第五章「学校とスクリーンの狭間で」
現実と仮想の境界線は、案外曖昧だ。
同じ空の下、知らずにすれ違っているのかもしれない。
それでも彼らは、スクリーンの向こうで繋がりながら、
現実に足跡を残し始める。
昼休みの教室、窓際の席。
凛はスマホを机の下で握りしめ、こっそり通知を確認した。
(……来てる。Kuroくん、ログイン予定だって)
昨夜の通話の余韻が、まだ耳に残っている。
彼の声は落ち着いていて、少し低くて、優しかった。
まるで本を朗読してくれるナレーターのようで、
話すたびに不思議な安心感があった。
(Kuroくん、どんな人なんだろう)
そう思いながら、凛はふと教室を見渡した。
けれどそこに「Kuroくん」はいない。
この学校の誰かかもしれないけれど、それは絶対に分からない。
それが、この関係の決まりごとだ。
⸻
放課後、凛はゲームにログインする前に、ベッドに倒れ込んだ。
制服のまま、天井を見上げる。
今日の学校であった何でもない出来事も、
夜になると全部Kuroに話したくなる。
それは親しい友達より、少し特別な感情だった。
「Rei、きた?」
「うん。ごめんね、ちょっと遅れた」
Kuroの声に、自然と笑顔が戻る。
今日はランクマッチを回す予定だった。
お互いマッチの流れも分かってきて、
連携もうまく取れるようになってきた。
Reiの得意は中距離支援。
Kuroは最前線の突破。
後方からカバーし合うような動きが、ふたりのスタイルになっていた。
⸻
ゲームの試合中、Reiがふと呟く。
「……現実でも、会ったことあるのかな。わたしたち」
「それ、考えるよな。もしかしたら、すれ違ってるのかもな」
「同じ電車に乗ってたり、同じ駅使ってたり…」
「それか、同じ店でアイス買ってたとか?」
ふたりで笑う。でも、笑いの中に、少しだけ本気が混じっていた。
それでも、「会おう」とは言わない。
声を交わすことは許されたけど、
“名前の向こう”に踏み出すのは、まだ違う気がしていた。
⸻
数日後。学校で、告知があった。
「eスポーツ部主催で、夏の校内オンライン大会をやるってさ」
友達がそう言って、凛にスマホを見せた。
(校内大会……? でも、私がReiだってバレたら……)
一瞬、心がざわついた。
けれど、その大会は「FPS自由参加・個人アカウント可」とのことだった。
名前を隠せば参加はできる。
(……でもKuroくんには、黙っておこう)
Reiはその日、少し早めにログアウトした。
Kuroも何かを感じたのか、深く追及はしなかった。
⸻
夜。Kuroはひとり、ロビーで武器スキンの調整をしていた。
(Rei、少し元気なかったな)
通話越しの空気が、いつもより静かだった気がした。
だけどKuroにも、別のことが頭にあった。
全国規模の夏季オンラインイベントの予選告知。
それはKuroがかつてチームを組んでいた仲間から届いた招待状だった。
(このままReiと組んで出てもいいのか……?)
Reiは、ただのゲーム仲間じゃない。
けど、大会ってなると話は変わる。
言えなかった気持ちと言えない迷いが、
それぞれのスクリーンの向こうで、静かに揺れ始めていた。
すこしずつ、現実と仮想が重なり始める第5章。
この章では、ふたりの「気づき」と「ためらい」が同時に描かれます。
お互いに話せないことが増えていく中、
それでも“声”が繋がっている限り、ふたりはログインし続ける。
次章では、いよいよ伏線となるゲーム内大会の予選編へ。
ふたりの関係にも、少しずつ波紋が広がっていきます。
――綾城 透夜