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七話 生涯スポーツ?

鋭いご指摘の感想を頂戴いたしました。

そのこともしっかり胸に留め置き、書いていきたいと思います。

 

 重い。

 シャレにならないくらいに重い。

 と、思っていたのだが。存外そんなこともない。

 なにがかというと、15kgほどのチェインメイルだ。鞄や手荷物でいう15kgは大変だが、全身にかかる15kgはそれほど重くは感じない。背負い鞄のようにベルトが食い込むわけでもなく、手提げ鞄のように指が痛くなることも無い。

 両肩にしっかりと載り、二の腕を隠すほどの袖と、腰までの裾のある鉄環の塊は思ったほどには身体の動きを阻害しない。

 が、それは日常生活での話。

 歩く程度の運動ならともかく、走るだとか、跳ぶだとか、そんな動きをしようものならそれは唐突に存在感を主張してくる。それに、近衛副長直々に持ってきてくれた木剣。これがまた重い代物なのだ。見た目こそただの木の棒だが、鉄芯が入っていてズシリと重い。実際の剣より重く、これで普段から鍛えているということなのだろう。剣先から柄尻まで全体で1m弱。剣としては標準的な長さだ。

 ここでちょっと小話。実際には、剣というのはあまり使われないのだそうだ。主役は槍で、剣は副兵装に過ぎないのだとか。しかも、その剣にしても長剣などではなくて比較的短い、刃渡り70cmほどのものが用いられるそうだ。長剣は普段から携行する分には手頃なだけだそうだ。とはヴェルド・ブランデン卿が教えてくれたことだが。


「いちっ、にっ、さんっ、しっ!」


 踏み込んで上段から振り下ろし、足を引いては振り上げる。

 高校生だったころに、授業でやった剣道の動きを思い出しながらやってみるが、足と腕がどうにも合わない。剣筋もすぐにブレるし、息も上がる。誰も見ていないのが救いだ。…裏返せば、誰にも教えを乞うことができない、ということでもあるのだが。

 この城の主であるはずながら、僕の歩き回れる場所は少ない。

 勉強部屋扱いの執務室と、後宮に設けられた寝室。その付近だけだ。寝室のすぐ隣に、食堂はもとより、専用の湯殿まで設けられていて、ほぼ完結した生活空間が存在しており、徹底的に行動範囲を狭めるような配置が成されている。…多分、これは本来多忙である国王に無駄な時間を使わせないように、という配慮なのだろうけれど、少しそれを恨めしく思う。後宮と執務室はほぼダイレクトに繋がっているために迷いようがない。後宮はストラトの管轄なので思う存分、彷徨うことが出来るだろうが予算と人員削減の関係から、人員が皆無であり、また手入れも行き届いていない。求める人材との出会いはなさそうだ。まあ、それはおいおい改善されていくことだろう。再び王が現れたことで、ストラトの本来の仕事も復活。今頃は人集めに奔走していることだろう。じきに後宮ここも賑やかになる。――って、それはないか。

 後宮といえば、王の妃や妾やら愛人やらを囲う大奥だ。

 前国王が亡くなってからは無人であるにしても、ドロドロの負の感情が渦巻く女の戦場。…いささか、誇張が過ぎるかもしれないが。古代中国では、後宮には男は立ち入ることすら許されなかったという。


「いちっ、にっ、さんっ…!」


 息が続かない。

 腕がパンパンに張っているような感じがする。

 …やる気を出して、とりあえず形から入ってはみたがこれが厳しい。

 実際に使う剣より重く作られているそれを、いきなり振っているのだから当然か。10分もしないうちに腕が上がらなくなってしまう。


「ぜーっ、ぜーっ…!」


 不甲斐ないことだとは思う。情けないことだとも思う。普段から鍛えていないのだから仕方の無いことだとは理解しているのだけれど。床にへたりこんで荒い息を吐く。


「普段から…っ、鍛えて…っ、おくべきだったっ」


 後悔は先に立たず。

 その言葉の正しさを身を以って証明して、悪態を吐く。

 物語の中の主人公たちが羨ましい。少なくとも、彼らは異世界に来てこんな思いだけはしなかっただろうから。華々しく、そして雄々しく戦う彼らに憧れた。そして、今は僕も彼らと同じ異世界に召喚された者だというのに、この落差はなんだ。

 …やめよう。無意味な嫉妬だ。


 再び立ち上がって、木剣を握る。

 逃げることは簡単だ。別に、剣が振れないからといって困りはしない。

 僕は王だ。お披露目も、戴冠式も経ずに形だけの王だ。剣が扱えないからなんだというのだ。

 しかし、そうではない。ここはもうすでに逃げ出した先なのだ。もう、後が無い。

 国民が蜂起すれば、その責任を追及されて断頭台へ。

 変革を望めば、貴族たちによる謀殺が待っている。

 どちらが身に降りかかるにしても結末は"死"だ。

 死にたくなければ、緩慢な死を恐れるのならば、力を身につけるしかない。

 剣を手に、鎧を纏い、臣下を束ねて砦を成す。できなければ死ぬ。

 全身から血の気が引いて、寒気が襲う。"死"の恐怖。

 交通事故や、病死なんて生易しい死に方はできないだろう。明確に過ぎる殺意と憎悪で、僕は殺される。その恐怖に身が竦む。

 この奇跡の国を守りたい、そう思った気持ちは本物であったはずなのに、重くのしかかる現実に押し潰されそうになっている。


 それに抗うためには、強く在らねばならない。

 その努力を怠ったとき、死が降り掛かるだろう。

 泣き言を言っている余裕はない。死にたくなければ、やるしかない。

 半ば自棄気味に僕は木剣を振り上げた。



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