八話 戦術考察
「ストラト。後宮の人の出入りってどうなってるんだ?」
「陛下と奥方となる方々及びその使用人。といったところでしょうか。一応、私も侍従長という立場上立ち入ることができますが、あまり好ましくはありませんな。現状では、全く問題ありませんが」
まあ、人が居ないのに立ち入り禁止というのも可笑しな話だしな。
「親族の面会とかは?」
「後宮への立ち入りはできませんから言伝か手紙で招待、という形になりましょうか。入ることはできずとも、出てきてもらうことはできますからな」
「ということは、後宮の中なら基本的には何をやってもばれない?」
「許可を持たぬものが侵入すると、警報が作動しますので」
「ある程度は信頼していい安全性はあるわけだ」
「然様でございます」
深夜、後宮の一角。
国王の寝室と、それに付属する居住空間の一室である安楽室での会話だ。
いや、悪の密談と言ったほうがより情景としては正しいかもしれない。まあ、事実として国家転覆の算段をしているのだから間違いではない。
「なら、後宮を革命本部ということにするか」
「革命……とは、また重々しい響きですな」
どちらからいえば、ストラトも為政者の立場だ。だからこそ、不穏にも聞こえるだろう。
「王が革命主導、ってのも変な話だけどな。
後宮なら、何百人って人間を置いてもおかしくはない場所だ。打ってつけの場所だろう。
ただ、僕の風聞は地の底に落ちるだろうけど。それは必要な犠牲と思って諦めよう」
正直、苦渋の決断だ。
…どんな風に噂されるのかと思うと、今から胃が痛い思いだ。
しかし、今はそんなことに構っていられないのだ。他に手段がない以上、やるしかない。
「ともかく、寵愛という名目で人材を後宮に呼んで人間を見る。…ファーストコンタクトは最悪だが、仕方ないことだろう。最悪、後宮に監禁ということになるが…我慢してもらおう」
「本気ですか」
半ば、独白になりかけていた言葉を、ストラトが拾う。
本気を疑うのも無理はない。片端から妾にしてしまおうと言っているのだ、僕は。無論、それは名目だけで手を出すつもりなど毛頭ない。それどころか、どれだけの人間が僕が国王だということを知っているのだろうか。召喚されて以来、後宮と執務室の間を行ったり来たりしているだけ。名前を知っているものなど、片手で足りる。そんな形だけの国王の招聘に誰が応えるのか、という疑念もあるがこの際、それも相手の反応を見るということで判断材料の一つにしてみてもよい。と考えている。
とにもかくにも、後宮に人を呼びつけなければ会話もおちおちできないのだ。あまりにも楽観的に過ぎる甘い考えではあるが、もとより無理のある話なのだ。運便りにもなろうというものだ。
「後宮には秘密の抜け道ってあるよな?」
「ございますとも」
「では、そこを外部との連絡通路にしよう。仲間内を固めたら、城外でも抵抗勢力を組織して動いてもらうことにする」
「そう上手くいきますかな…」
「せめて、都合のいいことでも考えないとやってられない」
頭の痛い話だ。
自分で考えた事ながら、お粗末過ぎて涙が出てくる。素人目に見ても、穴だらけ、綱渡りの連続だ。こんな杜撰な計画に命を掛けなければならないというのならば、国王という立場を利用して短い夢を見ているほうが幸せかもしれない。例えば男の浪漫、ハーレムだとか。
「陛下」
意思疎通のペンダントはそんなネガティブな思考も伝達してしまうが、それを自制しようとも思わなかった。
自棄になっているのが、自分でも分かる。午後の訓練は一人になるべきではなかったかもしれない。多分、どこかで軽く考えていたのだ。遥か未来の知識を有しているというだけで、慢心していた。どこの世界だろうが、僕は僕以上の存在ではないというのに。
自分の弱さを自覚するだけで暗澹たる思いが膨らんでいく。
「分かってる、大丈夫」
疲れているせいだ。
身体が弱っているときは心も弱気になる。
そういうことにして、気持ちを少しだけ前向きに。
「もう休む。ありがとう、ストラト」
「…失礼いたします」
何かを言いたそうだったが、結局は何も言わずストラトは一礼して出て行った。
広い後宮に一人、ちっぽけな僕だけがぽつんと在る。世界一情けない王であることはほぼ間違いない。そんな情けない空想で自分を嘲笑って、寝室へ向かう。
豪華なダブルサイズのベッドは疲れた身体を優しく包んでくれる。何も考えずに、今は眠ろう。
前回と今回、ちょっと暗い感じです。
…本分書いてるときに聞いてた音楽がマズかったか(汗)