Late night drive
ふぁぁぁ
気持ちよく目が覚める。
ふと時計に目をやると、午後3時。こんな時間まで昼寝をするつもりはなかったのに、つい寝すぎてしまった。先週の定期試験の疲れがじわりとにじみ出る。
窓の外を見れば、雲一つない快晴。まさにドライブ日和だ。そして今日は、大和とのバトル。どうやら、思いのほか早い段階で35GT-Rが戻ってきたらしい。
車の鍵を手に取り、窮屈な階段を軽く駆け下りる。
「じゃ、ちょっくら出かけてくるから。夕食はいらない。」
母親に適当なことを言って玄関を出る。
スマホでラインを開いて大和に電話を掛けてみた。
ーーーーープルルルル プルルルル プルルルルーーーーー。。。。。
何度コールしても応答はなく、夕日に照らされながらため息をつく。一向に出る気配がしない。外で電話を掛けてるのもなんなので車に乗り込んで、エンジンを掛ける。
プルルルル プルルルル プルルルルーーーー
またしても出ず。
ーーーなにしてんだよあいつ
再度かけてみる。
プルルルル ガシャ、
やっと電話に出た。今度は3秒くらいで出た。
「はいもしもし?」
「もしもしじゃねぇよ。さっさと電話に出ろ」
「はいは~い。すいませんでした~」
へらへらとした返事をされた。
「今日どこ集合だよ。」
「あー。一応どっかのサービスエリアにしようと思ってるんだけど」
「じゃあ大黒でいいかな」
「よし。決まり。」
たったの数秒という会話だったが、とりあえず、行き先は大黒パーキングエリアに決定。スマホの地図アプリに『大黒PA』と入力し、スマホホルダーにセットする。目的地までは、ちょうど1時間のドライブになりそうだ。
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紅い夕暮れの中、車を走らせること1時間、ついに大黒PAについた。ここは、いわゆるクルマ好きの聖地として知られ、平日にもかかわらず旧車から高級車まで多彩なマシンが集う場所だ。今日の集合場所にここを選んだのも、まぁ必然ってわけだ。
「駐車場、満車じゃないといいけど…」
入口付近で初代ホンダ・シビックを吹かしながら騒いでるグループを横目に見ながら駐車スペースを探す。最近のVTECはターボ化でサウンドが控えめになった分、昔みたいな熱狂的な連中も影を潜めた。こっちも負けじとV8のエンジンを吹かす。そんなことを少しやって回っていると売店の前の所に一つスペースが空いていた。場所が場所な分、ちゃんと外野が見えるようにバックで駐車するのを意識している。
車を降りるや否や、やんちゃな大学生風の若者たちがこちらへ歩み寄ってきた。自分の車はアメ車だからどうしてもこの日本では目立ってしまう。
「カマロ、かっこいいっすね。モデル、何なんすか?」
「ありがとう。5代目のZ/28なんだ。一応外装で言うんなら、純正との違いはボンネットをカーボンに変えてあるくらいかな。あ、あとマフラーは社外製に変えてるよ。」
車好きにとって、愛車を褒められる瞬間は何よりも嬉しいものだ。
若者達の相手をしてから大和を探しまわる。話によると近くにいるみたい。
他の車を眺めていると背後からその声は聞こえた。
「よお、鈴鹿!」
振り向くとそこには紫のパーカーとジーンズを履いたに大和がいた。
「やっと来たか。今日はどのルートで行くんだ?」
「どうだろう。思い切ってC1内回りでもいいよ。」
「いいねぇ。そういう度胸が欲しかったよ。合格。」
「はぁ?」
「さて、スタート地点はどこら辺がいいだろう。」
「とりあえず、まずは横羽線をずっと上って、浜崎分岐からスタートでどうだ?」
「わかった。フィニッシュは同じ浜崎までだ。浜崎分岐までは法定速度でお互いついてこれるようにしろよな。」
合格という言葉の意味は分からなかったがとりあえずC1内回りのレースに決まった。C1内回りのレースは、半径の小さいカーブが連続し、さらに高低差のある区間も存在するため、なかなかの難コースだ。少なくとも、このマッスルカーで内回り最速を狙うのは無謀に近い。タイヤのグリップが持たないだろう。
ハンドル操作をほんの少しでも誤れば、その先はあの世行き。それは大和のGT-Rでも同じことだ。
――それでも、俺たちはなぜか命知らずだった。たった18年ほどの人生なのに、その重みを感じることもなく、ためらいもなく、ただ速さを求める。
危うさと紙一重のこの感覚こそが、走りの使命というものなのだと思う。もちろん、この命を与えてくれた親には、感謝しているけどな。
時計を見ると、20時。まだ最適な時間まで2時間ほどある。とりあえず二人で“勝負飯”として売店の弁当を買って腹ごしらえすることにした。大和は牛筋弁当、俺はのり弁。
時間はたっぷりある。だからと言って、ただ待つのも退屈なので、弁当をちまちま食べながら時間を稼ぐしかない。
車の中で食べている間にも、次々と人が寄ってきて、写真を撮ったり、質問をしてきたり。ちらりと見渡せば、そのうちの2、3割は外国人らしい。どうやら最近、自動車を舞台にした映画が流行し、その影響で大黒が“クルマの聖地”として知られるようになったらしい。
突然大和が思い出したように話しかけてた。
「そういえば先週C1内回りで事故があったらしいぞ。木曜日だっけな。ほら、あそこよ。千代田トンネルの入り口。なんでも911ポルシェとシビックタイプRだとよ。」
「あらら。なんで。」
「詳しいことはわかんないんだけどね。どうやらシビックが左車線でポルシェが右を走ってたらしくてあそこのカーブをシビックが曲がり切れなかったらしいんだ。ほら、シビックってFFじゃん?だからアンダーステアで曲がれなかったらしい。そのままポルシェを壁にじわじわ寄せてドスーンよ。保険会社になんて説明するんだろうね。FFだから曲がれませんでしたてか?ハッハッハッハッハッハッ」
大和がケラケラ笑っている。こいつが前輪駆動車を毛嫌いしていることを忘れていたためか謎に隙を与えてしまった。
しばらく他愛のない会話をしてご飯を食べ終わると重い腰を上げて運転する準備に入る。大和もごみをまとめて車を降りた。
「それじゃよろしくな!」
ドンッ
思いのほか強くドアをしめてきた。
まぁそういうこともあるか。
エンジンをかけると、5千回転あたりまで空ぶかしを入れる。
ブロロロロォォォォーーーンーー ブロロロロン……
V8エンジンが低く唸り、胸の奥まで響くような重低音が辺りに轟く。そして、アクセルを踏み込むと同時に、その重厚なマシンがゆっくりとスタートラインへと進み出す。