらを大喜びで口にしていた。


 そんな時だった。

 大きな音を立てて扉が開けられ、席を外していたホーフェンが、娘二人を抱えて広間に駆け込んできた。


「隊長格、飲酒中止! 白の早馬が来ている!」


 その言葉に、ひとつのテーブルでまとまっていた全ての隊長が、静かに杯を置いた。

 白の早馬は、すなわち交戦の知らせ。それが城に向かってくると言うことは、出陣要請が出ていることを表す。

 隊長達は、皆それぞれ、慌てることなく立ち上がる。


「……予想はしていたことだが、本当に来たか」

「よりによって、今日かよ。せっかく無礼講で酒が飲めるってのによ」


 文句を言いながらも、ユーリの顔には、うっすらと笑みが浮かぶ。

 味方からも敵からも、狂戦士と称せられる急襲部隊長は、平時ではなく、戦時においてしか安らぎを得ない人種だと言われていた。

 隊長達は、誰に言われるでなく、より情報を正確に得るために、会議室に足を向けようとしていた。

 ホーフェンも、娘二人を腕から降ろしながら、ふと視線をさまよわせた。


「……おい、ノエルはどうした」


 そう言われて、はじめて全員の視線が、上座に向かう。

 そこにいるはずの花婿と花嫁の席は、すでに空っぽだった。


「……いつのまに?」

「というか、ついさっき乾杯の時は、いた……よな?」


 全員が首を傾げる中、グレイが真面目な表情で重々しく口を開いた。


「さっき、乾杯のワインを一息で飲み干して、まだ杯を抱えたままだった花嫁をかっさらっていったぞ」


 その言葉に、その場の全員が、唖然とした。


「見てたら止めろよグレイ! まだ始まったばかりなんだぞ」

「結婚式で、新婚の二人が退席するのを止める? それこそ馬鹿を言うな。乾杯のあとは、二人がいつ退席しても見とがめないのが婚姻の祝宴の習いだろう。今までひと月、目の前に好物を置かれたままお預けを食らっていた狼が、ようやく許しをもらったんだ。我慢など、するはず無いだろう」

「だからって乾杯直後に消えるやつがあるか!」


 力の限りグレイにツッコミを入れたホーフェンは、頭を抱えた。


「つまりあれか。もう、ノエルは出てこないって事か?」

「まあ、出てこないというか、出てこられないだろう。ノエルのことだ。情報をもらって、この状況になる事が予測できたから、先に連れ込んだんだろうな」


 頭を抱えたホーフェンの背後で、ホーフェンの前に参謀長を務めていたジャスティが、その頭に手を置いて口を開いた。


「まだ馬は着いてないんだろう。ノエルも、慌てて花嫁を浚っていったと言うことは、おそらくそのまま朝まで閉じこもるということもないだろう。今のうちに、どの部隊を出す事になっても大丈夫なように、各隊用意を」

「というか、乾杯までは居たんなら、まだ始まってないかもしれないだろ。ひとまず無理矢理ひっぱり出すか?」


 ユーリがにっこりと笑顔で言い放つと、隊長格は全員が勢いよく首を横に振った。

 ユーリ以外の意見は全員一致していた。今、その寝室に踏み込みたくない。

 最強の獣が最も攻撃的になる瞬間に、わざわざ口の中に手を突っ込むような真似をしたいはずがない。

 ホーフェンは、ため息を吐きながら、言い含めるようにユーリに語りかけた。


「お前は、飢えた狼から、一旦食いついた肉を取り上げられるのか? さらに取り上げて、不機嫌になったところに言うことを聞かせることができると? 俺には絶対に無理だ」

「肉を取り上げるのは確かに難しいかもしれないが、どんな手段だろうと出てくりゃぜったい不機嫌だろ。どうしても引きずり出さなきゃならないんだから、いつ行こうが結局は一緒じゃねえか」


 肩をすくめたユーリの頭に、レイリアが的確に拳骨を落とした。


「あんたのは、ただの興味本位でしょ!」


 ユーリとレイリアの、いつものじゃれあいを横目に、頭を抱えていたホーフェンの足元で、小さな頭が不安げに揺れていた。


「とうさま、お仕事?」

「いっちゃうの?」


 先程腕から降ろされたあと、足にすがりついていた子供達の頭を、ホーフェンは出来るだけそっと撫でる。

 笑顔を作り、子供達にいつものように言い聞かせた。


「そうだ、お仕事だ。お母さんも行かなきゃならないから、お前達は、ここにいるおじさんおばさん達と待ってるんだぞ。お母さんは、ここに帰ってくるから、そうしたら家に帰れるからな」


 二人の子供達は、しばらく父親を見上げていたが、その後素直に頷いた。

 この子供達は、産まれて物心ついたときから、父親も母親も黒の騎士服を着て、長い間出かけているのが常だった。両親が、待っていろと言ったときは、たとえ泣いても、自分達が熱を出していても足を止めることがないのを、幼いながらに理解していた。

 ホーフェンとアンジュは、それぞれ黒騎士団の二位と三位の地位にあり、隊の中でも重責を担っている。子供が泣いているからと、職を放り出すようなことはできないのだ。

 寂しそうな表情をしても、泣くこともなく、わがままも言わない双子の姿が見えていたマーヤは、自分の幼少期、同じように父親を見送ったことを思い出し、思わず手を伸ばした。


「二人とも、おいで。お姉ちゃんと一緒にいよう?」


 伸ばされた手を見て、双子は戸惑っていた。

 マーヤは、二人を安心させるために、双子と同じ目線になるように身をかがめ、改めて手を伸ばす。


「お姉ちゃんも、お父さんとお兄ちゃんがお仕事に行っちゃうんだ。寂しいから、一緒に居てくれるとうれしいな」


 双子は、お互い顔を見合わせると、おずおずとマーヤの手を取った。


「悪いな、マーヤ。うちの子をしばらく頼む。会議が終れば、アンジュは出られる。それまで、見ててくれ」

「了解しました」


 娘が、マーヤと手を繋ぎ、手を振るのを見て、安心したように、両親は揃って広間をあとにした。


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