表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死視者探偵 ―屍に視られた女―  作者: 夜宵 シオン
1/10

第1話:赤い絵筆と笑う死体

 雨が降っていた。


 路地裏のアスファルトを濡らす雨粒は、赤く濁っていた。光のない月夜、警察車両の回転灯だけが、濡れた壁面を血のように染めている。


「確認するぞ。遺体は画廊オーナー・宇田川真由。絵筆を喉に突き刺され、即死」


 刑事・一ノ瀬悠が資料を見ながら言った。が、現場の異様さに、眉をしかめる。


 被害者は、ギャラリーの床に倒れていた。口を大きく開けたまま、まるで――笑っているような死に顔だった。

 その口から、真っ赤に塗られた「絵筆」が、まるで舌のように突き出ていた。


 血ではない。絵の具だ。

 遺体の周囲には、まるでそれを囲うように、真紅の絵の具が撒かれていた。


 犯人が描いた、猟奇的な“死のインスタレーション”。

 まるで被害者自身が絵画の一部になったかのようだった。


「例の“絵画殺人”か……」


 一ノ瀬が呟く。

 これは今月に入って3件目。どの事件にも、“死者の視界を模したと思われる絵”が、近くに残されていた。


 だが今回は違う。

 遺体の目は見開かれたままで、すぐ近くの壁に――赤いペンキで一文が書かれていた。


「視えたかい?」


 一ノ瀬は舌打ちした。


「……やっぱり呼ぶしかないな。あの女を」


 タクシーの扉が開く。


 降りてきたのは、長い黒髪を濡らすのも気にしない無精な女だった。

 身にまとった黒のコートは、どこか古びていて、流行とは無縁。


「久しぶりね、刑事さん。まだそのクセ直らないの? 舌打ち」


「……神代かみしろ、頼む」


「ふふ。お願いする態度にしてはそっけない」


 彼女の名は神代かみしろ 天音あまね

 元犯罪心理学者であり、現在は「探偵」として、特殊な事件にのみ顔を出す――謎多き存在だ。


 だが、彼女には、他の誰にもない能力があった。


 「死視」――遺体に触れることで、“死者が最後に見た光景”をその目で視る力。


 神代は黙って遺体に近づき、静かに手袋を外した。

 冷たい死体の顔に指先を当てる。


 ――一瞬、空気が張り詰めた。


 神代の瞳が揺らぐ。雨音が遠のいたように感じられた瞬間――


 視界が、真っ赤に染まった。


 赤い液体が、視界の端に垂れる。

 キャンバスの向こう側に、人影。

 誰かがこちらに歩み寄ってくる。


 顔は見えない。だが、手に何かを持っていた。

 それは――絵筆。

 そして、ペンキ缶。


 次の瞬間、その手が襲いかかる。視界が揺れる。倒れる。喉元に、鋭い痛み。


 だが、死の直前、確かに聞こえた。


「視えたかい? 私の描いた“最後の絵”が」


 神代は目を開いた。


「“赤”にこだわりがある犯人ね。けど……この犯人、かなりの知能犯よ」


「どういう意味だ」


「遺体の視界には、犯人の顔が映ってなかった。わざと、視界に入らない位置で襲ってる」


「だが、絵筆で殺すなんて……どうやって即死させた? 喉を刺すにはそれなりの力が……」


「普通の絵筆じゃない。これは、芯に鋼の針が通ってる“加工された武器”よ。芯は折れてて、内部に毒も仕込まれてた。血中に猛毒が流れた痕跡がある。鋭利で、そして致死性」


「――つまり、絵筆を“殺す道具”として改造してるってことか」


「ええ。芸術家気取りの連続殺人犯。“死体”を“作品”にしてる」


 神代は壁に残された言葉を見る。


 「視えたかい?」


 それは、神代自身への挑発のようにも思えた。


「この犯人……“死視”の能力の存在を知ってるかもしれない」


 一ノ瀬が言葉を失う。


 神代は静かに答えた。


「いいじゃない。ちょっとは退屈が紛れるわ」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ