「森へ返してあげればいいのに」と言った私が、助けを求めた日
発言には気をつけようねと、自戒を込めて――
『ベベアを銃で撃つなんて可哀想。
同級生のおじいさんがやったんだよ。森に逃がしてあげればいいのにね』
私は二年前に動画でそう発言した。髪型はツインテールにして、小型犬を抱いて。
そのときは、同意してくれる人がたくさんいた。
同級生に対してみんなが冷たくなったけど、それは命の重さを教えてあげるために必要だったと思う。
その子のおじいさんは、銃を手放して「もう二度とやらない」と誓ったそうだ。
そんなことをしても、もう殺されちゃったベベアは生き返らないけどね。
ベベアは熊に似たモンスターだ。
子どもの頃はベージュのふわふわの体で、大人になるにつれて色が濃くなり、最終的には黒くなる。親とはぐれたベベアを育てる動画は、何度も繰り返し見た。
ぬいぐるみが動いているようで、本当に可愛い。
動画のコメント欄に無粋な書き込みをする人もいて、途中で配信を辞めてしまう人が多い。
モンスターを育てる許可は取ったのかとか、生態を理解しないで育てるのはお互いに不幸を生むとか、外野がうるさい。
可愛いは正義だ。
私も動画を配信している。
ちょっとしたお小遣いになるし、この可愛さが事務所の目にとまって声がかかるかもしれない。
去年の「ベベアが可哀想」という配信が一番伸びたもん。
そうして、一年前。ベベアの目撃情報が増えた。
今までは森に隣接している畑くらいだったのが、人里に近いところにも出るようになった。
そんなこんなで、今年。
動画の伸びが良くないんだよね。
高校生になったら動画デビューする人が増えるから、中学生の今のうちに固定ファンを増やさないと。ちょっと焦る。
朝食を食べていたら、ママが話しかけてきた。
「最近、この辺にもベベアが出るらしいから、気をつけてね」
「人懐こいかな?」
ベベアと友達になれたら、動画がバズる。
「なに馬鹿なことを言っているの。モンスターと友達なんて、物語の中だけの話よ」
ママは遅刻しないようにと言い置いて、先に出ていった。
私は動画を見ながら、この先の戦略を考えていた。可愛いだけじゃ、駄目かもしれない。
足元にポムがじゃれついた。ポムというのは小型犬だ。
「ポムぅ。お姉ちゃんの邪魔しないのよ」
上半身をかがめて、片手でポムの頭を押しやった。
食器洗浄機に食器を入れて、学校へ向かった。
学校でもベベアの目撃情報が上がっていた。
「俺の家のトウモロコシがやられた」
「うちのスイカも」
農家とか自家菜園をしている人たちが、憎々しげに言っている。
「ベベアもお腹いっぱいになったら、大人しく森に帰るでしょ。ちょっとくらいは譲り合おうよ」
私は小首をかしげて、可愛く見えるように言う。
「お前、まだそんなこと言ってんのかよ」
トウモロコシ男子に睨みつけられた。
「え、だって、共生って大事だよ」
「元々いた獣と、二十年前に突然発生したモンスターは違うでしょ。それに野生の実より、大事に育てたスイカの方が美味しいに決まってる。また来るわ」
スイカ女子は青ざめて、本気で怖がっている。
「関係ないからって、人の不幸を軽く考えるとか、サイテー」
スイカ女子はそう言って、私に背中を向けた。
猟師の孫のところに走って行き、「今までごめんね」なんて媚びを売っている。
ばっかみたい。二年間無視しておいて、虫が良すぎる。
美味しい物に目覚めたベベアが、人家やコンビニに来るようになった。
ポムの散歩に出たパパが「ベベアの吠える声が聞こえた」と、ポムを腕に抱えて走って帰ってきた。
あれ、なんか生活圏に近づいてきてる?
動画のコメント欄も荒れてきた。私に賛同する意見より、非難する人が増えてきた。再生回数は伸びているから、私は間違ってないよね? 今さら路線を変えるのもかっこ悪いし……。
「猟銃愛好会に見回りを頼んだんだけど、断られたのよね」
役場で働くママが、食後のお茶を飲みながらそうこぼした。
「なんで? こういう時こそ活躍すべきじゃん」
あれ以降、パパは金属バットを持ってポムの散歩に行っている。さっき出ていったばかりだ。
「二年前に狩猟免許を返上した人が何人もいて、人手不足なんですって」
ママの言葉にドキッとした。
私、関係ないよね?
「あの頃は役所にも『殺処分するな』って電話がかかってきて、うんざりしたもの。猟師さんが誰か聞きだそうとしつこい人もいたわ。最近は減ったけど、まだいるのよね……」
ママは、モンスターも大切な命だとわかっていないみたい。親の意識が低くて、ちょっとショックだ。
玄関が騒がしくなった。
「開けてくれ!」
パパの声だ。田舎でも物騒になったから、すぐに鍵をかけるようにしている。
開けると、パパは腕から血を流していた。
「あなた、何があったの?」
「ポムは?」
「ベベアに喰われた!」
すぐに警察と消防に電話を架けた。
パパが救急車で運ばれるのに同乗し、病院で一夜を明かした。
警察の人に「すぐにポムの仇を討って!」と頼んだのに、警察官の装備では立ち向かえないと言われた。
「役立たずね! 猟師なら知り合いにいるから、いいわよ」
そう啖呵を切ると、ママが悲しそうな顔をした。
「あなた、いつもそんな話し方をしているの?」
ああ、ママは私とおしゃべりする時間もないもんね。家の中では良い子のふりをしているし。
翌朝、制服を取りに行く時間ももどかしく、私服のまま登校した。
「ねえ、おじいさんに頼んでベベアを撃ち殺してよ!」
久しぶりに同級生に話しかけた。
警察でも駄目なら、専門家にやってもらえばいいのよ。
同級生はじっと私の目を見返した。
「なによ」
無言で意味ありげに見つめられたら、気まずい気持ちになるじゃない。
「手のひら返しをしないのも、ある意味、立派だと思っていたのに。他人事だからキレイごとを言っているだけだったのね」
呆れるように、そう言われた。「手のひら返し」に心当たりがある連中が、身じろぎをした。
「な……ひどい!」
褒められているのか、貶されているのかわからない。けど、嫌な感じだ。
「みんな、困ってるのよ。ねぇ?」
そう言って見回した。賛同してくれる人がいるはず。
……いない? それどころか、責めるような視線ばかり。
「――無理よ。猟銃免許を返上して、銃も手放したから」
「え?」
「孫娘がイジメに遭うくらいなら、やめるって言ってくれたの」
穏やかな笑顔が……怖い。
「じゃ、じゃあ、もう一度免許を取って、銃を買い戻せばいいじゃない」
いい案だと思ったのに、周りから「自分勝手だ」と非難が殺到する。
「そんな簡単じゃないわ。それに練習をしなければ腕は落ちるのよ。もう二年も触っていないのだから、すぐに現場復帰なんかさせられない」
それは、そうかもしれない……けど。人間の生活が脅かされているのよ?
「危険だから猟をやめてと家族が頼んでも、マタギをしていたご先祖への敬意を払うと言ってやめてくれなかったの。村の平和の一端を担えることを誇りに思うって。
それを諦めさせたのだから、あなたの影響力は大きいわ。動画配信、これからも頑張ってね」
パパは外出恐怖症になって休職している。
ママは、またモンスター愛護者からクレームが入ったとイライラしている。
誰かが私の二年前の動画を引っ張りだし、「こいつの犬も食われて草」とあげた。元の投稿を消したのに、騒動は収まらない。
……親に動画配信がバレた。
リビングにパパのノートパソコンが置かれている。
「これ……本当にあなたなの?」
動画を見終わったママの低い声に、私は返事ができなかった。




