第2話:盲点の肖像
夜が明ける。
だが、空気は晴れなかった。警察庁の地下階層、特別捜査室では、事件の検討会が開かれていた。
「現場に残された“問いかけ”……『視えたかい?』。挑発的で、こちらの行動を読んでる」
そう言ったのは、一ノ瀬悠。
「まるで、お前が“死視”できるのを知ってるようだな」
「そうね。……だから、逆に思ったの。これは“私を欺く”ための殺人よ」
神代はテーブルに事件写真を並べた。
遺体の視界には「犯人の姿」が映らず、喉には鋼針入りの絵筆、さらに毒殺。
被害者は元画廊オーナー・宇田川真由。事件の数日前まで、ある若手画家の個展を開催していた。
「彼の名前は?」
「日比野澪。独特の赤を使うことで注目されてた。宇田川と契約トラブルがあったらしい。だが事件当夜はアリバイがある。搬入業者数名と深夜までいた」
「……アリバイがあるのに、作品には“日比野の画風”に似た赤が使われてる。皮肉ね」
神代は写真の中の、壁に塗られた赤いペンキを見つめた。
「この“赤”が、何かを伝えようとしてる」
数日後。第二の事件が発生した。
今度は、美術系大学の教授が自室で窒息死していた。口に詰め込まれていたのは、丸めたキャンバスとペンキのチューブ。
「絵に溺れて死んだわけか。洒落が利いてる……いや、悪趣味な」
神代は死体に触れた。
視界が、室内をゆっくりと動く。
教授は、誰かと話している。顔は見えない。
机に置かれた、細長い金属の筒――スプレー缶のような何かが、一瞬視界に映る。
「なんだこれ……」
視界が揺れる。頭が重くなる。空気が薄くなる。
――酸欠。
そうだ、これは催眠性のガスだ。意識を失わせ、口に異物を詰め込み、呼吸を塞ぐ。
視界は、そこで途切れる。
「……面白いわね」
神代は目を開けた。
「視えた?」
「視えたわ。でも、違和感がある。決定的な何かが“抜け落ちてる”。前も、そうだった」
「何が?」
「犯人が“あえて映らない”ように立ち回っているというより……映っているけど、犯人と認識できないようにしてるのよ」
一ノ瀬は眉をひそめた。
「視覚トリックか?」
「たとえば、死者の意識が曖昧な時に、マネキンのような存在を“人間じゃない”と認識したとしたら? あるいは、知っている人物が、変装していたら?」
「……なるほど。『死視』を逆手に取って、“犯人は映らない”という前提を刷り込ませてくるのか」
そのとき、一通の封筒が警察署に届いた。
中には、一枚のスケッチ。
そこには、宇田川真由が死ぬ直前の視界――まさに神代が“死視”したものと同じ構図の絵が描かれていた。
そして、裏面には短くこう記されていた。
「次は、君の番だ」
神代はそれを見て、ひとつだけ笑った。
「挑戦、受けてあげる」