08. 不穏
前世でもシノアールは手紙を寄こして私にあれこれと指図していた。私もシノアールに逆らうことなんて一切なかったからそれにすべて従ってしまっていた。
今回も手紙が送られてくるのは想定内だけど、この同封されているペンダントは何かしら?前世ではこんなもの送られてきた記憶はない。
とにかく手紙を開いて読むしかないと思い手紙を読み進める。そこには簡単な挨拶と心にもない私への心配、そして私への指示が記されていた。しかしその指示は前世とは違ったものだった。前世ではここですでにソフィーリアを害せという命令を下していたはずだけれど…この手紙にはペンダントの裏側を押すように、という謎めいた指示があった。
一体どういうことか。そう思ってペンダントをよく見ると裏側にはボタンのようなものが見つけられた。
これがどういう意味を持つのかわからないけど押してみないことには何もわからない。そう思い、意を決してカチッという音とともにボタンを押す。しばらくすると…
「わぁっ!?」
あまりの驚きに思わず声がでた。
見るとそこにはペンダントの表側からホログラムのようなものでシノアールの姿が映し出されていた。
シノアールは気味の悪い薄ら笑いを浮かべながら嬉しそうにこちらを見ていた。
これは、魔道具だ。
「し、シノア兄さん…!?」
「メルティ、家を出て寂しく過ごしていなかったか?」
なぜこんな高価そうな魔道具を私に送ってきたのだろう。前世ではなかった展開に頭がついていかない。
「…いえ、今のところもてなしてもらっているわ。それよりこんなものまで送って…どうしたの?」
「どうかしたかって…?大切な妹を心配することがおかしなことか?」
あまりにも気味が悪い。その程度のことであのシノアールが私にこんなものを送ってくるはずないわ。またろくでもないことを考えているに違いない。
「ううん、心配してくれてありがとう。今のところ何事もなく過ごしているわ。」
できるだけシノアールの気に触れないように話す。
「そうか、それならよかったよ。そうそう、それとメルティに大事な用事を伝えたくて。」
…用事。そんなくだらない言い訳をするのね。
「何でしょう」
シノアールはにこりと嫌な笑みを浮かべる。途端に背筋がゾクリとした。
「そちらの公爵様には姉がいると聞いたが本当か?」
このくそ野郎、どうせそんなことはわかっていてわざと尋ねている。
「はい、今日ご挨拶もさせていただいたけど…その方がどうしたの?」
「今度から、その方の食事にクドクソウを混ぜてお出ししてくれないか。」
「く、クドクソウ…?けどあの薬草は何も混ぜずに単体で食材に混ぜてしまうと身体に非常に毒になるわ…!」
前回は何も言わずシノアールの頼みにただ是と答え、ソフィーリアをクドクソウの毒で殺害した。しかし、そんなわけにはいかない。
「メルティ?いつも私の頼みには疑問など抱いていなかっただろう…?大丈夫、私が今まで行ってきたことで間違ったことなんてただの一つもなかっただろう。とにかくクドクソウを入れるんだ。わかったか?」
シノアールは私を諭すように声をかけてくる。
バカなの、もう騙されたりしないんだから。
「うん、わかったわ。疑ってごめん。」
「そう、いい子だ。じゃあまた連絡を寄こすよ。よろしくね。」
それだけ言うとシノアールを映していたホログラムは散るように消えた。
もちろんこんな命令に従うわけはないけれど、表面上だけでも従順な態度をとっていないと怪しまれてしまって本末転倒だ。
シノアールとの通信を切った後に私は深く息を吐きながらソファに腰を沈めた。
はぁ、でもソフィーリアの体調が崩れていないとシノアールに漏れる恐れがある。だけど用心深いシノアールのことだからどうせ前世でも今回でも巧妙にシャルロット家のスパイを公爵家に忍ばせているはずだ。すぐにソフィーリアの状態が伝わるだろう。
「どうしたものか…。」
とりあえず私に今できることはソフィーリアの体調を気遣いつつ、シノアールが忍ばせたスパイを見つけることね。そのためにはもっとソフィーリアと仲を深める必要がある。
そうしてこれからの計画について考えているうちに一日が過ぎていった。
私が公爵家に嫁いできてから約一週間がたった。
あれから私はとにかくソフィーリアとどのようにして仲を深めるかを思案していた。ここ一週間はとりあえず毎日挨拶をするために軽く部屋を訪れていたけれど思うようにソフィーリアは心を開いてくれていないようだった。私がソフィーリアの部屋を訪ねると少し困ったような顔をして対応していた。
まぁ友好国というわけでもない国から自国に悪名高い女が嫁いでくるなんて警戒しないほうがおかしいものね。だけどどれだけ警戒されても足繫く通うくらいしか私に選択肢はない。
いつも同じだと形式化しちゃうから今日はお茶に誘ってみるつもりだ。
いつものように朝起きて支度をし、朝食を済ませてからソフィーリアの部屋へ向かっていると思わぬ人に遭遇した。
「おはようございます、リアム様。」
いつもはこんなところで出会わないけれど何か早朝からの用事があったのか。
公爵はこちらにちらりと目をやると顔色一つ変えず返した。
「あぁ…。」
あぁって、それだけ!?しかもなんでこんなところにいるのよ。いつもはこんなところを歩いているような様子はない。どうして今日は急に現れたのだろう。
もしこの人の影響でソフィーリアに拒否されたらどうしてくれるのよ!!
とにかく邪魔だけされないように気をつけておかないと。
「…最近よくソフィーリアの部屋を訪ねているらしいな。」
えぇ?急に何なのよ。
「はい、毎日ご挨拶に伺わせていただいています。今日は趣向を変えて茶会に誘ってみるつもりです。何かありましたか?」
「いや、何もない。ただ少しソフィーの様子を確認しようと思ってな。」
なんだ、単なる姉の心配…?
「でしたら一緒にソフィーリア様のお部屋に行かれますか?」
「ああ。」
そんな短い返事を返して公爵は歩き出した。ついていっていいということだろう。
ソフィーリアの部屋まであと少しというところでいつもと雰囲気が違う気がした。なんだか嫌な予感がする。公爵も怪訝な顔をしている。
「少し部屋の周辺が騒々しいな。」
そう、なんだか使用人たちがせわしなく動いていた。
すると一人の使用人がこちらに気が付き、焦ったように近づいてきた。
「公爵様、お嬢様のご容態が…!」
「なんだと…?」
公爵は足早にソフィーリアの部屋へ向かう。私も公爵の後に続く。
どうしてソフィーリアの体調が悪くなったのだろう。私は今回ソフィーリアに対して何も行動を起こしていない。なのにソフィーリアの体調は優れなくなった。何かおかしい。
部屋に入るとソフィーリアはベッドの上でぐったりしており、複数の使用人が必死に処置しようとしていた。公爵はベッドのそばによるとソフィーリアに話しかけていた。
「ソフィー、無事か?いったい何が原因でこうなったかわかるか?」
ソフィーリアは公爵が来たことに気づくと虚ろな目で公爵と私を見た。
「リアム、来ていたのですね…。それにメルティさんも…、こんな状態で申し訳ないわ。」
ソフィーリアは困ったように弱弱しく笑った。
「とんでもないことです。それよりお身体は大丈夫ですか?」
「ええ、心当たりはないのだけれど…。」
部屋に不穏な空気が流れる。
この場所でもっとも妖しいのはどう考えても私だ。
悔しいけど私がきて一週間程度でソフィーリアは謎の体調不良に見舞われている。こんなに疑わしい状況はない。明らかに周りの私に対する目が疑いで揺れている。悔しい、否定したところでまだ来たばかりの私の言葉を信用する人間はここにはいない。
「とにかく調査を進めるように。医者を呼んで原因を突き止めさせろ。変に憶測を広めないようにしろ。」
「はい、かしこまりました。」
公爵はそういうと颯爽とソフィーリアの部屋を出ていった。
まずい、この状況はいつ私に嫌疑がかかってもおかしくない。弁明したいけど下手なことをいうと余計に立場が悪くなってしまう。
「ソフィーリア様、どうかお大事になさってください。」
ソフィーリアに一声かけて私もすぐに部屋へ戻る。これからどうしたものだろうか…。