00. プロローグ
「私を殺されるのですか?」
私の前に立つ男は持っている剣の先を私の喉元に向けている。その顔には私に親でも殺されたかのような憎悪が滲んでいる。私の問いに答えることはなく、ただただ私から目をそらさずにたたずんでいる。
「私を殺されると、国家間で戦争が起こりますよ。」
「…そんなことは承知の上だ。」
その回答は暗に私を殺すのかという質問にyesと答えているのと同じだ。
やはり私はここで殺されてしまうのか。だけどそれも仕方がない、それほど私は自分が生き残るために多くの人間を排除してきたのだ。
この事実に私は少しの恐怖とともに大きな安堵を感じていた。やっとあの地獄から抜け出せるのだ。あの生き地獄でこれからも生きていくくらいならいっそのこと悪名高い令嬢として仮にも夫であるこの男に殺されるほうが幾分かましだろう。
「躊躇っておられるのですか?」
喉元に剣先を突き付けたまま動かない男。夫婦と言っても所詮は偽りの夫婦であった私たちの間に特別な感情などは存在しない。躊躇う理由なんてないはずなのに何が彼の手を止めているのか。
「やるなら一息でやってください。私も恐怖心がないわけではありませんの。」
「…何か言い残すことはあるか?」
「…」
ここで何かを言い残したとして何になるというの。どうせ死ぬ運命。家族のために何かを残す?そんなことしたところで死んでまで嫌味ごとを言われるにきまっている。もういいの。
「まさか。何もないです。それに今更何を言っても信じてもらえないでしょうから。」
自嘲気味につぶやいた。
彼は何かを言いたげに口を開きかけたが、その口から言葉がでてくることはなかった。彼は腕を大きく振り上げた。上に上がった立派な剣の切っ先は光に照らされきらりと光った。
ああ、神様。どうして私にはこのような残酷で非情な人生をお与えになったのですか。私の人生には希望どころか光の一筋すら見えなかった。
男が力のままに腕を振り下ろすと私の意識はそこでぷつりと途切れ、その瞬間に不思議な独り言が聞こえた気がした。
「お前は一体…。」