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花籠の道と黒の小石  作者: 織川あさぎ
第二章 ノルド篇
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 姫の歓迎会と言われ、城の食堂に集められた黒騎士の面々は、一向に現われることのない団長にしびれを切らせていた。

 黒騎士たちは絶食の訓練も受けはするが、緊急時でもないのに食事にお預けを食らうのは辛い。しかも、目の前の机に、城の料理長が腕を振るった自慢料理の数々が、ずらりと並んでいる状況である。

 切なく鳴り響く腹の虫を抑えながら、ぐったりと机に突っ伏していた団員は、力ない声でつぶやいた。


「腹減った……」

「もうちょっと待て。歓迎会だってのに、その相手の顔も見ずに先にやってますとは言えんだろうが」

「おせぇよ、ノエル……」


 全員が、今か今かと待ちかねていたその時、ようやく上座の傍にあった扉が開く。

 ゆっくりと、いつも見慣れた金茶の頭が目に入ると、瞬く間に、机に突っ伏していた面々まで起立し、敬礼した。

 しかし、その直後、その整然とした列にどよめきが走る。

 今日は、姫の歓迎会なのである。それなのに、団長の後ろには、姫がいなかった。そんなものは、この城にいたはずがないのに、かわりになにやら色男の騎士が着いてきている。

 隊長格と、情報管理官達の間には、同時に別の動揺が走る。彼らは、普通の騎士たちより、その顔に関して若干の知識があったのだ。

 姫の輿入れに、隣国カセルアのトレス王太子が来ているなど、聞いていなかった。花嫁本人と侍女一人。そもそも他に、カセルア側の人間は、今日の入城で見ていないのだ。

 じゃあこの、王太子のそっくりさんは何者だということになる。

 隊長達は揃って、自分達の長が、何か無茶をやらかした事を理解した。


その位に関わらず、ほぼ全員が目を見張っていたのだが、その一団の中に、ほんの一部だけ、その相手の顔を見ても驚いたりはしていない集団がいた。

 彼らは、驚きはしていないが、顔を青くして、ちょっと目が潤んでいる。その表情は、逃げ場を失い追い詰められた、狩り場の兎のようだった。

 彼らは、姫を迎えに行った、グレイの部下達だった。

 その目を潤ませた全員が、そのクラウスの後ろをついてきた人物を見て、頭を抱えてうつむいてしまっていた。


 全員の困惑もどこ吹く風で、クラウスは自分の席の前に来ると、団員達に視線を巡らせる。


「待たせてすまなかった。今日は姫の歓迎会と言うことでみんなに集まってもらったわけだが、その前に伝えておきたいことがある。うすうす気が付いているんだろうが、私の隣にいる人物についてだ」


 クラウスが視線を送ると、サーレスは心得たように、極上の笑みを浮かべた。


「皆、今日からいろいろ世話をかける。私がサーラだ。よろしく頼む」


 その言葉は、意外なほど、食堂の隅々にまで響き渡った。


 黒騎士の面々は、ありえないことに、揃いも揃って呆然として二の句が告げられないようだった。


「あ、あの、団長?」


 恐る恐る、マーカスが手を挙げる。


「なんだ?」

「ええと、姫様は、どこだって? てかそれ、トレス王太子じゃないのか?」

「本人が名乗っているのに、どこだと聞かれても困る。この方が正真正銘サーラ姫だ」


 愕然とした面々に、クラウスはさらに告げた。


「皆に今まで姫の事を伝えなかったのは、まあ、この通りの方なので、説明するよりまずは現物を見せないと伝わらないと思ったからだ。もう一つ、この姿の時は、この方の名前はサーレスと呼ぶように」

「サーレス……?」

「姫はもともと、トレス王太子の影武者として活動していた。身体には、ひとまずなんの病もないんだ」

「なんだそりゃ!?」


 黒騎士たちほぼ全員の絶叫が響き渡った。


「ただ、どうしても、サーラ姫は病でないといけない事情がある。だから、姫がこの姿でいるときは、皆もこの人は、姫の従者サーレスとして扱ってもらいたい」

「……事情ってのは、説明してもらえるのか」

「私と、姫の兄君であるトレス王太子との間の盟約だ。姫を、ブレストアの手には渡さないこと。それが叶わないのであれば、姫はたとえ子を儲けたあとでも、カセルアに帰還させることというのがそれだ」

「……でも、姫様は、王弟のお前に嫁いできたんだろ。もうブレストアの手に渡ったようなもんじゃ」

「違う」


 きっぱりと、クラウスは言い切った。


「姫は、王弟のクラウスに嫁ぐわけじゃない。黒騎士の団長である、ノエル=ラーゲルハイドに嫁ぐんだ。姫の身柄は、黒騎士の預かりだ。たとえブレストアにも、渡すことはしない。だから、サーラ姫は、母国とおなじように、重病で寝室から出られないことにする。ブレストア貴族からの誘いも一切断れるように、なにより、ブレストア王家からの要請もすべて拒絶できるように」

「……つまり、王家から、姫の身柄をよこせと言われたら、黒騎士も人質を取られるようなもんって事か」

「そして、カセルアもな」


 ホーフェンが補足した。


「だがなぁ、いくら何でも、従者とか、する必要はあるのか? おとなしく部屋にいてもらえば、そんな男装することもあるまい?」

「おとなしく部屋に入れておくより、この人がこの姿で剣を持っていてもらった方が、まだ安心できる」

「どういうことだ?」

「姫は、トレス王太子の影武者だが、ただの影武者ではないと言うことだ」

「……というと?」

「剣の腕なら、おそらく私と互角。乗馬は、馬を選ぶ可能性はあるが、ご本人の持ち馬に乗ってもらえれば、私がディモンに乗っても着いてこられる。ついでに、戦術の師はあのゴディック将軍。この方は、あの将軍が、一の愛弟子と呼ぶ方だ。こんな人を、ただドレスを着せて部屋に飾っておくなど、愚の骨頂。カセルアの方々に、呆れられるだろう。今までは、王太子の影武者として、国を守っておられたのを、これからは、サーラ姫を、名目上従者として、本人に守らせるだけだ。まだなにか言いたいことはあるか」


 数人を除き、その場にいた全員の顎が落ちた。


「……さすがに、剣の腕が互角ということはないんじゃないか?」


 顎の落ちた黒騎士たちの様子を見ながら、サーレスはのんきに隣の婚約者に告げた。


「私が殺す気で繰り出した剣の前に平気で飛び出してきて、受けて見せた人が言うことではありません」


 その言葉に、奥の方のテーブルにいた少女が叫んだ。


「あーーーーーー!! あの時の!」


 その声の主に視線が集中した。サーレスは、その少女の顔を見て、うれしそうに微笑み、気軽に手を振っていた。


「あの時の子か。そう言えばあの子も黒騎士だったな」

「え、ほんとに、そうなの? あの時いたの、だって、トレス王太子……だったよね?」

「危険が想定される場合の王太子は、この人だったんだ」


 その瞬間、叫んだ少女の周囲を、他の黒騎士たちが一斉に取り囲んでいた。


「エイミー。ほんとに、あの人がノエルの剣を受けてたのか」

「そうよ! あたしの剣を横から奪って、ノエルの前に飛び出したの! あの時は、トレス殿下だと思ってたし、カセルアの王子すごいって思ってたのに」


 エイミーは、自棄になったように、そう言いつのる。そして、かなり離れたテーブルでそれを見ていた、もう一人の証人に視線を向けた。


「ユーリだって、見てたはずじゃない。ね、あの時って、王太子だって思ったよね?」

「……少なくとも、その時は、疑う余地はなかったな」


 ユーリは、戸惑う事もなく、何かを納得したような表情でサーレスを見つめていた。

 エイミーは、両手で頬を包み、その時の状況を必死で思い出そうとしているようだった。だが、結論は出なかったようで、ただ力なく首を振っている。

 マージュは、そんな二人の様子を交互に見ながら、ユーリの方に問いかけた。


「そう言えば、お前の報告書にも、そう書いてあったな……。お前は確か、カセルア王太子の顔を知っていたな。それでも、その現場で、あの人は王太子だと思ったんだな?」

「思った。まあ、おかしいなとも思ったんだが」

「どこがだ?」

「ノエルの様子が」

「……具体的には?」

「地下牢を見たあとから、なんか、落ち着かないというか、イライラしているというか」

「つまり纏めると、あの人が本当にお前の見たトレス王太子だったというなら、少なくともノエルの仕事中の剣を受けるだけの技量が確実にあるわけだな?」

「そうだ。暗殺仕様のノエルが、本気で殺しにかかった相手との間に躊躇もせずに割り込んで、二本の剣を一本だけで受けたあげく、ノエルを説得した上で、対象を一撃で昏倒させた。これでいいか?」


 その場に沈黙が訪れ、恐る恐るといった様子の視線がサーレスに集まった。


「……ノエル。改めて聞くが……それは本当にサーラ姫なんだな?」

「もちろんだ」

「トレス王太子ではないんだな?」

「私がいくらレイティス子爵令嬢の籍を持っていても、余所の第一王位継承者を嫁として連れてくることはない。ついでに言うなら、男を口説く趣味もない」


 胸を張って堂々と言い放つクラウスを見て、さすがの黒騎士たちも納得せざるをえなかった。


「……」


 全員が、沈黙のままお互いを見つめ合い、そして頷く。今までの動揺を全て飲み込んだように、全員が改めて整列し、整然と敬礼した。

 その様子を見て、ひとつ頷いたクラウスは、隣でその様子を興味深そうに見つめていたサーレスに微笑みながら告げた。


「納得したようです」

「……見ればわかる。皆、混乱させてすまなかった。サーラは、ここにいても、ほぼ寝ているだけの存在になるだろう。秘密を皆に押しつける事になるのは、許して欲しい。なにせ、カセルアでは私を嫁入りなどさせる気はなかったために、他国に渡すことができない情報を持たせすぎていてな。……それでもとここの団長に請われて来たからには、申し訳ないが、あなた方にもそれを守る義務を負って貰う。了承については、隣にいる団長殿がまとめて引き受けてしまっているために、あなた方に拒否権はない」


 サーレスは、にっこりと、ことさら押しつけがましい笑みを浮かべる。ある意味これが、サーレスが行った、トレス王太子の影武者としての最後の仕事だった。


「これは、カセルア王国と、黒騎士団の間に取り交わされた正式な契約だと思って欲しい」


 サーレスの言葉に、クラウスは頷いた。

 

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