第二章「名前だけの関係」
名前しか知らない相手に、ふと心が動くとき。
それが“恋”だなんて思ってはいけないと、どこかでブレーキをかけながら。
でも、画面越しに届く声、チャットの返信、並んで戦ったあの夜が、
少しずつ自分の中の何かを変えていく――。
第二章では、ReiとKuroの関係が深まる一方で、
現実ではまだ名前も知らないすれ違いの日々が続きます。
“知らないまま、惹かれてしまう”
そんな繊細で危うい恋の始まりを、どうぞ見届けてください。
午後4時、放課後のチャイムが鳴ると同時に、凛はカバンを肩にかけた。
「今日、めっちゃ暑かったね……」
教室の窓際では、友達が団扇で風を送っている。
凛は会釈だけして、そのまま誰とも会話を交わさずに教室を後にした。
彼女はあまり目立たない。成績もそこそこ、部活もしていない。
でも、彼女にはひとつの“居場所”がある――あのゲームの中だ。
家に着くと、制服のままPCを立ち上げる。
ログイン画面に映る「WARZ:RELOAD」の文字。
自然と顔がゆるんで、口元がほころぶ。
(今日も、来てるかな……Kuroくん)
名前しか知らない。でも、その名前だけで、
彼女は一日を頑張れるくらいに、今の彼に支えられていた。
⸻
一方その頃、晴翔はコンビニで買ったアイスを食べながら帰宅していた。
「今日もやばかったな、部活……」
声を出してつぶやく癖は、ひとり暮らしを始めてからついた。
親は海外赴任。彼は今、ひとりで生活している。
家に着いて、スニーカーを脱ぐとそのまま椅子に腰を下ろし、モニターの電源を入れた。
(Rei、今日はいるかな……)
チャットはまだオフライン。
けれど、オンライン表示に変わるその瞬間が、晴翔にとってはちょっとした「救い」だった。
⸻
ログインした瞬間、ReiとKuroはいつものようにゲーム内で再会する。
『Kuro:やっほー、今日もよろしく』
『Rei:うん、めっちゃ楽しみにしてた』
短い挨拶。でも、Reiの胸の奥が、キュッと音を立てたように感じる。
一緒に潜る「デュオ戦」。戦いはスムーズで、二人の連携は日を追うごとに磨かれていく。
Kuroが前線で敵を引きつけ、Reiが援護射撃。
敵を倒すたびに画面の端でチャットが飛び交う。
『ナイス!』
『今のやばかったね笑』
ふたりだけの空間。
たった数分のバトルの中に、現実よりもずっと深い絆が育っていくような感覚があった。
でもその夜、Kuroがふとこんな言葉を打った。
『Reiって、どんな人なんだろ。』
それは、きっと何気ないひとこと。
だけど、Rei――凛の指が、キーボードの上で止まった。
『えっと……普通の高校生、だよ笑』
『そっか、なんか話してて落ち着くし、気が合うから』
――ありがとう。
そう返したかったけれど、凛は打てなかった。
気が合う。落ち着く。
それだけで、心の中に波紋が広がっていく。
(名前しか知らないのに、こんなに――)
心臓の音が、なぜかうるさく響いた。
第二章では、ReiとKuroの距離が一歩、また一歩と近づいていきました。
ただのゲーム仲間だったはずなのに、名前しか知らないはずなのに、
“気になる”という感情が、少しずつ確かになっていきます。
でも同時に、二人の現実はまだ交差していない。
名前の裏にある“本当の自分”を知られることへの不安と、
もっと知りたいという好奇心が交差し、静かな波のように心を揺らします。
次章では、ふたりの関係が一歩進み、
とあるきっかけで「声」を交わす瞬間が訪れます。
声を聞いたとき、何を感じるのか。
どうぞ、第三章も楽しみにお待ちください。
――綾城 透夜