第七章「交錯する声」
“声”は、ときに言葉よりも多くのものを伝えてしまう。
ReiとKuroの距離は、確かに近づいている。だけどそれは、名前も顔も知らないからこその親密さだった。
互いを知らないまま、惹かれ合っていく二人。
けれど、ゲームの向こうには現実があって──そして、あの大会がある。
この章では、通話越しの温度と、すれ違い始める心の“沈黙”を描いていきます。
夜の部屋に響くKuroの声は、もはやゲームの指示だけではなく、心の揺れを映し出していた。
「Rei、敵の配置が変わった。急げ!」
「了解、Kuro」
彼らの連携は、もはや無意識に近い。遮蔽物の使い方、裏取りの動線、撃ち合いの間合い。
すべてが、まるで一人のプレイヤーのように流れていく。
だけど──その完璧さが、逆にKuroの胸をざわつかせる。
(まるで、あの“R_in”みたいだ)
数日前に見たリプレイ映像。予選の録画に映っていた無名のプレイヤー。
Kuroは、あのときの動きとReiのプレイスタイルが重なるのを、否定できなくなっていた。
──でも、言えない。
Reiに「君、あの大会出てた?」なんて聞いたら、この関係は壊れるかもしれない。
そしてもう一つ、Kuro自身にも決断の時が迫っていた。
パソコンの脇に置かれた一通のメール。
「全国高校eFPS大会・個人推薦枠 本戦シード出場権のご案内」
かつて個人ランクで注目された彼にだけ送られた、特別な招待。
出るべきか、出ないべきか。
(……俺が出たら、R_inとぶつかるかもしれない)
それはただの予感じゃない。
むしろ、どこかでReiにぶつかりたい、正体を知りたい──そんな自分勝手な期待すら、胸の奥にあった。
⸻
翌日の学校。凛はスマホの通知をぼんやり見つめていた。
Kuroから届いたメッセージは、いつもと変わらない短い内容。
だけど、その背後に何か隠しているような、そんな気配を感じる。
「最近、声が少し……緊張してる?」
そう呟いた自分の声が、空席の隣に吸い込まれていった。
⸻
その夜の通話は、少し静かだった。
「なあ、Rei」
「ん?」
「……もしさ、今度、大会とかで俺と敵になったら、どうする?」
唐突な質問に、彼女は戸惑いながら笑った。
「全力でやるよ。だって、勝ちたいもん」
「……そっか」
返ってきた声はいつも通りだったのに、Kuroの胸には小さな棘が刺さっていた。
ボイスチャットがあるから近づけた。
でも、声が届くたびに、相手の距離を測ってしまう。
いつからだろう。
ゲームの勝敗よりも、彼女が誰なのかを知りたいと思うようになったのは。
そして──もし、名前を呼んでしまったら。
この関係は、終わるのだろうか。