第四章「はじめての声」
文字だけのやりとりが、
「声」に変わる瞬間。
それは、ただ便利になるだけじゃない。
ふたりの距離を変える、静かな革命。
耳に届くその声が、
自分の想像以上に優しかったとき――
気づかずにいた気持ちが、少しずつ形になっていく。
「……あ、聞こえる?」
その一言で、空気が変わった。
Kuroの声は、画面の向こうから思った以上に近くて、
穏やかで、でも少し緊張していた。
Reiは返事をする前に、深く息を吸った。
「うん……聞こえるよ、Kuroくん」
自分の声が震えていないか、不安だった。
ヘッドセット越しに聞こえる自分の声も、
彼の声も、どこか不思議な実感があった。
(ああ、ほんとに“誰か”なんだ……Kuroくんって)
⸻
その夜、ふたりはランクマッチには行かず、カスタムルームで軽く遊んだ。
「Reiって、いつも落ち着いてるよね」
「そんなことないよ。内心いつもテンパってるから」
Kuroの冗談混じりの声に、Reiが笑う。
その笑い声が、Kuroのイヤホンに優しく響いた。
(文字じゃ伝わらなかった“間”とか、“声の色”とか…こんなに違うんだ)
ただのチームメイトじゃない、
「誰か」として存在してることを、Kuroは初めて実感していた。
⸻
ゲームが終わると、ふたりはそのままマイクを繋いで雑談を始めた。
学校の話、部活の話、
好きな映画や音楽のこと。
「夏休み、もうすぐだね」
「うん。今年は、なんか特別な気がする…かも」
「俺も。……Reiがいるから、かな?」
沈黙。
その一言に、Reiの心臓が跳ね上がる。
けれどそのまま、自然に流れた会話。
声があることで、気持ちは伝わるようで、まだ伝えられなくて――
ふたりは、その曖昧さに少しだけ安心していた。
⸻
通話を終えたのは、夜の10時過ぎ。
「……また、話そうね」
「うん、また。」
通話が切れても、Reiはしばらくその場から動けなかった。
胸の奥が、ぽかぽかと熱い。
画面の通知を見る。
「Kuroがログアウトしました」
その文字に、なぜか小さくため息をついた。
(明日も、ちゃんとログインしてね)
言えなかった言葉を、心の中で繰り返した。
ついに、ふたりが「声」で繋がる第4章。
この章から、物語の雰囲気は明確に変わり始めます。
声の温度、間の感覚、照れと沈黙。
そうした繊細な感情の揺れが、これから何度もふたりの関係を動かしていきます。
次回は、現実世界で少しずつ“Rei”と“凛”の気配がリンクしていく、
すれ違いと伏線の章――どうぞお楽しみに。
――綾城 透夜