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花籠の道と黒の小石  作者: 織川あさぎ
第二章 ノルド篇
18/40

「隊長格、全員集合!」


 凛とした声が、広間に広がると同時に、各テーブルで、人々が勢いよく立ち上がる。

 ドレス姿の一見令嬢に見えるクラウスの口から、ここまで大きな声が出てきたのに驚いた。そのよく通る声に、寝ていた者まで飛び起きる。

 呼び出された隊長達も、酒を飲み、半分寝ていた者もいたのに、一気に酔いが醒めたように機敏な動きで、各人が集合してきた。


「隊長たちをあなたに紹介するついでに、伝えましょう。明日には部隊に隅々行き渡るはずです。見習いにも伝えた方がいいですしね」


 そう言う間にも、クラウスの背後に、騎士たちが整然と整列した。その表情に、今まで飲んでいた酒の影はない。


「お呼びですか」

「お前達を姫に紹介しておくのを忘れていたので呼んだ。サーレス、彼が第一隊長のマーカスです。あなたに預けるマーヤの父親です」

「……一番隊長、マーカス=レシュベルです。特殊工作隊を率いております」


 敬礼していたマーカスは、その手をごく自然に差し出した。しかし、その手をホーフェンが首を振りながら押える。


「この手はやめとけ」

「ホーフェン?」

「ぶん投げられるぞ。試しに飛んでみるか?」

「試しにって……どういう事なんだ?」


 集まってきた隊長達は首をかしげ、クラウスとサーレスを代わる代わる見つめる。


「ああ、すまない。先程、クラウスが紹介してくれた時に、大切なことを説明し忘れてて……。私は男性恐怖症で、触れた異性を、問答無用で排除するんだ。なんというか、私自身も無意識でやっていることなので、止めようがなくて。だから、握手は、少し厚めの皮で作られた手袋越しになるんだ」


 そう言って、挙げた両手には、手袋がない。


「すまないんだが、握手はまた別の日でいいかな? できるだけ、用意しておくから」


 その場にいた全員の視線が、一斉にクラウスに向けられる。


「……一応言っておきますが、その人も、どんなに可愛らしく着飾っていても……ついてますよ?」


 レイリアの呆然としたつぶやきに、サーレスは苦笑して頷いた。


「いや、これが男性なのはわかってる。そして、国にいた時から今に至るまで、私が触って平気だった男は、これしかいないんだ。なにせ、父や兄でも、鳥肌が立っていたからな。クラウスに触れるとわかって、誰よりそのお二人が顎を落とした」


 そう言って苦笑したサーレスの手を、横から現われた白い手が突然握りしめる。

 サーレスは、考える間もなく、その握った手を横に振り、その相手を振り払おうとしていた。


「ちょっ、ユーリ!」


 ユーリの体は見事に浮き、振り払うと同時に、放物線を描いて飛んでいき、机の向こうに落ちた。

 相手を確認する間もなかったサーレスには、何が起ったのかよく分かっていなかった。

 さすがのサーレスも、相手がここまで綺麗に飛んでいったのを、見た事がない。手を掴んだユーリの方が、身を守るために飛んでいった。そんな手ごたえだった。


「いってぇ~……」


 壁に激突はしなかったようだが、受け身には失敗したらしいユーリが、背中をさすりながら立ち上がる。


「すまない、大丈夫か!?」


 慌てるサーレスの横で、冷静にクラウスはその相手に冷ややかな視線を送っていた。


「お前ならやると思ったが、見事な飛びっぷりだったな。それは、十一番隊長、ユーリです。急襲部隊を率いているので、体の丈夫さは折り紙付きです。ご安心ください」

「いや、そういう問題じゃないだろ……」


 サーレスは、心配で見つめていたのだが、そんなサーレスを見たクラウスが、先程ユーリに掴まれた手をそっと掴む。


「気持ち悪くありませんか? 消毒しておきますか?」


 刺繍したハンカチを手に取り、ぱたぱたと何かを払う仕草をしたあと、にっこり微笑んでホーフェンに向き直る。


「後は任せる」


 それだけ言うと、つかつかと机に近寄り、ドレスであることを感じさせないほど軽やかにひょいっと飛び越えた。

 ユーリの真横に着地したクラウスは、そのまま、首元に手をやり、大きな音を立てて、ユーリを壁に押しつける。


「……やるとは思ったが、やっていいとは一言も言った覚えはない」

「ちっ、手を掴んだだけだろ」

「お前は本当に学習しないな。その猫みたいな好奇心が身を滅ぼすと、そろそろ学べ」


 それだけ言うと、首から手を離す。

 しかし、それだけでは終らなかった。その手がそのまま、裏手で顔に向かう。とっさにガードしたユーリから、激しい音が聞こえた。


「……あ~あ。ああなると終りませんし、じゃあとりあえずここにいるメンバーをご紹介しますよ」


 あっさりとホーフェンは視線を外す。 


「そ、それでいいのか?」

「あの二人のぶつかり合いはいつものことですし、ただじゃれてるだけです。大丈夫ですよ。その証拠に、二人とも明日に残るような怪我はしませんから」


 そうは言っても、クラウスはドレスなのだ。とても大立ち回りするような姿ではない。

 だが、サーレスはじっと見ていて気が付いた。

 あきらかに、クラウスの方が、余裕がある。

 綺麗に裾を捌き、攻撃を確実に見切っている。掴ませる範囲にドレスは残さないし、なにより一度もユーリに体を触れさせていない。

 本人は、戦えるようにドレスを作ると言い切ったが、それが誇張ではないことがよくわかる。

 ユーリの格闘の腕前は、さすが一隊を率いるだけはある。だがこれは相手が悪いと、初めて二人の組み手を見るサーレスにも理解できた。


「……ドレスでも、まだクラウスの方が強いんだな」

「それは当然です。何回やったかはもう数えきれませんが、一度たりとも、ノエルが負けたことはありません。どんな姿で、どんなに不意を突いても、最終的にノエルが勝ちます。だからこそ、あれが私達の長なんです」


 穏やかな表情のまま、アンジュにそう説明され、呆気にとられたままのサーレスは言葉もなかった。


「そ、そうなのか……」

「じゃあ、とりあえず。三隊のマージュです。諜報部隊長と、情報管理長をやってます」

「よろしくお願いします」


 マージュは、にっこり微笑み、頭を下げる。もちろん、手は差し出していない。

 サーレスは、三隊というところに、ふと引っかかりを覚え、記憶を探る。


「三隊というと、以前クラウスが預かってた隊かな」

「そのとおりです。諜報の技に関しては、私が指導しました」

「あなたが?」

「ええ。元々、ノエルの前任が私なのですよ。弟子が一気に駆け上って、団長になってしまいましてね。引退するはずだった私に、もう一度お鉢が回ってきてしまいました」


 マージュは、のんきな口調で説明した。

 サーレスは、元気にユーリと殴り合うクラウスに視線を向け、再び目の前の人に視線を戻す。


「あの人の技は見事なものだった。兄上も関心していたよ。その師というならば、あなたの腕も察せられるな」

「不肖の弟子が、カセルアの方々にはご迷惑をおかけ致しました」

「おかげで、王宮警備に関して、穴がわかって大助かりだった」


 肩をすくめたサーレスに、その人は軽く会釈をした。


「四隊はグレイですからいいですよね。第五隊長がジャスティ。グレイの義父です」

「ご紹介にあずかりました、ジャスティ=ハルフィードです」


 ジャスティは、ロマンスグレーという言葉がよく似合う、初老の紳士だった。白銀の髪を後ろに撫でつけ、きちんと髭が整えられた穏やかな風貌には、戦場よりも宮廷にありそうな穏やかさがある。

 しかし、サーレスは、この人のまったく隙のない身のこなしを見て、確かにグレイの義父というだけはあると納得していた。


「よろしく。グレイ殿には、お世話になりました」


 その言葉に、ジャスティはふっと微笑んだ。


「こちらこそ、アレを騎馬からたたき落としてくださったようで。おかげで、帰ってから、より修行に励むようになりました」

「元々、グレイ殿はまめに修行なさる方だろう」

「いやいや、アレをたたき落とせるのは、今までそう数がいませんでしたのでね。私も無理なので、助かりますよ」


 その言葉に、サーレスは苦笑した。


「そう言えば、私にはもう一人、息子がおりましてね」


 ジャスティは、横に控えていた青年を指した。


「これも、息子なのですよ。キファと言います」


 先程、隊長格集合、と言われて来たからには、その青年も隊長格なのだろう。義理の息子というわりに、妙にその息子達の風貌が似ている。

 グレイと同じ黒い髪を長く伸ばし、頭上で、二本の色違いの紐でまとめている。灰色の瞳をしたその青年は、グレイよりも柔らかい表情で、にこやかに挨拶をした。


「ムジャフ=エン=キファと申します」


 変わった響きの名前に、サーレスは頷いた。


「あなたは、グレイ殿と同郷の黒騎士かな」

「そのとおりです。第九隊長、弓兵を率いております」

「弓か。グレイ殿は騎馬民族だと言っておられたが、あなたも騎兵なのかな」

「ええ。私たちの一族は、男は産まれてから、ずっと馬上で過ごします」

「ずっと?」

「はい。父方の親族が乗る馬の鞍に縛り付けられて過ごします。だから、私たちにとって、馬は我が身と変わらないものなのですよ」

「なるほど。グレイ殿の、落馬の時の不思議そうな表情の意味が、わかった気がするよ」

「グレイから聞きました。羽根を付けられて、無意識で飛ばされた気分だったと」


 キファも、苦笑しながら答えた。


「サーレス。次のも騎兵隊の隊長です。マーカスの息子で、ロック。マーヤの一番上の兄です」

「ロック=レシュベルです。第六隊長を拝命しております」


 厳つい顔が、父によく似たその人は、直立したまま、頭をきっちりと直角に降ろしてきた。


「妹を、どうぞよろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしく頼む」

「昔から、そそっかしくて包丁もろくに握れないのに、いきなり黒騎士になると言いだした、勢いだけが一人前の娘ですので、ご迷惑をおかけすると思うのですが、性格はいい娘ですので! 体力はありますし、頭の回転もそう悪くはありませんし、料理は苦手ですが掃除は得意で……」


 勢いよく下げられた頭から、兄の切々とした思いが叫ばれていたのだが、そんな兄の頭上に、大きな拳が現われ、振り下ろされた。


「お前は妹をどこに嫁に出す気だ!」


 父の拳は、正確に息子の脳天に命中した。そして、父はその激昂が幻だったように、静かにに頭を下げた。


「失礼しました」


 顔を上げた父が、頭を抱える息子を引き摺っていき、少し離れた場所で、親子のにらみ合いが開始される。

 そんな二人の様子を笑いながら見ていたホーフェンは、サーレスにこそっと耳打ちした。


「どちらも親馬鹿兄馬鹿です。マーヤは末の子で、あの家で初めての女の子なんですよ。ロックとマーヤの間に、あと三人ほど男兄弟がいるんです」

「ご家族に愛されて育った子なんだな。会うのが楽しみだよ」

「今日は、正騎士だけが集まってますから、マーヤの紹介は、明日になります」


 その言葉に頷き、サーレスはその場にいた隊長達を見渡した。


「……一人足りない?」

「え?」

「アンジュは、十二隊長だと紹介された。という事は、少なくとも、隊長の数は十二人は居るだろう。今までの数だと、ホーフェンを加えても十一人しか居ないんだが」


 マーカス、ホーフェン、マージュ、グレイ、ジャスティ、ロック、カンナ、キファ、レイリア、ユーリ、アンジュ。

この場に集まってきた隊長は全て紹介され、指折り数えながらサーレスが告げると、ホーフェンが突然、周囲を見渡しはじめた。


「あれ……。おい、マルクスはどうした?」

「最初は居たのを見たが」


 ホーフェンの問いに、キファが答える。


「黒騎士は、十三の部隊があります。ですから、隊長の数は十三人。今は、補給部隊が出払ってますから、この場にいる隊長は十二人なんですが……一人、ちょっと脱走したみたいです」

「脱走?」


 告げられた意味がわからず、首を傾げたサーレスに、ホーフェンはしばらく待つように告げ、キファを伴い会場を出て行った。

 残された面々が、苦笑しながらサーレスに説明した。


「すみません。もう一人は、少々気難しくてねえ」


 マージュの言葉に、他の面々も頷いた。

 しかし、サーレスは、その言葉に笑顔で答えた。


「むしろ、皆さんの方が、私からすれば異様なほどに友好的だな」

「……え?」

「なぜそう思われます?」

「なぜもなにも、正直なことを言うと、今の私の立場は黒騎士にとっては重荷でしかないだろう? それにしては、ずいぶん友好的に迎えてもらえたものだと思っていた」


 その言葉に、隊長達は目を丸くする。


「姫だと名乗ってるのにあきらかに男の姿。あげく、自分が表に出たくないから、姫は寝たきりにしておくようにと言って、口止めをあなた方に強要した。今まで、一度も顔を見たことがない相手からこんなことを言われて、納得してもらえた方が奇跡のようなものだ。だから、私としては、私の存在を否定する隊長は、もっと居ると思っていたんだ」


 この場に、クラウスの一言で、ほぼ全員の隊長が集まっていることも不思議だと告げるサーレスに、カンナが正面から、肩をすくめながらあっさり言い放った。


「ノエルはね、あたしらにとったら、たったひとつの頭なんだ。あれの換えはない。その換えの利かない頭が、自分が自分であるために、あんたが必要だと言った。つまり、ノエルが頭で居るには、あんたが必要なんだ。あたしらは、それを受け入れたから、この場にいる」

「この場から脱走しているマルクスも、別にあなたの存在が気に入らないから脱走したわけじゃないだろう。あれは元々、あまり人前に姿を現すのを良しとしない。大勢居る場にずっと居るのが、苦痛と言うだけだ」


 グレイが、カンナの言葉に同調しながら、サーレスに告げる。


「この騎士団は、人種性別年齢、なにも問わずに受け入れる、変わり者の集団だ。そしてノルドは、その変わり者の集団が呼び寄せた、どこで暮らせど己を曲げぬ、頑固者の集まりだ。その頭が、隣国から花嫁を迎えたくらいで、騒ぐ方がおかしい」

「まあ、その通りだねえ」


 くすくすと笑うマージュが、己の弟子達の様子を窺う。

 その時ちょうど、クラウスが、右拳をユーリの鳩尾に叩き込み、二人のじゃれ合いにも決着が付いていた。

 クラウスは、髪をまとめていたリボンこそほどけ、多少の埃はついていたが、ほぼ無傷の状態で、近くにいた騎士に雄々しくその拳を掲げられていた。


「まあ、今日この場に居ない隊長も、そのうち顔を合わせるだろう。その時は、厚い皮手袋でも用意しておいてやってくれるかね。たとえこの場におらずとも、二人とも、あなたを迎える事自体は歓迎しているはずだからね」


 ジャスティが、すっかり白くなっている髭を撫でながら、微笑む。


「はい。いつすれ違っても良いように、しっかり手に填めておきますよ」


 サーレスは、笑顔で頷いて答えた。


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