連想世界は夢幻想
『地獄とか天国ってあると思いますか?』
あなたは例えば誰かにこう聞かれたらどんな風に答えるだろうか?
自分は、答えるときは多分こうだと思う。
『あっても、いいとは思いますよ』
あっても、いいとは思う。
ただソレが自分達にとってどういうものであろうとも。
存在するだけなら、俺には関係のないことだから。
+ + +
駅前。
いつもの学校の帰り道。ふらふらとあても無く歩く、日常。
カズマと別れて(本当はもっと彼と遊びたかったのだが、彼の強引な却下で残念ながらダメになった)、暇を持て余しているとき、不意に俺は声をかけられた。
「あの・・・」
最初は誰か別のヤツが声をかけられたのだと思ってすっぱり無視していた。
そんなことより、暇つぶしだ。と、思っていたので取り敢えず目に付いた自動販売機に向かって歩みを進めた。
ガシャンッ
自動販売機で水を買って、取り出そうとする時だった。
「あの・・・っ!」
さっき聞いた声が、今度はちょっと切羽詰った感じで俺に声をかけてきた。
どうして、自分自身に声をかけられたか分かったかと言えば、自動販売機のボトルの取り出し口に伸ばそうとした、中途半端な位置で止まっている腕を見れば分かっただろう。
「・・・はぃ?」
俺は、つかまれた腕を、まず最初にみて次に顔を上げた。
「・・・君、誰かな?」
極力愛想のいい声で言ってみる。
相手は人目で年下だと分かる、小学生高学年か・・・中学生になったばかりぐらいの少年だった。
もの凄く、困ったような怖がっているような。とにかく、凄みをかけたら今にも慌てて腕から手を離して謝り出しそうな雰囲気をもっていたので、それはやめておいた。これ以上話をこじらせて水が取れなくても困るし。
「あの・・・。地獄とか天国ってあると思いますか?」
少年は俺の言葉を無視して言った。
どうやら自分が何者かを答える気はさらさらないらしい。
「・・・あっても、いいとは思うけど?」
関係ないよ、今の俺には。
そう言いたかったが言葉を飲み込み、必要最低限のことだけ答える。
少し、少年に興味を抱いてきてる自分も一緒に押し込んだ。
「地獄と天国」先に例を出す方が地獄とは。普通は天国に希望をもつものだから、「天国か、地獄」というものじゃないのか?
・・・いや、俺には関係ないことか。
一瞬の逡巡を隠すように小さく頭を振って、俺は少年に続けて言った。
「どうして、俺にそんなこと聞くの?」
「知ってそうだったから」
即答された。
言葉に詰まる。だが、こんなガキごときに見透かされたくは無かったので、俺はしらをきりとおすことにした。
「知ってそう?」
「うん。だって、あなたは見たことあるし」
「・・・へぇ?」
ヤバイやばいヤバイ。確実に俺の顔は無意識のうちに引きつっている。
見たことアル。
つまりは俺の秘密を知っている。そういうことと考えてほぼ間違いないだろう。
黙らせなければ。多分武力じゃこいつは黙りそうにも無い。まず、あっちを見ている時点でそれは皆無だ。
じゃぁ、どうすれば・・・
「考え込まないで下さい」
そこまで考えたとき、俺は少年に思考を遮られた。
「・・・あ?」
情けない声しかでないもんだ、こういう時って。
馬鹿みたいにうろたえた直後の声ほど気の抜けたものはない。
「考え込んで欲しくて話しかけたんじゃないんです」
「じゃ、どうしろと?言っておくけど、君の役には立てないと思うよ?」
そこまで凄いヤツじゃないし、俺。
せいぜい進んだ年数だって、7〜8年・・・そうだ。コイツはいくつなんだろう?
あっちを見ているってことは見掛けの年齢をはるかに超えているはずだ。
「歳、聞きたいみたいだね」
「またか。お前は人の考えてることを読む能力でもあるのか?」
「まっさかー?僕は平凡な小学6年生ですよ?」
「実年齢は?」
「・・・24歳です」
「そこまでっ?!」
なんてこった。コイツ年齢が俺と同じぐらいじゃないか?!
「小学生のおちゃめなおっさん・・・」
「からかわないでくださいよ。好きでなったわけじゃありません」
・・・正論。
「あー・・・その、なんだ?君も神隠しに?」
「えぇ。だから、僕と同じ感覚の人を捜していたんです」
+ + +
神隠し。
それが俺の秘密であり、現在の予定だ。
俺は、高校1年のとき、神隠しにあった。世間ではよく、行方不明とか、蒸発とかいう。
ただの失踪とはワケが違う。俺は呼ばれたのだ。あっちの世界に。
あっちの世界。
それがどんな所かと説明することはできない。だから俺は「あっちの世界」と呼んでいる。
そこで、呼ばれた理由を果たして戻ってきたのだが。
神隠しには副作用がある。
・世界の特殊影響の関与が一切無視されること。
・ランダムな年代設定と人格チェンジ。
まぁ、どういうことかって言えば、行方不明になった人物が数年後にひょっこり出てきても不自然だしあっちとしても都合が悪いから、ランダムに年代設定をつけて浦島太郎っぽく自分の生きていた時間・場所・環境をずらしてしまうのだ。
そして、同じ人間。つまり呼ばれる人間と呼び終わった人間を入れ替える。
失踪したときの場所や位置には戻れないから、これから呼び出されるヤツと俺との人格チェンジみたいなモン。まぁ、簡単に言えばカズマの能力みたいな作用が起きるわけだ。じゃないと世界の人口は不自然な増減を繰り返すことになってしまうらしい。
あっちの世界をどう表現するかは、人それぞれだし、俺みたいな頭も微妙なヤツに表現しろと言うほうが無理がある。
あれは、ただの闇が延々と続いているかのような空間。そうとしか表現できない。
それはいいとして、あっちの世界に関ったやつは必ずこのペナルティを付けられる。
それが、『世界の特殊影響の関与の一切無視』。これこそ、本来の意味での副作用だ。
世界とは、俺が今いるこの現実世界のことらしい。
あっちの世界では、俺のように現実世界にいる、ごくごく平凡で様々な影響に干渉され易いヒトを求めている。
何にでも、染まりやすい。絵の具で言う白のように、様々な色に溶け合い、混ざり合うことが出来る。
だけど、あっちの世界にいってしまった俺は白ではもぅない。あっちの世界の色を多少含んだ、白として生きていくことになる。
あっちの世界は、俺達みたいな白は「使い捨て」である。
白を混ぜることに意味があって、既に完成した絵の具には興味が無い。
だから、また、白に戻ったりこの現実世界の色と混ざり合った複雑な白にならないように、様々な世界の影響一切を反射する論理を体の中に組み立てあげられられた。
早い話、俺がカズマと常に一緒にいられるのも、そういう意味では楽なのだが、本人は気になって仕方がないらしい。
まぁ、23の俺も今じゃ若返って高校生として楽しくやってる。
神隠しなんて過去の話で、ほとんど日常生活には関ってこない。
本当は「全然」と言いたいところなのだが、少年みたいなヤツに出会った時点でそうは言えないだろう。
これは、ただただ過去の話なのに。
+ + +
「しっかし、何故君は死んだ後のことを考える?」
俺と少年は自動販売機の隣に備え付けてあるベンチに腰掛けて話していた。
やっと開放された腕で水を取ったとき、いつもよりちょっとぬるめなことに舌打ちをしたかったが、それはそれで大人気ないかと思い踏みとどまった。
ついでに、少年には嫌味のひとつでオレンジジュースを奢ってやった。
中身、24歳の青年は小学生らしい笑顔を懸命に作ろうとして、口元だけ引きつった笑いを浮かべて礼を言った。
「いけないことでしょうか?」
「いやー・・・いけなくはないんだけどさ。どうしてかなぁって。どうせ俺達神隠しにあったヤツは世界の関心を一切反射している。あったとしても、そこには行けねーんじゃね?」
「そうかもしれませんね。でも、それは仮にあったとしたら、でしょう?」
「・・・何か別な所に話の要点がありそうだな。だったらさっさと言えや、俺これからカズマの家に突撃訪問しに行くんだから」
「そのカズマさんというあなたの友人の日常を守れたなんて。僕はちょっとお手柄かもしれませんね」
軽く少年は笑いながら話をやっと本題に移していった。
「連想・・・という言葉をご存知でしょうか?」
「・・・バカにしてるのか?」
「いえ・・・。話が一気に簡単になるかと思ったのですけど・・・。すみません、説明は上手くなくて」
少年があまりにも、申し訳なさそうな表情をつくるものだから俺も慌てて上を向いて日差しに顔をしかめながら考え込んだ。
「連想・・・ねぇ。一つの事柄があるとする。それを感知した瞬間に、無意識的に関連したほかの事柄を頭に思い浮かべる・・・ま、こんなところか?」
「見本的答え方ですね。大体あってると思います。・・・この世の中はまさに連想世界なのだと思います。過去に誰かがなにか画期的な発明や発見。とにかく今まで誰もやったことの無いようなことをしたとします。そうすれば、周囲の人は、じゃあ次はこれ、その次は・・・と言った風にイメージを連想させていき、いまの生活があり、私達は生きているのだと思います」
「ま。どちらかと言えば日常の言動自体連想と化してるようなものだしな」
俺が納得すると、少年は一瞬安心した顔をして、すっと、真剣な表情に切り替えた。
「でも、忘れられるときもあります」
「・・・あ?」
「様々な人たちがこの世界で生きて連想して、死んでいく。連想した結果は残っているのにどうして、彼らの存在は残らないのでしょうか?」
「多すぎるから人間のメモリの許容範囲を通り越してるからじゃねーの?」
さらりとこたえる俺の顔を少年は苦笑交じりに見ながらそうですね、と応答した。
「・・・彼らは一体死んだ後どこへ行くのでしょう?」
「あの世・・・かなぁ?」
「あの世って何だと思います?地獄も天国も、もともと人間をモチーフに考えられた、いわばイメージや連想の形であり、完成系です。様々な人がいるから、様々な形のあの世がある。それはそれでいいとは思います。でも、結局は・・・」
「結局は、あの世なんて本当に存在するのだろうか?ってこと?」
「極論は違いますけど、言いたいことはそんな感じです。第一、生きることにそこまでの素晴らしさを見出す価値はどこにあるのでしょうか?地獄や、天国。・・・私達は死んでしまうことにどれほどの恐怖をいだき、またそれは本当に正しい感情なのでしょうか?」
「・・・さぁなー?」
「人間は生まれてくるとき、泣きながら生まれてきます。元々人間にあるのは悲しみや苦しさ。幸せは周囲の後付にすぎず、環境の真似をして私達は笑ったり、幸せになったりしています」
「随分と負の考え方だな」
カコンッ
飲み終わった水の商品パッケージが張り付いたボトルを金網のゴミ箱に投げ入れながら俺は端的に感想を言う。
少年は、まだ少しオレンジジュースが残っていたらしく慌てて飲み干し同じように缶をゴミ箱に投げ入れた。
「そう聞こえるかもしれませんけど、実際そうでしょう?」
「ま、反論はしないさ」
「どうも。・・・本当はこの現実世界自体が地獄であり天国であると思うのです。それほどまでに、この世界はその要素を十分すぎるほど含みすぎている」
「まぁ、あの世という考え方の原点自体、俺達人間が考えたんだからそーだろうよ」
「では、本当の意味での現実世界ってどこだと思います?」
「ここがあの世だと基準を置き換えやがったな・・・」
今度こそ俺は舌打ちをした。
なんとなく少年のいいたいことが、分かったような気がした。
「現実世界が、あっちの世界だと。君はそう言いたいわけか?」
「そうです。あっちはやけにこっちの世界に詳しく、まるで管理しているようだった・・・。もしかしたら本当に意味で、あっちが現実世界なのではないでしょうか・・・?」
「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」
長い、沈黙が少年が話を締めくくった。
俺にはなんとも言えなかった。
いい様が無かった、と言っても間違いではない。
「・・・話はそれだけか?」
「あ・・・はい。なんの結論もオチもなくてすみません」
溜息をつく。やっぱり、俺に答えを言わせたいらしい。
俺は立ち上がった。なんの迷いもなく。
「あっ・・・」
斜め後ろで少年が慌てたような声を上げたが訂正もせず、おれは前を向いたまま喋った。
少年の顔を見る必要はないと思ったからだ。
「どうでもいーよ、そんなこと」
「え・・・?」
「どうでもいいんだよ。あっちの世界のことなんて俺達には過去の話じゃねーかよ。君が、あっちの世界に未練があるのか、はたまたトラウマでもあるのか。それは俺の知ったこっちゃないし、知りたくもない」
他の人が聞けば、鰾膠も無い言葉だったかもしれない。
けど、俺はもうあっちとは関りたくなかった。
こっちのほうがずっと俺は気に入っていた。
ただ、自分の立ち位置を気に入っている。それで、十分だ。
「ただ、今ココに生きてるだけじゃん。それの何が不満なの?生まれてくることは、手前が望んだことじゃないとでもいいたいわけ?だったら他の人に言えよ。ほら、カウンセラーとか、マジで親身に対応してくれると思うし」
だから・・・
俺は、冷たい言葉を散々少年に浴びせていると自覚はしていた。
でも、そうでもしないと、怖くて仕方が無かった。
また、あっちの世界に呼ばれたときのように、自分の居場所を取り上げられてしまうのではないかと思って。
「・・・だから、さ。死んだ後とか、連想がどうだとか。そんな小難しいこと考えるなよ。いいじゃん、今考えたってどうしようもないし。第一死ねば分かることじゃん。誰だって遅かれ早かれ死は平等に来るもんだし。んなに、焦って答えだそうとしなくてもいーんじゃねーの?」
「・・・怖くは無いのですか?」
「怖い?」
「自分のあるべき姿ではなく、周囲の環境も唐突に変わってしまい。そんな中でもただただ生きていくだけ。それはあなたにとって怖くは無いのですか?自分が自分でなくなってしまうような・・・」
あぁ。
俺は納得した。
納得ついでに、仕方だ無いから少年の望みどおりの答えを返してやろうと思った。
サービスとして。覚えておけ、少年。俺からサービスを受けるなんざ、俺が目をつけた女の子をナンパするときぐらいレア・・・まぁ、野郎にとってはレアなんだからな。
「自分という存在を認識しているうちは俺は俺だよ。形・環境がかわって壊れるほどやわじゃねーし、そんなんだったらとっくに俺は自分自身を見失ってるよ。それに、俺は今の環境に十分満足してるんだし」
「そう・・・ですか」
どこか気の抜けた感じの声で少年は応えた。
「私は・・・何を悩んでたのでしょうね」
「しらね」
素っ気無く答えて俺は伸びをした。
「うーっし。話は終わりだな?じゃ、俺は気を取り直してカズマのところに・・・」
「そうですね、行きましょうかー」
「・・・・・なぁっ?!」
ふと見るといつの間に立ち上がったのか。
少年が俺の隣で満面の笑みで、こちらを見ていた。
「ついてくんの・・・?」
「面白そうなので」
そういうところだけは小学生らしい。口ぶりまでまるで、大人のようものだったのに。
「んー・・・まぁ、そだな。面白そうだし。おっけ、許可!」
カズマのことだからきっとおかしな反応で俺達を楽しませてくれるだろう。
本人はあれでも必死のようだが、見てる側としてはその必死さが逆に愉快だ。
んじゃ、行くかー。と少年に呼びかけながら俺は駅とは反対側に向かって歩き出した。
やっぱこっちの方がいい。
このままでいいと、思ったから。
うぃー・・・久々の新作小説です。
最近はちょっと体に異常を起こして危うく入院の危機にまで追い込まれいやぁ、逃げるのが大変でした。
・・・という経緯を話しつつ、お久し振りです、読者の皆様。始めましての方はどうぞよろしゅーっ!
今回はあらすじにも、書きましたが『現実の中で起きた夢』の番外編です。本当は2作目の現/夢も製作中なのですけど、話の都合上こっちがさきにでてきました。連載より短編の方が意外と話まとめやすいし・・・(ぼそり)
カズマがいない分、ケイスケの暴走ぶりがはっきり分かりそうで分からない微妙なラインを走ろうとなんとか頑張ってみてます!いや、あんまり暴走させても、ほら相方いないと寂しいモンでしょ。(ただうるさいナーと思って大人しくさせたのですけどねw)
そんなわけで、長々と毎度のコトながら後書きを書いてるけど、読者さんは頑張って読んでくれているんだろうなぁ・・・。本当に、有り難うございますっ!!そして、これからもどうか宜しくお願いします!!
それではそれでは。
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