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04. 残すべきもの


 訓練場を去ったその足でそのままある部屋に向かう。

 扉の前につくと軽くノックをする。

 「エディー、いるかしら?」

 

 そう、エディーの部屋に来ていた。私の声にいつもならすぐに返事が返ってくるのにどれだけ待っても返事が返ってこないのをみると外出しているのかしら。そんなことを考えていると近くを通った侍女からエディーが少し前に部屋から出たことを聞いた。

 「何処へ行ったのかわかる?」

 「申し訳ございません。そこまでは…」

 「そう、わかったわ。」


 エディーはいい子だから大体出かけるときには侍女や使用人に行先を伝えてから出かける。だけどたまに何も言わずに出かけてしまうことがある。それは決まってある部屋を訪ねる時だった。

 「またあそこへ行ったのね。」



でも丁度よかった、私もエディーに会う以外にそこにも行く必要があったから。


 私はすぐにエディーがいるであろう()()()の部屋に向かう。

 お母様の部屋につくと案の定、扉の前でエディーが立っているのが見えた。

 「エディー。」

 「ね、姉様!!」

 エディーはまさか私がここに来るとは思っていなかったようで目を見開いて驚いた。それから何とも言えないような気まずそうな顔をした。この屋敷では今はもうお母様の存在は空気として扱われている。誰も干渉することはなく、部屋に入るのもお世話係の侍女のみ。それはこの家の長であるお父様がそのような態度をとっているため自然とそうなっているのだ。シノアールは自身に利用価値のある者にしか興味を示さないし、リリアンは家内のことには関わるまいとしている。

 ただ、エディーだけは違った。

 エディーは幼さゆえなのか、頻繁にお母様に会いたがった。そして誰かにそのようなことを話すと反対されてしまうからいつからか黙って一人でここを訪れるようになっていた。私はこの事実を知っていたけれどエディーにはまだ母親の存在が必要だと感じていたから見ないふりをしていた。だからまさかこんな場面を見られるなんて夢にも思っていなかったのだろう。



 「姉様、これは…。」

 「気にしないで、誰にも言ったりしないから。それより入らないの?エディーが入らないなら私が入るわよ。」

 「え…?」

 驚くエディーを横目に扉をノックする。

 「お母様、入ってもいいでしょうか?」


 部屋から返事は返ってこない。

 私は扉に手をかけ躊躇なく開いた。普通に考えれば無礼すぎる行動だけど、どうせもうすぐこの屋敷を去る私には関係ない。私が部屋に入るのを見るとエディーは私に続いて恐る恐る部屋に入った。

 部屋に足を踏み入れるとそこには薬草の香りが立ち込めていた。換気もまともにしていないのね。本当に酷い扱いだわ。お世話係にすら舐めた態度をとられている。私はそんな状態に吐き気を催して部屋の窓を全開にした。ベッドに横たわっているお母様の顔色はすこぶる悪い。薄い瞼が綺麗に閉じられている。窓を開け放ったことによって気持ちいい風が吹き抜けた。その感覚のおかげかお母様の瞼がゆっくりと開かれた。


 「メ、ルティ…?」

 お母様は私がこの部屋にいるということが信じられないという風な顔をした。

 「お母様、お久しぶりですね。」

 「メルティ…あなた、また一段と綺麗になったのね…。」

 お母様の弱弱しい声が部屋に響いた。エディーは私の隣でお母様を痛々しそうに見ていた。

 「お母様、今日は報告と…そして挨拶に参ったのです。」

 「挨…拶…。」


 その言葉で何かを察したのかお母様の顔が暗くなる。

 「私、ハウリット帝国のクロエト公爵に嫁ぐことになりました。」

 私の言葉にお母様の顔色はさっきよりも悪くなったような気がした。

 「そう、なの…。」

 

 クロエト公爵の悪い噂はお母様がまだ元気だった頃から有名だった。お母様も知らないはずがない。お母様の心情からしてみれば、まだまともな貴族の子息に嫁いでいくほうが幾分かマシだっただろう。

 「あなたの意志なの…?」

 「まさか。だけどこればかりはどうしようもないでしょう。誰もお父様の決定を覆すことなんてできないもの。」

 私が吐き捨てるように言うとお母様は申し訳なさそうな顔をした。

 「ごめんなさいね…。」

 何に対する謝罪なのかしら。私を産んだこと?それともあんな人間と結婚してしまったこと?あんな人間と結婚したのはあなたなのに野放しにしていること?母親という立場にありながらなんの力も持ち得ないこと?あなたに問うべき罪がありすぎてわからないわね。

 「私はもうすぐここを去るのでエディーをお願いします。」

 「え…?」

 私がここを去ればまともにエディーを守ってくれる人がいなくなってしまう。お父様は家の利益しか考えていないし、シノアールは論外。リリアン兄さんは何かあれば全力でエディーを守ってくれるだろうが、逆に言えば何か起こるまでは変に鈍いところがあるから気づきすらしないだろう。その点、エディーはお母様を信頼しているし話しやすいことも多いだろう。お母様は今は床に臥せているけれど、現役の時にはお父様をも凌ぐほどの権力と実力を兼ね備えていた。そんなお母様がどうして急に病床に伏すことになったのかもまだよくわかっていない。


 まだ私の言葉の真意がよくわからないという顔をしているお母様とエディーにどうか届きますようにと願う。

 「エディーを守ることができるのはお母様だけです。後は頼みます。」

 それだけ言って部屋を去ろうとした私をお母様は呼び止めた。

 「メルティ…!元気でね…私が言えたことじゃないけれど、身体に気を付けて。」

 「…はい、お母様もどうかお元気で。」

 振り返る間際、お母様の目が潤んでいるように見えたのは私の勘違いだろう。



 とりあえず伝えるべきことは伝えられた。そう安堵しながら歩いていると後ろからパタパタと走ってこちらを追いかけてくる足音がした。

 「姉様…!」

 「あらエディー、お母様とお話しするためにあそこへ行ったのでしょう?もうよかったの?」

 「うん、それよりどうしてあんなことを言ったの?」


 ああ、さっきの意味深な発言のことを言っているのかしら。

 「あれはこれからのあなたを案じてのことなの。不快に感じたなら謝るわ。」

 というのも前世では私が向こうに嫁いでから全くと言っていいほどエディーの話を聞かなくなったから、もしかするとエディーには私が嫁いでしまうことで何か良くない影響があるのかもしれないと危惧したからあんなことを言ったのだ。


 「違う…。どうしてもう会えないような口ぶりで話すのですか?」

 ん…?あ、まさか内容の話ではなかったのね。

 「私はもう嫁いでしまう身なの。気軽に会うことは難しくなるわ。」

 「でも僕たち家族なんだよね…?それでも会えないの?」

 エディーの目が不安げに揺れている。


 「ごめんね、本当ならもっとたくさんエディーのことを支えてあげたかったわ。だけどできないの。残念ながら私が嫁ぐのがあのクロエト公爵だから当分、それどころかもう会えない可能性もあるの。」


 そうだ、エディーにあれを渡すためにエディーを探していたんだった。お母様に会ってすっかり忘れていた。

 「そうだ、エディー。渡したいものがあるの。少しだけ私の部屋に来てくれる?」

 「うん、行く。」


 エディーは不思議なほど即答した。二人で部屋に来ると私はしっかりと扉の鍵まで閉めた。

 「さあ、こっちへ来て。」

 私の呼びかけに不思議そうに私の金庫の前に来るエディー。

 そして私はそのまだ小さな手に小切手を手渡した。

 「これは…?」

 不思議そうにその紙切れを見つめるエディーは本当にかわいい。この屋敷で唯一優しくてきれいな心を持つエディー。


 「それはね、私の所有する全財産よ。」

 私の言葉に目を見開いたエディー。

 「なっ…なにそれ!?そんなの受け取れない!!!」

 エディーはその手に握った紙切れをこちらに押し返してくる。


 「エディー、私からの最後のお願いよ。受け取って頂戴?」

 意味があるかは不明だが精一杯目を潤めてみた。

 「どうして…。」

 エディーは困惑しているようだった。


 「エディー、お母様にはああ言ったけれど本当にあなたを守ることができるのはあなた自身なの。そして意外と大抵のことはお金で何とかなったりするのよ。お金はたくさんあって損することはないわ。もしどうしても受け取れないというのなら使わなくていいから私の形見だと思って持っていてくれると嬉しいわ。」

 「だけど、姉様のお金が無くなっちゃう。」

 「いいのよ、どうせお父様は向こうに嫁ぐときには持参金をくれるはずよ。それにクロエト公爵も私のことを無下にできないわ、たぶん。一応他国の貴族なわけだから多少はもてなしてくれるわ。だから気にしないで、私は嫁ぐことに不満はないけれど唯一あなたが心残りなの、エディー。」


 エディーは複雑そうな顔をしつつも渋々といった風に受け取ってくれた。


 「…わかった。受け取っておく、だけどその代わりに約束して!また会ってくれるって!」


 正直それは到底難しい話だ。だけど、今ここでつくエディーのための優しさゆえの嘘を許してほしい。

 「もちろんよ。次会った時にはエディーがさらに成長しているのを楽しみにしているわ。」


 そんなこんなで私が屋敷を去る前にすべきことは大方終わったのだった。



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