悪役令嬢? 知らん、私は手帳でノーダメージ破棄をする
カトレアは伯爵家の、よくある王子の婚約者だった。
そう、よくあるでしょ? あの定番のやつ。
テンプレ通りに頭打って、転生者だと記憶を取り戻したのも鉄板だったし、どうせすぐに転校生とか来て悪役令嬢になるんでしょ? って予想も正解だった。
つまり、そういう事。
ありきたりな役を与えられ、当たり前に私は断罪を回避しようとしている……わけでもない。
むしろ、婚約破棄歓迎でーす!
いや、最後はやっぱり(笑)とかつけた方が良かった?
でも、馬鹿すぎるんだもん王子。
これまた顔だけはいいよ? でもどれだけ顔が良くても馬鹿と結婚したい?
え? 結婚したら王妃になれるじゃんって?
残念ながら第二王子なんだなコレが(笑)
「何をブツブツ言ってるんだお前は」
呆れた父が手に持ったフォークを置いて問いかけてきた。
やばっ、危ない危ない。
朝食の間と呼ばれる、朝日が心地よく差し込む専用の部屋で、家族一同食事をとるのが当家の決まり事だ。
パンやスコーンが各種乗せられ、好きなジャムやクリームを選ぶことができる。
スープだけでも三種あり、卵の産地や焼き具合、ベーコンかウィンナーかなど、最高級の食事が並ぶ。
銀の皿にはフルーツが盛り付けられ、一口サイズのケーキまである始末。
もう、これだけで伯爵家で良かったと思えるよね。最高です。
つまり、私は今で十分幸せなんです。
王族になって、毎日知らない賓客に愛想を振って家臣をなだめて、無能な夫の尻ぬぐい? 勘弁してよ。
やっと社畜生活から解放されて、優雅な生活をまったり送れると思っていたのに。
食後の紅茶を飲んだ後、私は本日も父に切り出した。
「そろそろ陛下に婚約破棄の嘆願は、申し出て頂けましたか?」
苦虫を潰したような父の顔がビクリと歪む。
空気を察した弟は無言で気配を消し、母が急いで場を取り繕った。
「カトレア、何度もいうけれど貴方あれだけ王家教育を頑張って終えたくらいに結婚を楽しみにしていたじゃない」
「過去は過去、今は今」
「ならば駄目と言ったら駄目だ」
私も頑固だが、父も頑固だった。
伯爵家の面子が何か知らないが、ともかく王家からの要望で結ばれた婚約は、臣下からは拒否できないらしい。
「ですから、こういう場合は他の候補を提案して、相手側と交渉すべきなんですよ。次の方にアテはあります」
元社畜スキルを発揮してみたが、父は呆れた顔で相手にしなかった。
「お前は事故にあってから、本当に人が変わったな。話はここまでだ」
気が弱く王子に憧れたカトレアは、過去に消えました。
今はともかく結婚回避の為に、必死で根回しするのみです。
この世界が、どの恋愛小説やゲームなのかわかったら、対策は簡単かも知れない。だが私は、前世では一切そういうのに興味がなかった。
世間では悪役令嬢や転生聖女なんてアニメのブームがあったから、聞きかじりで知っている程度の知識なのだ。
なんせ仕事に翻弄されて大変だったんだよ。
渋々と制服に着替えて学校に向かう。
優雅なお嬢様方が、私の登校姿を見て上品に挨拶してくれる。
「おはようございますカトレア様」
「おはよう皆さま」
おほほほほっ……って感じで、華麗に適当に躱していく。もう慣れた。
正門を抜けた目の前の噴水前で、王子を待たなきゃなんだけど、当の本人に言われたんだよね。
『お前はもう先に教室に入っていろ。極力俺の前に姿を現すな』
あ、ラッキーと私は素直に従った。
本当なら、ずっと傍にいて色々とフォローしないといけないのよね。
それもこれも、全て転校生のせいだけれど。
彼女と少しでも一緒にいたいらしいよ?
形だけとはいえ、婚約者の私によくぞ言えたものだと感心する。
陛下の計らいで、この貴族だけの学校に試験的に入学を許された平民の娘。
エルサ・インポートは、もう本当に主人公のごとくまっすぐに王子に向かっていった。
あ、こいつ空気読めないなって思ったもん。
普通は身分違いは遠慮するよね? というより自分が平民だったら平気で王子に話かけるとか無理。
しかも「私わかりませーん」とか、この国で生まれてそれはないない。
きっちり身分制度がある国で18年間も育って、今更身分って何ですかーってないから。
あ、ここで(笑)だった。
他のみんなも目を剥いてたわよ。
流石に最初は王子も硬直してたっけ。
それでも彼女はガンガン猛烈アタックかけてたの。
というか婚約者いる目の前でスキスキ攻撃するのって、身分関係なくヤバイよね?
それでも彼女は主人公枠として、正しくまっとうに突き進んだ結果、王子のハートを射止める事に成功したのだ!
パチパチパチ(拍手)
周囲の皆が気遣って、私の味方になって慰めてくれたりエルサを諫めてくれたりしたけれど、申し訳なかったよ。
だって、引き受けてくれて有難うが本音なんだもん。
「……の、はずだったんだけどなあ」
「何を言っている。ところで、この処理はどうすればいいんだ」
なぜか別の教室の王子が、当たり前のように私を呼び出して書類を手渡してきた。
学生であっても立場上、王族としてやるべき事は多々あった。
本来であれば、婚約者である自分が支えるのが当たり前なんだろうが……解せぬ。
「ですから、こういう場合はまず資料をまとめてですね……」
「いいから、とっとと対策と処理を頼む」
イライラした様子の王子に、心の中で毒づくのはいつもの事だ。
(近づくなって言っておいて、利用するときだけは会いに来るんだ、へーっ)
冷めた気持ちで、渡された書類を置いて去ろうとする王子を呼び止めた。
(なんで自分の仕事を丸投げしていくのよ)
廊下の向こうで様子を伺うエルサが気になるのか、ともかく王子はとっとと去りたい素振りを見せた。
だからさぁ……イラッ。
その場でサラサラと書類に指示を書き込み、王子に署名をその場で頼む。
そして、私はいつものように常に持ち歩いている手帳を取り出した。
「またそれか」
「ちゃんと責任の所在をハッキリさせて頂きたいので」
手帳には王子に文言を入れて署名して貰う。
『カトレア・ヴェルナールに一切の責任はなく全ては自分である』
「このような手間を取らせずとも、いちいち面倒な女だな」
「あ、名前ちゃんと入れて下さいね」
「婚約者なら、私を補助して当たり前だろう」
(補助じゃなくって、全面的に頼ってるよね?)
ピキピキと口元がひきつるが、なんとか耐えた。
「婚約者というなら、卒業パーティーに関する打ち合わせが何一つないのですが?」
私の軽い問いかけに、なぜか王子はどや顔でこう言ってのけた。
「お前とは出ない」
「はぁ、でいいんですか? 婚約者なんですよね私?(さっき自分で言ったよな?)」
「エルサと出る。平民の彼女にパートナーなどいないのだからな。俺が助けてやらないと」
「そうですか(知ってた)」
黄金ルートだなと、別に驚きもせず私は手帳を胸元に戻す。
私があまり反応しなかったせいか、王子はなぜか不満そうだ(なんでだよ)
「やはりお前にとって、俺はどうでもいい存在なんだな」
「いや、殿下がご自身で決められたんですよね(面倒だなこいつ)」
「カトレア、お前はいつもそうやって人を見下しているから俺の心が離れるのだ」
「……(お昼ご飯何食べようかな?)」
「あげくにエルサにまで冷たい態度をとっている」
「どの辺りですか? 具体的にどうぞ(お昼はリゾットにしようかな)」
「どうして、お前からエルサに話かけてやらんのだ!」
ビシリと私を指さして決めポーズで言ってのけた王子を、私は白けた目で見つめた。
「ですから身分が違うからですよ」
「お前は自らの身分をかさにきて……平民だからと虐げるのか!」
「話しかけないのに、どうやって虐げるんですか?(あんた馬鹿?)」
「だが、エルサがっ!」
見ると、廊下の向こうでシクシクと泣いたふりをしている当人がいた。
鐘がなり、まもなく授業が開始される。
「では王子、失礼します(うぜぇ)」
「くっ、わかったな!」
何を?
手を取り合って去る二人を、冷めた目で私は見送った。
それからなぜか、エルサからの接触が多くて大変迷惑だった。
幸いにも私の周りには親切な令嬢たちが、護衛のように張り付いていてくれた。
「あなた、まずは馴れ馴れしい口を利くのを改めた方が宜しくてよ」
「身分に関係なくというなら、まずは人としての礼儀を学ばれては?」
「ひどいです! しくしくしく」
そりゃあ、友達でもないのに下の名前で呼んだ挙句に、会話に横槍いれてくるんだもん。
あげくに、ともかく自分が自分がーのアピールは無理無理。
この子、転生者だと思うけど友達いなかったのかしら?
みんなで茶会の相談をしていると、招待されていない私かわいそうブームかまされてもね。
出来上がっている女のグループに新規で入る難しさ、ましてや下からではなく特攻かましてくるんだから、ある意味強い。
フーフーとリゾットを食べて、ホッコリと幸せを感じていると、周囲の令嬢たちもニッコリだ。
「本当にカトレア様は、幸せそうにお食事されて私まで幸せになってしまいます」
「しかも、あのような平民の無礼にすら動じず素晴らしいですわ。流石は殿下の婚約者」
最後の一口を食べ終えた私は、サラリと口を滑らせた。
「ああ、でも殿下は卒業パーティーには、私ではなく平民の彼女をパートナーにされるそうよ」
その一言で、一気に周囲はパニックになった。
私を囲む令嬢たちは、悲鳴をあげて嘆き怒り、大いに憤慨した。元気だなぁ。
「殿下はおかしくってしまわれた!」
「卒業パーティーのパートナーの意味を、ご理解されていないのかしら!」
「あんな平民に関わるからよ! だから平民は……」
あっ、これはヤバイなと、流石に私は止めに入った。
「おやめになって。殿下の決定ですし平民(あくまでエルサ以外)には罪はありませんわ」
私の言葉に無駄に感動した令嬢たちが、今度は感動に包まれる。
「な……なんてお優しい」
「カトレア様こそ、王族になるに相応しいですわ」
だから、それが面倒で嫌だって声を大にして言いたい。
だけど父のいう通り、穏便に終わらせるには王家からの破棄が必須だ。
こちらにノーダメージで、なおかつエルサと結ばれるなら大万歳。
なんとか彼女たちを宥めるために、私はしおらしく演技する。
「殿下のお選びになる方が、殿下のパートナーです。それが一番ですよ」
「謙虚すぎます」
「健気ですわ」
私はなんとか収まりそうだなと安堵の息をついていると、問題が向こうからやって来た。
だから何でお前は空気を読まないんだ!
わざわざ迂回して、窓際のこちらを通過しようとするエルサの意図などわかりきっている。
私は彼女が近づく寸前で席を立ち、皆に挨拶をのべた。
「一足先に失礼しますわ。どうぞ皆さま、私ではなく殿下を支えてあげて下さいまし(そして私はソッとしてね)」
あと少しでこちらに到着しそうなエルサの盆の上には、うんうん。
ちゃんと染みになりにくいスープと水。あとはパンのみ。
きっと衝突して私がいわゆる悪役令嬢? みたいな虐めイベント強制執行予定だったんだよね?
去っていく私を凄い目で睨んでいたけど、もう私は色んな意味でお腹いっぱいです。
目の前で噴水に飛び込まれたり、階段で二段程度を踏み外されたり、机に破れた教科書入れられたり。
ちなみに、噴水は笑って避けて、階段は手前でバックしてその場を去って、教科書はそもそも名前書いてなかったので、ゴミとして処理して先生に褒められました。
ツメが甘いんだけど、主人公よね?
ない事ない事を王子に吹き込んで、さぞかし冤罪の山がエベレスト並みに積みあがっているだろうけど、信じる方が馬鹿だと思うの。
私の目標はだから『ノーダメージ破棄上等』なんだから、とっとと二人で幸せになればいいのに。
つまり婚約破棄は、互いに一致しているのだ。
王子にもそう言ったんだけど、なぜか逆に私が叱られた。
なんでも、父親の国王陛下が許可しない限りは簡単にはいかないらしい。
うちの父も、だからヘタに逆らえないのよね。ちっ。
王族教育を受けている最中も、何度も城で陛下や王妃様が私に頼んできたんだよ。
『どうか王子を宜しくね』って、息子が馬鹿だって気づいてるよね?
押し付けられた私は、本当に大迷惑でした。
でも、それも卒業パーティーで終止符を打ちそうだ。
きっと彼なら期待に応えてくれるはず、うちの王子はやってもできない子だけど、行動力だけはあるからね。
家に帰宅して、家族に早速卒業パーティーの件を報告すると、なかなかの騒ぎになった。
そりゃ、婚約者ではなく別の女とパーティーだなんて、どの世界でもありえないだろう。
卒業パーティーなんて、暗黙の了解でお披露目と一緒なんだもん。
やっと両親も、私が嫌がる理由を明確に理解してくれたみたいだ。良かった良かった。
正式に国王陛下に抗議するという父を止めるのは大変だったが、同情した母や弟が私に甘くなったのは良い事だ。
「お嬢様、ではパーティーのパートナーは坊ちゃまが?」
「そうよ、だからドレス合わせも簡単でいいのよ~」
適当にヒラヒラと手を振って、私は面倒な準備は全て簡略化させて貰った。
二つ年下の弟は、なぜか騎士気取りで私をパートナーとして守る気満々だし、母も父も必ず行くから心配するなと勢い込んだ。
「お父様、お母様、ともかく殿下のお心が一番大事ですから受け入れましょう(破棄万歳)」
「だからお前は破棄したがっていたんだな(いいえ馬鹿だから)」
「カトレア大変だったわね、もう大丈夫よ(馬鹿だから大変でした)」
しつこいようだけど、馬鹿だから突っ走ってエルサをパートナーに選んでくれたので、楽になりました。
馬鹿で良かった。
これでお互い、準備が整ったという事でよろしいか?
それぞれの思惑を胸に、とうとう本番の卒業パーティーを迎えることになる。
張りきった家族に申し訳なく思うほどの、高価なドレスとアクセサリー。
メイド達が気合を入れて化粧をしたせいか、キラキラ補正がかかって私は別人だ。
「どうかお嬢様ではなく、平民の小娘ごときを選んだ殿下をギャフンと後悔させて下さいませ!」
使用人一同に、えいえいおーと見送られ、弟と共に私たちは会場に到着した。
入った瞬間に噴くかと思った。
既に、舞台は整えられていたのだ。
「おい、参加時間はこの時間で間違いないよな?」
どうやら私にだけ、別の時間が伝えられていたらしい。
全ての準備が整い済んだ後に到着するように、そう仕組んだ相手は正面で着飾ったエルサと共に私たちを迎え入れた。
周囲の学友たちも、遅れて来たように見える私たちの驚きを見て、現状を把握した様子。
ざわついた空気の中で、一人意気揚々と王子が告げた。
「カトレア、お前とはこの場を借りて婚約破棄を申しつける」
はーい、ありがとうございまーす。
という私と違い、一気に会場から悲鳴が上がる。
だが王子という立場を使い、彼は周囲を睨みつけ黙らせた。
保護者達は別室にて、まだ合流時間ではなく、ここにいるのは学生たちだけ。
滑稽な断罪パーティーが、今開幕された。
何か王子は色々と私の罪とやらを並べ立てていくが、なぜか周囲の令嬢たちが訂正していく不思議な図式だった。
ちなみに私は、近くに並べられた立食用のテーブルの上のケーキが、気になって仕方なかった。
まだ終わらないかなーとか思いつつ、とりあえず王子の出方を見る事にする。
ていうか、私が断罪されているはずなのに、私を抜きに進んでいくんだよね。
横にいる弟なんか涙ぐんで「うちの姉はなんて素晴らしい仲間に恵まれて……」とか言ってる。
この子、将来変な壺とか買わされないか心配になってきた。
「黙っていないで、なにか答えたらどうだカトレア!」
王子の怒声にカチンときて、私が返事をしようとするより先に弟がキレた。
あら、壺大丈夫だわ。押し売りはちゃんと断れそう。
「自らの婚約者に何て言い草ですか殿下! そもそも姉をないがしろにして、別の女性とやましい立場なのは、そちらではないですか!」
そうだそうだと、拍手が沸く。
まあ、心変わりは仕方ないけど、だったらケリつけてから行けよって話だもんね。
あっ、ティラミスがある。食べたいなぁ。
「ひどいわ! 殿下はカトレア様に虐げられた私を、慰めてくれただけです」
「だったら姉がした証拠を出せ!」
「弟さんも私を虐めるのね!」
話にならなくてループ! 弟よ落ち着け。
まだかなまだかなと、私はその時を待つ。
そして、延々と同じ話をループしてオチが見えない断罪の場に、やっと保護者達が現れた。
「これは一体どういう事だ!」
驚いたのは国王陛下が参列していた事だ。
いつの間に来たの? ああでも手間が省けたかも?
人込みが波を割るように道を開ける。
この国の支配者に、私も含め深く頭を下げる中で、王子たちは直立不動だった。
いや……少なくとも、ちゃんと膝はおろうよエルサちゃん。
平民なんで私無知なんです……が通じる相手じゃないんだからさ。
陛下を先頭に、各自の保護者達もそろって会場は満員御礼となる。
やだっ、ケーキ足りるかな? 諦めなきゃかもショボン。
落ち込む私を見て、大丈夫だと私の肩を抱いて励ましてくれたのは私の両親だ。
ですよね、最悪家で用意してくれますよね? え? 違う?
「よくも娘だけでなく、息子まで晒しものにしてくれたものだ」
「あなた……いざとなれば隣国に嫁いだ私の叔母も力になってくれますわ」
なんで国を捨てる方向にフラグ立ててるの? やめてやめて。
私の弱気な態度を見て逆に強気になった王子たちは、正義こそ我にありと喜劇を再開した。
「父上、今こうしてカトレアとの婚約破棄の正当な理由を、皆に知らしめておきました」
「ほう、それでお前の新たな婚約者はそちらの娘にしたいわけか」
今こそ出番だと満面の笑顔でエルサは前に出た。
「初めまして陛下、私は……」
「誰が発言を許した?」
「えっ?」
硬直するエルサとは別に、クスクスと笑い声が密かにあがる。
国王は息子である王子に再度問いかけた。
「それで、お前の最終的な落しどころはどこだ?」
「はい父上! 婚約破棄と共にカトレアは国外追放に致します! 理由は先ほど述べた通り、平民への虐待とそして……」
国外追放の言葉に周囲だけでなく、国王ですら目を剥いて無言になった。
会場内は凍りつき、静寂が包み込む。
誰も言葉に出来ない事をどう受け取ったのか、空気をぶち破る勇者エルサが王子の腕にしがみ付いた。
「処刑ではなく追放で許すなんて、殿下は優しいです」
「殺すまでもないが、国内を混乱させた罪は重いので追放は確定だ」
ん?
「本当に恐ろしい事ですわ。殿下のふりして国政を裏で操作していたなんて」
「あのダムの崩壊も、備蓄のミスも調べたら全てカトレアの指示だった」
「異議ありぃ――っ!」
まてまてと、流石に見過ごせなくて私は勢いよく手を挙げた。
私が自ら動いたことで、やっと皆が私がここにいた事を思い出した様子だ。
ケーキに気をとられている場合じゃない。
エルサ云々はともかく、王子のミスまで擦りつけられるのは我慢できない。
「お前の発言は許していないカトレア!」
焦った王子が私の口を封じようとしてくるが、国王が救いの手を差し伸べた。
「いいや、発言を許す。のべよカトレア」
「ありがとうございます陛下。では殿下、先ほどのダムと備蓄の詳細を教えて下さい」
うぐっとなった王子は、今更引けないと私を非難した。
「ダムって何ですか? 備蓄って?」
「カローナダムの事だ。水害について、お前は土嚢を積めとだけ告げて決壊を促進させた」
「はあ? ダムとは一言も言ってませんよね? カローナ地方の雨による水害だと言ってましたよね?」
「だから、どうしてお前は察する事ができんのだ」
「資料は事前に用意しろって何度も言いました!」
確かに押し付けられた仕事の一つに、そういうのがあった。
私は何度も被害の詳しい状況を聞いたのだ。
なのに王子はロクに把握もしていない所か、エルサを水浸しにしたお前なら水は得意だろうと、的外れの嫌味ばかり。
自分でバケツの水を頭からかぶる女なんざ知らねえよケッ。
「備蓄というのは?」
「お前が備えろと言わないから……」
「声が小さくて聞こえませーん!」
ゴニョゴニョという王子に発破をかけた。
やけ気味に王子は叫ぶ。
「だから、お前が用意しとけと言わないから、必要な時に足りなかった!」
「何の話をしているのか意味不明です! 毎日のように渡される書類に、そんなのありませんでした!」
「なくても察しろ!」
「ば……」
危ない! 馬鹿だろって叫ぶ寸前で手で口を塞いでギリギリ止めた。
ここぞとばかりにエルサへの冤罪だけでなく、自分のミスまで私に押し付け、なかった事にしようだなんて……。
うん、馬鹿だけでは足りないや。
チラリと、こんな息子さんで大変ですねと陛下を見ると、あちらもジッとこちらを見ていた。
いや、縋るような目をされても知らんよ? もう知らん。
「殿下には、彼女がお似合いだと思います」
「お前に言われる筋合いは……」
「殿下にではなく、陛下に申し上げています」
キッパリと告げて私は姿勢を正す。
そろそろ引導を渡すべきだ。
もうケーキはあきらめた。
不安そうな両親……いや、逆に怒りに燃えて謀反すら起こしそうだから止めないと。
私を庇ってくれた……というか、当たり前だよねを実行してくれた学友たち。
この断罪パーティーに巻き込んでごめんなさい。
きっと、テンプレでこうなるとむしろ待っていました。
私は胸元から手帳を取り出した。
「殿下、殿下の言い分では、私は大変な悪女で国政を乱した罪人であると」
「そ……そこまでは」
「そして、責任をとらせ国外追放で間違いないですね?」
「お……お前が悪いっ!」
うんうん、追いつめられたら人のせいにして逆切れするんだよね。
私が貴方を嫌いになった一番の理由はさ、それなんだ。
まだ貴方を好きだった過去のカトレア。
たまたま投げた石が、カトレアの頭にヒットした。
投げたのは貴方、薄れゆく意識の中で俺は悪くないって叫んでたよね?
絶望した恋心はあの時に死んだ。
そして、なぜか三十路で社畜の過労死した私が蘇ったんだ。
ブラック企業でも、田舎から出た私にはそこしか居場所がなかった。
直属の上司のパワハラや無責任な仕事の丸投げ。
毎日のストレスと過労で、激しい頭痛の中で起こす小さなミス。
そこに上司自身の大きなミスも押し付けられて、毎日が地獄だった。
今の私なら言うね、絶対に転職しろって!
「本当、元上司にそっくり……」
ポツリと私は低く呟いた。
「私に責任があるから罪に問う、ですね?」
「そ、そうだっ!」
再度の念押しはした。
では、とっとと終わらせよう。
手帳を広げ、私は王子に見せつけた。
「ここに『カトレア・ヴェルナールに一切の責任はなく全ては自分である』という文言と署名があります」
「はっ、そうくると思った」
王子は鼻で笑う。
「そんな手帳なぞ証拠にもならん、正式な書類でこそ意味があるのだ」
「そうですか(ふーん)」
パラパラと私は手帳をめくる。
どのページにもギッシリと同じ文言とサインが書かれている。
「では問題です。先ほど殿下がおっしゃった私の国政干渉の罪は何月何日ですか?」
「は? いちいち覚えているはずもないだろう」
「書類は残っているはずですよ。正式な指示書がね。それを探せば日付もわかるはずです」
「だから、それを調べてどうするんだ」
今度はこちらのターンだ。私は鼻で笑い返してあげた。
「この手帳には、ちゃんと日付が入っていますから、照合するのは簡単です。その日の日付にちゃんと責任の所在の有無が確認できます」
「だから、そんなものなど……」
「手帳はこれで五冊目です。まず殿下は二つ理解されるべきです」
私は優しく教えてあげた。
「一つは、この手帳のサインによって、いつどれだけ私を頼ったかわかるという事。そして残り一つは、たとえ小さな紙であれ王族が簡単に署名をしてはいけないという事」
気づけば取り囲む全員が、私の言葉の意味を理解したみたいだ。
あまりにも迂闊な上に、人に任せた挙句罪を擦り付けようとした王子。
気づいていないのは本人のみ……いや、その隣の新たなる婚約者様もかな?
何が悪いのって顔してる。
「偉そうに、お前は変わったな。いつの間にか俺を見下すようになった」
だって馬鹿なんだもん。
せめてさ、せめて石をぶつけた事を謝罪して反省してくれていたら……って、とうの昔に諦めたけどね。
私の心の奥底で眠るカトレアが、もういいよって言ったんだ。
そして、最後の時を迎えた。
「カトレア、お前は侮辱罪も追加だ。ただの追放ではすまないぞ」
「素敵! 王子カッコイイ!」
盛り上がるのは二人だけ、そんな二人に国王が怒鳴りつけた。
「今、国王である私が断罪する!」
皆が一斉に再び膝をつき頭を下げた。
私も同じく深く腰を折る。
「第二王子を王家より追放ならび、この平民の娘と共に国外追放とす」
声にならないざわめきが広がった。
驚くのは、勝利を確信していた勘違いの二人だけだ。
ガクガクと震える王子と、怒りに震えるエルサがいた。
「なんでっ! 違うでしょ! シナリオはそうじゃないっ!」
「父上! 冗談はおやめください!」
「黙れ!!」
流石は国王だ。その威厳と威圧に二人は黙る。
「お前が馬鹿なのは知っていた。だからこそカトレアに縋った私たちが愚かだった」
「そ……そうです! 全てカトレアが……」
「そうだ。お前の代わりに全てを引き受けてくれていたんだな」
フゥとため息をついて、国王は静かに首を振った。
「もうこれ以上カトレアに重荷を負わせる事はできん。すまなかったカトレア」
呼ばれた私は静かにカーテシーで返事をした。
国王は外で警備をする兵士を呼びつけ、暴れる王子とエルサは連行されていく。
そして、改めて謝罪と婚約破棄を正式に宣言し、ここで私は自由となった。
卒業から一か月後、私は穏やかな気持ちで日々を過ごしていた。
手元には数冊の手帳がある。
父が本日、国王陛下にこの手帳全てを手渡す手筈となっていた。
一冊を手に取り、パラパラと目を通して机に置いた。
紅茶を一口飲んで、私はゆっくりと息を吐く。
「なんでも証拠って大切よね」
仕事の上で、責任所在は基礎の基礎なんだけど……まあ、ここ異世界だし?
用意されたケーキを食べて、私はホッコリと微笑んだ。
そして、カトレアの物語は、静かに幕を閉じた。