思い出BOX
僕は弁当が嫌いじゃない。中には冷えたご飯や総菜を苦手とする友人もいたが、そういうものと割り切ってそれなりに味わうことが出来たし、なにより母は料理上手でまめな方だった。栄養バランスも見た目も完璧に考え抜かれたお弁当は、兼業主婦で週五日、八時半から五時半迄フルタイム勤務の上、父は日常的に残業と実質ワンオペ状態の母にしてみれば、相当な手間だったのではないかと思う。しかし、母は毎日弁当を作った。僕が起きてくる頃にはきちんと着替えて化粧もして、はきはきした声で「おはよう」と笑顔だった。ぼんやりしたり疲れたり不機嫌だったり、少なくとも朝、そんな顔は見たことが無い。だから僕はいつも通り母におはようと言われ、昇り始めた太陽が窓からいっぱいに差し込む明るいキッチンがあって、テーブルには朝ごはんと弁当の水色の包みがすでに準備されていて、「早く顔洗ってらっしゃい」という優しい声が聞けて、そんな当たり前の日々がなくなるなんて、一ミリだって想像してはいなかった。
その日も、小学校からの付き合いの山本と机を並べ、弁当の包みを解いた。蓋を開ける一瞬、なんだかさわっと背中を撫で上げられるような不穏なざわめきがあった。蓋を持ち上げる手がそれに引っ張られるように束の間躊躇する。なにか見えない力に反抗するみたいに指が思うように動かない。カーキのプラスチック製の弁当箱はいつも通りなのに、その中身がわあわあ騒ぎ立ててでもいるみたいに仰々しい雰囲気を撒き散らしている。もし迂闊に蓋を開けば、一斉に飛び出した有象無象のなにかの強襲を食らうような、または玉手箱の如く人生の終わりに一気に近づくような。
「大輝、どうした?」
一向に弁当に手を付けない、というか開こうとしない僕に、すでに三分の一のおかずを胃に収めた山本が怪訝な顔を向ける。
「いや・・・」
しかしこれぞと言い切れる確たる理由もない僕は口籠り、また弁当に視線を落とした。
今日って何かあったっけ。どうにも引っ掛かる。いつもと違う予感の根源を探そうと躍起になって懊悩していると、視界の中に骨太の手が割り込んだ。
「なんだよ、弁当がどうかしたのか」
山本が箸をもっていない左手を伸ばし、僕の弁当の蓋に手を掛けたのだ。その瞬間、パチンと目の前で風船が弾けたみたいに目が覚めた。そうだ、今日は・・・
「山本、今日は一人で食うよ・・・」
早口でまくし立てる僕の声なんて聞こえないふりをして、完全になにかを確信した面持ちの山本が僕の手から弁当を奪い去った。
「ああっ・・・」
万事休すだ。情けない悲鳴を上げた僕を嘲笑うように、山本は華麗な手つきで蓋を取り去った。
『大ちゃん、おたんじょびおめでとう♡♡』
レタリングみたいにきれいに切り取られた海苔で綴られたメッセージ。語尾にはご丁寧に鮭そぼろでピンクのハートマークまで付けて、特大の愛母弁当が堂々と公開された。
去年もやられ、二度とやめてくれとあれほどいったのに・・・
他のクラスメイトの机の間を行ったり来たり市中引き回しの刑にあう弁当箱を見上げ、屋上から身投げしたい気分で慨嘆した。
家に帰って、僕は荒れた。理由はもちろん本日の弁当のせいだ。
確かに今日は僕の十四歳の誕生日だ。しかしだからこそ、僕にとって辛いこと、嫌なことはすべきではないのではないか。たとえそれが悪意からではなくとも、気持ちを慮ってくれるべきではないのか。やってあげたいから、やりたいからではなく、僕の思いを最優先して然るべきではないのか。
「あの弁当なんだよ!僕はやめてって言ったよね!なんなの?いやがらせなの?!あんな弁当友達に見られたら何言われるかわかんないの!!?」
仕事から帰ってきてまだ鞄も置かない母が、僕の剣幕に驚いて足を止める。
「そりゃあ去年聞いたけど、でも照れ隠しかなって思って。大ちゃん照れ屋だし」
悪びれもせず、母はむしろ笑みさえ浮かべて飄々とこたえる。スカートから伸びたストッキングに細い伝線を見つけ、なんだかそれが輪をかけて僕をむしゃくしゃさせた。
「照れ隠しなわけないじゃん!本気で嫌なんだよ!大体中二にもなってハートはないだろ!それにいつもウィンナーをタコにするのも、今日みたいに卵焼きハートにするのも、ほんと迷惑なんだよ!」
「えー」
母はアイブロウの消えかけた眉をハの字に下げ、ちょっと悲しそうな顔をする。かすかに罪悪感に似た冷たいものが胸を掠めたが、頭の沸騰はまだ収まらなかった。あの後、山本にもクラスの面々にも散々冷やかされ、挙句の果てにはちょっと気になっていた林田さんにまでクスリと笑われたのだ。
「とにかく!もうお弁当はいらないから!購買でパン買うし!」
「でもパンだけじゃお腹すくし、栄養も・・・」
「いいの!あんな弁当よりずっといい!」
気色ばんで言い放つと、バタバタと足音を響かせて二階の自室へ駆けあがった。背中を向ける寸前に見えた母の当惑したような、寂しそうな眼差しがちらりと目の端を掠めたが、それを振り落とすようにぶんぶんと首を振って、僕はベッドにダイブした。
夕食は好物のハンバーグにポテトサラダ、それにケーキが用意されていた。珍しく早く帰ってきた父と、二つ年下の妹も一緒にささやかな誕生バーティーとなった。
先ほどの気まずさもあって、不貞腐れたままで無言でハンバーグを押し込み、ぶっきらぼうに蝋燭の火を吹き消し、無心でケーキを頬張って、不愛想に部屋へ上がった。終始僕を和ませようと母があれこれ気を使っているのはわかったが、それを素直に受け入れてなるものかというこじれた思春期の頑なさと、完全に自覚した幼稚さで無視を貫いた。少しでも気を抜けば、自己嫌悪という名の罠に足を取られて真っ逆さまに落下してしまいそうだった。僕は自分の未熟で身勝手な意地と自尊心が、抱えきれないほどのとてつもない後悔と自省を連れてくるという先見の明は持ち合わせていなかった。
翌朝、ダイニングのテーブルには湯気の上がるコーンスープと目玉焼き、ミニサラダにトースト、そして、五百円玉が一枚置いてあった。眠気眼を擦りながら見たその光景に一瞬違和感を感じ、そしてすぐに昨日の言動を思い出した。
「おはよう大ちゃん。顔洗ってらっしゃい」
母はいつも通り笑顔で身なりもきちんとしていて、朝食は温かそうで完璧で、窓から入る朝日は快晴を思わせる眩しさで、テーブルの上の硬貨だけが、やけに鈍く重たく映った。
もっともっと小さな子供の頃、お弁当は特別だった。それこそお弁当という名のメインイベントみたいに神々しかった。保育園だったら遠足の時だけ、小学校でも遠足か社会見学の時だけ、その日の為だけに颯爽と登場する僕専用の弁当箱。そこに詰め込まれるのは好きなもの一色。ミートボールにコロッケに卵焼きにウィンナー。もちろん赤くてタコに形になっていて、ゴマで目玉まで付いていたりして。ご飯はおにぎりや俵まき。中身はおかかや昆布。とにかく宝物の集まった遊園地みたいに嬉しかった。蓋を開ける瞬間は、何が入っているか知っていてもいつも興奮と緊張でどきどきした。まるで振った炭酸水みたいに母の愛情という不可視のパワーも同時に溢れ出てくるようだった。
自分の為だけに注がれるそれを真っ向から受け止める喜びが、奇跡みたいに美味しいと思えた弁当の最大の隠し味だったのかもしれない。
だけどそれも日常となれば話は変わる。賑やかな色彩も現実に変換され、色褪せ目立たなくなる。見慣れた素材は珍しくも有難くも無くなり、もはや視界にも入らなくなる。ただの惰性と妥協の集合体となる。第一毎日の一食にいちいち感動していたら疲れてしまうし、身が持たない。人間は平穏に生きる為に物事に慣れるように出来ているのだろう。
しかし特別なことが無くなるのは一時的な損失と失望に過ぎないが、日常がなくなるのは大きなダメージだ。年一の家族旅行が中止になってもあーあと思うのは一瞬だけど、日々何気なくこなしてきたことが急に消えると途端に立ち行かなくなる。喉に引っ掛かったままの小骨みたいに簡単に忘れることなんてできない。穴が開いたまま、すうすうと風が通り抜けるのに塞げない。
母の弁当は、たぶん日常を膨らませておくための栓のような、落っこちないで進むための渡し板みたいなものだった。購買で買ったパンの袋を開け、そのたよりないビニールの剥がれる音を聞いたとき、とんでもなく惨めで空虚な気持ちになった。心細くて泣きたくなった。目の前の山本の茶色い弁当すら妬ましくなった。
僕が折れて謝らない限り、あるいは母が仏心を出血大サービスしてくれない限り、弁当が復活することはない。しかし後者は確実にない。母は温厚そうに見えて、相当に頑固で強情だ。今日の無言の五百円玉がそれを物語っている。つまり、僕が自らの否を認めて白旗を上げない限り、二度と弁当にはありつけない。
僕は考えた。それこそ五限六限の間中も下校途中もこれでもかというくらい全脳をフル回転させた。昨日の悪態から舌の根も乾かないうちに手のひらを反すその意趣返しをどうするか、我ながら狭量で情けない話だが、もうすでに心は完全敗北を喫していた。あっさり落城状態だった。しかし、出来ることなら無血開城と持ち込みたい。無傷で和平を締結したい。姑息と言われようが卑怯と罵られようが、僕は自らの血肉を削らずに、かつきわめてニュートラルに弁当生活を復興させる手段を講じたかった。しかし有効な手立てはさっぱり降ってこないまま、無情にも自宅の玄関前に到着してしまった。
母が帰ってくるまでにはまだ一時間以上あると高をくくり、先に帰宅していた妹と一緒にクッキーを食べ、ジュースを飲み、宿題をする気にはなれずにだらだらとリビングでテレビを見て、何気なく時計を見上げたらなんともう六時だった。僕は寝ころんでいたソファからもんどりうって体を起こした。宿題、いや、その前に弁当作戦もまだなにも考えていない。威風堂々何よりの優先事項に昇進した弁当が、僕の全思考を占拠する。どうする、どう切り出す?明日からの弁当をつつがなく確保するためには、どんな方法が有益なんだ・・・!?
こめかみに冷汗が浮いた。時計の長針がカチっととやけに大きな音を立てて一分進む。
「お兄ちゃん、なにやってるの?」
じっと一点を見つめたまま固まっている僕を見兼ねた妹が、少し不安げに声を掛けてくる。しかし事情を説明できるはずもない。昨日の啖呵を知っているかは定かでないが、ここで暴露しては兄としてのプライドに拘わる。
「なんでもない」
出来るだけ平静にこたえて、また頭を抱えた。
「ふうん。そういえばお母さん、ちょっと遅いね」
言われて時計を見ると、六時十五分だった。いつもなら六時ぴったり位には帰宅するが、確かに今日は少し遅れているようだ。しかしまあ気にするほどの時差でもない。逆に考える余裕ができ、人知れず安堵した。けれどからっきし妙案は浮かばず、また一向に母が帰宅する気配もない。最初は弁当のことで焦っていたが、そのうち比重は逆転して、母が帰らないことに焦慮する気持ちが勝っていった。もう七時を過ぎている。父の帰りが遅いことは分かっているし、残業なら連絡の一つくらい入れる筈だ。
「ちょっと、携帯に電話してみない?」
妹がぽつりと言い、はっと我に返って携帯を手に取った。そうだ、なぜさっさと電話しなかったのだろう。慌て過ぎて携帯を落っことしそうになりながら、母の勤務先の電話番号を探した。息が早くなり、鼓動が強くなる。なぜか嵐のように猛烈に嫌な予感がした。ようやく番号を見つけたとき、家の固定電話が鳴って飛び上がった。夕暮れに差し掛かった静かな部屋に、やけに大きくヒステリックに鳴り響く機械音に、僕と妹は無意識に顔を見合わせた。僕は決意するように妹に一つ頷くと、電話の置いてあるキッチンカウンターの端に近づいた。大きく深呼吸して受話器を持ち上げ、ゆっくりと耳に押し当てる。
「はい、崎谷ですが・・・」
情けないくらい小さな声で応じた。
「崎谷里香さんのお宅でしょうか。こちら、市立病院ですが、」
僕は丁寧に返事をし、病院名を書き留め、父に連絡を入れ、妹に事情を説明した・・らしい。その後の展開はあまり覚えていない。
帰宅途中にわき見運転の車に轢かれた母は、病院に救急搬送された。知らせを聞き、職場から血相を変えてすっ飛んできた父とその足で病院へ向かい、意識が戻らない母とは対面できなかった。父は病院で付き添い、僕と妹は深夜に帰宅した。妹は帰りのタクシーの中でずっと泣いていた。この時もまだ僕は放心していた。夜、ベッドに入ってもなかなか寝付けなかった。何度も布団を剥がしたりくるまったり、うつ伏せになったり仰向けになったり、時折窓の外から聞こえてくる野良猫の鳴き声に虚ろに聞き入ったりした。水飴みたいにもったりと重たい闇が体中に巻き付くようで息苦しかった。これは悪い冗談かなにかの間違いか、あるいは罰なのかと思った。母がいない夜も朝も、はじめてだった。母の笑顔もおはようも朝ごはんもない日なんて知らなかった。でも僕は、母の弁当の無い日を今朝経験した。それが引き金になったしまったのだろうか。こうやって、一箇所ひびが入ったらどんどん崩れてしまう砂の城みたいに、僕が最初のほころびを作ってしまったのだろうか。もう崩壊は止まらないのだろうか。流砂に呑まれるように、後はただ失っていくだけなのだろうか。空いた穴は、二度と塞がらないのだろうか。
眠るのが怖かった。眠ったら朝が来て、喪失の続きが始まって、それを目の当たりにして認めなければならない。母のいない朝を、陽の入らないキッチンを、満たされないテーブルを、あのしっとりと心地よい重みで僕の心まで満たしてくれる、水色のお弁当の包みも。二度となに一つ戻らないのだろうか。
そんなことをぐるぐる考えている内に、僕の瞼はいつのまにかくっついていた。
目を覚ますと辺りは真っ白で、部屋というよりはただの白い空間にぽつんとテーブルセットが置いてあった。床も天井もない空中に僕だけがいて、四脚ある椅子の一つに腰掛けている状態だった。座ったままきょろきょろしていると、急に目の前に柔らかい光りが満ちて、テーブルの上に四角い物体が浮かびはじめた。目を凝らしていると、ゆっくりと光が薄れ、形が見えてくる。顔を近づけると、なんだかいい匂いがした。一瞬目を閉じて鼻をくんくんと鳴らし、目を開けると小さな弁当箱があった。てまり寿司みたいにカラフルで小さなおにぎりが三つ、真ん中に仕切りがあっておかずゾーンにはハートに象られた卵焼きと串にささったミートボール、たこさんウィンナーにブロッコリー。お弁当の定番で、僕の大好きだった具材たちだ。でもとても小さい。今使っている弁当箱の三分の一くらいだ。昔はこれでお腹いっぱいだったんだな、なんて思いながら、だけど好きなメニューは大して変わっていないな、と妙に感心したりもした。
そこであれ、と思った。母の顔が思い浮かばないのだ。今の今まで覚えていたはずなのに、突然輪郭がぼやけてのっぺらぼうになったみたいに造形がまったく思い出せない。この弁当は確かに母の作だと分かるのに、その肝心の母が分からない。僕は焦った。なんだ、なぜ思い出せないんだろう。つい今朝も会ったはずなのに。
狼狽えながらも、僕は一緒に現れた子供用の小さなフォークを手に取ると、卵焼きに突き刺して口に運んだ。なぜ呑気に食事をしようなんて思ったのかわからなかったが、とにかく動揺して何かをしていないと落ち着かなかったのだ。
甘い。すごく甘くて、だけどいかにも家庭の味で、母の味だった。味わった途端に急にすとんと心が落ち着いて、咀嚼して飲み込む頃には冷静になっていた。たぶん根っこの味付けは変わっていないが、いまの、中学生になってからの卵焼きの方が若干味が濃くなっている気がする。成長に合わせて、といよりは幼い頃はより健康に留意してうす味を意識していたんだろう。そう思った時、ふと母の声が聞こえた気がして、目の前の弁当が消えた。
「大ちゃん、お弁当よ。大好きな卵焼き、入れたからね」「はーとにしてくれた?」
「もちろん」「やったあ」
同時に僕の声も聞こえた。そうか、ハートは僕がリクエストしていたのか。
思い出した時には、次の弁当が現れていた。さっきより少し大きくなった気がする。おにぎりもてまり状態ではなくて、俵型にサイズアップしている。それに、ミートボールがから揚げに鞍替えしていた。確かに甘い卵焼きに甘いケチャップ風味のミートボールでは甘々でおかずとしては弱い。小学生になった僕には物足りなかったのだろう。絶妙なマイナーチェンジにしても、絶対王者の好物には間違いない。唐揚げを箸でつまんで持ち上げた。フォークから箸に変わったのもこの頃だ。
やや武骨な大振りの身に、にんにくと醤油の風味の際立つ、冷めても美味しいしっかりめの味付け。遠足の前日の夕食は、決まってから揚げだった、一夜付け込み、翌朝、弁当用に余らせておいた分を揚げて詰めるためだ。だから僕は、弁当にこの大好きなから揚げが入ることを知っていて、開ける前から弁当箱に愛おしく頬ずりしたものだった。
ゆっくりと味わって、余韻と共に飲み込む。すると、母の手が浮かんだ。白くて、指が長くて、爪の形が綺麗で、柔らかい手。美味しいお弁当を作る魔法の手。
うっとりしていると、次なる弁当が現れた。卵焼き、から揚げ、ウィンナーは定番だが、余ったスペースにマカロニサラダが追加されている。また弁当箱がサイズアップしたのだ。
小学校三年生くらいだっただろうか。それを見て、何だか急に成長したような気分になった。お弁当にサラダが入るなんて、余裕の表れというかなんだか大人になったような気がしたのだ。たかだかマカロニサラダ一つで大袈裟だが、ほんのちょっと空いたスペースを埋めるだけの為に存在するそれが、とても手の込んだ贅沢に感じた。もちろん朝ごはんにも出てくるが、から揚げが夕飯の残りで弁当がついでだとしたら、それはもはや弁当がメインで朝ごはんがついでとなったような格上げ感があった。弁当が食事を凌駕した瞬間とでも言うのだろうか。僕はマカロニを二本挟み、滑って落とさないように口から近づいた。給食とは微妙に配分の違う風味。こんなに少量なのに、他の食材とは一線を画す完全に独立した料理。喉を通り過ぎる瞬間、母の口元が蘇った。薄く引かれた口紅。いつだって笑みを湛えて、明るい声を届けてくれた。よくしゃべって笑って、僕を呼ぶときは前歯がきらりと見えた。大輝の「だ」をしっかり発音してくれるためだ。
箸を下ろすと、次なる弁当が現れた。こうなると、もう僕にはからくりが見えていた。これはいわば逆マッチ売りの少女だ。一口食べるごとに、幻ではなく現実が浮かぶ。母が蘇ってくる。僕は母を忘れていたのだろうか。あんなに毎日顔を合わせていたのに、ほんとはなんにも見ていなかったんだろうか。いや違う、見え過ぎていたんだ。見え過ぎて、大事な部分を拾い上げられなくなっていたんだ。でもそれは、結局見えていないと同じことだったのではないか。ただ漫然と映しているだけの世界になんの発見も無いように、目を凝らして感じようとしないことを見つけることは出来ない。だけどそれは難しい。息をするなと言われるくらい難しい。人間は慣れるもので、慣れたことにはこだわらなくなる。
僕は弁当と向かい合った。小学校高学年くらいのものだろう。弁当の容量が格段に増量した。成長期を迎え、運動量も増え、いくらでも食べたいと思っていた頃だ。二段仕立てになった容器の一段目にはぎっしりと半分の面積を埋めた生姜焼き、もう半分に卵焼きときんぴら、プチトマトにアスパラベーコン。まさに肉、といった絵力の中にも母らしい、しっかり生姜焼きというメニューを選び、玉ねぎを入れて野菜をプラスしている。濃い味付けの中にも野菜のシャキシャキ感が生きている。朝、玉ねぎを刻んで肉と炒めて冷まして、でもさすがに朝食に生姜焼きは出てこない。あくまで弁当用だ。弁当なんてものは、どんなに手を抜いていたとしても、たとえ冷食や出来合いの詰め合わせだったとしても、いらない手間の宝庫なのだ。こんなに小さい世界に、一食分の調理行程をつぶさに経ているのだから。
母の匂いがした。化粧品とヘアスプレーと、どこから香るのかわからない、でもたぶん赤ちゃんの頃から知っている、母が持つ、母だけの匂い。きっと百人の母親の中からでも嗅ぎ分けられる、僕だけが知っている匂い。
早く、早く、
僕は心の中で急かした。もう少しで、母を思い出せる。完全に感じ取ることが出来る。
テーブルに置いた両手の間に、見知った弁当箱が現れた。中学生になって、新調したものだ。一段だが、九百㎖という大容量で、カーキ色でミリタリーっぽい外装が洒落ていて男っぽくて、気に入った。深さもあるのでご飯もたくさん入る。僕は迷わずふりかけの掛かったご飯ゾーンに箸を入れた。表面のふりかけと、中層におかかの醤油漬けが挟まれて二層仕立てになっている。真っ白なご飯ではなく、真ん中にそぼろだったり海苔だったり、いつも何かしらの工夫があって、でも中学は毎日が弁当で、保育園や小学校の時みたいに特別な日だけの行事ではなかった。だけど、クオリティはけして変わらなかった。変わったのは僕だ。ときめきを失ったのも、そればかりか不平まで持つようになったのも。美味しかったともありがとうとも言わなくなった。感想どころか残したり、注文を付けたり文句を並べるようになった。母は一度も怒らなかった。少し困ったように笑って、でも次の日には言った通りにしてくれたりした。ご飯よりおかずを増やしてほしいとか、魚は入れないでほしいとか、おひたしは嫌だとか。要求は日に日にエスカレートし、横柄になっていった。ご飯粒を飲み込んで、母の顔が浮かんだ。目も、鼻も、口も、輪郭も、髪も、匂いも、全部が一体となって母となった。
マッチは全部摺り終わったのだろうか。だけどなんだか、何かがまだ物足りない。
目の前に光が広がって、テーブルも弁当箱も消えて、僕はあまりの眩しさに両腕で顔を覆った。そしてそろそろと目を開けると、締め忘れた部屋のカーテンから燦燦と初夏の朝日が差し込んで、ベッドの上半分を照らしていた。ゆっくりと腕を下ろして天井を見上げた。まっしろな陽に染められた視界は明るく、低血圧の僕にしては頭もクリアだった。
夢の中に忘れ物をしたみたいな心許ない気持ちを抱えながら体を起こし、部屋を出た。よく知っている朝だった。階下からは、すでに動き出した空気が朝特有の気怠い香りと入り混じり、光の粒となって漂っている。トースターが鳴る音、卵とベーコンが焼ける匂い。いまにも母の陽気な鼻歌が聞こえてきそうだ。
夢を見ていた。でもどこからが夢だったのだろう。昨日の夕方からが夢だったのだろうか。それとも、あのレタリングの弁当から夢だったのかもしれない。どちらにしても、母は家にいて、階下にはいつもの風景が広がっている。
僕は逸る思いで階段を駆け下りた。慌て過ぎて一段踏み外しそうになってつんのめった体を何とか支え、手摺を掴んでまた駆け下りる。そして、勢いよくダイニングのドアを開けた。
「おはようっ」
上擦った声が爽やかなダイニングに響いた。けれど、帰る声はない。すぐに顔を覗かせる母の姿も。僕は室内をぐるりを見回した
「お、大輝、起きたか」
顔を見せたのは父だった。いつもならとっくに会社に行っている筈の父がなぜかキッチンに立っている。そればかりか、母のオレンジ色のエプロンまで付けている。
呆然と立ち尽くした僕に、父は少し照れ臭さそうに前髪をいじりながら言った。
「いや、出勤時間は遅らせたんだけど、なにせ慣れない事だからシャツを汚したらまずいしな、母さんのを借りたんだよ・・・」
もごもごと口を動かしながら、でも僕が聞きたいこととは全くかすりもしない弁明を繰り広げた。そうじゃない、そんなことじゃなくて、
しかしその問いを口に出来ない僕に、父は漸く察したように頬を緩めた。
「母さんな、昨日の夜意識が戻って、検査結果も問題なくて、一応今日は入院するけど明日には戻ってくるからな。やっぱりあの人は丈夫だなあ」
はっきりとした声で父はそれだけ言って、またキッチンの奥へ消えた。
「おはよお、あ、お兄ちゃん、お母さん明日退院だって」
一足先に起きていたらしい妹が晴れやかな笑顔を見せる。僕はすっかり気が抜けて、返事の一つも出来ずにふらふらとダイニングの椅子に座り込んだ。急に泣きたくなるくらい力が抜けて、僕は小さく鼻を啜った。
「お父さん、朝ご飯できたのー?」
妹が対面に腰を下ろしてテーブルに肘をついた。その声を合図にしたみたいに父が盆に皿を乗せてぎこちない足取りでキッチンカウンターを回ってくる。
「父さんだって一人暮らししてたんだ、このくらいできるさ」
目の前に目玉焼きとトーストの皿を置きながら、父は声を張った。妹と並んでいただきますと言い、完熟となった目玉焼きの黄味をつついた。
「そうだ大輝、これ、弁当だ」
父はそういって水色の包みをテーブルに載せた。僕は面食らった。まさか弁当まで父が用意しているなんて思わなかった。なにも言えないでいる僕に、父は何を勘違いしたのか慌てて言い訳を始めた。
「いや、母さんみたいには出来ないがな、ちゃんと何を入れたらいいか聞いたし、材料は冷蔵庫にあったから、だけど、ちょっとうさぎはうまくいかなくてだな・・・」
「うさぎ・・・?」
聞きなれない単語を思わず繰り返す。うさぎってなんだ?
「まあ、食べれば一緒だろ」
父は曖昧な笑顔で笑って洗い物を始めた。シンクに勢いよく水の撥ねる音がする。母が見たらもったいないと怒るだろう。
うさぎ・・・
そうだ、うさぎの林檎、夢の中で物足りないと思ったもの。小学生の頃、いや、中学になってからもしばらくはデザートの小箱が付いていた。なかには葡萄とかイチゴとか、うさぎの耳を付けた林檎が入っていた。僕はそれを嫌がった。もう小学生じゃないんだからって。あの誕生日の弁当、あれにも小箱が付いていた。僕は開けもしなかった。だけど、あれはきっとうさぎ林檎だ。だって、僕が言ったのだ。たぶん保育園の時に。
「りんごはぜったいうさぎにしてね!」
母は笑っていた。僕がうさぎ林檎を嫌がるのも、お誕生日おめでとうのメッセージつきの弁当を嫌がるのももちろん承知の上だっただろう。だけど母はやった。
それは母の意地で愛情で、きっとちょっと図に乗り始めた僕に対する、ささやかな仕返しだったのだろう。だってあの日の卵焼きは、保育園の時に食べたのと同じくらい、とてもとても甘かったから。母は病床の上でさえそれを貫いた。今頃僕の顔を思い浮かべてほくそ笑んでいるかもしれない。こんな風に弁当が復活するなんて想像もしていなかったけど、それは母も同じだろう。こんなきっかけは、二度と御免だけど。だから、二度とあんなことは言わないけど。
僕は弁当箱を眺めながら笑った。帰ってきたら、ちゃんと謝ってみよう。夢の中で足りなかった、うさぎ林檎分の続きを現実で成し遂げよう。
ささやかな攻防はきっとこれからも続く。終結はまだまだ先になりそうで、でもまだまだ先でいいと思った。




