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花籠の道と黒の小石  作者: 織川あさぎ
第二章 ノルド篇
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12

「とりあえず、マルクスは回収だ。会議室へ入れておけ」


 クラウスが、しばらく天を仰いだ直後命じたのは、いつ正気に戻るかわからないマルクスを待つのではなく、この場の後始末だった。

 まだ訓練中の見習い達が、何事かとソワソワ視線を送るこの状況で、あまり空気を読まないマルクスが何を話し始めるのかわからない。


「魔法騎兵隊の誰でもいいから、隊長の守りに来いと伝えろ。それと見習いの訓練は、正騎士が見るように。隊長格は、今、外回りに出ていないものは全員会議室に集合。サーレスも、このままでは収まらないでしょう。会議室に来て下さいますか」

「わかった」


 サーレスは、頷きながらも、何か思い悩むように視線を逸らした。それを目敏く見つけ、クラウスは心配そうに、その顔をのぞき込んだ。


「どうかしましたか。……やっぱり、不安ですか?」

「ああ、いや、そうじゃない。……今ならまだいるはずだよな。会議室に、カセルアの人間が入るのはダメかな」

「カセルアの……だれがです?」

「さっき来ていた客人の荷物を護衛するために、梟が来ている。同室を許してもらえないか。こちらで、ラズー教に関して動きがあったら知らせるように、国から言われている。私の星に関しても、何かあるなら、知らせておくべきだろう」

「……確かにそうですね。わかりました」

「ありがとう。……ユリア、エルモ夫人の所に、梟が付いてるはずだ。呼べるか?」

「わかりました。すぐに行ってまいります」


 身を翻したユリアを見送り、サーレスはため息を吐いた。


「できるなら、変わっているという私の星が、これ以上あなたの星を悪くするものじゃないことを願うよ」

「星は生まれついてのものなので、一度向こうがこうだと思ったら、一生つきまといますね」

「……はた迷惑な占いだな。別に、ラズー教に積極的に関わるつもりはないのだし、放っておいてくれればいいものを」

「まったくです」


 クラウスだけではなく、まだ傍にいた黒騎士団の隊長達までも、大いに納得して頷いていた。



 会議室には、まだ帰ってきていない補給部隊の隊長と、王城にいるマージュとホーフェン、領内見回りのために出かけているジャスティ、そして、王宮の兵士達の訓練をするために出かけたユーリを除く八人がすでに集まっていた。

 その中央には、なぜか見張られるように全員の視線を集める梟が、椅子に座ってふてぶてしいまでに寛いでいる。そして、それだけ目立っているのにもかかわらず、相変らず存在感は希薄だった。

 今日は、以前と違い、普通の旅人と変わらない服を着ている。おそらく旅人がたくさん集まった場所に行けば、この梟は完全にその存在を埋没させ、目立つことはないのだろう。

 だが、元々カセルアで、その梟と共に仕事していた相手には、どこにいても一目瞭然である。さらに、真ん中にいるのだから、気付けないわけもない。

 会議室に入ってきたサーレスは、真っ先にそれが目に入り、ため息を吐いた。


「梟。もうちょっと遠慮して隅っこに行く気はないのか」

「こちらの方々が、ここでいいと椅子を出して下さったので」


 にっこり笑ってそう言える梟の図太さに、思わず感心した。


「夜に飛ぶ梟を昼に呼び出すなんて、相変らずですねぇルサリス」

「お前の時間に普通の人間は起きてなどいないんだ。大人しく話を聞いて、夜通し飛んでくれ」

「そして相変らず厳しいですねぇ」


 なんて容赦がないんだと嘆く梟から視線を外したサーレスは、今度こそ隅にいたマルクスの様子を見て、息を飲んだ。

 ぶつぶつと呟くのは止まっているのだが、まるで人形のように生気がなかった。


「……マルクス殿は、いったいどうした?」


 傍にいた騎士が、さっと敬礼をして、サーレスに答えた。


「思考が完了した後、まとめる段階に入るとこうなります。お気になさらず」

「……つまり、まだ、まとまってない?」

「いえ、聞けば答えますよ」


 サーレスの後に続いて会議場に姿を見せたクラウスが、そう請け負った。


「やあ、小さい黒狼。今日は大きな黒狼はいないんだね。寂しいよ」


 笑顔で片手を上げて、気安げに声をかけてくる梟に、クラウスは苦笑した。


「黒狼は、そうそうこちらに帰ってこられない。用があるなら、王宮に行くといい」

「そうかい。じゃあ、ちょっと顔見ていこうかな」

「行くならついでに、ここで聞いたことを、うちの兄にも伝えてくれ」

「……君ら、まだ結婚もしてないのに、夫婦そっくりだよ」


 珍しいほどに唖然とした梟に、サーレスは胸を張って言い切った。


「それは、褒め言葉として受け取っておく」

「そっくりは、確かに褒め言葉ですね」


 梟は、それ以上何も言わず、ただため息を吐いて肩をすくめた。



「……まず、前提として、私が知っているのは、ラズー教の占星術ではなく、その元になった占術だ」


 マルクスは、相変らず焦点の定まらないような、ぼんやりした表情のまま、語りはじめた。


「その二つの占術は、その人の血脈、つまり両親が持つ星を掛け合わせることと、その両親の家に受け継がれている能力を掛け合わせ、本人の資質を割り出すところが同じなんだ。それをラズー教は、星環儀と呼ばれる、三本の輪が合わさった特殊な道具で判別している。だが、元になる占術では、そんな事をしなくても、計算である程度それを割り出すことができる」

「計算ってのは、産まれ年とか、そういうものを使うのか?」


 マーカスの問いに、マルクスは頷いた。


「本来、この占術は、最高神ファーライズが、己の巫女を捜すための指針として与えたものだといわれている。だから、個人の資質を見抜くことを重要視されていて、その人が辿る運命などは、後付けのものだ。つまり、ラズー教のお告げやら何やらは、全てラズー教の後付けの理論なんだ」

「……そんな後付けのために、クラウスは命を狙われているとでもいうのか?」


 嫌悪に顔をしかめたサーレスを宥めたのは、その横にいたクラウスだった。

 クラウスは、静かな表情のまま、マルクスに先を促した。


「本来、その教義では、両親の色は子供に受け継がれ、子供は両親が持つどちらか一色を持つことになる。ノエルの場合、ブレストア王家の青を継いでいる。カセルア王家なら、緑。カセルア王妃の出身である、メイジェス侯爵家は、黄だ。姫は、本来、このどちらかの色を持っているはずだった」

「……だった?」

「この占術で、どうやってファーライズは巫女を選別したかというと、ファーライズの巫女は、その色を持たずに生まれてくるという特性があるからなんだ」

「……まさか、この人に、色が無いなんて言うつもりじゃないだろうなマルクス」

「そのまさかだ。計算上、この人の星は、緑の大樹のはずなのに、本人に色が付いていない。つまり、星を外れているんだ。そういう人は、ファーライズの占術で、無色の器と呼ばれている」


 唖然とした周囲とは裏腹に、マルクスは幾分しっかりとした視線で、サーレスを見つめていた。


「無色の器は、すなわち神の器だ。巫女となるための訓練さえすれば、神の中で最も位の高い、ファーライズの巫女になれると言うことになる」


 全員の視線が、サーレスに集まる。だが、サーレスは、マルクスの言葉に首を傾げていた。


「だが、色が付いていないと、なぜわかる? その話し方からすると、私は本来なら、緑の大樹と呼ばれるものなんだろう。どうして、無色になるのかがわからない」

「……魔法を使えるものなら、見ればわかる。それは、その人の力の質だ」

「その理屈だと、私が今まで無色だとわからなかった方が不思議だろう。あなたは、私を見てそれに気が付いたみたいだが、今まで私の周囲にも、魔法が使えるものがいたかもしれない。その人は、その事に気が付いたはずだろう」

「まさに、それこそが、無色の器と呼ばれる所以だ」

「……なに?」

「無色の器は、色が無い。逆に言えば、器に色が入ってしまえば、その色にしか見えなくなる。今のあなたは、喩えるならば、透明の器の中に緑色の液体が満たされている状態だ。だから、普通に見ただけでは、あなたは緑にしか見えない。だが、よくよく見ると、あなたの緑には、少し淀みが見える。だから私は気が付いた」

「……では、この人が無色の器だというものだとして……。ラズー教では、どういうことになるんだ?」

「ラズー教は、星の流れに沿う生き方を求める宗教だ。初めから星を外れているこの人に対して、どう出るのかわからない。そもそも、ラズー教が、無色の器について、どういう解釈をしているのかもわからない」

「おい!」

「だが、一つ言えることは、この人は最高神の巫女にもなれるということは、末神である星神を崇めるラズー教の巫女になる事も、造作もない存在だということだ」


 はっとしたように、全員が顔を上げていた。


「それに、今、緑が入れられているということは、この人は、他の色にも変われるということだ。ラズー教にとって最も都合のいい星を入れて、巫女にするということもできるかもしれない。それは、ラズー教にとっては、無限の可能性があることになる」


 誰も、何も言えなかった。その静かな張り詰めた空間で、サーレスは一つため息を吐く。


「……一つ、訪ねたい。私がその無色の器だったとして、どうして緑の資質とやらが、私に入ってるんだ?」

「わからない。だが、あなたは、カセルアで、王位を継ぐ者の影をやっていたと聞いた。もしかしたら、それが影響したのかもしれない。王太子殿下は、確か緑の賢者という星だったはずだ。それを真似しているうちに、自然と満たされたのかもしれない」

「という事は、本人の意思次第で、色が変えられるのか?」

「おそらく」


 マルクスが頷くのを見て、サーレスは頷いた。


「つまり私は、この人と同じ色、同じ星を取り込もうとしたらできるということかな?」


 クラウスを見ながら告げた言葉に、誰よりも視線を向けられていたクラウス本人が驚きに目を見開いた。

 その驚きを見て、マルクスは頷いた。


「確かにその通りだ。あなたが望めば、おそらくあなたは、青で、ノエルと同じ星に見えるようになるだろう」

「じゃあ、それは、ラズー教には大変都合の悪いことだな」

「……もし、あなたの星が知られたら、少なくとも、ラズー教はあなたの身柄を抑えようとするだろう。教義にはなくとも、あなたが星を外れていることは分かるのだから。だが、今のところ、ラズー教には、そんな騒ぎが起こっている気配はない。おそらく、星環儀も、あなたを緑の大樹として知らせたのだろう。緑の大樹は、確か、大地に祝福を与える星だ。個人の力に影響を与えるのではなく、大地そのものに力を与えるとされている。だから今のところ、無害として様子見をしているのではないだろうか」

「さすがに、ラズー教も、カセルア相手にケンカは売りたくないだろう」

「それをラズー教に知らせないためには、私を見られなければいいのか?」

「力あるものに見られなければいい。あと、あなたの体の一部。髪や血、削った爪などを渡してはいけない。それを星環儀に組み入れて占い直せば、あなたが星を外れていることもわかるだろう」


 それを聞いたクラウスが、目を眇めて唸る。


「……そうなると、今、一番疑わしい人間が、洗い場にいるのが気になります」

「……洗濯するなら、寝具には髪の毛も落ちているだろうしな」

「あなたの寝具は、王妃が直々に刺繍したルサリスの模様がありますからね。誰のものなのか、一目瞭然です。それを狙って、洗い場にいることも十分考えられる」


 全員が、何とも言えない顔になった。


「ノエル。さすがにそれは、どうにかした方がいいだろう」


 額を抑え、重々しく告げたグレイに、クラウスは肩をすくめて見せた。


「まだ、どこの勢力かは分かっていない。ラズー教と決めつけて、もし他の勢力だったらもっとまずい」

「特定できないのか」

「今のところ、出身地が偽られているのは確認できている。だが、それ以上が辿れていない。……別の方向から探ることも、考えた方が良さそうだな。まだ二週間あるからと思っていたが、一刻も早く突き止めないと、髪の毛一本でも奪われたら面倒なことになる」


 黒騎士の面々が、重々しく頷く中、サーレスは座ったままのマルクスの正面に移動していた。

 膝をつき、マルクスの瞳を正面から見つめると、その唇を微かに上げ、笑みを見せた。


「少し教えてもらいたいことがある。分からないなら、調べて欲しい」


 サーレスのその問いに、マルクスは頷くことで答えた。


「望む色、望む星を、私が身につける方法を知りたい。頼めるかな」


 マルクスは、そのサーレスの表情を見て、微笑んだ。


「望むままに。知識を望まれるのは、私にとって最大の喜びだ」


 その答えを聞き、サーレスは満足そうに頷いた。


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