人違いで連れてこられた挙句白い結婚を宣言された私はベランダから飛んだ
「ふんっ。貧相なお前を抱く気など起きない!そんな格好で俺を籠絡しようとしても無駄だ!お前のような女とは白い結婚にしかなり得ない。今後俺に相応しい女になったら考えてやらんでもない」
結婚したばかりの夫、ダニエル・ソーンダイク伯爵令息は扉を乱暴に閉めた。彼の隣には先ほど私の支度を整えた侍女。彼女は私を見下すように笑った。
「助かった……」
安堵から出た言葉。私は彼が結婚したと思っているサマンサ・アレッシボ伯爵令嬢ではない。
サマンサさんは川で溺れていたところを夫が泣きながら家に連れ帰った女性。この結婚を嫌がって出奔したものの、川に落ちたらしい。
泣きながら彼女を抱き抱えた夫が家の扉を開けると、出迎えたのは私。きれいな二度見をする夫。もちろん私も。彼女はまだ息があった。
発熱した彼女を必死に夫婦で看病した。なんとか山を越えた彼女のために果物を買いに出た私はアレッシボ伯爵家に無理矢理連れて行かれた。
「もうお前は何もするな!喋るな!逃げたらどうなるか分かっているな!」
整った身なりの男性に凄まれて頷くしかなかった。
私が連れて行かれたのは街中だったから、夫の耳にも入るだろう。
「教会よ!教会へ!」
誰かがそう叫ぶのが聞こえた。
さて、私はこの場から逃げたい。愛する夫の元へ帰りたい。顔が似ていたから仕方ないけど、とんでもないことに巻き込まれた。
まずはこの透け感のある服を着替えたい。これで外を歩くのは恥ずかしい。夫はこういうの好きかな?ふと疑問が湧く。
寝具を裂いて何とか体に巻いた。夜明けが近い。急がなくては。窓はベランダに続いていた。ベランダから下を見ると整えられた芝生。私は布団や枕をベランダから投げた。
柵を乗り越えて掴まったまま外側に立った。恐怖が過ぎる。夫の顔が浮かんだ。涙が込み上げる。心音が耳に響く。呼吸が荒い。息を止めて私はベランダから飛んだ。衝撃。痛い。
生きてる!足は折れていない。逃げなくては!
家の裏側に向かって暗い所を選んで走った。使用人が使っていると思われる扉が見えた。婚姻の夜で人手が足りないのか誰にも会わなかった。
私は教会へ向かって走った。この地域なら知っている。母と散歩したことがある。
教会が見えた。教会の前に誰かいる。夫だ!私は夫の胸に飛び込んだ。夫が私を抱きしめた。夫は泣いていた。
私たち三人は教会の手配で国境を越え、同じ宗派の教会で保護された。夫と二人、新しい命の誕生を待っている。