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03. 未来を変えるための一歩


 私の婚約の話が決まった次の日から屋敷内はバタバタとしていた。これは過去でも同じような状態だった。ただでさえ他国の公爵家に嫁ぐというのに、その相手があの傍若無人で冷酷という噂で有名なクロエト公爵なのだ。こちらも念入りな準備が必要だと考えるのが普通だ。

 そんな中、私一人だけは周りの様子と違っていた。というのも私は過去、シノアールの言いなりになって周りの人間に傲岸不遜な態度をとり、誰からも恐れられ忌み嫌われる人間だった。そのせいで結果的にクロエト公爵にも殺されてしまうことになる。


 だけどもし、過去を今からでも変えられるというなら私の死亡エンドももしかしたら変えられるかもしれないと考えたのだ。つまり、以前のようにシノアールの操り人形にならなければ名声を落とさずにクロエト公爵とも良好な仲で過ごすことができるかもしれないのだ。

 そう考え付いた私はとにかくこれからクロエト公爵に嫁ぐまではとりあえずこの屋敷での振る舞いを改めることにした。使用人たちにはこれまで以上に丁寧に接し、積極的に交流するようになった。


 ノック音が部屋に響く。

 「お嬢様、ティータイムのためお茶とスイーツを持ってまいりました。」

 「いただくわ、入って頂戴。」


 静かに扉が開かれ、侍女がティートローリーを運んでくる。

 「今日もテラスでくつろがれますか?」

 私はいつもティータイムには部屋についているテラスで外を眺めながら過ごしていた。そのため侍女たちは自然とティーセットをテラス席に運んでくれるようになった。

 「えぇ、そうするわ。いつもありがとう。」

 私が軽くお礼を言うと侍女はとても驚いたような表情をした。当たり前だ、今までの私はこんな些細なことで感謝するようなことはなかったから。むしろ過去の私なら『言わずとも察しなさい。』とさえ言ったかもしれない。

 「と、とんでもないことでございます。ではこちらに準備いたします。」


 最近こんな態度を取り始めたせいで屋敷内は変な噂であふれかえっているらしい。お嬢様はクロエト公爵に嫁ぐことになって傷心されているだとか、自暴自棄になっているだとか。もちろんそんなわけはないのだが、特別否定する必要性も感じないため放置している。どうせもうすぐこの屋敷からも去ることになるのだから気にする必要はない。


 侍女がテラス席にティーセットを置き終わるのを確認してテラスの椅子に腰かける。座った瞬間、ふんわりと沈む椅子に懐かしさを覚えた。過去ではクロエト公爵に嫁いでからはこんな風にゆったりと紅茶を楽しむ時間も余裕もなかったから。侍女が入れた紅茶からはとてもいい香りがしていた。カップとソーサーを持ち上げて紅茶の香りを楽しむ。


 「とてもいい香りだわ。淹れるのが上手なのね。」

 

 私の言葉に、傍で控えていた侍女は顔を赤くして頭を下げた。

「ありがとうございます!身に余るお言葉です。」

 相当嬉しかったのか肩が少し震えている。

 

 香りを十分に楽しんでからカップを口元へ運んだ。紅茶を口にするとフルーティーな香りが鼻を抜けた。一口飲んだだけでもとても美味しい茶葉を用意してくれたことがうかがえる。お茶請けとして用意してくれていたクリームケーキを一口食べるととても甘くて疲れがスーッと消えていくような感じがした。なんて贅沢なんだろう、今になるとこんな日常がありがたいと感じる。私はこれからどんな身の振り方をしていけばいいだろう。そんなことをぐるぐる考えているといつの間にか紅茶を飲み干してしまっていた。


 うーん、このまま考えていても埒が明かない気がする。少しその辺を散歩してみよう。

 「少し散歩してくるわ。」

 「それでしたら護衛を付き添わせます。」

 「いいえ、その必要はないわ。ほんの少し歩いて来るだけだから。」

 「い、いえ…しかし…」


 おかしいわね、侍女ごときが普段ここまで私に口を挟んでくることはない。これは驕り高ぶっているわけではなく、雇い主と雇われの身という関係から必然なことだ。ここまで言ってくるのには理由がある。


 …お父様ね。

 おそらく私がクロエト公爵との婚約を前にして逃げ出すことを危惧しているのね。そんな度胸私にあるはずがないのに。無駄な心配を。

 シノアールの可能性も浮かんだけど瞬時にそれはないなと直感した。だって()()()()シノアールが私に監視をつける必要はないもの。むしろシノアールからしてみれば私が結婚を目前にして逃亡してくれたほうが都合がいいと感じるだろうから。たとえ逃亡したところでシノアールはあらゆる手を使って見つけだすことができるだろうし、そうなれば私に結婚をさせずに済むため再びシノアールの操り人形にできるから。



 お父様はこの家の長であるから私の言葉よりもお父様の指示に従おうとしているのね。…正しい判断だわ。


 「お父様に伝えてくれる?…そんなに心配せずとも私は無事に私の務めを果たす、とね。」


 侍女は心底驚いた顔をした。

 「ど、どうしてそれを…?」


 驚いている侍女をよそに私は自室を後にした。

 


 特に行先があったわけではないがしばらく歩き続け、気づいたら騎士たちの訓練場にたどり着いていた。そこでは騎士の中にリリアン兄さんが混じっていた。リリアン兄さんは騎士の指揮を執っているようだった。

 今日が兄さんが訓練指導の日なのね。


 じっと見ているとリリアン兄さんはこちらに気づいたようで、騎士たちに何か声をかけるとこちらに歩いてきた。

 「メルティ、珍しいなこんなところに来るなんて。どうかしたのか?」

 相変わらずリリアン兄さんは公爵家の次男とは思えないほど粗雑な態度をとっている。こういう姿を見ていると公爵家を継ぐ気はさらさらないのだと改めて感じる。今もあっちーなんて言いながら服を仰いでいる。

 

 「少し考え事をしていて、気づいたらここに来てしまっていただけよ。」

 リリアン兄さんはぽかんと効果音が付きそうな顔をしていた。

 「お前大丈夫なのかぁ?なんだか最近は変な話も聞くしよぉ。」


 これは予想外だった。まさか私の様子がおかしいという噂がリリアン兄さんにまで届いているとは。屋敷内で相当噂が回っているらしい。


 「まさか心配してくれているの?」

 「あ?まぁ心配ていうか…急に他国の貴族と結婚なんて受け入れられなくて当然だろ。気持ちの整理なんて出来っこねぇだろ。」


 リリアン兄さん…。この人は真っ直ぐすぎて憎めないんだよね。こんな性格だから騎士からはそれはもう人気だし、逆にひねくれた人からは反感を買いがちなのだ。


 「兄さん、私はそんなにこの婚約に嫌悪感を抱いていないわ。家にとってはそんなに悪い話でもないでしょ?他国との繋がりを深く持てるから皇室からの信頼は更に厚くなるわ。」

 「家にとってはって…そういうことをいってんじゃねーよ。」


リリアン兄さんは実は優しい、真っ直ぐ故の優しさを持ってる。だけど家のことに関心がなさすぎる。それ故にシノアールの本性にも気づくことができない。もしリリアン兄さんがシノアールが裏で行っているあらゆる行いを知ったらどうなることだろうか。きっとその時はこのシャルロット家がすべて崩壊していく瞬間だろう。それはそれで面白そう…なんて。


 「わかっているわ、兄さんが言いたいことは。でも私は本当に大丈夫。噂も全てただのデマよ。そんな信憑性の欠片もない噂に騙されるなんて…ふふっ。リリアン兄さんって意外とバカなのね。」

 「っはぁぁ!?てめっ、メルティ!!!おめぇバカにしてるだろ!?…ったく、心配してやってんのによ。」

 「うん、ありがとう。私は向こうでも頑張るわ。兄さん、家のことは気にせずにずっと自由気ままに生きていってね。どうせ騎士にでもなるんでしょ。」



 リリアン兄さんは少し言葉を詰まらせた。

 「…んだよ、これで最後みたいなこと言うなよ。」



 そう、実際に過去ではクロエト公爵に嫁いでから死ぬまでリリアン兄さんに会うことはなかった。



 いや、正確に言うとシノアール以外の家族とは会えなかった。


 「じゃあ訓練頑張ってね。家を出ていく日くらいは見送りに来てよ。」

 「ま、仕方ねぇから行ってやるよ。」



 リリアン兄さんとの話を終え、また歩き出す。

 やっぱり私がここを去る前にするべきことはまだある。リリアン兄さんと話していて思い出したことだ。あとはこれさえ終えればここをほとんど悔いなく去れるだろう。



 そう考えた私は足早に目的地へと向かうことにした。



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