第一章 「ReiとKuro」
これは、名前だけで恋をした、ふたりの物語。
現実では知らない誰か、でもゲームの中では唯一無二の相棒。
夏の陽射しのようにまぶしくて、でも触れれば消えてしまいそうな、
そんな「仮想と現実のあいだ」で揺れる恋のはじまり。
物語の舞台は、荒野行動のようなFPSゲーム『WARZ:RELOAD』と、
どこにでもある高校の教室。
匿名という仮面の下で、互いの素顔も知らないまま、
彼らは出会い、戦い、少しずつ惹かれていく。
たとえば――
名前しか知らない誰かに、心がときめいてしまったら?
そんな、甘くて切ない“仮想恋愛”を描いていきます。
放課後の教室は、まだ明るい窓辺の光をまとい、静謐な時間が流れていた。綾瀬凛は、ひっそりと鞄を閉じると、同級生たちが賑わう中も、どこか影のようにひっそりと歩き出す。彼女はいつも放課後、ひとりの時間を大切にする――その先には、待ち焦がれるもう一つの世界があった。
「今日も…Reiとして、戦場に向かおう」
凛は自室に戻ると、パソコンの電源を入れ、FPSゲーム『WARZ:RELOAD』にログインする。画面が一瞬ブラックアウトし、無数のエフェクトと共に、近未来の戦場が目の前に広がる。凛のアバター『Rei』は、洗練されたフルスナイパー装備に身を包み、灼熱の廃墟地帯「Desert Core」にたたずむ。
同じ頃、黒川晴翔――リアルではほとんど口数のないクラスメイトだが、ゲーム内では『Kuro』という名で知られた存在もまた、暗い装甲をまとい、慎重にマップ内を移動していた。晴翔は普段、誰とも深く関わろうとはしない。しかし、ゲームの中では、音のない連携と正確な判断で、いつの間にか凛との間に確かな絆が芽生えていたのだった。
《ミッション開始――「2人で敵陣中央のビーコンを奪取せよ」》
銃声と爆発音が響く中、Reiは狙撃ポイントへと素早く体勢を整える。一方、Kuroは前線へと突入し、敵の注意を引きつける。画面上のチャット欄に、Kuroの短いメッセージが流れる。
「2階建て。左の窓、スナイパー」
Reiは静かにカーソルを合わせ、引き金を引く。パンという音と共に、遠くの敵スナイパーが倒される。その瞬間、Kuroの画面にも小さな文字で「ナイス」が表示され、連携の妙が実感される。
戦闘が終わり、ミッション成功のリザルト画面が流れる中、Reiはふと心の奥で、Kuroに向けた感謝と尊敬の気持ちに気づく。だが同時に、彼女は自分の感情が、ただのゲームの中だけで終わってほしいとは思っていなかった。
《オンラインロビーにて》
Rei:「ありがと。カバーがなかったら、うまく行かなかった…」
Kuro:「そっちこそ。やっぱり、Reiはスナイパーとして冴えてる」
Reiは、一瞬ためらいながらも、画面越しに言葉を紡ぐ。
Rei:「……Reiって呼んで」
Kuroは静かに返事を返した。
Kuro:「もちろん。君のことを、これからもReiとして見たいから」
そのやりとりが終わると、Kuroは一言添えるように告げた。
Kuro:「また、明日もこの時間に、マッチしよう」
一方、凛の部屋では、ログアウトした直後の画面に映る時計が「15:53」を示していた。彼女は、何故か胸の中で微かに温かいものを感じながらも、ひとり静かに呟いた。
「Kuro……どんな人なのか、今はまだ想像でしかない。でも、その未知のままの姿が、私にはとても魅力的に映る」
そして、翌日の学校。教室の片隅に、スマホを手にした黒川晴翔がいる。彼は普段の無口な顔とは裏腹に、ささやかな笑みを浮かべながら、『WARZ:RELOAD』の通知を眺め、またあの仮想空間の中での自分と、凛との出会いを静かに思い返していた。
ここに、現実と仮想を行き来する二つの世界――
一方では、果敢に戦場で名を馳せるReiとKuro。
もう一方では、同じ学校に通う凛と晴翔が、ただ日常の中にそれぞれの孤独と夢を抱えている。
次第に、互いに意識しながらも知らず知らずに交差していく二つの世界。
その出会いはまだ始まったばかりだ。
そして、どこかでいつか、二つの心が重なり合う瞬間が、静かに、しかし確実に近づいていた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
第1章では、「出会い」をテーマに、ReiとKuro――
つまり凛と晴翔の、それぞれの現実と仮想の姿を対比させながら描きました。
ゲーム内では息の合ったバトルを展開しながらも、
現実ではまだ「名前すら知らない」ふたり。
けれど、このわずかなすれ違いが、
やがて大きな運命の糸となってふたりを結んでいきます。
今後の物語では、学校生活での伏線や
ボイスチャット、そして想いのすれ違いや気付きといった、
“リアルとオンラインが重なる瞬間”を丁寧に描いていく予定です。
彼らの関係がどう変わっていくのか――
そして、ふたりは「名前だけの関係」の先へ進むことができるのか。
ぜひ、次章も読んでいただけたら嬉しいです。
――綾城 透夜