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花籠の道と黒の小石  作者: 織川あさぎ
第一章 ドミゼア篇
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「……は?」

「ですから、国王が姿を隠されました!」


 部屋にいた黒騎士たちは、皆、ぽかんと口を開けていた。

 書類に取り組み、約二時間。今はまだ、陽が落ちたばかりだった。

 簡易鎧を身につけた近衛が、ガチャガチャと騒音を立てながら駆け込んできたと思ったら、いきなりの土下座で、唖然としない方がおかしいだろう。


「公爵閣下には、しっかりと警戒するようにとお言葉をいただいていたというのに、申し訳ございません!」


 呆然とした一同の中で、ホーフェンがその知らせを持ってきた近衛騎士に立つように促した。


「いなくなったのは、まあわかった。どこに行ったかわからないのか。城の中には居ないのか?」

「現在捜索中ですが、いまだ痕跡すら発見できておりません」

「賊が入った痕跡もないんだな?」

「はい」


 ホーフェンは、頭を抱えた。なんとなく、予想ができてしまったからだ。


「……家出したのか、また」

「もっ、申し訳ありません!!」

「国の主が家出すんなよ……相変らず奔放な一家だなおい」

「申し訳……!!」


 再び土下座を始めた騎士に、ホーフェンは慰めるように声をかけた。


「あー、そこで土下座してても状況は変わらん。十中八九、もう城は出てるだろ。どこに行ったか特定するのが先だ」


 ひとまず書類を手から離し、立ち上がった。


「公爵閣下は、陛下との面談の直後、私どもに陛下の監視を申し付けられました。もしかしたら、行方に何か心当たりでもおありではないかと思うのですが」


 騎士の言葉に、その場の全員が固まった。


「……起こすのか?」

「誰が?」


 全員、真っ青な顔で、そろりと控え室の扉を見て、その後ゆっくりと自分達の隊長に視線を向けた。この場で、起こせる可能性があるのは、ただ一人しかいない。


「まあまて。落ち着け。今あれは起こしたらまずい」


 何がまずいと言って、この時間だと、十中八九、まだ熟睡中なのだ。寝ぼけているあれの危険度を、骨身に染みて知っているホーフェンは、首を猛烈に横に振った。


「ほんとに、そっちで心当たりはないのか。誰か何か、余計なことを聞かせたりしなかったか?」


 国王が家出する時は、事前に、何か本人が興味を覚えるようなことを聞いていることが多い。さらに、国王は、思い立ったら側行動の人でもある。つまり、今日聞いた話で出て行った可能性が高い。国王に謁見、面談した相手から聞いた話をさらっていけば、どこに行ったかの当たりもつけられる。 


「我々では、それは把握できません。やはり、公爵閣下を……」


 黒騎士たちは震え上がり、首を横に振る。

 そんな状況の中、無造作に部屋の扉が開かれた。

 そこに立っていたのは、使用人のお仕着せから黒騎士の服に着替えたマージュだった。


「マージュぅぅぅぅ!」


 全員が、そこに救いの神を見た。


「マージュ、国王が家出した」

「知ってるよ」

「……もしかして、目的地も」

「調べてきた。国の密偵が、いらないことを吹き込んだみたいだねぇ。ノエルが国王に報告した後、これを渡したみたいだよ」


 苦笑したマージュは、一枚の紙をホーフェンに突きつけた。


「目的地、ドミゼアみたいなんだけど、どうしようかねぇ」


 手渡された紙に、慌てて目を通したホーフェンは、愕然とした。

 ドミゼアで、通商条約締結のため、カセルア王太子出立。

 王太子が出立した日時から、報告者の名前までもはっきりと書かれたメモを手にしたホーフェンは、それを握りつぶして頭を抱えた。


「あんのボケ国王! 暴動起こってるってわかってるくせに、暢気に王太子に会いに行きやがったのかよ!」

「カセルアが、王太子を出すなんて珍しいねぇ。こういう席は、いつも王妃が出席してたんだけど」

「暴動が起こってるとわかってる場所に、王族を出す事自体がおかしいだろ」


 二人は、視線を合わせて、頷いた。


「宰相に連絡を。国王捜索は、黒騎士で請け負う。どうやら、うちの仕事と重なるらしい。ついでに連れて帰ってくる」

「は、了解しました。直ちに宰相閣下にお知らせしてまいります」


 ホーフェンの言葉に、近衛騎士は安堵の表情を見せて、再び大きな音を鳴らしながら、廊下を駆けていった。

 それが十分離れたところで、マージュは、大きくため息を吐いた。


「起こすかねぇ、うちの狼を」

「よろしくお願いします」


 その場の全員、頭を下げながら、控えの間を手で指し示した。



 無造作に扉を開け、最初に飛んできたのは、ナイフが二本だった。

 マージュは、なんでもないことのように、それを手近にあった木製のトレイで受けとめた。


「……ノエル、起きてくれないか。緊急事態だよ」


 全然緊急に聞こえないマージュの声が一応耳に届いたのか、寝ていた簡易寝台の上でほんの少し身動ぎしたクラウスは、マージュが一歩足を進めたとたんに再び何かを投げてきた。

 鉄の釘だった。

 それもトレイで受け止め、マージュは再び声をかけた。


「ノエル、起きろ。仕事だ」


 マージュは、一定の距離を開け、立ち止まった。これ以上足を踏み入れると、今度は直接体術で絡め取られる。

 ギリギリの範囲を見極め、無造作に、自分がトレイで受け止めた暗器を抜き去ると、それをそのまま、寝ているクラウスに全て同時に投げつけた。

 一瞬で、クラウスの姿は消えた。今まで寝ていた場所に、綺麗に一列に刺さった暗器の姿を見ながら、再びマージュは声をかけた。


「仕事だ、ノエル」


 通常の声より、一段下がった、殺気の籠った声に、マージュの背後で様子を見ていた騎士たちは首をすくめた。

 マージュの視線の先で、簡易寝台の影から、ゆっくりと金茶の頭が姿を見せた。


「……どれくらい、時間が経った?」

「まだ二時間程度だ。事態が変わった」


 まだはっきりとは目覚めてなさそうなクラウスに、マージュは元の穏やかな表情に戻り、今の事態を告げたのだった。



「……盗られたものを取り戻すために、王太子が動いたと見るべきだろうな」


 そう言いながら、クラウスは、顔をしかめた。

 危険な場に、あの王太子が出ることはない事も、わかっている。十中八九、動いたのは、その影武者。つまり、サーレスが、ドミゼアに入っているのだ。


「すぐに出る。ホーフェン、今まとまっている分だけでいい。貴族の情報を。追加があるなら、そのつどドミゼアに送れ」

「わかった」

「それから、ノルドに連絡。急襲部隊を二・三名、ドミゼアに送る。人選はユーリに任せる。夜間の隠密行動に慣れた者を送るように。集合場所は、国境のラステア」 

「早馬を送ってくる」


 騎士が慌てて部屋を出て行くのを見ながら、マージュは弟子の様子をうかがった。


「……国王の心配だけじゃなさそうだね。カセルアの王太子は、そんなに危なっかしい人なのかい?」


 マージュの言葉を、目を閉じて聞いていたクラウスは、大きくため息を吐いた。


「……見たら思わず跪きそうになるくらい、強い人だ」


 意外そうにマージュは首を傾げた。


「強い人だから、誰もついて行けないくらい早く、一人で突っ走っていく」


 それは、王太子への評価ではない。

 王太子本人なら、逆にこんな状況ならば、裏で手を回してから動くだろう。自分が荒事に向いていないことを、あの王太子はちゃんとわかっている。そんな場所に、簡単に足を向けることはない。

 むしろ王太子本人が向かっていてくれればと、クラウスは心の底から願った。

 兄とあの人が会うことだけは避けたかったが、兄の行動力を、一番理解しているのは自分だという確信がある。

 兄は確実に、王太子に出会うだろう。

 その出会う相手が王太子本人であることを、今まで一度も祈ったことがないこの世のあらゆる神に、額を地に擦りつけて祈願したい気分だった。


 「あぁ。それはなんだか、心配だねぇ」


 どこまでわかっているのか、相変らず表情には出ないマージュは、ただ苦笑していた。

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