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花籠の道と黒の小石  作者: 織川あさぎ
第二章 ノルド篇
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11

 団長と共に、騎兵隊の待機場所に現われたマーヤに、その場で訓練していた全員が目を剥いた。

 ある意味、同年代で、最も対極にある二人が、一緒にこの場に現われた意味がわからなかったからだ。

 団長であるクラウスは、以前は騎兵隊の一隊を率いていたため、この場にいるほぼ全員の正騎士は元直属の部下だった。

 中でも、騎兵長のグレイは、クラウスの親友と言ってもいいほど、深い付き合いである。クラウスは、ごく気軽な調子で、グレイに声をかけた。


「グレイ。剣は届いてるか」

「ああ。だが、本当にあれを学ばせるのか?」

「騎兵の使う武器ではないが、今必要なのは、儀礼剣技だしな。細剣でいいんだ」


 グレイは、側に置いてあった長細い木箱を、クラウスに渡した。

 箱をあけると、飾りも素っ気もない、細剣にしては地味な作りが目に入る。それを見て、クラウスは微笑んだ。

 グレイも、横からその箱の中身を目にして、首を傾げる。


「儀礼用に学ばせるのに、飾りがないってどうなんだ」

「武器に飾りが付いていると、武器に意気が負けると聞いた」

「なるほど、それが将軍流なのか」


 グレイが肩をすくめたのを横目に、クラウスはマーヤを呼んだ。


「これがお前の武器だ。しっかり学べ」

「は、はい!」

「今から、型を教える」


 その言葉に、周囲が響めいた。


「ノエル。お前が教えるのか?」


 グレイの言葉に、クラウスは頷いた。


「今日、サーレスは客の相手をしていてしばらく手が離せない。代理だ」

「お前がやらなくても、細剣なら俺も教えられるが?」

「いや、いい。どうせ今日はこれが終わったら机に釘付けなんだ。明るいうちに、体を動かしておく」

「だが、マーヤがまともにそれを振れるようになるまで、何日かかるかわからんぞ」

「……大丈夫だ。仕込みはサーレスが終わらせている。私は型を教えるだけだ」


 それだけ言うと、クラウスは側にあった練習用の武器置き場から、細い木剣を手に取った。


「ああ、ちょっと待て。どうせなら、他の見習いも、今日は儀礼剣技にする」

「私が教えるのは、マーヤだけだぞ?」

「心配ない。他の見習いは俺が教える」


 そう言うと、グレイは他の見習いも集合させる。


「見本だけでもお前がやってくれるなら、こっちは楽だからな」


 その表情に、常にはない微かな笑みを浮かべるグレイに、クラウスも笑った。


「まあ、たまには楽するのもいいだろうな」

「そういうことだ」


 かつて、騎兵長と副長として、馬を並べて戦場にあった二人は、息ぴったりに並んで剣技場の中央へ足を向けた。



 ため息が口々に漏れる。流れる水のような足取り。手に持っているのが木剣だというのを忘れそうなほど、その剣先は鋭く閃く。

 動きは鋭いのに、優雅さすら感じる剣捌きは、これが剣舞と呼ばれるゆえんだ。

 マーヤも、他の見習いも、ぽかんと口を開け、クラウスのその技を見ていた。

 一通り型を終えたクラウスは、揃いも揃って同じ顔の見習いの顔を見渡したあと、マーヤの正面に立った。


「ちゃんと見たな?」

「……は、はい!」

「じゃあ、やってみろ」

「は……え?」

「え、じゃないだろう。やれ」


 マーヤは、無理矢理握らされた細剣を手に、硬直した。


「でも、あの、わたし、細剣、初めて……」

「ゆっくりでいい。間違ってもいい。とにかくやれ」


 それ以上の反論は許されないのが、その雰囲気でわかる。

 静かに金色の何かが立ち上るのが見えた気がした。

 マーヤは、緊張で体が微かに震えるのを感じながら、とにかく、剣を振り回せるほどの間合いを取り、剣を鞘から抜いた。

 最初に剣を握ったとき、不思議に感じた。いつもと違い、手にしっくりと馴染んでいる気がする。

 もう、ずっと手に握ってきたもののような、その初めての手ごたえに、マーヤは首をかしげた。


「マーヤ」

「は、はい」


 催促するクラウスの声に、先程のクラウスの型を思い浮かべ、ゆっくりと、それをなぞるように腕を振った。


 いつもなら、まるで見えない何かに奪われるような力を感じるのに、今日は、剣はしっかりとマーヤの手に吸い付いた。

 振り方がゆっくりだから、という理由もあるのかもしれない。

型が終わる最後まで、細剣がマーヤの手から離れることはなかった。


 そのマーヤの姿を、グレイどころか、他の見習いまで、唖然として見つめていた。

 技としてはたどたどしかった。先に見たクラウスのような、鋭さも優雅さもない。ヒヨコが、ようやく歩き出したような、一生懸命を身で表しているようなその姿に、微笑ましさを感じるほどだ。

 だが、マーヤが、剣を取り落とさないままに型を終えられたのは、これが初めてだった

 全部を振り終えた後、マーヤは、呆然と、自分の手にある剣を見ていた。


「……なるほど。サーレスの言った通りのようだな」

「あの人は、魔法でも使ったのか。どうして、たった二週間で、マーヤに武器が振れるようになった」

「部屋で、マーヤに、小さな釣り竿でゲームをやらせていただけだ」

「ゲーム、だと?」

「小さな釣り竿に、いろんな場所に重りを付けて、糸の先についた指輪を決められた模様に落とすゲームだ。指の力を付けるという話だったが、それで本当に使えるようになるのか疑問に思っていたが……効果は覿面だな」

「覿面どころじゃないだろう……? 四年で教えられなかったことを、あの人はこの半月でやったというのか? ……だが、細剣では、騎兵で使えんぞ」

「サーレスが言うには、マーヤは武器さえ握れれば、どの武器でも使えるようになるらしい。あれ専用に武器をあつらえる必要がありそうだが、この先、マーヤのように手の小さい団員が増える可能性もある。今のうちに、予算を組んで、特注で練習用に一式造っておくか」

「握れるだけでだと?」

「あの人の見立てが正確なのは、今のマーヤで証明されたようなものだろう。……確かに、期待したところはあるんだが、ほんの半月でこれなのか? 黒騎士も、指導という点ではまだまだだったな」

「確かにな。黒髭が、将軍のことばかり話すわけだ」


 グレイが、マーヤを見つめながら、苦笑した。

 黒騎士団で落ちこぼれと言われたマーヤを、見込みがあると言ったのは、サーレスだけだった。


 マーヤの顔は、くしゃりと歪んだ。

 笑顔なのか、泣き顔なのかわからない表情のまま、泪の溜まりはじめた目元を、強引に袖で拭うと、命令を受けたわけでもないのに、再び型どおりに剣を振る。


 サーレスが見立てたマーヤの剣は、その後どんなに振っても彼女の手から離れなかった。



「足、一歩前!」

「はい!」

「肘が下がっている! 気合いを入れて持ち上げろ!」

「はい!」


 もう、何度やったのかわからない。一式が二分程度で終えるその技を、マーヤがやり初めてすでに二時間経過していた。

 すでに、他の見習いは、グレイにこってり絞られ、地面にへたり込んで休憩していたが、クラウスはマーヤに休むことを許していなかった。

 マーヤは、はじめは恐る恐る剣を振っていたが、今は剣を握るよりもその型を覚えることに集中していた。他の見習いのように、疲れを見せることもなく、額にうっすらと汗が見える程度である。

 他の見習達は、そんなマーヤの姿に、驚きを隠せなかった。

 そして、そんな二人の姿に驚いていたのは、見習い達だけではなかった。他の場所にいた隊長達も、揃って手を止めて見学に来ていた。

 マーヤの兄であるロックは、顎が落ちそうなほどに口を開け、ただ呆然と妹の雄志を見守っていた。


「……なあ、グレイ」


 ようやく声を絞り出したロックは、隣りに立つグレイに、呆然としたまま問いかける。


「どうした」

「サーレス殿は、本気でマーヤに武器指南をしているのか」

「そのようだ」

「……無理だろ」

「それについては、覆された。少なくとも、細剣については、使えるようになりそうだ」


 遠目にも、マーヤが細剣を、昨日まではできなかったと思えない位に華麗に操る様が見て取れた。

 それを見て、ロックは頭を抱えた。


「武器が使えないままなら、マーヤは不適格で退団勧告が出るところだったが……思惑が外れたな」


 グレイが、苦笑して、兄馬鹿の騎兵隊長を見つめた。


「そもそも、お前が騎兵隊で引き取るなんて言うからぁ」


 涙目のロックに、グレイは肩をすくめた。


「見習いが、何にも所属しないまま退団するなんて、聞いたことがない。それに、これでマーヤが使えるとなったら、俺たち隊長格は、間違いなく全員減俸だぞ」

「……なに?」

「マーヤは使えない、これが俺達の見解だった。それなのに、教育次第で使えることがわかったんだ。指導力不足と言われても反論できない」

「……マーヤは絶対、騎士にしないと決めてたのに」

「本人の希望がなにより優先。大原則だからな。お前の意思より、マーヤの意思だ。仕方ない」

「そもそも、誰だよ。マーヤを従者にしようなんて言ったの」

「アンジュだ。文句があるなら、アンジュに言うんだな」

「……」


 ロックはがっくりと肩を落とす。

 学校の同期で、しかも最優秀生だったアンジュに、こってり絞られ苦手意識を植え付けられているロックには、有能な書記官長に、個人的なちょっとした苦情など言えるはずもなかった。

 最終的には、膝を抱えてしゃがみ込んでしまったロックの背後に、ふらりと人影が近づいた。


「……珍しく、ノエルが熱心だ」

「ようやく起きたのか、マルクス」


 誰もが見惚れる、黒騎士団一の美男。背中を覆う、真っ直ぐな白銀の髪、炎を思わせる赤眼のマルクスは、とても残念なことに、その前髪に寝癖をつけたままだった。

 そのマルクスは、まだ半分寝ぼけたままのようなトロンとした目で、クラウスに指導されるマーヤをじっと見つめていた。


「……うちにあんな子、いたっけ」

「うちの妹になんか文句あんのかマルクス」


 ついさっきまで項垂れていたロックが、瞬時に反応して、寝ぼけたマルクスを下から睨み付ける。


「……お前、妹、いたの?」

「そこからかよ!」


 勢いよく立ち上がったロックは、マルクスにおもいっきり突っ込んだ。


「え、じゃあ、あれ、マーカスの子なの」

「俺がマーカスの子なんだからその妹だってそうだろってかいい加減起きろ」


 しばらく悩むように首を捻っていたマルクスは、ようやく結論を出したように顔を上げた。


「……そういえば、産まれたって聞いた気が」

「いつの話だ。マーヤはもう十五だぞ」

「……あれ?」


 マルクスに浮かんだ不思議そうな表情が物語っているのは、あきらかに、マーヤの年齢がそこまでいってるとは思っていなかった、という事だろう。

 常日頃、気が付いたら倒れて寝ている変わり者の魔法騎兵隊長、それがマルクスだった。

 常人にはない知識を詰め込んだマルクスの頭は、他の記憶をあっという間に片隅に追いやるのか、日常の記憶はしばらく本人が考え込まないと出てこない。さらに本人は、その魔力を維持するためか、突然ぱたりと寝てしまう。


 再び記憶を探るため悩みはじめたマルクスを放置して、グレイとロックは再び視線をマーヤに戻した。

 クラウスの手で、少しずつ動きが修正されていくマーヤの剣舞は、初めと比べものにならないくらいに動きが速くなっていた。

 クラウスは、騎兵長だった時にも、見習いの指導をしたことがある。その厳しさに、一時間もたたずに当時の見習い達は根を上げた。それを考えると、マーヤは二時間、クラウスの指導に耐えている。

 マーヤの話を聞いたサーレスが、ありがたいと言った意味が、なんとなくわかった気がした。確かにこれは、マーヤが持って生まれた気性だろう。とんでもない根性だ。


「……ずいぶん、足捌きに迷いがないな。剣舞は、学び初めは足元に気が行って、あそこまで剣が振れるようになるのは、時間がかかるものなんだが」


「足捌きは、部屋で教えておいた」


 グレイの疑問に答えた声は、近くにある窓からのものだった。


「お、やってるやってる」


 声に釣られ、顔を上げると、その窓辺には、サーレスがユリアを従えて立っていた。


「グレイ。どうかな、マーヤは」


 腕を組み、マーヤとクラウスを見ていたグレイは、サーレスに声をかけられ、苦笑した。


「あなたの魔法が覿面に効いている」

「魔法なんかかけた覚えはないが?」


 首を傾げたサーレスは、その視線を、グレイとロックの傍にいたマルクスに向けた。

 ノルドに来てから今に至るまで、出会った覚えのないその人の着ている軍服を見て、ふっと微笑む。


「もしかして、そちらは、マルクス殿かな?」

「……ノエルが説明してましたか」


 サーレスの声に反応したマルクスが微笑むと、サーレスは首を振った。


「その服は、隊長用だろう。私がまだご挨拶できていない隊長は二名。そのうち、補給部隊の隊長殿は、仕入れのために遠出していると聞いている。それなら、その方が帰ってきたなら、一緒に荷物も帰ってきてないとおかしいだろう。だが、そんな話は聞いてない。それなら、この城に残っているもうお一方が、あなたということになる」

「……なるほど。頭の回転の速い方だ」


 にっこり微笑み、マルクスは手を差し出した。サーレスは、その手を、しっかりと手袋に覆われた手で握り返した。

 マルクスは、しばらくサーレスの手を握ったまま、何かを考えるように首を傾げていたが、何を思ったのか突然、サーレスの目をのぞき込むように、顔を寄せた。


「……何かな? 申し訳ないんだが、少し顔が近い」


 あくまで笑顔でサーレスはそう告げたが、窓枠がなければそろそろ足が出そうな距離だ。

 さりげなく、身を引きながら、サーレスは距離を測っていたが、マルクスは、その瞳を見て、目を眇めた。


「……ラズー教は、あなたの前に、現われたか?」

「まだ、見た事はないが?」

「なら、姿は見せない方がいい……」


 マルクスの言葉に、周囲の隊長達まで息を飲む。サーレスは、その言葉に不穏な空気を感じ、改めて問い直した。


「……それは、彼らの占いに関することかな?」

「あなたの星は、おそらくノエルのそれより珍しい」


 サーレスは驚き、自分が身を引いていたのも忘れ、マルクスに迫った。


「あなたは、それがわかるのか?」


 だが、そのサーレスの問いに、マルクスは答えなかった。マルクスは、ようやくサーレスの手を離したかと思えば、焦点の合わない目で何かをぶつぶつ呟きはじめたのだ。


「サーレス!」


 慌てて駆け寄ってきたらしいクラウスが、マルクスとサーレスの間に身を割り込ませ、サーレスを見上げる。


「大丈夫ですか? すみません、マルクスが起きたことに気が付いていませんでした」

「大丈夫だ。それより、私の星とやらは、なんなんだ?」


 サーレスの問いで、今の状況を理解したクラウスも、慌ててマルクスを振り返る。


「マルクス、どういう事だ」


 慌てるクラウスを止めたのは、グレイだった。


「無理だ。こうなったら他に意識は向かない。星がどうのと言っていたからには、それで何か考えてるんだろう。考えがまとまるまで、ほっとくしかない」


 クラウスが額を抑えて天を仰ぐのを見て、サーレスは困惑したようにグレイに視線を向けた。


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