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花籠の道と黒の小石  作者: 織川あさぎ
第二章 ノルド篇
17/40

 初めの衝撃もようやく薄れ、黒騎士の通常の宴会風景が食堂に広がっていた。

 銘々が料理と酒を手に机を移動して、会話や議論、中にはゲームに興じているテーブルもある。

 その各自由な様子を横目に、サーレスは、料理長が腕を振るった料理を堪能していた。

 そこには、ブレストアでは定番らしい、羊肉の料理と共に、カセルアで定番の、川魚の香草焼も乗っていた。

 クラウスの前にも同じものがあるが、騎士たちの席にある山盛りの大皿には、魚が入ったメニューはない。それを見て、サーレスは隣で同じものを食べているクラウスに問いかけた。


「もしかして、この魚は、私のために用意してくれたのか?」

「ええ。ブレストアでは、あまり魚は食べないんです。食べても、干魚が主です。逆に、カセルアでは、羊をあまり食べないでしょう? だから、料理長が気を使ったようです」

「そうなのか。わざわざ申し訳ないな」

「あと、あなたの味の好みを知りたかったようです。黒騎士団には、カセルア出身者は意外と多いんです。ですから、料理自体は作れるので、何か好みがあれば、伝えると喜びますよ」

「私は、好き嫌いはないから、羊も大丈夫だよ。……料理長、良い腕だな。この魚も、全然臭みがなくて食べやすい。酒の肴とか、頼んだら作ってくれるかな」


 サーレスの言葉に、クラウスはくすくす笑いながら頷いた。


「大丈夫ですよ。うちは、酒飲みが多いですから、すぐに出してくれるはずです」


 クラウスは笑顔で頷くと、それからと何かを思いだしたように言葉を続けた。


「カセルアから送られてきていたあなたのお酒は、みんな料理長に保管してもらいました。ちゃんと酒蔵に全て収ったそうです。それも取り出したいなら、料理長に場所を尋ねてください」


 その言葉に、サーレスは、今日一番の笑顔で微笑み、頷いた。



 酒が入り、そこかしこで酔っぱらいが暴れるようになると、女性騎士たちは、集まってテーブルひとつを占領して、食事とおしゃべりに興じていた。


「だって、絶対、あの時の姿は王太子だったってば!」


 話題は、エイミーが見たカセルアの王太子についてだった。

 現在、ドミゼア担当の密偵であるエイミーがこの城に帰ってきたのは、つい一週間前の事だった。

 彼女が帰るなり、女性騎士たちに、カセルアの王子様についてうっとり語ったことを、全員まだ忘れていなかった。


「でも、姫だったんだ……」


 うっ、と、エイミーの喉から異音が漏れる。


「だって、私に剣を返しながら、にっこり笑ってかわいいって言ってくれたんだもん……」

「かわいいって言われたからって、いくら何でも王太子を見間違うのはどうよ。あんたも本物の顔を見た事あったんでしょ?」

「でも、あれだけそっくりだったら、私が前に顔を見たのもどっちだったのかわかんないわ。ユーリだって、全然気が付いてなかったみたいだし」

「王太子様も、そんなに似てるわけ? 私は絵姿しか見た事ないんだけど」


「どっちだったのか、初めて顔を見た時にどんな状況だったのか言ってもらえれば、わかるぞ?」


 突然、近くでかけられた言葉に、慌てて全員がそちらに顔を向ける。

 話題の人が、陶器のカップ片手ににっこりと微笑んでいた。


「せっかくだし、女性騎士の方々と親交を深めたいと思って来てみたんだが、混ぜてもらえるかな?」

「はっはい!」


 全員が一斉に立ち上がる姿を見て、サーレスは苦笑した。


「そう緊張されると、逆に困るな。今のこの姿では、姫の従者のサーレスなんだから」


 そんなサーレスに、アンジュが手早く席を確保した。


「こちらにどうぞ」

「ああ、ありがとう、アンジュ……従者なら、アンジュ様と言うべきかな?」

「いえ、けっこうですよ。うちの騎士団は、お互い名前や愛称で呼び合うのが伝統ですから。団長でさえ、平騎士からノエルと呼び捨てされていますもの」

「そうか」


 にっこりと微笑むその表情に、そのテーブルにいた半数の騎士は頬を染めた。

 優雅に腰掛け、サーレスはそのテーブルにいる女騎士たちに視線を巡らせる。


「カセルアでは、女性が騎士になることはないから、こちらに来たら、皆さんとぜひ話をしてみたかったんだ」


 そのサーレスを見て、アンジュは首を傾げて辺りを見回した。

 昼に、あれだけ執着していたクラウスが、この人がうろうろするのを認めたのが不思議だったのだ。

 ようやく見つけたクラウスは、グレイの隊が集まっている机の所にいた。

 そこで、ガクガク震えている隊員相手に、凄まじいほどの威圧感を与えながら、にっこりと可愛らしく微笑んでいた。


「あ、あの」


 エイミーが、そーっと手を挙げ、恐る恐るサーレスに声をかける。

 サーレスは、エイミーを見て、にっこり微笑むと、その首筋にかかる一房の髪の毛を手に取った。

 その自然な仕草に、エイミーは顔を真っ赤に染め、うつむいた。


「元の髪の色は、薔薇色なんだな。髪の色が変わると、印象もずいぶん違って、華やかになるな。あの時は助かったよ、ありがとう。さすがに、素手であそこに割り込む勇気はなかったからな」

「たとえ剣を持ってても、その勇気は私にはないです……」


 がっくりとエイミーは肩を落とした。しかし、すぐに顔を上げ、テーブルに身を乗り出した。


「そうだ! それで、あの、私が昔見たのは、どっちだったんでしょうか」

「ああ、そうだな。いつ、王太子の顔を見た?」

「ええと、うちの国王陛下主催の晩餐会で、私が警護していた近くにいらしたんですけど」

「それなら兄上だ。あなたが見たのは、トレス王太子本人だよ」


 サーレスは、悩むことなくそう告げた。


「そ、そうなの?」

「うちの兄上とこちらの国王陛下は、大変仲がよくてな。そんな相手がいる場所に影武者を立てたりはしなかったんだよ。たとえ危険な可能性があってもな」


 いちいち仕草が優雅で繊細。にっこり微笑むその表情は、とても男前。

 いつも、どちらかというと暑苦しい男どもに囲まれている女性陣には、非常に目の毒である。どこをどう見ても、確かに王子様にしか見えない姫に、王子様を夢見る年頃も過ぎた騎士たちも頬が染まる。


「だめだ。これは目の毒だわ……」


 アンジュの隣で、体格のいい女騎士ががっくりテーブルに突っ伏した。その心境をしみじみと感じていたアンジュも、ぽんと肩を叩いて慰めた。

 目の前で、サーレスは、エイミー相手に機嫌良さそうに笑っていた。

 エイミーと若い騎士たちも、頬を染めてその会話に参加している。


「そうか、若いと思ってたのに、私より年上なんだな、エイミーは」

「今、二十一です」

「いくつで騎士になったんだ?」

「私は、十六で見習いになって、十八で正騎士になりました」

「……学校は騎士になることが確定したあと五年追加と聞いたが」

「飛び級もあるんです。見習いの間に、正騎士の力量を示す事ができれば、飛び級できます」

「じゃあ、エイミーは、優秀なんだな。そうだよな、あの人が忍び込むのについてこられる腕はあるんだし」


 サーレスがそう言いながら、宴会場と化した食堂を見渡した。そして、異変を察知した。


「……あれ、クラウスはどこだ?」

「え?」


 同じテーブルにいた全員が、会場を見渡した。確かに、あの目立つ金茶の頭がない。

 アンジュも、慌てて先程クラウスがいた場所に視線を巡らせたが、先程までクラウスが睨み付けていたはずの四隊のメンバー達は、全員酔いつぶれて机に突っ伏しており、その中にもクラウスはいなかった。


「どこにいったのかしら……」

「別に気配を消してるわけじゃなさそうなんだけど……」


 エイミーも首をかしげる。

 だが、その疑問は、その瞬間、意外な方法で解決した。

 食堂の、上座近くの扉が、再び開かれたのだ。先程、サーレス自身が潜ってきたその扉のところに立っているのは、見慣れた貴族の少女だった。


「……クラリス?」


 サーレスのみならず、その場にいた全員が呆気にとられる中を、足早にサーレスの元に近寄ってきたクラリスが、どかっとその膝に座るまで、ほんの数秒。会場にいた全員が、怪訝な表情のまま、その成り行きを見守っていた。


「……何かしたかな?」


 サーレスが、若干引きつったような表情で、自分の膝の上に可愛らしく座る少女に問いかけた。


「……また無自覚でやらかしてましたね。ちゃんと言いましたよね。次にやったら膝の上に乗ると。城の中ならいいんですよね?」


 その笑顔は大変可愛らしかったが、妙な迫力がある。サーレスはそっと目をそらした。


「たとえ男性相手だろうと女性相手だろうと、浮気は許しませんよ?」

「いや、だから、一応女としての自覚はあるから、女性と浮気はない」

「だったら、無意識に女性を口説くのをやめていただけますか」

「そんなつもりはないからどうしようもない」


 全員が、呆気にとられたまま見守っていたが、度胸よくその状況を分析した女騎士がいた。


「……浮気者を問い詰める彼女の図」


 その言葉が耳に届いてしまったアンジュは、飲んでいた果実酒を吹いた。


「……だって、中身の性別が逆転してるだけで、そのまんまじゃない、あれ」

「それは確かにそうだけど、言わぬが花でしょ」


 そんな会話が耳に入っているのかいないのか、二人は同じ体勢のまま、似たような議論を繰り返す。


「……団長がこんな愉快な人だとは知らなかったよあたし」


 ついにはサーレスが手ずからデザートを与えるに至って、周囲の女騎士がため息と共につぶやいた。

 その言葉が、ようやくサーレスの耳にも届いたのか、楽しそうににこやかに話しかけた。


「そういえば、ここにいる皆さんが、女性騎士全員になるのかな。他に女性を見かけないんだけど」

「ああ、あと三人ほどいるよ。密偵に一人と、指導者として二人が、今出張中でね。あとは、見習いに数人」

「ああ、見習いと言えば、マーヤという子が姫の従者になってくれるはずなんだが、どんな子なのかな」


 その言葉に、女性陣全員が驚いたように目を剥いた。そのうちの一人、妖艶で色黒な騎士が、アンジュに振り返った。


「……正騎士じゃなく、どうして見習いをつけるんだ」


 その言葉に答えたのは、アンジュではなく、サーレスの腕の中で、サーレスの手によって果物を口元に運ばれているクラウスだった。


「サーレスの腕なら、ひとりで刺客に襲われても対処はできる。だが、だからそこ、心配でもある。要するに、完全に守りきる能力を持っている、この人と同等の腕前を持つ者なら、なんの心配もなく正騎士をつけるんだが……。グレイですら、この人には敵わない。それなら、いっそ足手まといになるのをつければ、その足手まといを生かすために、事前に命を守る方法を考えるだろう。少なくとも、その足手まといをおいて飛び出していくことはなくなる」

「しかし……足手まといがぐずぐずしていたら、それこそ両方の命が危ないこともありえる。せめて見習いじゃなく……」

「カンナ。お前の言いたいことはわかるんだが、正騎士が、護衛対象に守られるなんていう事態は、あってはならないことだ。ほんとにそんな事になったら、私はその騎士を降格させなければいけなくなる。そんな事は、望んでいない」


 姿だけは壮絶に可愛らしい団長に、口をモグモグさせながら言われて、カンナと呼ばれた女騎士は、ぐったり力が抜けて、素直に肩をすくめた。


「それにしても、あの子はないんじゃないのかねぇ」

「マーヤって、あの子でしょ? 入隊試験の時、持久力だけは自信があるって言って、丸一日走った子」

「一番、護衛とかは向いてない子じゃない?」


 その、めいめいの言葉に、サーレスは吹き出した。


「護衛じゃないよ。従者なんだから、それで十分だ」

「ええ?」

「むしろ、丸一日走れるような体力と根性のある子なら、ありがたいくらいだ。いざというとき、一番生き残る可能性が高い」


 サーレスの言葉に、クラウスは頷いた。


「マーヤが入隊試験に受かった理由は、まさにそこです。武芸はあとで磨けるけれど、精神的なものは生まれついてのものが一番ですからね」

「その子は、本当に丸一日走り続けたのか?」

「ええ。さすがに食事の時間は取りましたが、ずっと走っていたはずです。試験官が交代でついて走ってましたから、間違いないです。私も夜に二時間、伴走しました。終ったあとに倒れましたけど、体をこわしたとかじゃなく、そのまま寝てましたね」

「ほんとに根性あるな。面白い子だね」

「その父親もここにいます。一番隊長なんですけど……そういえば、隊長格の紹介を忘れていました。ひとまず、そこの色黒がカンナ。騎兵隊長です」


「第七隊長、騎兵隊を預かるカンナ=ロスです」


 紹介されたことで、今まで崩していた姿勢を正し、敬礼した。


「それから、そこの髪を結い上げているのが、救護部隊長のレイリア。彼女は、この城の専属医師でもあります」


「第十隊長レイリア=コウエンです。姫の主治医にもなります。どうぞよろしくお願いします」


「ありがとう。男性医師だったら、カセルアから医師を派遣してもらわなきゃいけないとか言ってたけど、その必要がなくてよかったよ」


 そのサーレスの言葉に、レイリアはふと思い出したのか、心配そうにサーレスの体を上から下まで見て、訊ねた。


「姫のお体は、本当にご病気ではないのですか? 団長は症状すら教えて下さらなかったので、心配していたのですが」

「体はなにもない、と思う。詳しく病気の検査などはしたことがないから、断言はできないが、少なくとも、表向きの病気はない。……そういえばクラウス。さっき、説明し損なってなかったか」

「え?」

「体は何ともないと言ったが、具体的に何をやらかすのかは言ってなかった」

「……そういえば、忘れてましたね」

「あなたも意外と大雑把だな。ここの女性陣よりも、あちらで酒を飲んでる男性陣にこそ言わないと、被害者が出るぞ?」

「あそこまで飲んでると、すでに言っても聞こえません。まあいいんじゃないでしょうか。二、三人被害者でも出れば、理解しますし」

「被害が出てからじゃ遅いような……」


 二人が額を付き合わせてこそこそ相談する様子を見て、女性陣は首を傾げる。


「あの……?」

「……」


 クラウスが、何かを考えるように唸る。その頭上で、サーレスはレイリアを見て、苦笑した。


「ええと、私の病というのは、精神的なものなんだ」

「精神的……ですか?」


 唖然とした表情で女性達が見守るなか、クラウスは突然、サーレスの膝を降り、すっと息を吸った。


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